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コード・エラー  作者: 松秋葉夏
ロストシルバー
12/14

8-白銀(3)

 それはこれまでの黒い直剣の斬撃全てを集約した一撃だった。

 十合以上に及ぶ斬撃の威力は全てこの黒い短剣に集められていく。

 《クロノブレード》――ユリノが校舎の壁に設置されていた時計の短針と長針を武器とした二対一体の剣。

 分を刻む黒い直剣は幾重もの斬撃を。

 時を刻む短剣は幾重もの斬撃を一振りに集約する。

 長剣振るうごとに短剣の威力が増す《クロノブレード》は秀司の意表を突く形でその真価を発揮する――はずだった。

「――バカな」

 短剣の一振りは止められていた。

「どんな力をもった武器でも当たらなければ意味はないよ」

 秀司は人差指と中指の間でその短剣の刀身を受け止めていた。

 ――白刃取り。

 たった片腕一本で成し遂げた常識離れの荒業を前にユリノは今まで体験したことがない恐怖を抱いた。

 こと戦闘において秀司はとんでもない化け物なのだと。

「最大限の注意さえ払っていれば君のその一撃は僕に届くことはない」

 ズンと打ち下ろされた肘撃ちで短剣を取りこぼす。

 痛みに視界が霞んだ瞬間、全ての決着がついた。

 気付けば全身が打ちのめされ為す術もなく地面に叩きつけられ肺から空気が漏れる。

 そしてザザザ――と思考にノイズが走りはじめ、ユリノは憑依の限界が来たことを悟った。

 光がユリノの視界を隠し、その光が消えた時、ユリノのすぐ横に見慣れた男性がボロボロで倒れていた。

「ようやく陽斗の体を解放したようだね」

 倒れ伏した二人に近づき秀司はユリノの腕を掴み上げ、壁に叩きつけると、肘を使ってユリノの首を押さえつけた。

「かはっ!」

 僅かに呼吸が許される程度の拘束。

 体を完全に押さえつけられ、ユリノは自由に動かせる瞳で目一杯秀司を睨みつける。

「そんなことしても無駄だよ。もう君の敗北は決定した」

「ふ……ざけるな!」

 まだ動く。身体が――命がある限りユリノはたった一つの願いを諦めることは出来ない。

 ユリノの僅かばかりの抵抗すら奪い去るかのようにより一層首が絞められ、呼吸が出来なくなる。

「か……あぁ」

 視界が濁り意識が明滅する。

 もう無理だ。

 僅かばかりの戦意すら戦う意志すらすでに放棄した。

 だらりと力なく垂れ下がる四肢。

 あとは意識を手放すだけでユリノは痛みと一緒に希望を失う。

 ああ。でも最後に。

 少しでも近づけた希望にユリノは縋るような視線を向け、《クロノブレード》の短剣を片手に立ちあがっていた黒髪の少年に涙を溜めた視線を向けた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 とにかく全身が痛かった。

 涙が出なかったのはそれ以上に苦しそうなうめき声を上げる女の子がすぐ側にいたからなのかもしれない。

 とにかく俺――深月陽斗という男はそれを黙って見過ごすことは出来なかった。

 なんで女の子があんな辛い目にあわないといけない。

 異能だとか俺より遥かに強い女の子だとか関係ない。

 あの夜もそうだった。

 ただ苦しそうな、辛そうな表情を浮かべるこの子を俺は助けたかった。

 複数の人間が一人の少女に武器を向けるのが許せなかった。

 一人の男が自分の身勝手で大勢の人の意志を弄んでいたのが許せなかった。

 そうだ。

 深月陽斗はそういう人間だったはずだ。

 誰かが傷つくことにひどく脅える臆病者。

 巻き込まれたからユリノを遠ざけたんじゃない。

 壊してしまう恐怖を――傷つくことへの恐れを知ってしまったからユリノに脅えた。

 だから――。

 俺は誰かが……ましてや俺のために傷つくことを黙って見過ごすことなんてできなかった。

 手探りで側に落ちていた短剣を拾いあげる。

『いいのかい?』

 何が?

 自問自答するように聞き覚えのない男の声が直接心に語りかける。

『その剣をとるということはもう引き返せないということだ。深月陽斗がただの人間でいられた時間はここで終わる。これから先、君はその眼でこの世界の真実を知る覚悟があるのかい?』

 このくそったれの世界が真実だというのなら、俺は大切な人を守るために、俺の大切な物を壊させないために抗ってやる。

 そのために人間であることを止める必要があるっていうんなら――。

「上等だ!」

 やってやろうじゃねえか。

 俺はふらつく足に力を籠め、満身創痍の体を立ち上がらせる。

「陽斗?」

 俺が立ち上がった気配を察知でもしたのか、秀司が困ったような声を上げた。

「まだ横になっていた方がいい。彼女を君から引き剥がすのに随分と君の体に手をあげた。まだ動かすのも辛いはずだ」

「そうだな。全身がすげえ痛い。今にも気を失っちまいそうだ」

「なら、素直に僕のいうことを聞いてくれ。すぐに医療班も駆けつける。君のことは僕が責任を持つから安心してくれ」

「悪いがそいつは聞けない。お前が俺のことを守ってくれることに嘘はないだろうけど、そこにはユリノの安全が勘定されてない。ユリノに危害を加えるっていうなら俺は許さない」

 秀司は驚いたように視線だけを向けてきた。

「君は彼女に何をされたのか知らないだろうけど、彼女は君をただ利用しているだけにすぎない。その感情すら彼女に操られた結果かもしれないんだ。今はその気持ちをそのまま受け入れるのはよくないかもしれない」

 俺は短剣の切っ先を向けて秀司に投げつける。

 秀司はその短剣の柄を掴んで受け止めると厳しい表情を覗かせた。

「全部知ってんだよ。さっきのことは。ユリノの気持ちもユリノが俺を見捨てずに戦った理由も。俺のために命がけで戦ってくれた女の子を見捨てられるわけないだろうが」

 駆け出した先にあるのはユリノが俺の力を使って創りだした時計の剣だ。

 力もその扱い方もさっきの憑依が意識まで奪わないものだったからもうわかる。

 なら俺が手にするのは短剣なんかよりもあの長針を武器化した剣のはずだ。

「待て!」

 俺の意図に気付いた秀司がユリノから手を離して駆け出す。

 だが、あまりにも遅い。

 秀司が俺に向かって手を伸ばした頃には俺はもう鍔もない黒い直剣を握り締めていた。

 剣を手にした瞬間、体が沸騰したように熱を帯びた。

 普段以上に加速する思考回路。

 瞳が激しく周囲を見渡し、視界からの情報を分析するのに一秒もいらなかった。

 まず為すべきことは何か――。

 俺は全身に力を入れ、ピンボールのように体を弾き出した。

 目まぐるしく景色が一変する。

 吐き気を堪え、辿り着いたのは秀司のすぐ脇だった。

「な!?」

 咄嗟に短剣を構える秀司が止まって見える。

「退け!」

 俺は身体を丸めて秀司に体当たり。

 体勢を崩してゆっくりと距離を離そうとする秀司を無視して俺は目の前で蹲っていたユリノを抱え上げると一息で秀司から距離をとった。

「お前、その力……」

 俺の腕に抱えられたユリノは目を丸くしていた。

「ああ。ユリノが俺の力を使って創り出した時計の針の剣だろ? 使い方も見せてもらった。この長剣で何回も叩き込んだ後にあの短剣を一振りすればいいんだろ?」

「あ、ああ。そのはずだが、だがそれは……」

 うん。使い方がわかっていれば何とかなりそうだ。

 あとはユリノの動きをまねて少しでも様になるようになればいい。

 俺はユリノをそっと下ろすと一歩前に出て黒い直剣を構える。

「なら、まずは秀司に投げちまったあの短剣をどうにかして取り返さないとな」

「お、おい」

 ユリノが困惑したように視線を投げかける。

 そんなに心配しなくても大丈夫だ。

 あとの気がかりといえば一つか。

「なあ、ユリノ、全部終わったら言いたいことがあるんだ。だから必ず俺は勝つよ」

「な……」

 呆然とするユリノに小さな笑みを零して俺は地面を蹴った。

 自分でも驚くほど一瞬で距離を詰め、持っていた剣を振り下ろす。

 ガキンと短剣で受け止めた秀司との間に火花が散る。

「驚いたよ、陽斗」

「驚いたって何がだよ。ユリノを庇ったことか?」

「違う。僕が言いたいのは君が何の躊躇いもなく剣を振り下ろしたことにだよ」

 ギャンと剣を弾くと秀司は短剣を逆手に俺から距離を離す。

「普通の人はまず剣を持つことに恐怖する。そして斬るという結末に怖気づく。武器を持って戦える人間というのは覚悟をもった人間だけだ。けど君のそれは覚悟じゃない。君が躊躇いもなく剣を振るえたのは君が『悪』だからだ」

「悪だと? 俺は俺が守りたいと思ったヤツを守るために戦うって決めただけだ。悪なんて言われる筋合いはない」

「その考え方が悪そのものだ。君はそのためならなんだって……人としての価値観さえ捨てられる。無秩序な力の行使は世界を危険にさらす。守りたいと思う人のためにそれ以外を危険にさらしてしまう君の価値観はだからこそ認めるわけにはいかないんだ」

「馬鹿いうなよ。なにかを捨てさえしないと誰も守れないだろうが!」

 二度剣を構えて走り出す。

 間合いを詰め斬り下ろした一撃を秀司は短剣を構えて迎えうった。

 だが、遅すぎる。

 目では俺をおえているはずだ。

 それなのに防御が遅いっていうのは俺を舐めている証拠だ。

 ならそんな余裕があるうちに叩き伏せるだけだ。

 止まって見える秀司の動きに付き合う義理はない。

 俺は振り下ろした腕を歯を食いしばって強引に止め、剣がぶつかる直前で軌道を修正する。

 振り下ろした斬撃はそのまま秀司の短剣を避けるように回して横薙ぎへと繋げる。

 秀司の脇腹に切っ先が触れる寸前に短剣の柄頭が刀身に叩きつけられ、僅かに逸れた斬撃が秀司の太ももを浅く斬った。

「ぐっ!」

 表情を歪める秀司。だがそれ以上にアイツの顔は驚愕に満ちていた。

「そんな、どうして?」

「驚いている暇はねえぞ!」

 俺から距離も離そうとしないのかその場から動こうとしない秀司に追い打ちをかける。

 二撃、三撃と続け様に剣を我武者羅に振り回す。

 そのどれもを短剣が道を阻む前に軌道修正をして秀司の体に幾重もの傷を刻んでいく。

「――く!」

 今まで防戦一方だった秀司が初めて短剣を振りかざす。

 脇をしめて突き出された短剣はこれまでの俺の斬撃全ての威力を持っている。

 くらうわけにはいくか!

 線ではなく点だけの突き。

 恐ろしくスローモーションで繰り出されたその一撃は俗にいう死の間際の――これから自分が死ぬのだという結果を受けいれるために与えられた僅かな時間かも知れない。

 けど、これだけスローモーションなら体さえ動けば死という結果から逃れられるはずだ。

 動け! 動け! 動け!

 硬直した身体を必死に動かし短剣の一撃は首の皮を掠めた。

 傷口から血が流れ出すが構うもんか。

 俺でもわかる大きな隙。

 ここを逃すわけにはいかない。

「うおおおおおおおおおお!」

 全身の力を振り絞った一撃。

 いや、一撃にこだわる必要はない。

 もっと速く! もっと速く動け!

 脈動する全身に力を委ね、俺は一心不乱に剣を振りかざした。

 振り下ろした腕はどんな動きをしたのか自分でもわからなかった。

 だが、一瞬で何度も何度も腕を振り回したことだけは理解出来た。

「が……あ……」

 全身を幾度にも刻まれた秀司はたたらを踏んだ。

 思った以上に出血が少ないのは俺の斬撃全てをギリギリで避けきったからか。

「グッ……」

 全身の痛みに俺は地面に剣を突き立てる。

 ドクンと心臓が激しく脈打つ。

 全身を駆け巡る血液が血管を破ろうと暴れ続けているみたいだ。

 ひとまず呼吸を整えないとまずい。

 息を吐き出そうとした途端、思わず咳き込む。

 身体からせり上がってきたものを抑えることができず、咳と一緒に大量の血を吐き出した。

「な、なんだよ。これ……」

 自分の体の異常がまったくわからない。

 剣を手にした甲にも痣黒い跡がある。いやよく見れば制服から覗く腕にも同じような跡があった。

「一瞬で七つの斬撃か……本当に君には驚かされる」

 胸を抑えて苦しそうに呟いた秀司は血の気の失せた顔で俺を睨みつけた。

「それにまんまと騙されたよ。いやもしくは君すら知らない力だったのかもしれないけど……」

 そう言って秀司は黒い短剣を放り投げた。

「――ッ!」

 投げ捨てられた短剣に手を伸ばす。

 秀司が手放した理由はわからないままだ。だが、あの短剣には今、七撃分の威力が込められている。

 届けええええええええ!





「バカ! その剣を掴むな!」






手が剣に届くその刹那、ユリノの叫び声が屋上に響き渡った。

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