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四話 金魚鉢の旅

 俺は、金魚鉢である。


 俺は今、農村の一般家庭にお邪魔している。


 両親と幼い娘一人の、なかなか暖かな家庭だ。


 勿論、俺が今ここにいる理由は、語らなくてはならない。


 

 蚤の市に売られたのだ。




「どういうことですかこれはっ!!」


「た、大変申し訳ありませんメイドさん。どうやら部下が勘違いして売ったらしく」


 魔王城は大変な騒ぎとなっていた。いや、もし騒ぎになってしまって魔王様の耳に届いたら大変なことである。


「申し訳ありませんじゃありませんよ。もし、これが魔王様に知れたら」


「……し、知れたら?」


 四天王の一人は思わず息を飲んだ。


「ボーナスの査定は覚悟することね」


「そそそ、それだけはっ!!」


「ならば全軍を挙げて早く探してらっしゃい!!」


 メイドの指揮の下、魔王軍が大慌てで動き出した。


 この進軍のことを、のちの歴史家は『金魚鉢大戦』と呼ぶ。





「わーい、わーい」


「あの器を買って来てから、エミリーご機嫌ね。あなた」


「……参ったなぁ。あれで花を育ててみようと思ったのだが」


 旦那さんが顎髭をさすりながら言う。だが、ご機嫌な娘さんにまんざらでもないようだ。


『危なかった……俺、植木鉢になるところだったのか』


 今俺を抱えて転がっている娘さんに感謝である。しかし乱暴に扱われると割れるから勘弁して。


 ちなみに俺の声は届かない。俺には発声器官は付いていないからだ。





「明るいうちに風呂に入っちゃいなさい、エミリー」


「はーい、金魚鉢ちゃんと入るー」


 俺は金魚鉢として売られていたのできちんと金魚鉢である。


 だが使い方はやっぱり分かられてないので風呂桶として利用されていた。





 この世界では灯りがもったいないので風呂と言うものは昼に入る物らしい。


 それでもこの村は湖と森が近いので入っている方だ。都会ではほとんど入らないこともあるのだとか。


「ざばあー」


 エミリーちゃんはもう一人でお風呂に入れる。


 今度はロリかよ! と読者諸氏は思うかもしれないがよく考えて欲しい。


 俺は金魚鉢である。


 別に年齢とか製造年月日程度の意味しかないので、そういうの良く分からない。


「金魚鉢ちゃんごしごししましょうねー」


 でも、ちょっと悪い気はしなかった。





 そのころ、防衛軍本部。


「ダメです、魔王軍止まりません、山脈超えました!!」


「くそう!!」


 髭の司令官はテーブルを叩く。


「第三大隊はどうした!?」


「四天王に壊滅させられました!! 被害甚大!!」


「勇者はどうなってる!!」


 伝令は首を振る。


「ダメです。魔王と対決するので精いっぱいだと……!」


「おのれ魔王軍、いったいなぜいきなり沈黙を破ったのだ!!」


 戦線は、炎のようだった。





『平和だなぁ。しかし、時折思い出す』


 魔王城でのことたかしくんの事、そして、薩摩切子さんのこと……。


『今頃薩摩切子さんはどうしているだろうか』


「頼む!! ここに、ここにあると聞いて大急ぎで戦を起こしてまでやってきたのだ!!」


「あんたもしつこいねぇ!! あれは娘のおもちゃだから売ってあげれないんだよ!!」


 外で、言い争う声が聞こえる。


『まったく、騒がしいな』


「ママー! メダカ取ってきた!! 金魚鉢ちゃんに入れてみて良い?」


『なんだと!?』


「それじゃあ、ちょっと井戸水を金魚鉢に入れておきましょう。日に当てないと、温かくならないかしらね」


「はーい」


 俺は感動に打ち震えていた。


『やった! やったぞ!! 俺にメダカが入るんだ!!』


 金魚ではないにせよ正当な使われ方だ。この世界に来てこんなにうれしいことがあっただろうか!! ありがとうエミリーちゃん!!





「あなた? どうしたの、家の前で騒いで」


「ああ、この四天王とか言う方が、金魚鉢を売ってくれとうるさいんだよ」


 四天王はぺこぺこと頭を下げる。


「すいません、だが、あれは本当に大事なものなのです。できれば、できれば売っていただけると」


「やだよ! 金魚鉢ちゃんはあたしのだもの!!」


「そんな、お嬢ちゃん、そんなこと言わず、ぜひ、ぜひ!! お金ならできるだけ工面させていただきますので!!」


「しつこいなぁ、あんた」


 見ず知らずの四天王を家にあげる訳にも行かず。良い争いは難航した。





 そのころである。


『おい、金魚鉢』


『なんですか? テーブル先輩』


『お前ちょっと熱いんやけど、、ワイ焦げてるんちゃうん?』


 訛りの強い、テーブル先輩は、確かに焦げていた。


『……これは、まずいですね。俺は水を入れて日光を浴びると、まずいんですよ』


 凸レンズの効果である。いわゆる虫眼鏡と同じ原理で、光を集めてしまう。このため直射日光の下に金魚鉢を置いてはいけない、金魚も死んでしまうし。


『どいてくれへんか?』


『どけませんよ、俺、金魚鉢ですよ』


『……あの、そばに、カーテンの僕がいるんですけど』


『あ』


 俺とテーブル先輩は同時にヤバイと思った。





 言い争ってるうちに、家の中から火の手が起こった。最近の乾燥も手伝って、木製の家はあっという間に炎に包まれてしまう。


「うわ、これは……大変なことになったなぁ」


「あ、金魚鉢ちゃんがー!」


 エミリーは言うが、母が止める。


「諦めなさい! 危ないわよ!!」


 親子は、燃え盛る家から離れた。


「き、金魚鉢は中なのですか?」


 慌てたのは四天王だ。きょろきょろと辺りを見回して、てじかにあった桶から水をかぶる。


「あ、お前、待て……何をする気だ!?」


「こなくそーっ!!」


 扉を突き破って四天王は突入した。


「それ油ーーーー!!!」


 四天王は燃え上がった。





「はぁ、はぁ、ぶ、無事だった」


「いや、あんた、無事には見えねぇぜ」


 燃え盛る家を背に、煤だらけの俺を抱えて、消し炭になりかけた四天王が膝をつく。


 事前に水が入っていたのが幸いしたのか、俺は煤をかぶっている以外は無事だった。割れもしてないし、変形もしていない。


「良いのです、この、この金魚鉢さえ無事ならば、私の、ボーナスがっ……!」


「おじちゃん、そんなに大事なら、それ、持ってっても良いよ?」


 エミリーは、持っていたハンカチで四天王の顔を拭く。


「おお、なんと優しい……あの、せめて、せめての申し出なのですが」


 四天王は燃え盛る家を指さして言う。


「新居の建築費用は出させてください」


「助かります」


 両親は声を揃えて言った。





 結局俺は魔王城に戻り、メイドたちの総出で磨かれまくることになった。


『ああ、メダカ、入れたかったなぁ』


 俺はひとりごちる。残念だ。


『おかえりなさい、金魚鉢君!』


『薩摩切子さん!』


 金魚を泳がせている薩摩切子さんのその輝かしい微笑みだけが、俺の今の癒しだった。


 人類にはこの気持ちは分からないだろう。




 なお、のちの歴史家は、この戦いで未曽有の被害が出たと示唆するが。


 その原因が一個のガラス製品だとはちょっと判断に困るのだった。



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