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向かうべき場所。

前回のあらすじ


 帝都スタングローヴの夜。勇者になれなかった皇女エーリは、勇者の来訪の知らせに苛立ちを隠せませんでした。

 

 拝啓、女神さま。

 あなたの勇者ルージュはいま、女神トーラのお膝元。聖地と名高い王都ディアカレスの地で、ひどい迫害を受けています……!


「なんだ勇者よ。まだこの国にいたのか。魔王の復活は近いぞ。早く旅立ってはどうだ? ン?」

「ああ、まだいたのですね勇者殿。先日のご活躍はお見事でした。山を吹き飛ばして食べる食事はさぞ美味でしょうね……」

「ああん助けて女神さま! 廊下で偶然すれ違っただけの陛下とエイクエスさまがいじめるぅ!」


 二人の白々とした目線に耐えきれず、私はズシャアと膝をつきました。

 グリフォン討伐という名の大規模自然破壊クエストを達成した、その翌日のことでした。


「いじめるだなどと人聞きの悪い。知っての通り、我が国ゴードグレイスはトーラ神聖教を国教とする敬虔なる信徒の国ぞ。その国王と宰相が、女神に選ばれし勇者をいじめるはずがなかろうよ。なあ宰相よ」

「ええ、無論です陛下。例え女神にハメられようと、BL宰相などという無実の誹りを受けようと、タイローン山の崩壊による隣国からの猛抗議に忙殺される未来が見えたとしてもっ! ………………………………………………私の信仰が揺らぐ事はないでしょう」


 エイクエスさまの無言の間の長さには、情感がたっぷり込められていました。


「まあ冗談はさておくとしてだ。勇者よ」

「はい」


 陛下の声のトーンが真面目なものとなり、私はすっくと立ち上がります。

 直立したまま握った拳を胸にあて、少しだけ俯く陛下。そしてキリッと顔を上げると同時に握った拳を振り抜くようにバーン! そして!


「新たなる魔王の脅威は、もうすぐそこまで迫っている。勇者よ。いまこそ旅立ちの時だっ!!」


 響き渡る大音声。まっすぐに伸ばされた腕と指、そして遥か彼方を見据える、叡智を宿した陛下の眼差し。それは今まさに軍に号令を発さんとする、偉大な王の所作でした。かっこいい! 歌劇のワンシーンみたい!


 ただ惜しむべきはここは戦場でも劇場でもなく、私と陛下が本当にたまたますれ違っただけの王城内の廊下だった点でしょうか。私と陛下を気にしながらも足早に横切っていく侍女さんたちや、陛下の大声に何事かと扉を開ける文官さんたちが先ほどからチラチラ見えています。そうですよね、分かります。ふつう勇者の旅立ちって、畏まった雰囲気の謁見の間とかから始まるものじゃないですかあ。それが最近ふつうに陛下の執務室とかに呼ばれるようになって、今では廊下で立ち話ですよ。なんでしょう。私こういうのって、アットホームとかそういうアレとは似て非なる扱いだと思うんですよお。

 しかもそれ、さっきの台詞をちょっと言い換えただけですよね陛下!


「そう白い目で見るでないぞ勇者よ。グリフォン討伐という大仕事を斜め上方向に達成したそなたに我が国から頼める仕事はなにもない。旅立ちの時が近いというのは本当のことなのだ。それで勇者よ、最初に向かう国は決まったか?」


 あ、そうでした。

 昨日私たちが王都に戻ってグリフォン討伐の顛末を報告したあと、そんなことを聞かれたんでした。

 要約すると、聖王国から私たちに頼める仕事はもうこれ以上は何もない。しいてはすぐに旅立ってもらうから、最初に行きたい国を決めておけと、そういうお話でした。

 慣例ですと、これから諸国を渡り歩くことになる勇者の旅では最初に向かう国だけは勇者の希望を聞くことにしているのだそうです。そう言えば『勇者の書』を預かるとき、そんなお話をしていたような気もするんですよね。

 あの時はなんだかんだで答えられなかったのですが、今も私の行きたい国はたった一つに決まっています。あれからアグニとエミルとも話をして、三人で決めた答えです。


「その様子だと決まったようだな。場所を移そう。従者を連れて、余の執務室に来るがいい。そこで改めて話を聞くとしようか、勇者よ」


  @


 場所を変えて、陛下の執務室に集まりました。

 私とアグニにエミル、それに陛下とエイクエスさまを加えて、五人がこの場に集まっています。


「ほお。ハルグリア帝国を選んだか」


 私たちの答えを聞いて、組んだ両手を机に散らばった書類の上にゆったりと置いて言ったのは、この執務室の主であらせられるギリエイム陛下です。


「英雄の国、ハルグリア帝国。

 それはかつて人界を襲った魔族の侵攻という名の大災害の折に、たった一つのちっぽけな砦と19人の英雄たちから始まった国だ。

 魔族の侵攻を凌ぎ切り、ハルグリア帝国という国を興して以降、誰に頼まれた訳でもなく、人界を守護する盾としての責務を全うし続けている誇り高き国だ。

 特に彼の国の帝都スタングローヴは、悪名高きレオイロス大平原に面している。勇者ならば遅かれ早かれ必ず向かうことになる国なのだが、それでも彼の国を指定したならば何か理由があるのだろう。勇者よ。そなたはなぜハルグリア帝国を選んだ?」

「畏れながら陛下。その説明はオレからさせていただきたく思います」

「許す。近衞騎士アグニよ」


 横に並んだ私たちの中から、アグニがすっと一歩前へ。

 お馴染みの革の鎧に包んだ体をぐっと逸らして、アグニは大きな声でこう言いました。


「今のルージュ殿に足りないもの。それは、優れた師による剣術指南です!」


 直立不動の姿勢で胸を張り、はっきりとそう告げたアグニの前で、陛下とエイクエスさまのお顔が食あたりをこらえるみたいに急速に歪んでいきました。

 触れられたくない話題に触れられた。それにしてはちょっとオーバーリアクション萓身なのではないでしょうかねえ陛下。ねえエイクエスさま。ねえ。


「……うむ。アグニよ。その通りだ。勇者の手加減下手については聞き飽きるほどの報告を受けてきたが、それでもまだ余の認識が足りていなかった事実を認めよう。そこの宰相を含めて、余は、ゴードグレイス聖王国は勇者を甘く見ていた。勇者よ。そなたの手加減下手はもはや大規模自然災害級である」

「待ってください! 私噴火や地震なんかと同じレベル!?」

「肯定です陛下」

「アグニの裏切りもの!」


 涙ながらにそう言うと、アグニはすごく悲しそうにこちらに振り向いてふるふると首を振りました。

 あっこれダメなやつだ。例え主に嫌われようとも忠信を尽くそうとする騎士の顔です。つまり私の手加減下手ってそういうレベルらしいです。

 でも待って。納得いかない。だって思い出して。そんな評価のトドメになったグリフォン退治の一件では、この私自身はホントになんにもしてないんだってことを……!


『まあ落ち着けルージュ。おまえがここで暴れたら話が進まないだろうが』

『そうですよルージュ。あなたの実力が知れ渡っているというのは今に始まったことではありません。ここはどっしりと構えてみせて、まずは大物感を演出するのです』

『誰アピール? 誰に対してのアピールなの? もう陛下にアピールしたところで手遅れ感ありません?』


 女神と魔王にも窘められて、もやっとする私を尻目に、アグニと陛下の会話はどんどん進んでいきます。


「確かに勇者がもう少し扱いやすくならんことには、他国に移ったところでロクな働き口などないだろう。手に余る様が目に見えるようだ。勇者に特訓が必要だとする、そなたの言い分は認めよう。だがアグニよ、問題となるのは師よりも修練場所なのは分かっておろうな? 考えを述べてみよ」

「ハッ。レオイロス大平原であります、陛下。帝都スタングローヴに『送還』された後、我々はレオイロス大平原へと向かいます」

「ふむ……。レオイロスか」


 高そうな椅子をぎしりと軋ませ、しばし黙考する陛下。


「確かに、あの地であれば誰に憚ることなく剣を触れるかもしれんな。なにせ数えきれぬほどの人と魔族の血と怨念を吸った死の大地だ。あの地で生活している民などおらず、跳梁跋扈するのは極めつけの魔物たちばかりだ。

 だが許可はできぬ。アグニよ、お前も分かっておるだろうが、あの地は人命とも比べられぬほどの価値を持つ人界の要所でもある。

 この人界が未だ存続できているのは、魔界へと続くゲートがあの地にしか開かぬという大前提があるからだ。

 故に、あの地は慎重に扱わなければならない。なぜあの地にしかゲートが開かぬのか、分かっていないのだからな。例えば大地を割るなどして、ゲートの位置が変わってしまう……などといった事態は決して起こしてはならんのだ。特に、何をやらかすかも分からぬ超危険人物を送り出すなど以ての外だ。アグニよ。余は王として、そのような浅はかな真似はできんなあ」


 アグニと喋ってるはずなのに、陛下の水色のマナコから放たれる視線攻撃が痛いです。

 危険人物だのなんだの言われていますが、魔王に窘められた手前、ここは黙っていることにします。

 それにほら。事前に打ち合わせた通り、アグニが説明してくれますから。


「いいえ、違います陛下。ルージュ殿の修行場所はレオイロス大平原ではありません」

「なに?」


 レオイロス大平原に向かいながらも、目的地はそこではないのだと告げるアグニに、陛下が訝しげな視線を注ぎます。

 ですが、すぐにその意味に気がついたのでしょう。陛下とエイクエスさまが同時にハッとしたように目を見開き、声を震わせたのは少しだけ痛快でした。


「アグニ。そなた、まさか」

「そのまさかです、陛下。人界に被害を及ぼさずにルージュ殿の剣を磨くため、我々に魔界へ向かう許可をいただきたい!」


 威風堂々とそう告げるアグニの言葉の破壊力は、陛下、そしてエイクエスさまを圧倒させ、閉口させるに足るものでした。

 二人の額にはじわりと浮かんだ汗が、その心境を物語っています。


 今すぐにでも魔界に行きたい私と、それに魔王とエミル。

 私にへそを曲げられては困るとしぶしぶ協力してくれた女神。

 人界で剣を振れないのなら、魔界で振るえばいいじゃない。そんな建前のもと、私の見せかけのやる気に協力してくれたアグニ。


 複雑に絡み合った私たちの思惑の末に選ばれた、私たちが向かうべき最初の土地。

 それはハルグリア帝国でもレオイロス大平原でもなく魔界。

 

 そう。

 これこそが、人界に長く足止めされたくない私が、勇者の旅をブッチするために選んだある意味勇者失格の作戦。

 グリフォン討伐の斜め上方向の結末を強く印象づけられた陛下とエイクエスさまに贈る、私の、そして私たちの選択でした。


っしゃあ間に合ったぁ!

今回短めですが、今年最後の更新となります。

忙しさのあまり年末ジャンボを買い損ねた筆者ですが、皆様にドリームカムトゥルーのあらんことを。


メリークリスマス! そしてよいお年を! 来年もよろしくお願いいたします!

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