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最善を尽くしたつもりだったのですが。

前回のあらすじ


 討伐に向かったグリフォンは、なんとボス個体でしかも番い!

 予想外の相手に、しかしアグニは全力で立ち向かうことを決めたのですが、アグニが牽制に放った炎は……。


※このお話にはなんちゃって科学ファンタジーが含まれております。

 

 その時、ルージュらが戦いを開始したタイローン山脈を遠望できるマツコベ村の近郊では、マツコベ村の村長であるレガート・マツコビアンが橋染工事の陣頭指揮をとっていた。

 彼の村から見て河川を挟んだ南西に位置する、深く生い茂った未開の森まで馬車を行き来させるための橋造りだ。春先にマツコベ村を襲った森牛の暴走(スタンピード)騒動。それによって南西の森へと逃げ延びてしまった森牛を、再び自分たちの手で狩るためには必要な工事だった。


 近隣の町の工務店に大金を叩き付けた甲斐あって、辺鄙な農村が使うだけの橋造りにしては少々過剰なほどの人員が集まっている。屈強な大工や護衛の冒険者たちが一カ所に集う様子は中々に物々しい雰囲気だ。

 だが見た目の荒々しさに比例するように、大工たちの士気は高い。

 もともと評判の高い優秀な大工たちだ。そんな彼らを余さず雇い上げるような金に糸目を付けない上客のもと、資材を惜しまず最高の橋を造れ、などと言われて昂らない職人はいない。

 工事が開始されてから二ヶ月弱。

 今日も職人たちは互いに激を飛ばし合い、橋を造り上げていく。

 その工程は順調そのもので、今ではその全貌を想像できるほどに完成に近づきつつあった。


 現場のやる気に資材の搬入が間に合っておらず、運び入れの馬車の御者を大工が怒鳴りつけるという今や日常と化した風景。

 その様子を一歩離れたところから見ていたレガートは、満足げに深く頷いた。


「もうすぐですなあ。この橋が完成すれば、森牛狩りが再開できる」


 レガートの呟きに、傍にいた村人の一人が答えて言った。


「この一ヶ月間は長かったですね、ホントに。特に貴族連中からの突き上げが。事件直後に多少の狩り溜めができたからまだマシでしたけど」

「まあ、まあ。彼らが焦れてくれたおかげでこうしてがっぽりと支援金をせしめ、工事を進められた訳ですから。そのくらいは一つ大目に見て差し上げましょう」


 貴族たちとは、レガートとは一時敵対関係にあった森牛フリークとも呼ぶべき貴族のことである。森牛の価格を下げたいレガートと、貴族が独占するために高価格を維持したい貴族たちはお互い相容れない存在であったが、暴走(スタンピード)騒動によってマツコベ村が森牛狩りの術をなくした時、その利害は一致した。

 何をおいても、まずはマツコベ村を復興する。そのためならば金に糸目をつけなくなるのはレガートだけではなかったのだ。この一帯の領主であるクラウディア伯爵の使者から、直々に金貨の詰まった金袋を届けられたときにはレガートは唖然としたものだったが、その支援があったからこそレガートはこれほどの早さで橋造りを進められたのも事実だ。


 だが、それはそれとしてレガートは貴族が大嫌いである。多額の援助を受けたとはいえ、かつて森牛の価格を下げるという野望を完膚なきまでに叩き潰された恨みの根は深い。レガートはいつか貴族たちを出し抜くつもりでいる。そのための布石も、もう打っている。


「勇者様は、今頃は何をしておられるでしょうか」


 ふと、レガートは今でも鮮明に思い返すことのできる、赤髪の少女のことを思い出す。

 よく笑い、よく食べる、勇者の威厳などこれっぽっちもないごく普通の少女だった。あの体から湧き上がるほどに濃密な魔力さえなければ、例え町ですれ違っても彼女が勇者だなんて誰も気づかないに違いない。

 だが、レガートは知っている。

 たった一人の従者に我々を避難させることを優先させ、単身で森牛の暴走(スタンピード)に正面から立ち向かった彼女の勇気を。

 上空に浮かぶ雲さえも両断する、常識外れの剣閃を。

 その力によって森牛は全滅させられたかに思えたが、驚くべきことに、その森牛の群れを南西の森へと誘導し、大きな集団のまま生き残らせたのも彼女の采配によるものだという。


 人、村、そして森牛。

 その全てを守り切った者を、勇者と、英雄と呼ばずして何と呼ぶ。


 ましてや、彼女は違いの分かる女性だった。


 素晴らしいものの魅力を、余すことなく誰かに共有したい。

 そんな性癖にも似た性質を持つレガートにとっては、その事実だけをとっても、ルージュはこの上なく上等で素晴らしい勇者だと言えた。

 ただし。


「美味なる我らが森牛の喧伝。私がお願いした通りに、勇者様は王都に広めてくださいましたでしょうか」


 無限の感謝を捧げるべき恩人たる勇者であっても、己の野望の為ならば利用することを厭わないのが、レガート・マツコビアンという男であった。


「本当に村長の言った通りになるんですかねぇ」

「王都の噂が届くまでにはまだ時間がかかりますが、勝算は高いと踏んでいますよ。何せ、勇者様はたいそう森牛をお気に召しておりましたからねェ……」


 懐疑的な村人を納得させるかのように、クックック、と邪な顔つきで嗤うレガート。

 ちなみに、貴族の食べ物という認識が根強い高級食材の森牛を、庶民の生まれであるルージュが絶賛することによって庶民の興味と不満を煽るというレガートのこの企みは、勇者の評判を落とされては困る女神トーラの手によって既に握り潰されている事実をレガートはまだ知らない。

 ましてや、森牛騒動の顛末を語る相手を教会関係者に絞らせることにより情報を独占させ、ルージュに空約束をさせないという目的を果たしつつも、同時に品薄による森牛高騰という波に乗ってトーラ神聖教会がたいへんに潤ったことなどレガートが知る由もない。

 恐るべし女神の権謀術数である。情報とはこう使うのだと言わんばかりの女神の高笑いが聞こえてくるかのようだ。むろん常人に聞こえるはずもない幻聴ではあるが、女神ってなんだろう。女帝のほうがしっくりくるな。そう思わずにはいられない不思議な力がこもった笑い声である。


 とはいえ、彼の発言した通り、王都の噂話がマツコベ村に届くまでにはまだあとひと月ほどの時間が必要になる。その頃になって彼はようやく野望が実らなかったことを知ることができるだが、それはまだ先の話だ。

 今はただ、目の前で完成しつつある巨大な橋を眺めながら、眩い未来予想図に目を細めるレガートであった。


 その時である。


「村長。あそこ、何か飛んでません?」


 村人の一人が、そう言って空を指さした。

 何気なく、といった様子で放たれた小さな声だったので、大工たちはその村人の声には気付かなかった。だからその村人の指さした方角へと目を向けたのは、村長のレガートと、周りにいた数人の村人たちだけだった。


「野鳥か何かでしょうな」


 雄大なるタイローン山を望む方角に、その影はあった。

 青空を駆ける黒点のようなものが、タイローン山へと向かっていくように見えた。影の大きさにしてはもの凄い速さのように見えたが、空を飛ぶ野鳥自体は、決して珍しい存在ではない。


「あっ、もう一つ何か飛びましたぜ」


 村人の一人が、まるで他人事のように緊張感なく言った。

 レガートもそれを見ていた。飛来する影を迎え撃つように、もう一つの影がタイローン山から飛び出したのだ。

 それとほぼ同時に、山へと向かう影から何か光るものが放たれる。

 金属? それとも何かの魔法? あまりに遠く、小さすぎて、レガートにはそれが何なのか分からない──。


 だが、次の一瞬でレガートは理解する。

 その瞬間をレガートは見た。


 砂金の粒を粉々に砕いて欠片にしたものよりも小さい光の粒から、まるで咲き誇る彼岸花のように、何条もの細い光が大空を切り取るようにして伸びていくのを見た。


 あっという間に影の一つを吞み込んだ光の束が、恐るべき勢いのまま美しい球を描いていくのを見た。


 細い光で出来た球は勢いを止めず、まるで枝葉を伸ばす大樹のように大空を切り取り一層巨大になっていくのを見た。


 爪先よりも小さかった光の球が、やがて銀貨や金貨の大きさを超えて、手のひらで作った円よりも大きくなり、やがて傍にあったタイローン山さえも呑み込んだ。


 誰もがその光景に絶句する中、レガートはようやく、その光の正体に気付いた。

 それは炎だった。

 ただの炎ではない。タイローン山を呑み込むほどに常軌を逸した巨大な火球だ。想像を絶する光景だった。まるで太陽が地に堕ちたかのようだった。そしてその巨大な火球は、タイローン山の大部分を呑み込んだまま、強く強く、どこまでも強く輝いて……そして、消えた。



 呆然とするレガートの頬を、温かい風が撫ぜてゆく。

 その風は多くの者たちと木々を揺らして、大自然にざわめきの音を残していったが、見たものの凄絶さに相反するように、その音はすぐに小さく溶けて消えていった。


 カンッ。カラカラカラ……


 大工の誰かが、大切な仕事道具を取り落とした音がする。

 だが誰もそちらを見ない。

 レガートの、村人たちの、集められた大工たちの、彼らを護衛する冒険者たちの、その場に集まっていた全ての者たちの熱い視線は、遥か彼方に集められていた。


 ゴードグレイス聖王国で最も高く雄大な山、タイローン山の上半分が、ごっそりと削り取られるようにして消滅していた。


  @


 バックドラフト、という現象がある。

 酸素が薄く、可燃性ガスに満たされた密室のドアを開け放った瞬間、発火寸前の一酸化炭素と酸素が急速に結びつくことで爆発的な燃焼を引き起こす。

 それは通常であれば人為的には起こし得ない極めて危険な現象だが、大火力を誇るアグニの爆炎魔法、精緻極まりないエミルの風魔法、そして高温のブレスを吐くために可燃性ガスに満ちた洞窟に好んで住みつくグリフォンの性質が結びついたとき、不幸にもそれは人為による実現が可能となってしまった。


 アグニがエミルに全力での支援を要請した時、エミルはほとんど無意識に、アグニの爆炎魔法の破壊力を最大限引き上げるよう風の魔法を行使した。

 即ち、グリフォンが塒としていた洞窟内に満ちていた可燃性ガスを取り込んだ悪意の風による球状の結界を幾重にも形成し、それを包み込むように風を操ることで導火線のようにアグニの炎を誘導。同時にアグニの炎によって高温に熱せられた低酸素状態の可燃性ガスを中心部に集めるや、大量の空気を送り込むと共に外周のほぼ全てから同時に着火することで結界の内部を文字通り押しつぶしたのだ。


 タイローン山内部に眠っていた可燃性ガスを根こそぎにした結果、エミルの想定を遥かに超えて結界の規模が大きくなったが、アグニによって全力を命じられていたエミルにとってはどうでもいいことだった。むしろアグニと自身の全力が、こんな大きな山さえも軽く吹き飛ばすのだという底知れぬ喜びさえあった。


 アグニとエミルが作り出した太陽は、その中心にいた巨大なグリフォンはおろか、番いと思われるもう一頭のグリフォン、彼らの住みついた塒、そしてタイローン山の大部分を一瞬にして圧壊させた。

 タイローン山を構成していた大質量の岩石は、恐ろしいまでの重量を秘めた、幾つかの黒く輝くボーリング球サイズの謎物質へと姿を変えていた。



 は? グリフォンの素材?

 その他にもタイローン山に住みついていたはずの魔物どもはどうなったかって?

 そんなの…………そこに転がっている黒い球の、どれかの中にいるんじゃない?


  @


 と、いうような説明を鼻高々にするエミルの頭に、私はチョップを入れました。


「痛ぇーな! 何すんだオマエ! 説明しろって言ったのはオマエだろ! 今の俺じゃなかったら頭爆裂して死んでた威力だったぞ!」

「お願いエミル。今だけは空気読んで……。ちょっとだけでいいから静かにしてて……」

「もがもがもがが!」


 私はなおも不服そうに暴れようとするエミルの口を押さえながら、ちらりと前方を伺いました。

 そこには人目を憚らず、手のひらで顔を覆って懸命に何かに耐えようとする二人の男性の姿がありました。


 玉座におわすギリエイム陛下と、その傍らに佇む宰相のエイクエスさまでした。

 二人とも、ぷるぷると足を、全身を震わせています。なんとも痛ましい姿でした。


 悲壮感に包まれた、王都ディアカレスの謁見の間でのことでした。


 そんな二人を前にして、私とアグニ、そしてエミルは気持ち下がり目の位置で膝をついていました。

 それもただ跪くのではなく、その場で即土下座へと持っていける正座の姿勢でした。

 私とアグニなりの、誠意のつもりでした。

 もっとも、エミルがじたじたと暴れて姿勢を崩しているせいで目に見える誠意も半減しています。見かねたアグニがエミルの名前を小さく呟いて、ようやくエミルは大人しくなってくれました。


「くれぐれも……」


 エイクエスさまが俯き、両手で顔を押さえたまま言いました。


「くれぐれも、被害は抑えてと言ったじゃないですか……」


 涙声でした。


「それがどうして……。どうして、一日足らずでタイローン山を半分吹っ飛ばすような事態になるのですか……」


 それは生半可に怒鳴られるよりもよほど心を抉られる、悲しみに満ちた声でした。

 私はアグニと顔を見合わせ、揃って前へと向き直ると、一緒に口を開きました。


「申し訳ありません、宰相閣下。最善を、尽くしたつもりだったのですが……」

「すみません。なんというか……力が、及びすぎたと言いますか……」


 言い訳としてそれってどうなんだろうと、自分でもそう思えることを言いながら、私はただただ頭を下げました。

 実のところ、今回私はホントに何もしていません。

 それどころか、今回の件は基本的にアグニとエミルの、というかだいたい全部エミルのせいです。

 と、そういった言い訳をしたくなかったと言えば嘘になります。

 でも、流石に仲間を売るのはどうなんだろう。とか、手加減下手のレッテル張られて危険物扱いされるのって、地味に心に来るんですよね。とか、そんなことを考えながら私は踏みとどまりました。


 人外扱いされるのは、私だけで十分ですよね。それに下手にエミルの立場が危なくなると、かえっていろいろ面倒そうだし……。


「余は分かっておるぞ、勇者よ、そして騎士アグニよ……」


 妙に理解の色を示す陛下が、生気の抜けた声で言いました。


「グリフォンのボスが、現れたのであろう……?」

「肯定です、陛下」


 こくりとアグニが頷きました。


「そのグリフォンは、番いだったのであろう……?」

「はい、二頭いました」


 こくりと私が頷きました。


「だから、タイローン山ごとまとめてブッ飛ばしたのであろう……?」


「…………」

「…………」

「だから何度もそう言っむがっむぐむぐ!」


 私がエミルの口を塞ぐと、再び重い沈黙が場を支配しました。

 陛下は重く重くため息をついて、そのまま押し黙ってしまいました。


 何か言ってよ。

 そう思うも、誰も、何も言ってくれませんでした。


 そんな空気に真っ先に耐えられなくなったのは、誰あろう、私でした。


「だっ、大丈夫です!」


 気付けば私は、ろくに考えもまとまらないまま、つい勢いよく立ち上がってそんな言葉を口走っていました。

 エミルの頭を抱きかかえて、口元を抑えつけたまま。


「誰にだって、失敗の一つや二つ、三つや四つ、五つや六つくらいありますよ! 今回のことでまた私たち、自分たち自身のことにちょっとは詳しくなりましたしっ、だからきっと次こそは大丈夫ですよ! 過ぎたりも及びすぎたりもせず、きっと絶妙な力加減で今度こそ依頼を達成してみせますから、だからっ、私たちに挽回のチャンスを! 次の依頼をっ!!」

「勇者よ」

「勇者殿」


 勢いづく私の言葉を陛下とエイクエスさまが揃って止めたあと、続けて綺麗にハモって言いました。


「「そなた(貴女)はもう、この国で何もしなくてよい(しないでください)」」


 私はたおやかな仕草で再び膝をつきました。



 こうして私たちのグリフォンの討伐依頼は、そしてゴードグレイス聖王国における私の任務は、これ以上なく完全に、完膚なきまでに終わってしまったのでした。


 グリフォン討伐編、堂々完結!

 …………完結ったら完結!


 グリフォンとの白熱のバトル展開を期待されていた方にはすみません。


※11/21 13:20追記

 ありがたいことに、スコ速さんのおすすめハイファンタジーの記事で拙作の名前が取り上げられておりました!


http://scoopersokuhou.blog.fc2.com/blog-entry-3478.html


 ありがとうございます! ありがとうございます!

 コメ欄で放置されているのが若干寂しかったですが、スコ速から来てブクマしてくれた方々いらっしゃい! まあゆっくりしていけよ!

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