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コード・エラー  作者: 松秋葉夏
ロストシルバー
8/14

4-否定

 いつも通りの時間に目覚ましが鳴った。

 なんだ。もう朝か。

 昨日、いつ寝たのか記憶にはなかった。

 …………それにしても体が重い。

 まだ睡眠を必要としているのだろうか……。

 俺は目を瞑ったまま忌々しげに鳴り響く目覚ましに手を伸ばす。

 ――あれ?

 定位置に置いているはずの目覚まし兼携帯電話がそこにはなく、俺の手は何もない布団に沈みこんだ。

「くそ。どこだ……」

 未だに鳴り止まぬ音源はどうやら毛布の中だ。

 手を毛布の中に入れ、さわさわと動かす。

 ――ふにゃん。

 ん?

 手の甲に何かが触れた。

 シルクのような柔らかい手触りにひと肌のように温かい感触。

 なんだ、これ……。

 手のむきを変えその物体に触れる。

 こ、これはっ…………!

 柔らかいなんて表現では言い尽くせない。

 まるでこの世界の神秘に触れたような感触すら覚えてしまう。

 ああ。なるほど。これが噂の抱き枕ってやつか……。

 よく眠れる人はよく眠れるというが納得だ。

 この柔らか温かいものに抱きついて寝ればさぞ夢見がいいだろう。

 寝ぼけた思考のまま、それに抱きつこうとしてピタリと止まった。

 待て待て。俺は抱き枕なんてもんを買った覚えはないぞ。

 それよりもこの温かさ。それに柔らかさ。

 そして耳元から聞こえる寝息。

 俺は恐る恐る瞼を開け――。

「―――ッ!」

 絶句した。

 布団の中に女の子がいた。

 しかも裸で。

 さらさらと綺麗な銀色の髪にミルクのように白い肌。

 彼女の胸に触れた手から伝わるマシュマロのような柔らかさと抱きつきたくなるような温もり。

 目の前の存在は夢なんてもので説明がつかないほどリアルな現実だった。

「ど、どああああああああああ!」

 ようやく自分のしでかしたことに気付いてしまった俺はバッと胸から手を離し、転げるようにベッドから落ちた。

 だ、誰だ!?

 咄嗟の出来事だったが、あの銀髪――見覚えがあった。

 そうだ。一度見たことがある。

 あの銀髪の少女は――。

「まさか…………ユリノ?」

 そうだ。間違いない。まじかで見た顔もあの銀髪も間違いなく彼女のものだ。

 昨日まで俺の中にいた彼女がどうして俺の部屋に? 出られないって言ってなかったか?

 半信半疑でベッドを覗き見る。

 毛布で大事な場所は幸いと言っていいのか隠れていたがそれでも目のやり場には困る。

「ほ、本物だよな」

 先ほど触った感じから本物であることは間違いないんだが、言いたいのはそういうことじゃなく――ってこの状況ヤバくないか?

 ベッド、裸の女の子、そして俺。

 うんヤバいな。見つかったらヤバい上にもしユリノが目を覚ましでもすれば――。

「ん……」

 身じろぎしたユリノにビクリと心臓が跳ねあがった。

 バクバクと高鳴る心臓に噴き出す汗。

 そしてゆっくりと持ち上がるユリノの瞼を前に俺はただ苦笑を漏らすことしか出来なかった。

「ん、ここは……」

 目を擦りながら起き上ったユリノの肩から毛布がズリ落ちる。

「……え?」

 生まれたままの姿に俺は視線を硬直させた。

 当の本人は俺の様子などお構いなしにキョロキョロと辺りを見渡し、もう一度瞼を擦ると俺を正眼に捉える。

「……なぜ、お前が目の前にいる?」

「そ、それは俺が聞きたいよ! それより、服!!」

 顔に手を当てて俺はユリノの格好を指摘した。

「ん。ああ、なるほど。おい」

 ベッドから飛び降りたユリノは毛布を体に巻きつけて俺の襟を掴み引いた。

「ちょ、なにすんだよ! っていうか、見え……」

「お前が私の裸を見たことについては後でいくらでも踏んでやるから安心しろ。それよりも服をよこせ」

「はあっ? ちょっと待て。踏むって……服も自分のを着ろよ!」

「能力を使った時に身に付けていたものは全て落としたんだ。私の服は今頃奴らが証拠として持ち去っているはずだ」

 有無を言わさぬ迫力に俺は冷や汗を流す。

 バッとユリノの肩を掴んで引き剥がすと俺はすぐさま箪笥の中からTシャツとジャージを取り出しユリノに投げ飛ばした。

「わかったからそれ着てろよ!」

 ……………………。

 ……………。

 ………。

 暫くしても布の擦れる音がしない。

 まさか着ていないなんてことがあるわけないよな。ユリノが服を要求したんだし。

 恐る恐る振り返るとそこにはまだ裸のユリノが―――。

「なんで着てないんだよ! 服渡しただろ!」

「バカか貴様は。下着もなしに服なんぞ着られるわけがないだろ」

「男物の下着でよければどうぞ!」

 投げ飛ばしたトランクスをユリノは綺麗に避け、そのまま俺の頭を踏み倒した。

「私が男に見えるとでも?」

「ここが女の子の部屋に見えるのかよ!」

「だったら取ってこい。お前の仕事だ」

「はあ? どこからだよ」

「お前の姉の部屋に決まっているだろ」

 なんで椎奈のことを知っているんだよ。

 それよりも大人の女性の部屋から下着を取ってこいって本気で言っているのか?

 俺だって男だぞ。

「こ、断る」

 直後、踏みつけられたままの足に力を加えられ、俺は勢いよく床に額をぶつけた。

「拒否権があると思っているのか? いいからさっさと行ってこい」

 踏みつけられた拘束が緩んだ瞬間、俺の体が宙を舞った。

 それが蹴り飛ばされたのだと気付いたのは俺が部屋から追い出された後のことだった。





 数分後。

 俺は深いため息を吐きながら部屋のドアを眺めていた。

 すぐ後ろでは布の擦れる音。

 よかった。今度は用意した服をちゃんと着てくれたみたいだ。

 それにしても、忍び込んだ部屋に椎奈がいなくてよかった。

 今朝からあんなに騒いでいたのに椎奈が部屋を訪れなかったのは単純な話。既に仕事に出ていたからだ。

 普段は俺とほとんど同じタイミングで家を出るんだが、たまに日が昇るより早く家を出ることがある。

 どうやら今日がその日だったらしい。

 姉が不在という幸運に感謝しつつも俺は不満の声を漏らした。

「もう二度とこんなマネはゴメンだからな。新しい下着を探すのだって苦労したんだぞ」

 体力的ではなく精神的にだが。もちろん今もそれは変わらない。女の子がすぐ側で着替えているというのはどうにも落ち着かないものだ。

 だが、それでも俺が部屋を離れなかったのはユリノが着替え終わったあとに言いたいことがあるからだ。

「返すぞ」

 頭の上に投げ返されたそれを手に取る。

 それは椎奈のブラだった。

「お前わかっていてそれを私に寄越したな」

 確かにユリノの体格は高校生くらいだった。

 椎奈は二十歳だが体格的にはユリノとあまり変わらない。

 そう。致命的なある一点を除けばだ。

 これが俺のささやかな反逆だ。

「そんなことねえよ」

 当然嘘だ。

 俺は苦笑いを浮かべながら振り返る。

 開け広げたジャージに黒いTシャツ。長い銀髪を適当に束ねてポニーテールにしたユリノが機嫌を悪そうにして俺のベッドに腰掛けていた。

「どうだろうな。口では何とでもいえる」

 ユリノは目を瞑り、それと同時に青白い粒子がユリノの周りに現れた。

 だがその現象も一瞬。目を開けたユリノは黙って近づくと間髪入れずに俺の身体を蹴り上げた。

「ごふっ」

 肺から空気が一斉に漏れ出す。

 と、突然蹴られるいわれはないはずだぞ!

 恨みがましいしい視線をユリノに向けると吐き捨てるように呟いた。

「どんな気分だ? ささやかな反逆は?」

 まさか――。

「ちょ、ちょっと待った。もう能力は解除したんじゃないのかよ!?」

 ユリノが目の前にいる理由。

 それはユリノが俺にかけた能力を解除したからに違いないと思っていた。

 そのはずなのに俺の心が読まれるということは……。

「なにをバカなことを言っている。解除されているわけがないだろうが」

「じゃあ、なんで俺の目の前にいるんだよ。能力が解除できなくて俺と憑依し続けているって言ってただろ?」

 ユリノは渋い表情を覗かせてドカッとベッドに座り直した。

「私にもわからない。今朝起きたら勝手に体だけが元に戻っていた」

 どうやら言ってることは本当みたいだった。

「原因として考えられそうなのは昨日の戦闘くらいだが……」

 ブツブツと考え込んで独り言を始めるユリノ。

「昨日の?」

 その言葉でハッと思い出した。

 常識離れした現象。

 白銀の鎧にそれを纏う暴力の塊。

「そうだ! 博人は? あの後結局どうなったんだ?」

「うるさい。黙れ。私は今忙しいんだ」

 辛辣な言葉に俺はグッと押し黙る。

 なんだよ。あの夜はこんな乱暴な女の子だとは思わなかった。

 ずっと我慢してきた感情が鎌首を持ち上げはじめた。

 ――――そうだ。なんで俺がこんなことに巻き込まれなくちゃならないんだよ。

 最初から言うつもりだった言葉が喉元まで出かかる。

 いや。迷う必要はない。言ってしまえばいいんだ。

「出て行ってくれないかな……」

「――なに?」

 それまで考え事をしていたはずのユリノが怪訝な視線を俺に向けた。

「出て行ってくれよ。ユリノも今は自由に動けるんだろ。ならさ、もっと安全な場所に行ってくれないか? そしたら一からも無事に逃げ切れるかもしれないだろ?」

「……何をバカなことを言っている。出来るわけがないだろ。そもそも――」

「頼むからさ!」

 俺はユリノの言葉を遮って声を張り上げた。





「頼むから、もう俺の前から消えてくれよ」






 言ってしまった。それも最悪な形で。

 ユリノは無言で立ちあがると俺の側まで近づく。

 殴られる覚悟でギュッと目を瞑る。

 けど予想していた衝撃はいつまでたっても来ない。

 恐る恐る目を開けた俺の前にいたのは今にも泣きだしそうな女の子だった。

「……そうか。お前も私を否定するんだな」

 ただ一言そう呟くとユリノはそのまま部屋を出ていった。

 暫くしてガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえ、誰もいなくなった家に俺は一人取り残され続けた。


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