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コード・エラー  作者: 松秋葉夏
ロストシルバー
13/14

9-白銀(4)

 背後から聞こえたユリノの必死の叫びに伸ばした腕が止まる。

 そして、導かれるように黒い短剣が俺の腕に収まった。

 激しく脈動していた心臓が落ち着きを取り戻す。

 血の流れも収まり、体中を駆け巡っていた痛みもマシになっていく。

 ユリノが呼び止めた理由はわからないが、これならまだ身体は動きそうだ。

「やっぱりそういうことか……」

 すぐ側で身体のいたるところから血を垂れ流した秀司が唇を噛みして距離を離した。

 拳を握り直した秀司が構える。

 不思議と今までのようにゆったりとした構えではなかった。

 ようやく本気になったってことか。

「君が倒れる前に君を倒すよ、陽斗」

 俺が短剣を構える直前、一瞬で懐に入った秀司の拳が無防備な腹部にめり込んだ。

「がっ!」

 なんだ? まったく見えなかった。

 気付いた時にはもう攻撃を受けていた。

 何がなんだがわからないがひとまずは距離を……。

 後ろに後退しようといたところで横殴りに顔を殴られる。

 続けざまに胸部、腹部、顔面と容赦のない連撃が叩き込まれ、地面に手をついた。

「ダメだ……俺が倒れたら……」

 ユリノが掴まる。

 それだけは……。

「おおおおぉおおおおおぉおおお!」

 我武者羅に体を跳ね上げて、俺は手にした短剣を勢いよく突き出した。

 全力の一撃だ。

 この一撃の威力を秀司は既に知っている。

 警戒されて当然だが、この一撃にかけるしかない。

 必殺の一撃を前に秀司はゆっくりと片腕を上げた。

「遅すぎるよ」

 指の間に刀身を挟み、俺の一撃を苦なく止めた秀司はブンと勢いよく腕を振り回してぼろ雑巾のように投げ捨てた。

「ぐあ!」

 地面に叩きつけられ、全身が硬直する。

「くそ……まだだ」

 立ち上がろうと四肢に力を籠める。

 だが、ガクリと垂れさがった両腕は満足に動かすことさえできない。

「まだだ。まだ俺は……」

 ギュッと短剣を握り締める。

 が――。

 ―――ズキン、ズキン…………

 む、胸が――。

 あまりの激痛に俺は仰向けに倒れ込む。

 掻き毟るように胸に手を当て、満足に呼吸が出来ないことにようやく気付いた俺は喉に手を回した。

「かッ……あ……」

 呼吸が出来ず、意識が明滅する。

 胸に受けた一撃が肺機能を麻痺させたのか、次第に手足に力が入らなくなる。

 ダメだ。まだ俺は何も守れてない。

 せめてユリノだけでも助けないと――。

 意識が途切れる寸前、誰かが俺の手元から短剣を蹴り飛ばした。

「その剣を握るなといっただろ」

 そこにいたのは白銀の髪をなびかせた少女だった。

 彼女は真紅の瞳をこれでもかっていうくらい吊り上げて俺を掴み上げた。

「キサマはバカか? 人の忠告くらい素直に聞けニブチン」

「に、ニブチンって俺は……」

「自分の能力に殺されるつもりだったのか? もっとちゃんと考えて行動しろ、阿呆」

「さっきからひでえな!」

 バッとユリノから離れる。

 はぁはぁと乱れる呼吸を整える――あれ?

 なんともない。

 胸の苦しみも呼吸も満足にできる。ついさっきまでの痛みが嘘みたいだ。

「どういうことだ?」

「どうもこうもないだろう。貴様は自分の能力に殺されかけていたんだ」

「はあ? どういうことだよ?」

「それはだな――」

「加速と減速の能力だね」

 満身創痍の秀司が穏やかな笑みを浮かべて俺たちの間に入ってきた。

「まだ動けたのか英雄? どうした? 今なら私たち二人を捉える絶好の機会のはずだが?」

 ふるふると首をふると秀司は諦めたように肩をすくめた。

「僕はただ暴走しそうな陽斗を止めたかっただけだ。それに君たちが仲良くしているのにその間を裂くことは出来ない。決着は話が終わってからでも十分じゃないかな?」

「誰が仲良くだ。誰が」

 それには俺も首を縦に振りそうになった。

 一方的になじられただけだもん。

 これで仲良しだっていうならまだ秀司との方が親友に近いぞ。

「だが話が終わるまでというのは悪くない。このバカでアホで無頓着なカスに自分がどれほど命知らずな甘ったれかを教えてやれる」

「だからせめてその言い方を止めてくれないか?」

「うるさい。黙れ。私の所有物のくせに勝手に喋ることもましてや死ぬことなんぞ許した覚えはないぞ」

「ぐ……」

 ダメだ口では絶対にユリノに勝てない。

「いいか? さっきそこの英雄が言ったようにお前の使った剣の力は加速と減速の力だ。恐らく使用者が私からお前に変わったことで武器の本質が変わったんだろう」

「加速と減速? なるほど。それで――」

 秀司の動きがやけに遅く見えていたわけか。

 俺は加速の長剣を。秀司が減速の短剣を握っていたから俺の方が一方的に速く動けていたんだな。

 そして俺が短剣を握った後はその逆。元の速さを取り戻した秀司に減速していく俺の体が追いつけなくなった。

 あれ? まてよ。

「それがどうして命の危険になるんだ?」

「お、お前……どうしてそれがわからない?」

「いや、わかんねーって」

「肉体がその力に耐えられないからだよ。陽斗」

「秀司……」

「どんな力も体に負担をかける。君のそれは最も顕著にその負荷が現れたんだ。際限のない加速は君の身体の全てを加速させる。けど肉体はその加速についていけない。だから内臓や血管はすぐに悲鳴をあげる。君の痣やさっきの吐血もそのせいだよ。大方どこかの臓器や血管が潰れたんだ。下手をすれば心臓や脳を破壊する危険な剣だ」

 サアーと血の気が引いて寒気がする。

 そこまで危険な力をずっと使い続けていたことに毛ほども恐怖を感じなかった自分に。

「だからこそ僕は君に短剣を投げ返した。僕も短剣を掴んでそれが肉体を減速させる能力だと知ったからね。下手をすれば臓器の活動が低下して酸素や血液が回らず危険な状態になりかねない剣だけど、加速しきった君が死なないようにするにはこの減速の力が必要だった。思った通り君はすぐに正常に戻った。あとはその短剣を手放しさえすればよかったのだけど、その点に関してはユリノ君に感謝しないとね」

「ふん。減速したこのバカを殺す手段は貴様にはいくらでもあった。だが、その手は使わず緩い攻撃だけだ。だからこそこのバカから剣を奪うため攻撃だと気付いた。私はそれに協力してやっただけだ」

 肩をすくめて額を押さるユリノに俺は心の中で感謝した。

 なんだかんだといって心配してくれているんだな。

 ユリノの怪我だって決して軽いものではない。

 それでも肩で息をするほど走って俺の手元から剣を弾き蹴ったんだ。

 それがどんなに苦しいことかはさっきまで危険な力を使っていた俺には十分すぎるほどに伝わる。

「陽斗、これで君も君が手にした能力がとんでもなく恐ろしいものだと理解したはずだ。だからこれ以上の戦いは止めて大人しく僕のところに来てくれないかな? ユリノ君もだよ」

 ああ。確かに危険なものだっていうのは十分に理解した。

 一歩間違えればそのまま死に直結するほどの能力だ。

 でも――。

「断る。私には私のやらなければならない目的がある。お前たちに捕まるわけにはいかない。それに私の所有物であるこいつもみすみすくれてやるつもりもない」

「陽斗は?」

「俺も断るよ。今度は俺がユリノを助けるって決めた。俺はユリノの力になりたい」

「よく言った。バカ」

 ユリノは俺の肩を引いて引き寄せるともう一度俺の唇を塞いだ。

「お前に英雄を倒させてやる。ありがたく思え」

 光に包まれてユリノの姿が消える。

 同時。

 体の中にもう一つの思考ができたような感覚。

 前髪にかかる髪が銀色に染まっていることに気付いた。

 間違いなくこれはユリノが俺に『干渉』した証拠だ。

「また君は陽斗の身体を操るつもりか」

 秀司の言葉に険がかかる。

「悪いが今回は俺のままみたいだ」

 俺はくるりと秀司に向き直ると体の痛みを堪えて地面に突き立てた長剣に歩み寄る。

「…………まさかまだ戦う気かい? 時間も十分たった。そろそろ僕が要請した増援も来るはずだ。どちらにしろ君たちに勝ち目はないよ」

「そんなもんやってみなくちゃわからないだろ」

 俺は長剣の柄に手をかける。

 ドクンと心臓が早鐘のように脈動する。

 体が――思考が加速していく。

『安心しろ。能力の制御は私がやってやる。思う存分暴れろ』

 ああ。頼むぜ。

 俺は腰を深く落とすと勢いを付けて地面を蹴った。

 一瞬で距離を詰め、横薙ぎの斬撃を放つ。

 秀司は刀身の腹を殴りつけると同時にバックステップ。

 痺れた腕を振り払い続けざまに切り上げた斬撃を秀司は蹴り飛ばして防いだ。

「勘違いしているようだけど、さっき君の攻撃を防げなかったのは僕にも減速の力が働いていたからだ。けどそんな制限がなければ君の動きを捉えることなんか簡単だ」

 幾重にも及ぶ斬撃を秀司は刀身に拳や蹴りを当てて避ける。

 加速しても秀司との体術は互角どころか時折りくる反撃に体が追いつけない。

『そろそろ限界だ。剣を替えろ』

「くそ!」

 俺は秀司の攻撃を身を屈めて避けるとそのままスライディングの要領で地面に転がっていた短剣を拾い上げる。

 直後。

 長剣の輝きが消え、短剣から淡い輝きが生まれる。

 限界寸前まで脈動していた体が落ち着きを取り戻す。

 ふうと息を吐く。

 次に長剣が使えるまで何秒かかるか……。

『六十秒だな。お前の身体が完全に落ち着くまでは長剣は使えない』

 俺の心を読みとったのか即座にユリノが答えをくれた。

 なら、それまでは付け焼刃の二刀で秀司を押さえ込まないと。

『長剣が使えたとしても勝ち目はない。私に考えがある。お前はとにかくその剣を使ってこの六十秒間逃げ切れ』

 コクリと無言で頷くと、加速の余韻が残った身体を使って秀司に飛びかかる。

「少し速度が遅くなったね。減速の力を使って自滅を防いでいるのかい? けど――」

 ガンガンと二連撃の長剣の攻撃を弾かれる。

「その程度で僕に勝てるとは思わないことだ」

 素手で剣と打ちあうとか化け物かよ。

『こと戦闘に関しては間違いなくあいつは化け物だ』

 舌を打つ俺たちに秀司が迫る。

 徐々に捉えられなく姿に減速した身体が元の状態に戻りつつあることを悟る。

 攻撃がまったく見えない。

 咄嗟に防いだ箇所に運よく秀司の拳が当たる。だがそれもそこまで。

 続けざまのラッシュを俺はほとんど防ぐことができなかった。

 けど――。

 苦し紛れに振るった剣撃は確実に秀司を牽制していた。

 どんな化け物でもさすがに剣を相手にするのは苦しいってわけか。

 二つの剣を構え直し特攻する。

『こいつが最後のチャンスだぞ』

 長剣を振り下ろす寸前、長剣に淡い輝きが奔り、肉体と思考が何倍にも加速する。

 加速した思考がこの一撃ではだめだと訴える。

 既に秀司は受けの体勢に入っていた。

 ならこの振りおろしは当たらない。

 速度に任せて幾重もの斬撃を放っても秀司はすぐに距離をとって対処するはずだ。

 なら今、この瞬間――。

 まだ減速させていると思わせているこの瞬間こそが相手の虚を突く最大の好機。

 身体全身のギアがトップに入った瞬間、俺はそれまでの全ての動作を強引にキャンセル。

 神速に近い速度を持って回り込むようにして秀司の背後をとった。

「な――に!?」

『よくやったぞ。二つの剣を合わせろ!』

 ユリノの声に導かれるように二つの剣を合せる。

 蒼い光に輝く二つの剣がまるで初めからそうであるかのように一つになった。

 長針と短針が交わる零の瞬間。明日を迎えるその刹那の瞬間を体現したその直剣《アブソリュート・ブレイザー》を力強く握りしめる。

「おぉおおおぉおおおおおおお!」

 蒼に輝く刀身を振るいかざす。

「陽斗おぉおおおお!」

 ギリギリで振り返った秀司が拳を握る。

 俺たちの攻撃が交わった瞬間、屋上が蒼一色で塗り固められた。



「……………そうか、その一撃は十二の斬撃を同時に放つ絶対防御不可の攻撃なのか」

 胸から腰にかけて一筋の一閃が奔っていた。

「そう……みたいだな」

 俺は虚空に消えていく剣の柄を握り背後に立つ秀司に答えた。

 十二の斬撃の威力を一つにするのではなく神速で放たれた十二連撃を連撃そのものを減速させてまったく同時に重ねる《アブソリュート・ブレイザー》。

 まったく同時に放たれた攻撃を跳ね除けることは出来ない。まさしく零にして一の攻撃は絶対防御不可能な連撃であったはずだ。

 秀司はまさに化け物じみた反射神経で十二のうち僅かに重なりきらなかった十一の斬撃を神がかり的な速さで跳ね除けてみせた。

 未完の能力だからこそこうして秀司は立っていた。

 そして――。

「がはっ!」

 加速の頂点まで一瞬で登りつめた肉体は減速の力をもってしても俺の体に深刻なダメージを与えていた。

 既に意識は朦朧でユリノの声も聞こえない。

 俺たちは戦いに負けたんだ。

 ドサリと膝をつく。

 意識を失う直前、俺を見下ろす秀司が何かを呟いていた。

「この勝負、君たちの勝ちだ」

 意識が闇に堕ちる寸前、そんな言葉を聞いたような気がした。


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