五話 金魚鉢の恋愛
『……と、言うわけで魔法瓶先輩は今、花瓶として使われてるんですよ』
『あらまぁ、魔法瓶君相変わらず大変ねー』
俺は冷蔵庫さんの中で話しをしていた。
『蓋を返せーって大変で』
『でも、そういう金魚鉢君も、大変ねー。今度は、何?』
『フルーツポンチだそうです……』
もう大分食器扱いも慣れてきたが、辛い。食器であるはずの薩摩切子さんの中に金魚が泳いでいるのが辛い。
俺の中にはずっしりと色とりどりのフルーツが切られ、入っていた。
『あとはシロップとジュース入れるだけですけど……そういや、ジュースなんてあるんですかね?』
『ここにいるぞ!」
冷蔵庫さんの下の方に彼はいた。ずんぐりむっくりした姿、あれは紛れもなくサイダーのペットボトル君だ。
『新人かい? ペットボトル君』
『はい! 賞味期限が過ぎてもう駄目だと思ったっすけど、神様からやり直しの機会が与えられて、嬉しい限りっす!』
『あららー大丈夫かしらー?』
『問題ありませんよ、冷蔵庫さん。量販店の人が言ってたんですけどペットボトルの飲料は賞味期限が多少過ぎた程度では品質は変わりません、ちょっと余裕を持たせてるらしいです』
冷蔵庫さんは冷風を送りながら感心する。
『物知りねー、金魚鉢君』
『いや、量販店にいると、つい』
そこで冷蔵庫の扉が開く。メイドさんが開けたのだ。シロップでも冷やすのだろう。
『仲が良さそうですね、金魚鉢君』
『さ、薩摩切子さん!?』
見られたくないところを見られた、冷蔵庫さんに冷やされている所なんて、金魚鉢の、インテリアの沽券にかかわる!!
『あ、あの、金魚は?』
『へぇ、金魚の心配ですか?』
つーんと、冷たい薩摩切子さん。
『あららー、痛いところ突いちゃったわねー』
包容力の高い冷蔵庫さんも突き放し気味だ、なんだろうこのアウェー感。
『金魚なら一時的に魔法瓶君に移したわよ。奇麗な器で食べたいんですって』
この世界の住民は金魚入ってた器で食事することに抵抗が無いのか。あと金魚さぞかし暗かろうに。
『そそそ、そうなのか』
『ずいぶんと楽しそうだったわね』
『あ、あのその』
おろおろしている俺に冷蔵庫さんが援護をくれる。
『そうよー、最近金魚鉢君ったら私に入りびたりで』
『フォローじゃねええええええっ!?』
こ、これはまずい、ど、どうしたら!?
『あ、あの、良いっすか? 先輩たち』
『なんだい? ペットボトル君』
『僕ら、そもそも人間の都合で動くんで、どこにいるもくそもないと思うんっすけど』
『……』
俺らは、全員押し黙った。
『そうねー』
『そうわよね、うふふ』
女の子二人は、一斉に笑い出す。
『え? え?』
俺は、狼狽えるばかりだ。
『ゴメンね、金魚鉢君、私と冷蔵庫さんはもともと仲が良いの。でも、ちょっと妬けちゃったのは事実かな?』
『そうよー、安心して』
『あ、そ、そうなのかっ、い、いや、つい』
『でも、金魚鉢君が金魚入れないで満足してるのには、幻滅したかな……』
う、そ、そうだよな。俺は食器で満足してしまっていた。
『そうですよね!! 俺、金魚入れないと!!』
『がんばってね、金魚鉢君! 一緒に飾られましょう!』
『応援してるわー』
「さて、もう良いかの、メイド」
「構いませんけど、服を着ましょうよ魔王様」
「こういうのは風呂上りに汗が引く前に食べるのが良いのじゃ」
冷蔵庫さんを開けて、魔王が俺たちを持っていく。
例によって服を着るのが嫌いなのか、魔王は全裸だが、例によって俺たちは無機物なので嬉しくもなんともない。
『使い終わった後、リサイクルに出してくれないっすかねぇ』
悲しげなペットボトル君の呟きが、妙に心に刺さった。多分ここにリサイクル工場はないんじゃないかなぁ。
『タオルや衣服に生まれ変わってあの美しい人に拭かれたり着られたりしたいっすねぇ……』
ここに一人、人間に興奮する無機物に居たことを記しておく。
後日。
『てめえぇえええええええ!!! この、ペットボトルーーーー!!!』
『僕だって本意じゃないっすよーーー!!』
俺とペットボトルは喧嘩していた。
俺の金魚が半分に切り取られたペットボトルの中に入って、悠々と泳いでいるのだ!!
「おお、これなら金魚も見栄えがするの」
「ええ、横からも見えますし」
そして俺は相変わらず食器として、サラダを盛られているのだった。
『がんばれっ! 金魚鉢君!』
『は、はい!!』
俺はサラダドレッシングを薩摩切子さんにぶっかけられつつ答えた。二人とも食器になったことにより、俺と切子さんの距離はぐっと縮まったのだった。
でも俺は、金魚を入れてもらいたい。