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番いのグリフォン。

前回のあらすじ


 グリフォン討伐に向けて、ついに王都を後にしたルージュ一行。

 初めての飛行にテンションを高まらせるルージュだったが、その時アグニから「グリフォン討伐を任されたい」と告げられ……。

 

 タイローン山脈は、ゴードグレイス聖王国の北東に位置するグライエ公国との国境を隔てる雄大な山地です。

 最高峰であるタイローン山を筆頭に、東に向かってラパル、ドナ、えーと……あとなんだっけ?


『ラパル、セーオ、ドナ、エノア、テイオーンです』


 そうそれ!

 そんな感じで続いていく山々はなだらかに下るようにして連なっていて、その山頂の高さは雲まで手が届きそうなほど。

 その空想を裏付けるように、タイローンの山頂はまるで雲が引っかかったみたいに白色に彩られていますが、あれは雲ではなく冬に降った雪が残っているだけなのだとか。

 どうして初夏を迎えたのにまだ雪が残っているのかと不思議に思っていると、その答えはエミルのほうから返ってきました。

 なんでも、高い場所ほど他の場所に比べて気温が低くなるらしく、タイローン山ほどの高さにもなると、地上がこのくらい暖かくなってようやく雪解けが始まるのだとか。

 へえーそうなんだー、エミルは物知りドラゴンなんだなーと一度は納得しましたが、よく考えたら私たちはぜんぜん寒くない。どちらかというと快適な気温だと感じます。エミルに乗ってもの凄く高いところに来ているのに寒くないのはなんで?


 その答えもまた簡単でした。空の旅を快適にし続けていたものの正体はなんとエミルの風の魔法。

 王都を出発したその瞬間から、空気の壁にずっと守られていたと聞いて私は仰天しました。

 えっそうだったの! と驚くと、逆に気付いていなかったことに対してアグニにびっくりされました。

 言われてみれば、これほどの早さで飛んでいるのに風の抵抗を少しも感じません。デルタに乗っていた時には盛大にめくれあがっていた前髪も大人しいです。

 それどころかエミルは上空の冷たい空気と地上の暖かい空気を取り込んで私たちの周囲を適温に保ち、また薄くなりがちな酸素濃度を操作し、意図的に雲を作り続けることで直射日光にも対処。『高山病対策もカンペキっす!』と意気込むエミルの言葉は正直半分以上理解できません(右から左)でしたが、もの凄く気を遣ってくれてることだけは分かりました。

 やっぱりエミルはいい子だなー。私に冷たいという重大な欠点を除けば!


「ルージュ殿。もう少し近づいたほうがいいだろうか?」

「いえ、ここからでも充分です」

「承知した。頼むぞ、ルージュ殿」


 さてさて、そんな私たちはいま、目的地であるタイローン山脈を少し離れた場所から俯瞰するように見ています。

 グリフォン、あるいはグリフォンの(ねぐら)を探し出すためです。

 某Sランク冒険者の人の報告から、グリフォンがこの辺りの山で一番高いタイローン山のどこかに巣食っていることは分かっています。なので狙いをタイローン山に絞り、その隅々まで目を光らせているというわけです。


 タイローン山の周りをぐるりと旋回し続けるエミルの背中から、目まぐるしく表情を変える夏の山を注視します。雄大な山々を見下ろす光景は控えめに言っても絶景ですが、今ばかりは真剣にグリフォンの姿を探すことに集中。

 ムダに強化された私の視力は、少し集中するだけでも離れた地上の様子を簡単に見る事ができます。それに加え、こういうことをさせたら天下無敵な女神の目の手伝いもあります。いかに巨大で雄壮たるタイローン山といえど、グリフォンの塒が発見されるのは時間の問題です。

 それに加えて、自重することなく垂れ流され続ける私の魔力に、姿を隠す気もなく自由に飛び回るエミル。

 きっとグリフォンのほうからは、私たちに既に気がついていることでしょう。

 こちらからグリフォンを捜索するのと同時に、グリフォンの領空(テリトリー)を侵すことで釣り出しを試みる。


 これらは全て、自らの手でグリフォンを打ち倒さんとするアグニからの指示であり、策でした。


  @


 時は少し遡って。


 今回のグリフォン討伐を、自分とエミルの二人に任せてほしい。

 というアグニの申し出を聞いた私は、まず理由を聞きました。


「……なんとなく想像はできますけど、いちおう理由を聞いてもいいですか?」

「ああ。……想像できてしまうか?」

「はい。できてしまいます」

「まず前置きしておきたいのだが」

「はい」

「この件と宰相閣下はまったく関係がない」


 アグニは嘘が下手でした。


「やっぱり私、今回は山を割るかもって思われてます?」

「それもあるが」

「あるんだ……」

「それ以上に、今のオレ自身の実力を確かめたいんだ」


 そう言って、アグニは視線を前に向けると手綱を小さく引きました。

 それに答えるように、ぐるるっとエミルが小さくひと鳴き。羽ばたいていた翼を大きく広げて姿勢を変えて、緩やかに減速しながらカーブしていきます。

 アグニが再び手綱を引くと、今度は徐々に高さを落としていきます。急激に落ちるような変化じゃないから、私もそこまで怖くありません。というか、たぶん私が悲鳴を上げずに済むよう、アグニがエミルに命じたんでしょう。


 言葉も交わしていないのに、まるでアグニとエミルは一心同体でした。

 これも『騎乗』スキルの効果だと思いますけど、通じ合っているさまを見せつけられてるような気がして、私はちょっぴり嫉妬してしまいました。


「この手綱を握っていると、エミルの気持ちが伝わってくるんだ。エミルが飛んでいきたい方向、エミルが興味を持っているもの、エミルが出来ると思っていること、エミルが見せたいと思っているもの。今まで数多くの名馬と共に大地を駆けてきたが、これほどまでに通じ合えていると確信を持てたのは初めてだ。竜に乗ったのはエミルが初めてだが、どうやらオレの騎兵としての適性は馬よりも竜にあったらしい。

 オレ自身、分からないんだ。エミルに『騎乗』した今のオレに、いったいどれほどのことができるのか。オレはそれを今日、グリフォンと戦うことで確かめたい。オレは壁を越えられるのか、知りたいんだ」


 今回の依頼は、人目のない山中に住まうグリフォン退治。もし私自身が何もしなかったからといって、誰かにそれを見咎められたりする心配はありません。

 であれば、まずは竜騎士としてエミルに『騎乗』した自分の力試しがしたいのだと、アグニは言いました。


 生まれついてのスキルが示すように、アグニは根っからの騎士であり、騎兵です。

 大地に降りて戦ってもアグニはもの凄く強いけれど、その本領は馬上でこそ発揮されます。アグニの愛用している長くて幅広な両手剣も、本来は馬上で振るうことを想定しているからあの長さなのだと後で聞きました。

 この地上の誰よりも強く速い馬を駆り、卓越した剣術と爆炎魔法によって行われる真っ正面からの一点突破を狙うアグニの突撃は、敵対する魔物からしたらまさに悪夢です。


 しかしそんなアグニでさえも越えられなかった、果てしなく巨大な壁。

 AランクとSランクの間にそびえ立つ、実力差という名の壁。

 その壁を、エミルと共に越えられるのか試してみたいと、アグニはそう願ったのです。


 空と地上を等しく狩り場としてしまう、Sランクの魔物を代表する俊足の狩人、グリフォン。

 そんな存在を前にしても、エミルと二人で戦うならば遅れは取らないという闘志に燃えるアグニの瞳が、ゆらゆらと揺らめくように輝いていました。


「だから決して君を信頼していないだとか、湖を割るのと山を割るのとでは問題のレベルが違うとか、そういうことを考えているわけではないぞ!」


 台無しでした。


 ですがまぁ動機はともかく、特に反対する理由も私にはないんですよね。

 湖と山とでは自然破壊のヤバみが違うというのも流石に私にも分かりますし、エイクエスさまの心臓を労る意味でも、私が働かずに済むのならそれに越したことはありません。


 だけど気がかりは、アグニとエミルのペアがグリフォンに勝てるかどうか。

 なにせ相手はSランク。ベテランと呼ばれる冒険者の人だって、Cランクの魔物相手には大人数のパーティを組んで挑むのが町の外の世界です。

 私が気軽にグリフォン討伐を引き受けたのは、私が戦うつもりだったから。

 嫌でもトンデモ魔力に守られ続けてる私なら、どんな相手だって危険はないけど、もしアグニとエミルに任せることで二人に危険が及ぶのならば、私は勇者(仮)として、魔王(仮)として、二人を守るために心を鬼にする必要があるのです!


『危険だと? 何を無駄な心配をしておるのだおまえは』

『心を鬼に? 余計なことを考えている暇があったらこの人界の素晴らしい景色を心に収めたらどうですか』


 台無しでした。


『魔界にはグリフォンという魔物はおらんが、もともとはあの王城にいた木っ端冒険者が狩るはずの魔物だったのだろう? であれば、エミルに跨がるニンゲンを抜きにしたとしても負ける未来が想像できんな。レベルが違うわ。そもそもそのグリフォンとやらの爪と牙はエミルの鱗に通るのか?』

『それ以前の問題です。グリフォンならば人界の勇者や冒険者が幾度か討伐を成功させているので知っていますが、その上で断言します。ハッキリ言ってグリフォンよりもそこな魔族のほうが何倍も素早いと保証できます。そもそも爪が届かないのでは相手にもなりません』


 あれ? なんだろう。

 グリフォンってすごく凶悪な魔物のはずなのに、なんかものすごく哀れな存在に思えてくる。


『あなたと比べるよりはマシですよルージュ』

『そんな顔をするな。別にグリフォンが劣った魔物なのではない。単に、グリフォンとやらがエミルの完全下位互換なだけだ』


 出会ってもいないグリフォンは、女神と魔王による痛烈なネガキャンの被害に遭っていました。

 ていうか、肝心のアグニのほうはどうなんです?


『馬の力もまた、騎士の実力の内でしょう』


 女神は身も蓋もないことを言いました。


『そう考えると、ルージュがわざわざ出張っても何もいいことがありませんね。オーバーキルです。ルージュ、やはりあなたが選ぶべきコマンドは今回も『しぜんをだいじに』です。わたくしの声が聞こえていますね?』

『言っておくが責任の一端はおまえにもあるからなルージュ。おまえらニンゲン基準のSランクが鼻で笑われそうになっているのはおまえが無自覚に装備品やエミルを強化しまくった所為だと自覚しろ?』


 こうして、なぜか最終的には魔王に怒られつつも、私はアグニの申し出に頷いて返しました。

 アグニの装備やエミルの鱗がちょっとヤバい級にレベルアップしてるのは確かに私のせいですけど、別にそれは悪いことじゃないと思うんだけどなあ。

 うん。やっぱりSランクのグリフォンが微妙なのが悪いですね。そういうことにしておこう。うん。


「じゃあアグニ、よろしくお願いします」

「ああ! このオレに任せてくれ、ルージュ殿!」

『え! ルージュさん何もしないんスか! 年下なのに! 何もしないんスか!!』

「体育会系だ!!!」


  @


 そして。


「……いました!」

『発見しました』


 私と女神、二人の声が重なりました。

 思わずエミルから身を乗り出して、地上の一点を指差しました。ズレて落っこちそうになる私をアグニの腕が支えます。

 視界の彼方、私の指差す先にあるのは急勾配を通り越して崖のように切り立った岩の壁。

 ちょうど崖の影になり、見え難くなっている場所に大きく開いた横穴の向こうから、こちらに目を光らせる魔物の影を見ました!


「アグニ! あそこです!」

「ああ! でかしたぞルージュ殿! 行くぞエミル!」

『うおおおおおおっ! テンション上がってきたッスーーーーーー!!!』


 吼える体育会系エミルを手綱を引いて御するアグニ。静かに猛る竜騎士アグニの指示のもと、旋回していた軌道を外れたエミルはそのまま私の指差すほうへと加速していきます。

 距離が近づいていくにつれて、グリフォンの塒と思しき横穴の様子がよりはっきりと見えてきます。同時に、急接近する私たちを迎え討たんとする横穴に潜む魔物の影が、巨大なかぎ爪を岩肌に突き立てながらのそりと姿を現しました。

 日の光の元に晒される、鷲の頭に獅子の体。

 話に聞いていた通り。見間違えようもありません。

 エミルにも私の魔力にも臆することなく、敵意を漲らせてこちらを睨みつけるあの魔物は、間違いなくグリフォン! でも!


「なにあれ、おっきい! あのグリフォン、エミルと同じくらいありませんか!?」

「ああ。こちらでも目視確認できた。聞いていた成体のサイズよりも遥かに大きいな。グリフォンの中でも特に強力な個体なのかもしれない」

「前に戦った、三つ目狼のボスみたいな?」

「ああ。聞いたこともないが、あり得る。もしあれがグリフォンのボスだと言うのなら、グリフォンが群れている可能性さえある。あまり考えたくはない可能性だが」


 ぞっとした様子で呟くアグニ。

 Sランクの魔物であるグリフォンの、ボス。

 その言葉が持つ意味にアグニは戦慄しているようですが、


『確かにでかいが、まだ下位互換だな』

『せめてあの三倍は欲しいところですね』


 女神と魔王のせいでイマイチ危機感が持てない……!


『ちょっと二人とも! いま緊迫の戦闘シーンですよ! 少し空気読んで!』

『おまえに言われてもなぁ……』

『ですが、アグニの言う事もあながち間違いではないようですよルージュ。グリフォンの塒の奥をよく見るのです』

『何か見つけたんですか?』


 女神に促されて再び前方に集中すると、嘴の端から火炎を漏らす巨大なグリフォンの更に奥にもう一つの蠢く影が見て取れます。

 塒の奥にいるのか……あれは……まさか!


「グリフォン! アグニ、グリフォンです!」

「ああ、ルージュ殿! こちらでも確認している!」

「違います! もう一頭いるんです、塒の奥に! あのグリフォンは(・・・・・・・・)番いです(・・・・)!」

「なんだって!」


 直後、グリフォンが背中の翼を大きく広げて羽ばたきました。

 それは飛行のための準備運動であり、体を強く大きく見せようとする威嚇行為のようでもあり、そして塒の奥を隠そうとする、塒の主のようでもありました。


「ルージュ殿! 二頭なのだな! 三頭でも、それ以上でもなく!」

「はい! 二頭です! 間違いないです、女神さまがあの横穴の奥まで見通しましたから!」

「よし。番いとはいえ、まだ繁殖していないのは僥倖だ。間に合ったと言っていいだろう。だが、だからこそここから逃がすわけにはいかない!」


 タイローン山脈の隅々まで響くような甲高い嘶き声をあげる巨大なグリフォン。予定外のサイズ。予想以上の数。しかしそんなものに、アグニは怯んだりはしませんでした。

 アグニは私をかき抱いたまま、左腕だけで軽やかに抜刀。風を切るように水平に構えた両手剣から、にわかに炎が迸りました。刀身に高熱の炎をまとわせ、敵を焼き切るアグニの得意魔法。


「気合いを入れるぞエミル! 敵はSランク、グリフォン二頭! 我々が全力を出すに相応しい相手だ! まずは手始めにオレの炎で牽制を仕掛ける! エミルはお前の判断でオレを支援しろ!」

『ウッス!! 全力ッスか!! 初手全力ッスか!!』

「そうだ! 全力だ!」

『ウッス!!!』


 この時、私は燃えるアグニとエミルの鬨の声を聞きながらも、なんだか猛烈に嫌な予感を覚えていました。

 勇者の魔力から来る第六感が、私の心に訴えかけてくるのです。

 アグニの炎。

 エミルの風。

 グリフォン。大空を自由に舞う、俊足の狩人。その特徴は空間を選ばない高速機動と、超高温のブレス攻撃。

 その相性。この地形。そして……アグニとエミルが全力を出すということの意味。


 結論から言って、私は間に合いませんでした。

 それらの考えが頭の中で結びつき、なんらかの成果を得る前に、事態は既に、とっくに引き返すことのできない場所まで進行してしまっていたのです。



 このすぐ後に、私はアグニとエミルを止めなかったことを、心の底から後悔することになる──。



「合わせろエミルっ!」


 アグニの持つ両手剣の先に、巨大な火球が灯りました。

 言下、グリフォンに向けて剣を振るうや、解き放たれた矢のような勢いで空中を疾走するアグニの火球。

 それは空気を焼きながらグリフォンの塒へとまっすぐ直進。対するグリフォンも塒を飛び立ち、避けずに迎え撃つ姿勢。

 かぎ爪を振り上げるグリフォン。アグニの火球を打ち払う構え。火球を追うようにして飛翔するエミル。隙を逃すまいと剣を構えるアグニ。それをただ見ている私。

 私たちの全員が注視していたその先で、ついにアグニの放った火球がグリフォンの接触するかに見えたその瞬間──。



 地上に、もう一つの太陽が生まれました。



 

 この頃更新が遅れていて、本当にすみません。

 ちょっと仕事のほうが修羅道に入ってきており、来年の一月くらいまでは忙しい状態が続きそうです。


 さて、モーニングスター大賞は安定の一次落ちしました。

 やっぱり登場人物がだいたい変態なのは娯楽小説としてアウトなのだろうか……。

 もし次の作品を書くことがあるなら、もう少しマイルドめな変態で再挑戦したいと思います。

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