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コード・エラー  作者: 松秋葉夏
ロストシルバー
11/14

7-白銀(2)

「…………また、逃げたのか?」

 陽斗に近づいて何かをしていたようだが秀司はその行為を正確に把握できずにいた。

 気付いた時にはすでにユリノの体は透け、再び姿が消え去ろうとしていたのだ。

 そして今、ユリノの姿は消え、ユリノが武器として使っていた鉄パイプだけが陽斗の近くに落ちていた。

「―――っ」

 迂闊だった。

 以前と同様に足取りを追える細工をすべきだったかもしれない。

 だが、異能の戦いに巻き込まれと判明した陽斗を彼女から助け出すことができたのだから文句を言えない。

 ――ただ問題は僕たちも取り込まれた因子を分離する術を知らないことか。

 ユリノに奪われた因子は詳細こそ聞けてはいないが唯一無二と言われるほどの特殊な能力だ。

 本来、因子は融合した人間の本質から独自の能力を解放するらしいのだが、『祝福』と呼ばれる陽斗の因子は誰と融合しようと同様の能力を発動させると説明を受けた。

 それがどんな能力なのかはわからないがどうにかして陽斗の安全を確保することこそが今後の課題といえる。

 巻き込んでしまった友達を助けることはそれほど秀司にとっては至極当然のことなのだから。

 秀司は水銃剣を下げると周囲の警戒を緩めずに陽斗に近づく。

「大丈夫か? それとさっきはすまなかった。事情を知らなかったとはいえ君に武器を向けるなんて……今度こそ君のことを守らせてくれ」

 差し伸べた手を陽斗が握る。

 安堵の表情を浮かべ陽斗の体を起こそうと力を入れようとした直後、

「え?」

 グイッと陽斗に引っ張られ体勢を崩した。

 だがそれだけではなかった。

 視界の隅で白銀の閃光がチラつく。

 咄嗟に水銃剣を盾に閃光を防ぐ。

 重たい衝撃が腕に伝わる。

 手が痺れ、軽々と銃が手元から弾き飛ばされた時には秀司は現状がわからないながらも行動に移していた。

 引っ張られた力に身を任せ、滑り込むように陽斗の足元を抜ける。再び振りまわされた鉄パイプの攻撃を避けるとバックステップで陽斗から遠ざかり額から流れる血を袖口で強引に拭った。

 目の前には鉄パイプを片手に立ち尽くす陽斗がいた。

 心なしか黒だった髪が徐々に白銀に染まり、見開いた双眸は真紅に色づいていた。

「はる……と?」

 目の前の現実が秀司には到底受け止めきれなかった。

 陽斗にはまるで武術――否、戦い方というのが身についていなかった。

 それこそろくにケンカすらしたことがない雰囲気だ。

 だがそれが今では研ぎ澄まされた敵意と隙のない構えをとって秀司に向き直っているのだ。

 ――ありえない。

 いかに気配を隠すのが上手くても完全に素人として振る舞うのは不可能だ。

 歩き方、呼吸――すべてに至るまで気配を紛らわすことなどそんなことが可能だとは……いや出来てしまう化け物がいるとは考えたくない。

 なら自ずと彼の正体に思考が行きつく。

「君は何者だ」

 そう。目の前の陽斗は陽斗であって陽斗ではない。

 全ての因子は『生きている』と聞いたことがある。

 因子には意志があり生きようとする力がある。

 なら人格が入れ替わったとしか思えないこの現象はこれこそが『祝福』と呼ばれる因子の力の正体だ。

「なるほど。あのバカではないとすぐに気付いたか」

「君は陽斗のもう一人の人格なのか?」

「ハッ、どいつもこいつも同じことばかり――私がコイツの人格の一つだと? 笑わせるなよ。犬風情の分際で!」

「な!?」

「構えろ。さっきまでの私だと思っていたら後悔するぞ」

 ブンと繰り出された一撃を体を捻って避ける。

 ゾクリと背筋を舐めまわす悪寒から逃れるように体を逸らすと陽斗から繰り出された高速の突きが貫通した。

 続けざまに放たれる連撃を直感と反射神経だけを頼みにすべてギリギリで避けきったところで秀司はこの攻撃の癖に一人の少女を思い浮かべた。

「まさか君はユリノ君か?」

 白銀に染まった陽斗の姿はもう先ほどまで拳を交えていた少女にしか見えなかった。

「他に誰がいる?」

 その言葉を聞いた瞬間、秀司の中で理性が弾け飛んだ。

 拳を握り、ユリノに振りかざす。

「君はどこまで無関係な人間を……陽斗を巻き込めば気が済むんだ!」

「なにを言っている? コイツが首を突っ込んだ時点ですでに無関係じゃない。助けようと手を差し延ばした時点でそいつはもう関係者だ」

「それでも! まだ引きかえせる道はあったはずだ! 能力者に仕立て上げて彼の日常を奪うなんてひどすぎる!」

「『ひどい』だと?」

 鉄パイプを大きく振りかぶって秀司を引き剥がすとユリノは怒りを滲ませた。

「私を救おうとした人間を助けることがそれほどまでにひどいことか? ならお前はあの夜、お前たちの人間の手で殺されるはずだったコイツを見捨てろとそういうつもりか?」

「それは……」

 秀司は言葉に詰まった。

 彼女の言葉に嘘はない。

 ユリノはただ本当に陽斗を助けようと――危険を承知の上で因子を使ったのかもしれない。

 けど――。

「コイツの日常を奪ったのは私だけではない。私とお前たちの非現実がコイツの現実を壊した。なら私は私の目的とコイツの命、両方を背負うと決めた!」

 鉄パイプに青白い光の亀裂が迸り、ユリノがそれを一閃すると黒いロッドに変容していた。

「私が守ると決めた。だから私はお前に勝つ!」

 ロッドを構え直したユリノの一撃は鉄パイプとは比べものにならない速度だった

 かろうじて見えた一閃を蹴り上げる。

 わずかな隙に距離をとろうと後ろに飛ぶのと同時に振り下ろされたロッドを受け止め、両手の痺れに歯を食いしばる。

「はああああぁぁぁぁああ!」

 ロッドから片手を放し、空いた手で秀司の腹部に拳を叩きこんだユリノは続けざまにロッドを振り回す。

 回転するように秀司の逃げ道をなくす大薙ぎのあとはロッドの両端を使っての連続した殴打に刺突。そして秀司の隙をつくように繰り出される体術を数多くの戦場で培ってきた第六感とも呼べる直感を頼りに避けきり、横薙ぎに振るわれた一撃を拳を握って相打つ。

「グッ……」

 拳の皮が裂け、血が噴き出す。額から汗を流すほどの激痛が全身を電撃のように突き抜ける。

 だが粉砕まではされていない。

 まだ拳を握ることは出来る。

「おああああああ!」

 秀司は雄叫びを上げると拳を振りしぼり、ロッドを跳ね除けると体を回転させた遠心力を上乗せしてロッドごとユリノを蹴り飛ばした。

「それでも……」

 秀司は拳を握り直すと痛みを堪えて構えた。

「それでも君がやったことは許せるものじゃない。もっと他の手段があったはずだ。なにか別の……それこそ無傷で済む可能性だってあったかもしれない。最悪の手段しか出来なかった君はこれから先、必ずまた彼を傷つける。ならそうなる前に僕がその鎖を断ち切る!」

「知ったような口をきくなあああああ!」

 突き出された一撃を見極め、秀司は膝と肘で挟むようにロッドを受け止める。

「な!?」

 体を捻り、ロッドをもぎ取ろうとしたがその結果、ユリノはロッドごと空中に放りだされた。

 振り上げた一撃をユリノは咄嗟に防ぐがその結果ロッドが手元から弾け飛ぶ。

「く……!」

 続けざまに振り下ろした拳はユリノを地面に叩きつけ――地面に触れる寸前に動いた足がユリノの体を数十メートル先まで蹴り飛ばす。

 屋上から体を半分以上突出し沈黙したユリノを視界に捉え秀司は深い息を吐いた。

 さすがにすぐに動けるようなダメージではなさそうだ。

 見るとロッドも虚空に消え始めていた。能力を維持できなくなるほどに体力を奪われた証拠だ。

 陽斗には申し訳ないが暴走した彼女を止めるにはこうするしかなかった。

 身体を引きずり弾き飛ばされた銃を拾いあげたと同時、

「――ッ!」

 秀司は反射的に銃を振るうと目の前で火花が散った。

 キンと秀司の足元に突き刺さったのはナイフのように黒い短剣だ。

 秀司は剣へと換装した水銃剣を構えると黒い長剣を手に起き上がったユリノを鋭い視線で睨みつけた。

「もう勝負はついただろ? これ以上は陽斗の体が取り返しのつかないことになる」

 秀司の言葉に答えるようにユリノから刺すような殺気が伝わる。

 闘志の潰えない迫力に秀司は手にした武器に力を籠める。

 既に満身創痍といっても手は抜けない。

 秀司自身も満足に動かせるのは片手だけだ。

 なら互いのコンディションは同じ。

 剣を構えずに突進したユリノを秀司は武器を構えて迎え撃つ。

 斜め下から切り上げられた斬撃を弾き返す。

 ―――?

 互いの剣戟が火花を散らす中、あまりの手応えのなさに秀司は眉をひそめた。

 軽すぎる。

 否、斬撃そのものはかなりの速度だがまるで威力が乗っていない。

 闇雲に剣を振り回すだけでは敵わない相手であることを彼女は熟知しているはずだ。

 続けざまに放たれた斬撃を受け流し、反撃に出る。

 垂直に振り下ろした斬撃をユリノは黒い剣を勢いよく振り上げて弾く。

 続けざまにユリノの四方を囲むように放った四連撃は全て弾き返された。

 だが威力そのものは秀司の斬撃の方が強く、ユリノは剣を弾き返すと体ごと大きく吹き飛ばされていた。

「反射速度が上がっているのか?」

 全ての斬撃をギリギリだが弾き返したその技量にその可能性を見出だしたがどうにも納得できない。

 正直なところ、秀司とユリノの体術のセンスは互角だ。

 それでも秀司が優勢に立てているのはひとえに彼女が小柄な少女であるからだ。

 ユリノならどの攻撃も対応できるセンスはある。

 ならより体力と力がある男の体を使っているなら十分に対応できてもおかしくない。

 斬撃に威力がないのは陽斗の体力に限界が訪れているからか?

 続けざまに十合と互いの剣戟がなり響く。

 同時に振り下ろした斬撃が秀司とユリノの間で激しい火花を散らした。

「もう十分だ。君にはもう戦える力は残っていない。諦めて陽斗の体を解放してくれ」

「……確かに満足に体を動かすほどの力は残っていない。だが、そんな理由が負けていい理由になるわけがないだろうが!」

 渾身の力を込めたであろう一撃は秀司を大きく退かせた。

「あいにく私ももう時間がない。悪いが決めさせてもらう!」

 腰を深く落とし黒い剣を突き出すように構えるユリノ。

 秀司は注意深く周囲に意識を回すと剣を正眼に構え直す。

 ユリノが仕掛けたのは秀司が剣を構えたのとほぼ同時だった。

 まるで地面を滑空するように走り出したユリノは手にした黒い直剣を肩に担ぎ、ブーメランのように秀司に向かって投げ飛ばした。

 くるくると回転する剣の太刀筋はデタラメでまったく予測が出来ない。

 秀司は歯をギリッと噛みしめると水銃剣を向かってくる直剣に向かって投げ飛ばす。

 空中で火花を散らす二つの武器。

 当たり所が悪かったのか秀司の水銃剣の刀身が砕け散った。

 だがすでに秀司の意識はそこにはない。

 秀司はただ目の前の青年にだけ意識を集約させていた。

 黒い直剣を放り投げるのと同時に地面に突き刺さっていた黒い短剣を拾いあげ、ユリノは秀司の目の前まで来ていたからだ。

 黒い短剣から迸る闇色の閃光が秀司の視界を染め上げる。




「数刻の連撃をもって一刻の一撃を放て――《クロノブレード》!!」


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