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一話 第二の金魚鉢ライフ

 確かそう、俺は、ホコリをかぶっていたんだと思う。


 たかしくんが飼っていた金魚を死なせてしまってから五年。俺はほこりをかぶっていた。


 ……そこに、まばゆいばかりの光が現れて。


(貴方を異世界にご招待しましょう)


 そう、そんな声が聞こえた。




『ここは?』


 気が付いたら、そこは曇天の空だった。


 空を見上げるのは久しぶりだが、俺としてはやはり、生まれからして青空が好きだ。


 どうやら異世界の地面に投げ出されたらしい。だが俺は歩けない、どうしろと言うんだ。


 そういえば自己紹介が遅れてしまった。


 俺は金魚鉢、名前はまだない。


「おお、新しいものが落ちている」


 ……そこに、なんだろう、黒角甲冑を着たでかい。たかしくんの家の玄関は間違いなく通れないほどでかい男が現れた。なんか禍々しい。


「ふむ、奇麗な器だ……名前は、金魚鉢か」


『こいつ、異世界人なのに俺のことが分かるのか!?』


 この世界にも金魚鉢があるのだろうか、そうとなれば話が早い。俺は金魚鉢として第二の人生……もとい、金魚鉢生をスタートするのだ。


「……なんに使うものなのじゃろう?」


 男はくぐもった声で言う。


 俺は絶望した。


『金魚鉢って言うからには金魚を入れる物に決まっているだろうがーーーー!!!』


 だが、俺の叫びは空しく響く渡りもしなかった。


 ご存知かもしれないが、金魚鉢には発声器官などない。




 たかしくんの家の三百倍はある大きさの物々しくもおどろおどろしい城にたどり着いた。


 調度品も凄まじいが時々変なものを見かける。


 なんで備前焼の壺と焼肉のたれのパッケージ付きの空き瓶が花瓶として並んでいるんだろうな。


『とても嫌な予感がする』


 俺は、今までの金魚鉢生で猫のみゃー太に転がされた時以上の危機感を覚えていた。




「また、何か拾って来たのですか魔王様」


「ああ、異世界岬に落ちていた。あそこは素晴らしいな、異世界の物がわんさか湧いておる」


 魔王様と呼ばれた黒角甲冑は、俺をメイド服を着た女性に渡した。


 ……なるほど、この世界には魔王がいて、この黒角甲冑が魔王でそのメイドが今俺を抱いている少女らしい。豊乳と腕に挟まれて俺は、いつ『つるん』と落とされないかハラハラしていた。


「素晴らしい透明な器だろう? きっと、それは素晴らしい物に違いあるまい。奇麗に磨いておいてくれ」


「はい、畏まりました」


『いや、すまないけどそれほどの物じゃないっすよ。税抜き1980円で量販店出身の金魚鉢っす』


 だが俺の声は届かない、人間と金魚鉢は会話できないのだ。


 ……魔王ならワンチャンあるかと思ったがダメなようだ。





 凄い調度品がいっぱいある魔王の玉座の間で、浮いている金魚鉢が俺だ。


 メイドさんが凄い丁寧に拭いてくれている。金魚鉢の中ではかなり幸せなほうではなかろうか。


「あっ!」


 しかし、その豊かな胸からついに俺は零れ落ち、地面に激突する。


 ……ああ、思えば短い金魚鉢生だった。


『あ、あれ? 死んでない?』


 そう、俺は死んでなかった、いや、怪我一つ無い。


『大丈夫だ、私はカーペット専用繊維【BCFナイロン】で作られたカーペットの中の中のカーペット、お前を傷つけさせやしない』


 俺を包んでいたのはカーペットだった!!


「やだ!! 大丈夫かしら、このことがバレたら怒られちゃう!!」


 メイドさんに持ち上げられながら、俺はカーペット先輩と熱い会話をする。


『量販店でよく見ましたよ先輩!! なんでこんなところにいるんですか!?』


『ホテルの廃棄品だった私を魔王様はここまで蘇らせてくれたんだ、床の弾力は任せてくれ。大丈夫、ここに住民は物を大事にするぞ』


「……傷、なってないわよね?」


『良かったっすよ!! 嬉しいっすよカーペット先輩!! でもカーペット先輩、所詮合成繊維だし中古だから限界あるっすよね!!』


『……確かに落とされないことを祈るな、相手が金魚鉢だと私確実に濡れるし』


「よし、大丈夫、ばれない」


 メイドさんの慌てようをそっちのけで会話する我々、我々にとっては人間はパートナーであり、よそ者である。




「下がっていいぞ、メイド」


「は、はい」


 メイドさんは一礼をして後ろを向く。魔王は一つ俺を見て呟いた。


「待て」


「ひゃ、ひゃひゃひゃい!?」


「……何を慌てているのだ。良く奇麗に磨いてくれた。完全な透明な器は珍しい、奇麗だ」


「あ、ありがとうございます!!」


『透明な器が珍しい?』


 量販店では腐るほどあったのに。


『どうやらこの世界では、私達のいた世界程文明は発達していない。だから、私のような化学繊維の絨毯や、君のような透明なガラス製品は珍しいんだ』


『……なるほど、俺たちは選ばれたんですね』


『いや、流石にそれはない』


 確かに、思い上がりも甚だしいか。


「さて、場所はここが良いな」


 俺は、玉座の横の台に置かれた。なんということだろう、金魚鉢にあるまじき一等地! 金魚鉢と言えば、普通は玄関の端っこにいるのが普通なのに!!


「さて……」


 部屋の隅で、魔王とやらは膝立ちになる。……何をしているんだろう。


 すると、バシュー!と言う音とともにスチームが大量に吹き出て、中から裸の少女が出てきた。


 ここで読者諸氏なら「うらやましい!」とでもいうとでも思うが考えても見てくれ。


 金魚鉢だ、俺は。


 一個も嬉しくはない、俺は君たちのように生殖器は付いていないのだ!!


 金髪の裸の少女は、薄手のネグリジェを頭から通すと、棚からワインを取り出した。金魚鉢の俺から見ても高価なものだとわかる。


『……え、ちょ、あの、まっ!?』


 彼女は、ワインのコルクを開け……。


『待ってーーーー!!! ポリフェノールの汚れは取れにくいのーーーー!!! それ以前に俺、金魚鉢、金魚入れるもの!! ばっちぃ!! ばっちぃから!!』


「いや、待て」


 魔王は少し考えた。良かった、止まってくれて。


「この器なら、いっそ透明な飲み物が映えるな、冷たい紅茶などあっただろうか、おおい、メイド!!」


『待ってーーーー!!! タンニン汚れもらめぇーーーーーー!!!』


「魔王様、それどころではありません、勇者がやって来ました!!」


「なんだと!! ぐぬぬ、仕方あるまい!! 勝利の美酒はこの金魚鉢で上げてくれよう!!」


『勝ってーーーー!!! 勇者様勝って!! 勝って俺に金魚を入れてくれーーー!!!』




 俺の第二の金魚鉢生は、どうやら波乱に満ち溢れているらしい。




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