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霧の魔法  作者: 美月 純
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第7話:変化

 翌日、同じように九時に旅館を出て、葵と合流し、霧多布周辺を案内してもらった。

 

「ここが岬への入り口、ちょっと深い森のようになってるから、足元、気をつけてね。」

 

 そこは、昼間なのに外からの光を遮り、ちょうど木々がトンネルのようになって生い茂っていた。

 

「へぇ、なんかひんやりするね。」

「でしょ。真夏でもここの平均気温は17度くらいでとても涼しいから、こうして日陰に入ると、もっと体感温度は低くなるんだよ。」

 

「へぇ、都会のうだるような暑さはここにはないんだね。」

「そうね。都会の暑さは良く知らないけど、たぶん、そんなことはここにはないわね。あ、そこ気をつけて。」

 

 そういうと、いきなり葵は宙の手を握って引っ張った。

 

「あ、うん。」

 

 とっさのことでとても自然ではあったが、宙は葵と手を繋いだことにちょっと照れてしまった。

 引っ張ってくぼみを越えると、何もなかったようにパッと葵は手を離した。

 

「なんだ・・・。」

「ん?なんか言った?」

 

「え?いや、何も・・・。」

「うそ、なんか言ったよ今、『なんだ』とか『かんだ』とか。」

 

「かんだとかいってないよ。」

「例えだよ。」

 

「わかってるよ。別に独り言。」

「ふーん・・・、あたしにはなんか、残念そうに聞こえたんだけど。」

 

 そういわれて宙はドキッとした。実は、葵があっさりと手を離したので、ちょっとがっかりして、思わず言葉が出てしまったからだ。

 

「えへへ〜」

 

 そう言いながら、葵はちょっと俯いている宙の顔を覗き込んだ。

 

「な、なんだよ!」

 

 そういった宙の手を葵はにっこり笑いながら、いきなり握り、そのまま引っ張っていった。

 引きづられるように宙は葵についていった。

 

「っちょ、ちょっと、いきなりなんだよ。」

「うふふ、手、つなぎたいんでしょ?」葵はニコニコしながら、でも、まっすぐ前を向きながら宙に尋ねた。

 

「え?違うよ。別にそんな・・・。」

「いいのいいの、これはサービス。観光案内のオプションでございます。」

 

 そういうと葵はチラッと宙の顔を振り返ってウインクした。

 

「え・・・。」

 

 ちょっと照れたが、俯きながら宙も笑顔になっていた。とても自然に手を繋いで歩いていた。葵の手は、小さくすっぽりと包み込めるほどだったが、やわらかく、とても温かかった。そして、絵羽の手の感触ととてもよく似ていた。

 

「ほら、ここが岬の入り口。」

 

 木々のトンネルを抜けるといきなり視界が広がった。そして、太陽の光が急に差し込み一瞬明るさで目がくらんだ。

 目が慣れてくると、少し先に広がる真っ青な空とかすかな波の音が聞こえた。

 

「あと、少しで岬だよ。」

 

 再び手を繋ぎながら葵は宙を引っ張るように先に進んだ。

 次第に波の音がはっきりと聞こえてきて、道がさらに開け眼下に空の色とは対照的な深いあおの海が広がっていた。

 

『ついに来た。霧多布岬』宙は心の中でつぶやいた。

 

 岬の突端までいくと、人が落ちないように柵があったが、それでも、断崖は覗き込むと吸い込まれそうなほど急だった。岬に波がぶつかり勢いよく砕け散っていた。

 宙はしばらく、言葉が出ずに海と空とを見つめていた。

 葵もそんな宙の様子を見ながら黙って海を見つめていた。

 

「ふぅ〜、やっぱ自然はいいね。」

 

 宙が、言葉を発すると、葵はフッと宙のほうを振り返って言った。

 

「うそ。」

「え?何が?」

 

「今、そんなこと、考えてなかったでしょ?」

「え?なんで?」

 

「でしょ?」

 

 少し問い詰めるように葵は宙の目を見つめながら言った。

 

「え、あぁ、うん。うそ。考えてなかった。」

「ふふ、わかるよ。別れちゃった彼女のこと考えてたでしょ?」

 

「え、あぁ、うん。考えてた。」

「やっぱなぁ。よっぽど好きだったんだね。その彼女のこと。」

 

「え、あぁ、まぁ。」

「好きだったの?好きじゃなかったの?」

 

 急に葵が語気を強めて、宙に詰め寄った。

 

「え?あぁ、好き、好きだったよ。世界で一番好きだった!」

 

 宙は問い詰められて思わず勢いに任せて応えてしまった。

 

「そう、ならいい。幸せだね。その彼女。」

 

 今度は一転して急にトーンを下げて葵は言った。

 

「え?そうかな?幸せだったのかな?」

「幸せだよ。誰かに『世界で一番好きだった』なんて言われたら、幸せに決まってるじゃん。あたしだって言われたい。」

 

「え?葵も?そう言えば葵は今彼氏とかいないの?」

「いない。私ブスだし、性格きついから。」

 

「そんなことないよ。充分かわいいし、確かに性格は強そうだけど、優しいとこもあるし。」

「なんだそれ?やっぱ性格きつそう?」少し不機嫌に葵が言った。

 

「あ、これは失礼。いや、なんていうかさ。きついんじゃなくて、しっかりしてるっていうか、でも、こうして見知らぬ俺を傷心旅行だからって慰めてくれるために観光案内までしてくれて。やっぱ優しくなければできないよ。」

「・・・・。」

 

「そう、それに、そのめがね。コンタクトにしたら?きっとかわいいと思うよ。」

 

 そういうと、宙は、そっと葵の眼鏡を外した。

 葵の潤んだ瞳が宙の左右の目を交互に見ながら不安そうに見つめていた。

 

「ほら、やっぱかわいい。」

 

 そういいながら、宙はジッと葵の顔を見つめた。

 大きな波が岬にぶつかった音で、宙は我に返った。

 

「あ、ごめん。これ。」

 

 そう言って宙はメガネを葵に返した。

 

「あ、うん。」

 

 そう言って、葵も眼鏡を受け取り掛けなおした。

 また、しばらくの間、二人の間を沈黙が支配した。

 

「さ、そろそろ、次の観光スポットに向かいましょう!」

 

 突然、葵が大きな声で言った。

 

「わぁ、ビックリした。そう、だね。じゃあ、次をお願いします。ガイドさん。」

「きゃははは、いいかも、ガイドさんって。」

 

「だろ?ははは」

 

 二人はまた元のように戻ったが、朝旅館を出発した頃より少しだけ二人の距離が縮んだ感じがした。

 

 

「今日はありがとう。マジ楽しかったよ。」

「ほんと?そう言ってくれるとガイドの甲斐があったわ。」

 

「ほんと、ほんと、いろんなとこ見れたし、地元の人じゃなきゃわからないようなレアスポットも知れたし、満足、満足、名ガイドだよ葵は。」

「えへへ〜照れるな。そう?私ガイドの道に進もうかな。」

 

「あ、いいかも。向いてるかもよ。」

「ほんと?マジ考えちゃおうかな。」

 

「葵ってさぁ。」

「ん?なぁに?」

 

「結構単純?」

「なにそれ?!どういう意味よ!」

 

「はははは、怒った?」

「ったく、折角ガイドしてあげたのに、もう、知らない!」

 

 そういうと葵はプイッと後ろを向いてしまった。

 

「ごめん、ごめん。冗談だよ。葵はほんとにいいガイドになれるよ。」

「もう、遅い。」

 

 まだ、後ろを向いたまま機嫌が直らない葵に困った宙は

 

「ねぇ、葵ちゃーん、機嫌直してよ。ごめんよ。」

「だーめ。」

 

「困ったなぁ。どうしたら機嫌直してくれる?」

 

 しばらく黙っていた葵が突然クルッと振り返って言った。

 

「ごほうび!」

「え?なに?ご褒美?」

 

「そう、ごほうびちょうだい。ガイド料。」

「え?お金?」

 

「ち・が・う、ご褒美、お金じゃないご褒美。」

「え〜、難しいな。お金じゃないご褒美って・・・、なにあげりゃいいんだ?」

 

「キスして!」

 

 そう言うと葵は宙に向って、口を突き出してキスをねだった。

 

「え?ちょっとそれは・・・。」

「やっぱ私がブスだからできないんだ。」

 

「ち、違うよ。だって俺たちまだ出会って間もないし、キスってそれは恋人とか好きな人同士がするもんで・・・。」

「やっぱ、前の彼女の方がかわいいんだ。」

 

「え、いや、かわいさは変わらないけど、ほら、俺たちまだ高校生だし。」

「高校生ならキス位してるでしょ。宙はその彼女としなかったの?」

 

 そう聞かれて、絵羽と交わしたキスを思い出した。

 

「ほら、やっぱしてる。私とはできないの?」

「え?いや、その、ほら俺たち恋人ではないし。」

 

「どっち?キスしたいの、したくないの?」

「いや、したい!」

 

 思わず出てしまった自分の言葉に宙自身驚いた。

 

「じゃあ、して。」

 

 再び葵は目をつむって宙に向って唇をつぐんでねだった。

 

『くそ、こうなりゃ、やけだ。』

 

 そう思った瞬間絵羽の顔が浮かんだ。

 

『絵羽・・・ごめん。』

 

 そう思いながら、葵の唇に軽く自分の唇を合わせた。時間にすれば一秒もない。

 

「もう終わり?」

 

 葵がキョトンとして宙を見つめていった。

 

「もう、許して、せいいっぱい。」

 

 グッタリしている宙を見て、葵は笑い出した。

 

「なんだよ。葵が言い出したことだぞ。」

「きゃはは、本気にしたの?宙?かわいいね。私だってキスくらい経験あるよ。なのに、すっごく重大に考えて、チュだって。きゃははは。」

 

「まいった。もう、何も言いません。」

 

 グッタリした表情で宙はその場にへたりこんだ。

 

「ごめん。ちょっとわがまま言い過ぎたね。お詫びに明日も遊んであげるから。」

「はいはい、よろしくお願いします。」

 

 ため息をついている宙におかまいなく、葵は明日のスケジュールを伝えた。

 

「じゃあ、明日また九時に旅館の前でね。」

「はーい、待ってます。」

 

 まだ腰を下ろしている宙に近づいてきた葵は、宙の顔を下から覗き込むように、しゃがみこむといきなり宙の唇にキスをした。時間にすればニ秒くらいだったがさっきよりは少し長かった。

 あっけに取られている宙をその場に置いて葵は小走りに家のほうへ駆けていきながら、宙のほうを振り返り、にっこり微笑んで、再び振り返って走り出した。

 呆然として宙はその場に佇んでいた。

 

 

 旅館の部屋に戻った宙は敷いてある布団に寝転がって天井を見つめていた。

 絵羽と葵の顔が交互に浮かんでは消えた。

 

「俺どうしたんだろ。あれほど絵羽のこと思ってたのに。今は葵に惹かれてる。」

 

 そういって寝返りを打った宙は罪悪感に似たものを感じていた。

 

「忘れなきゃいけないのかな。絵羽のこと・・・。じゃないと、前には進めないのかな。」

 

 そうして、布団にもぐりこむと頭から布団を被って真っ暗な中でジッと考えた。

 

「俺っていいかげんな男なのかな。でも、葵は生きてるよな。絵羽は死んでしまったんだよな。」

 

 宙は自分に言い聞かせるように独り言をつぶやいていた。でも、心の中では何かが闘っていて、納得することが出来なかった。そして、いつの間にか歩き回った疲れが出て眠ってしまった。


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