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霧の魔法  作者: 美月 純
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第8話:生まれた日

 翌朝は八月十五日、宙の誕生日だった。約束の九時に旅館前に出ていると、時間通り葵がやってきた。

 

「おはよう!」

 

 宙は、葵に昨日キスを交わしたことなど忘れたかのように明るく挨拶をされて少し拍子抜けした。

「お、おはよう。」

「おいおい、元気ないなぁ、宙君、今日も張り切っていこうじゃないか!」

 

 そういうと葵は思いっきり宙の背中を叩いた。

 

「いて!なんだよいきなり。ゲホッゲホッ。」

 

 むせる宙を尻目に葵はサッサと歩き出した。

 でも、内心、宙は少しホッとしていた。昨日のキスで、ぎこちなくなったらどうしようかと思っていたので、葵の明るい対応に安心させられた。

 

「今日はね。我が家へご招待だよ。」

 

 歩きながら当たり前のように葵が言った。

 

「え?!我が家って、葵のうち?」

「そう、わたしんち。」

 

「ちょ、ちょっとそれはいきなり、まずいよ。」

「なんで?別にいいじゃん。友達でしょ?」

 

「そりゃ、そうだけど・・・。」

「じゃあ、いいじゃん。友達の家に遊びに行って悪いことないでしょ。あ、でも、キスしたからもう恋人か。」

 

「ゲホゲホッ」

 

 宙は再び驚かされてむせた。

 

「恋人って・・・。」

「違う?じゃあ、あのキスは嘘だったのね。」

 

 しょんぼりとして葵が言うと、

 

「いや、嘘とかじゃないけど、いきなり恋人とか言われるとちょっと、ハズイというか、ビックリしちゃって。」

「きゃははは、またひっかかった。宙って単純。」

 

「ひどいな、葵、またからかったんかよ。」

「だって、宙ってかわいいんだもん。なんか弟みたい。」

 

「なんだよそれ。ばかにして。」

 

 そういいながら、宙の心には絵羽と出会った頃のことが蘇った。

 

『私たち姉弟に見えるかな。』『弟へ、姉より。』

 

 絵羽の言葉が思い出された。

 

「まぁ、男性としては頼りないけど、かわいいから許しちゃう。」

「なんだよ、それ。ったく、いいよ。どうせ頼りないですよ。」

 

「きゃははは、宙ちゃん、だーいすき!」

 

 そういうと、葵のほうから手を繋ぎだした。再び触れた葵の手の感触が、宙の胸をキュッと締め付けた。

 

「ここだよ。」

 

 そういって案内された家は、広い庭の中にある、昔ながらの木造(きづくりの平屋の家がだった。宙にとっては、良くテレビで目にする田舎の家そのものだった。

 

「ちょっと古くて恥ずかしいけど、遠慮なく入って。」

「あ、うん、そんなことないよ。なんか、ホッとする。」

 

「そう?じゃあ、どうぞ、どうぞ。自分の家と思ってくつろいでください。」

 

 葵は、ガイドっぽい口調で促すと、自分も後ろから玄関の小上がりを上った。

 

「そこの居間に入って座ってて。」

「え、あ、うん。あのー、おうちの人は?」

 

「あぁ、大丈夫、両親は働いてるから、今日は誰もいないよ。」

「え?!」

 

「だから遠慮なく、そちらでお寛ぎください。」

 

 そういうと、葵はサッサと奥の部屋に消えていった。

 通された部屋は、畳10畳ほどの広さで、畳の先には廊下があり、そのまま庭の縁側へと続いていた。座らされたところは広い卓とその周りに座布団が敷かれていた。

 

「おまたせ〜。」

 

 奥の方から葵が冷たいカルピスのような飲み物を持ってきた。

 

「わぁ、なんか、CMに出てくる田舎の縁側でカルピスって感じ。」

「あーわかる。わかる。そういうCMあるよね。あと、そうめんとか、スイカとか、夏の原風景げんふうけいって感じ。」

 

「そうそう。それ。すごい、なんかホッとする。」

「そっか、やっぱ都会と違うよね。私はいつもこうだから当たり前だけど。」

 

「うん、でも、来てよかったよ。葵んち。こんな経験、旅先でも出来ないからね。」

「ほんと?うれしい。よかった。喜んでもらえて。」

 

 葵は満面の笑みでそう言った。その顔を見て宙もうれしくなり微笑んだ。

 

「縁側でどう?」

 

 カルピスをお盆に乗せたまま、葵は縁側の方へ歩いていった。

 

「いいね。」

 

 そういうと宙も立ち上がり縁側に向った。

 

「ふぅ、マジホッとする。」

 

 縁側に腰掛けて庭に足を投げ出しながら、並んで座ってカルピスを飲んでいると宙から自然とそういう言葉が出てきた。

 

「そう。よかった。どう?癒される?」

「うん、癒される。っていうか、なんか頭からっぽにできる。」

 

「いいことかもね。頭からっぽ。なんか考えることとか多いからね。」

「そうそう、おれら高校生は半分大人で、半分まだ子どもだから、大人と子どもの両方の悩みを抱えてるからね。」

 

「確かに。うまいこというね宙。ほんと毎日そんな感じだよね。学校のこと、家のこと、友達のこと。」

「彼女のこと。彼氏のこと。成績のこと。将来のこと。今のこと。昔のこと。いくらでも悩みは尽きない。」

 

「だね。でも、それって生きてるからこそ悩めるんだよね。死にたいくらいの悩みもあるけど、生きてるから死なないで悩んでるんだよね。」

「そう、死んだら悩みはなくなるかもしれないけど、生きてるからこそ悩むことも出来て、考えて、結論を出して、そして前に進んでいく。それが、人間なんだろうね。」

 

「そうだよね。それが人間。ほんと、生きてることは辛いけど、かけがえのないことだよね。」

「葵、俺ね。」

 

「ん?」

「俺、本当は死にに来たんだ。」

 

「・・・・。」

「ん〜正確には、死ぬのは思い止まって、お袋にも『死なない』って心の中で約束して、いざここまで来たんだけど、旅行の途中で『やっぱ死のうかな』って思ったことが何度かあった。」

 

「・・・・。」

「実はね。俺の彼女・・・死んだんだ。」

 

「え?」

「この夏前にね。白血病で・・・、まだ、付き合って一ヶ月の時に発病してね。それから、たった二ヶ月もしないうちに死んじゃったんだ。」

 

「宙・・・。」

「俺、どうして言いかわかんなくて・・・、この旅はその彼女を忘れて新しい自分になれることを目標に来たんだけど。まだ混乱してる。」

 

「忘れなくていいよ。」

「え?」

 

「忘れなくていいんじゃない。ううん、むしろ忘れちゃダメだよ。」

「・・・・。」 

 

「出会った時もいったけど、その人のことはもう、想い出。忘れる必要はないんだよ。その上で新しい自分の生活を築いていけばいいんだと思う。」

「・・・・。」

 

「じゃないと、その子もかわいそうだし・・・。」

 

 そういうと葵の大きな瞳から涙がこぼれた。

 

「葵?どうして泣いてるの?」

「わかんない。ただ、宙に愛された彼女がうらやましい。そんなに悩んでくれる人がいてくれた彼女は幸せだったと思う。」

 

 涙を流したまま葵は宙を見つめて言った。

 

「そうかな。幸せ感じてくれてたかな。」

「当たり前じゃん。幸せに決まってる。だから、今度は宙がしっかり自分を見つけて幸せにならなきゃ。その人のためにも。」

 

「そうか、そうだよね。俺が幸せにならなきゃ、だよね。」

「そう。宙が幸せになれば、きっとその人も幸せをもっと感じてくれるはずだよ。」

 

「そっか、うん。ありがとう。葵、俺、もう大丈夫だよ。」

「よかった。でもね。私は、大丈夫じゃない。」

 

「え?」

「宙・・・。」

 そういうと葵は宙の身体に自分の身体を預け、その勢いでその場に倒れこんだ。

 

「葵?ちょっと。」

「宙・・・。」

 

 葵がその涙に濡れた目でジッと宙の目を見つめて、そのまま唇を重ねてきた。

 長いキスだった。始め、なすがままだった宙も、自分から葵の身体を引き寄せて、強く抱きしめた。

 

 葵の部屋の布団の上で二人は身体を重ねていた。

 

「葵、本当にいいの?」

「・・・・。」

 

 静かに葵は頷いた。そして、目を瞑り、宙に身体を預けた。

 宙はおそるおそる葵の身体にふれていく。葵のワンピースのボタンをぎこちなく一つずつはずしていく。下着だけになった葵を見つめて自分も急いでTシャツを脱ぐ。

 再び身体を重ね合わせ、唇を重ねながら葵の胸に手を当てる。ドキドキと脈打つ心臓の鼓動を手のひらに感じる。

 二人とも生れたままの姿になり、身体を重ね合わせて宙が葵の身体を開こうとした時

 

「待って。一つだけ聞いていい?」

 

 突然の言葉に宙はドキッとして体の動きを止めた。

 

「あのね。私を抱いたら、その彼女のこと忘れる?」

「え?」

 

「私のこと愛してくれたら、その彼女のこと忘れちゃうかな?」

 

 しばらく、宙は考えていた。そして、応えた。

 

「いや、忘れないと思う。やっぱ忘れることはできない。だって、本当に愛していたから。」

「そう。よかった。いいよ。宙、来て。」

 

 葵はそういうと、宙の首に手を回し、自分の胸に宙の顔を埋めるように優しく導いた。

 宙は葵の中にそっと入り込んだ。頭の芯がボーッとするような感覚を感じた。葵の吐息だけがはっきりと耳の中に入ってくる。でも、何も見えない暗闇の中にいるような錯覚を覚え、最後にすべてが光に包まれて真っ白な世界にいるような感覚が宙の頭の中いっぱいに広がった。

 気がつくと自分の身体の下に葵が身体を小刻みに震わせながら呼吸を整えていた。

 

「宙、アイシテル。」

 

 そういうと、葵は再び宙の首に手を回し、自分の胸に宙の頭を押し付けるように抱き寄せた。

 宙の頭の中には、絵羽の顔が浮かんでいた。

 

『絵羽、俺は・・・。』

 

 宙は心の中でつぶやいた。

 

 

 ふと気がつくと、宙の腕の中で葵が寝息を立てていた。

 宙自身少しまどろんでしまったようだ。夏でもひんやりとした空気が暗い部屋の中に満たされていた。

 眠っている葵を起こさないように、そっと腕を抜くと、服を着た。

 しばらく眠っている葵を傍に座って見ていた。

 

「不思議だ。つい三日前に会ったばかりなのに、ずっと前から知っていたような。なんか出会うことが必然だった気もする。葵、君はいったい誰なんだい?」

 

 スースーと寝息を立ててる葵は応えるはずもなかった。

 

「でも、おかげで少し吹っ切れてきた気がする。ただね。やっぱり、まだ絵羽のことは忘れられない。葵は、『忘れなくていい』って言ってくれたけど、俺の中では、まだ「想い出」にはできない。まだ、絵羽の死を受け入れられないでいるんだ。今日は俺が生れた日だけど、まだ、新しい自分には生まれ変われない。」

 

 葵は深い夢の中にいるようで、ピクリとも動かない。

 そんな葵の寝顔を見て、微笑んだ宙は、そっとほっぺたにキスをした。

 

「おやすみ、葵、明日、俺は帰るけど、また会いに来るね。」

 

 そうつぶやくと、葵の家を後にした。

 


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