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初めての空。

前回のあらすじ


 勇者としての初仕事は、タイローン山脈に巣食うグリフォンの討伐に決まりました。

 

 それから数日後。

 私たちは王都を発つために、王城の敷地内にある修練場に集まっていました。


 そこは大勢の兵士たちが一斉に訓練できる、広く平らに整備された修練場でした。

 中央に立つと、小石一つ落ちていない一面の土色、そびえ立つ城壁の石色、そしてなだらかに弧を描く城壁にくっきりと切り取られた雲一つない夏の空の色が、三段階の美しいコントラストを描いているのが見て取れます。


 時刻は昼。太陽は第二の日の出とも言える城壁越えをとっくに済ませていて、今日も真夏の熱気をさんさんと降り注いでいます。

 夏の日差しを浴びながら、しっかりと踏み固められた修練場の地面の上に立っているのは私たち勇者(仮ですが)の一行。

 より具体的に言うのであれば私とアグニ、巨大な緑竜へと姿を変えた竜王モードの雄々しいエミルの三人。

 そしてエイクエスさまを初めとする、騎士さまがたや文官さんら王城勤めの面々が見送りにと集まってくれていました。


「ふわぁあ~! エミルっ! かっこいいっ! それ、すごく似合ってますよっ!」


 ぶわさっ! と大きく翼を広げる竜王エミルの体には、いつかのパレードで身に着けていたハーネスによく似た装備が取り付けられています。

 それは今日この日のために特注で作られていた、エミル専用の鞍でした。

 つまりエミルという竜に乗るための道具です。馬に乗るための道具を馬具と呼ぶなら、これは竜具と呼ぶべきでしょう。

 鞍だけではありません。エミルの口元には轡が取り付けられ、そこから長い手綱が背中のほうへと伸びています。

 そして首元には、私が付けてあげたサイズ自動調節機能付きのマジックアイテムの首輪がキラリ。

 もともと装備していた首輪の色合いに合わせてか、全体的に深い黒色で統一されたエミルの竜具はエメラルドのような輝きを放つエミルの鱗によく映えていて、その威風は例えるなら……いえ。例えるまでもなく、まさに騎士の竜という出で立ち。

 その堂々たる風格たるや、可愛いエミルきゅんの素の姿を知っている私でも思わずときめいてしまうくらいに今のエミルはかっこいい!


『へっ、ニンゲンの作る装備もまぁまぁ悪くねーじゃねーか。どーだルージュ! これでもうオマエにかわいいだのなんだのは言わせねーぞ! 思い知ったか!』


 否応なくテンションを上げる私に、エミルはふふんとしたり顔でした。

 やだエミルきゅんたら。竜の見た目でそのリアクションはかなりかわいい系ですよ?


『しかしこの轡ってのだけは気に入らねーな。なあ、本当にこれ噛んでなくちゃだめなのか? 口の中がざりざりしてて激しくウザいんだけど』

「ダメですよエミル。だってそれ、なんでも嚙み砕いちゃうエミルのためにってわざわざミスリルまで使って作ったらしいじゃないですか」


 エミルの竜具を作るうえで、試作した鋼の轡をおやつ感覚でバリボリ噛み砕いたエミルに王都の職人が怒りの挑戦状を叩きつけたと聞いています。

 話を聞いたときはなんじゃそりゃって思いましたけど、不服そうに轡を咥えてもごもごしている様子を見ると、どうやら王都の職人たちの意地が竜王に勝ったようですね。なんだ、竜王って言っても意外と負けまくりですね。


「それに、それ(・・)がいいんじゃないですかあ! なめされた魔物の黒革で作られたぎっちぎちの竜具! 首輪と手綱! そして口元に嚙まされた口枷! どれ一つ欠けても生み出せない完成された調和が今ここにあるんですよ! それを外すだなんてとんでもない! そんなこと、むしろせっかく作ってくれた王都の職人さんたちに失礼ってものです!!」

『なあルージュ。オマエ本当に俺のことカッコいいと思って言ってる? なんか別の世界見てない?』

「見てない見てない」

『オーケー。じゃあその鼻をつまんでる指をゆっくり外してみろ』

「それはできない」


 じりっ……と緊迫した雰囲気を醸し出す私たちの横では、お馴染みの皮鎧を着込み、偽聖剣──アグニの身長ほどもある長大な両手剣──を背負ったアグニに向かって、エイクエスさまがもう何度目になるか分からない念押しをしていました。


「いいですかアグニ。再三になりますが、くれぐれも周辺への被害は最小化するよう努めてください。いくら周辺に集落がないとはいえ、タイローン山脈が隣国との国境線である事実に変わりはないのです。外交関係に余計な摩擦を生じさせないためにも、極力、極力! タイローンを斬ったり割ったり削ったりと、そういった事態は避けるよう行動してください!」


 再三どころではありませんでした。

 私たちのグリフォン討伐が決まった時からでしょうか。あれからエイクエスさまはこんな様子で、アグニを捕まえることが多くなりました。

 私の手加減下手についてはアグニたちから既に伝え聞いていたらしいのですが、どうやらエイクエスさま、アグニとの依頼問答をして以来、なんだか急に実感と危機感が沸いてきたらしいんですよね。

 なんだ今さらと思ったんですけど、よく考えたら私、王都ではあまり手加減下手なところを見せていなかったかもしれません。見せてたら見せてたで王都がヤバかったと思うので悪いことではないんですけど。

 エイクエスさまの前でエミルを止めてみせたりしてたんだけどなぁ……と思ったんですけど、アグニ曰く、それでもやっぱり湖割りのインパクトには遠く及ばなかったそうです。


 そんなエイクエスさまの必死ささえ匂わせる念押しに対して、重々しく頷くアグニの表情は硬いです。

 あれはアグニが自信がないときの表情でした。アグニは得手不得手が結構ハッキリしているタイプで、得意分野ではたとえ窮地でもふてぶてしく笑うほどの自信と余裕を見せるんですけど、逆にそうでない場合、何か悲壮な決意を固めたみたいなそんな表情をするんですよね。

 湖に行っては湖を割り、森に入ってはでっかいスライムを爆散させ、平原に一人立っては雲さえ斬り飛ばす私の魔力のトンデモっぷりを、アグニは誰よりも近くで見てきました。そんなアグニから見ると、エイクエスさまのオーダーは大変な無茶振りに感じているようです。

 ましてや普段は私の保護者を自負しているアグニのことですから、その責任感は大きな重圧となって、彼の大きな肩にのしかかっているのでしょう。


 でも大丈夫。

 沈痛な様子のアグニを励ますために、私は彼の肩を叩いて大きく胸を張りました。


 こう見えて、実は私も少しは成長しているんです! レベル的な意味じゃないですよ! 遺憾ながら胸の話でもないです! 手加減のほうの話です。

 無力だった町娘時代が長かったせいで何かと無遠慮に魔力をぶっ放してきた私ですが、流石に四ヶ月近くもこの魔力と生活してれば少しは慣れるというもの。

 ぶっちゃけ実感はまったく湧いていませんが、ここ最近、何度か女神や魔王から『少しは手加減がうまくなったな』と言われることが増えてきました。

 まぁ大抵は、時々無意識に失礼をやらかすアグニを脊髄反射的に制裁した(ぶん殴った)あとなのですが、タイミングはまあともかくとして成長は成長です。

 今日の私は昨日までの私じゃありません。ほんの僅かでも前進をし続けてきた私は、きっとアグニが思っているよりちょっとは手加減がうまくなっているはず!


 だから心配はいりません! 今までだってなんだかんだで上手くやってこられたわけだし、今回だって直感とフィーリングとその場の勢いで丸く収まりますよ! たぶん!


 と、そんな感じのことをぎゅっと目力に込めつつ腰に手を当てVサインなどをしてみました。

 どんな不安も吹き飛ばせるよう、勇者な私の会心のスマイル付きで! どう?


 そうしたらアグニは急にぐっとこらえるように俯き、やがて死地を定めた決死隊みたいな勇敢な顔つきで顔を上げるや真っ直ぐに私を見つめて言いました。


「ルージュ殿。例え何が起こったとしても、例え誰が相手になったとしても、君のことはこのオレが守ってみせるぞ」


 「誰が相手になったとしても」の辺りで何かを察したらしく急に剣呑な顔つきになったエイクエスさまもこちらを見ました。

 左右からイケメンにじっと注目されながら、私は思いました。

 おかしいな。私が期待していたのとなんか違う。


  @


 今日、私たちはいよいよ王都を出立します。

 その目的は先ほどエイクエスさまがおっしゃったように、タイローン山脈に巣食ったというグリフォンを討伐するため。

 本来であればそのグリフォンは、Sランク冒険者のジャスパーという人が退治することになっていたらしいのですが、そのジャスパーさんはつい先日から行方不明。冒険者ギルドに対しても、ジャスパーさん発見の報告も、グリフォンが討伐されたという報告もまだされていないそうです。

 国内唯一のSランク冒険者の突然の失踪とあって王都はけっこう揺れたらしいですが、その真相を知っている私としては、Sランクの冒険者って言っても結構メンタル弱いんだなって感じでした。結果的に彼の尻拭いをさせられることにはなりましたが、この依頼以外に働くアテのなかった私の立場を考えると何とも言えないところです。


 旅立ちに際して、私たちは今回ギリエイム陛下の『送還』を受けず、エミルの力を借りてタイローン山脈まで『飛んで』いくことになりました。

 理由は大きく分けて二つあります。

 一つは時間。

 通常ですと『送還』の際には、あらかじめ先触れとして使者を送っておくのだそうです。これがだいたい数日前で、現地のほうで勇者を受け入れる準備を整えてもらうためなのだそうですが、ぶっちゃけそのために数日待つくらいだったら、タイローン山脈までならエミルの翼で飛んでいったほうが圧倒的に早かったのです。

 そしてもう一つは、エミルに乗って空を旅するというシチュエーションに私がしがみついたからでした。

 いや。だって空の旅ですよ?

 竜に乗るという一事すらちょっとした前人未踏だったというのに、ましてや羽ばたく竜に跨って大空を旅するなんて考えただけでドキドキするじゃないですか!

 そのドキドキは、私が初めて女神の曲を聞いたときのドキドキと同じものでした。今まで想像すらできなかった、新しい景色に出会う喜び。それを思い出してしまったら、転送魔法のように一瞬で終わってしまう陛下の『送還』は選べません。誰だって、竜王エミルに跨がって大空を自由に飛び回りたいと思うに決まってます!


 陛下に問われた私が拳を振るってそう熱弁したとき、陛下を含めた全員が深く頷いて同意を示していました。どうやら私のこの思いは、万国共通だったようです。


 なんて回想に耽っていると、ちょうどアグニが最後の荷物をエミルの背中に積み込んだところでした。

 エミルの竜具は翼の邪魔にならないところに荷物を括り付けられるようにしてありました。これから長い旅に出る私たちに手向ける、職人さんたちの粋な計らいというやつです。

 積み荷がしっかりと固定されていることを確認したアグニは手のひらをはたいて頷くと、こちらを振り返りました。


「よし。そろそろ発とう、ルージュ殿。こちらに来てくれ」

『ケッ。あーあ! これでルージュがいなければなあ! アグニをまた乗せてもいいかって聞いたけどさあ、俺はオマエも乗せたいだなんて一言も言ってないんだけどなあ! なあアグニ、この際ルージュは摘んで運べばよくない? 大丈夫だって落とさないって俺の爪がうっかり滑ったりしなければだけどなァ……』


 ジャキンと爪を擦り合わせるエミルは魔族らしく邪悪な顔つきをしていました。

 よく切れそうな爪ですね。特に服とか。私の服なら大丈夫そうですけど、扱いの違いに泣きそう!


「ダメだ。もう少し頭を下げろエミル」

『こう? …………ンアーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 地面にぺったりと胸まで付け、長い首を大地に這わせて今か今かと待ち侘びるエミルにアグニが『騎乗』した瞬間、エミルは深く艶かしい絶叫をあげました。

 アグニの一声に服従を示す竜王の姿に「おお……」「流石は竜騎士……」なんてどよめいていた周囲の騎士さまがたが、直後のエミルの奇声で揃って「びくっ!」としたのがシュールでかなり面白い光景です。


 エミルはしばらくビクビクと震えていましたが、やがてのそりと頭を持ち上げるや、私を見つけてこう言いました。


「あっ、ルージュさん!! ウッス!! おざまぁーす!! ウッス!!』

「おはようエミル。相変わらずアグニが乗ると体育会系ですね」

『ウッス!! 自分、元気なのが取り柄なんで!!!』

「あっ、体育会系だとそういう捉え方になるんですね」


 いつもは私にはツンツンしているエミルですけど、こうして体育会系のエミルになると私にも優しくしてくれます。

 正直この体育会系のノリは苦手ですけど、不器用な優しさに触れているうちになんだか最近こっちのエミルにも癒されるようになってきました。慣れって怖い。


 アグニはというと、竜具に足を通して腰を浮かせて具合を確かめているようでした。

 エミルの上で、何かを探るようにぐっぐっと体を前後左右に揺するさまは、何か実にイケないイマジネーションを喚起させる光景です。そうは思いませんか? 私は思います。


「うむ。流石は王都に名高い職人たちだ。初めて竜のために馬具を作ったとは思えない出来だ。実にいい腕をしている。これだけしっかりと足場が固定されていれば存分に剣が振るえよう。……すまない、待たせたルージュ殿。エミル、もう異存はないな」

『ないッス!!』

「そうか。さあ、手をこちらへ」

「ふぁいっ!」

「どうした。鼻声になっているぞルージュ殿」


 ちょっと諸事情で左手が塞がっていたので右手を差し出すと、そこにアグニの大きな手のひらが重なりました。

 いち、にの、さん。

 引かれる力に逆らわずに小さく跳躍。

 ふわりと体が浮いたかと思えば、気付けば私の体はあっという間にアグニの腕の中です。


「あ、やっぱり私の定位置はここなんですね」

「ああ。不満か?」

「いいえ。ただ、こうしてくっついていると、やっぱりちょっと暑いですね」

「うむ。だが安全上は仕方のないことだ。すまないが、耐えてくれ」


 相変わらず物言いがストレートですね。

 アグニは体温高めですもんね。まぁ、不快じゃないのでいいですけど。


 私はアグニに支えられたままぐっと足を開いて、エミルの首を挟むようにして跨がりました。

 竜具のおかげもありますけれど、ちょうどいい位置に足首を引っ掛けられる足場もあって、これが意外と座りやすい。

 それに慣れ親しんだ背もたれ(アグニ)の存在もあって、なかなか落ち着けるようになっていました。

 なんだか私の特等席の居心地が体に染み付いているみたいでちょっと恥ずかしい。

 なんてニヤニヤしていると、ぐっとエミルが体を起こしました。

 合わせて視界が急上昇。同時に体が後ろに傾き、アグニに思い切りもたれかかる姿勢に。そうか、エミルが起き上がるとこうなるのか!


「わっ! アグニ、すみません!」

「大丈夫だ。竜に乗るとはこういうことだ」


 慣れたものだ、みたいに言ってますけど、アグニも経験少ないですよね? なんだか竜騎士の自覚みたいなものが芽生え初めててちょっとイラっとしました。たぶんエミルを取られた感が今の一言で加速したせいだと思います。私だってエミルともっと仲良くしたいのに……!

 アグニが手綱を握り直すと、ばっさ、ばっさと大きく翼をはためかせ、エミルが飛び立つ準備を始めました。魔法なんか使ってないのに猛烈な風が吹き荒れて、盛大に立ち上る砂煙に騎士さまがたが後退します。


 いよいよこれから旅立つのだという実感が高まる中、しかしただ一人、エイクエスさまが袖で口元を抑えながら前に出て、大きく声を張り上げました。


「勇者殿! アグニ! それと……竜王エミル! どうか、どうか無事に!」


 え、エイクエスさま……。

 もしかして、私たちを心配してくれてるんでしょうか?

 さっきまでずっと被害がどうとか、山の心配しかしていなかったエイクエスさまが?

 これからグリフォンを倒しにいくのに山の心配をするっておかしいですけど、それも私たちへの信頼あってこそなのかなと無理やり納得していましたが、それdもこうして面と向かって心配されるとそれはそれでやっぱり嬉しい!


 私は大きく手を振って、エイクエスさまに答えました。


「はいっ! エイクエスさま! 私、頑張ります!! タイローン山脈のグリフォン討伐は、私とアグニとエミルに任せてくださいっ!」


 今のはなんだか勇者っぽかった! ちょっとした達成感に包まれる私に、更にエイクエスさまからお声がかかりました。


「いいえーっ! 逆! 逆です! くれぐれも貴女は頑張らないように! 無事に、無事に何事もなくグリフォンだけを倒して帰ってきてください! お願いしますよ! アグニ! 任せましたからねーっ!!」

「はっ! お任せください、宰相閣下!」

「アグニとエイクエスさまのアホーっ!!!」


 思わず素が出た次の瞬間、エミルの翼が一際大きくはためき、アグニの腕が私のお腹にまわり、そして。


「ルージュ殿! 舌を噛むぞ!」

「えっ!? ひゃわあああああああっ!!」


 お腹の底が抜けたみたいな、ヒュッとする嫌な感覚のあと──私たち以外のあらゆるものが、一気に下に向かって落ちていきました。


「あーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 違う! みんなが落ちてるんじゃない! 飛んでる! 私のほうが飛んでるんだ!

 怖い! 怖い怖いこわい!

 じっ、地面っ! 遠いっ! ヒュッとするのがずっと抜けない!? 体がふわふわしてて怖い! 当たり前にあった地面がなくなるのってこんなに怖いものなの!?


 私はエイクエスさまへのフォローやら何やらも全部忘れて無我夢中で叫びました。

 叫ばずにはいられませんでした。怖さのあまり目を閉じて、少しでもすがれるものが欲しくてアグニの腕にしがみつき、両足はぎゅっと閉じてエミルの首を挟みました。


『ぐえっ』


 この時エミルは「竜鱗強化がなければ即死だった」と後で語りました。


「ルージュ殿。ルージュ殿」

「なにっ!? なにっ!? 今どうなってます!?」

「大丈夫だ。オレがついている。君を決して落馬させたりはしない。大きく息を吸って落ち着くんだ」

「そこは落馬じゃなくって落竜とかって言葉になるんですかね!? 竜騎士さま的には!」

「うむ。割と余裕がありそうだな。それよりルージュ殿。もう外城壁の高さも越えたぞ」

「えっ」

「目を開けてみるといい。これを見逃すのは勿体ない。これは──ちょっとした絶景だ」


 悪戯めいた声色で、アグニはそう言って笑いました。

 絶景。その言葉に、私は釣られました。

 本当はまだ怖かったけれど、頭の中で女神の曲をガンガンに流しました。

 未知を恐れず、勇気を出して、一歩前へ。あの時スライム相手に剣を振ったときの気持ちを思い出しながら、そろりそろりと瞼を開くと……


 そこには、これまで思いもしなかった、素晴らしい景色が広がっていたのです。


 王都ディアカレスをぐるりと囲む外城壁すら見下ろす高さからは、王都が文字通り一望できる絶景。

 それだけではありません。外城壁を越えた先には、遥か彼方まで広がる地平。遮るもののまったくない、特大の視界。

 王都どころか、私は今、まさにこの世界そのものを見ていました。

 上から見下ろすことで周囲と比較して初めて分かる、城壁や王城の巨大さ。その頼もしさ。

 指先ほどの細さに姿を変えた、王都を横断するグレイブランドン通り。そこを行き交うのは豆粒よりも小さくなった無数の人々。時々大きなものが動くのは、あれは馬車。真上からだと馬車ってあんな風に見えるんだ!

 幾つかの建物からは、うっすらと白煙が立ち上っているのが見えます。あれは食堂でしょうか。もしかしたら鍛治師かも。あっ、あっちのほうからは黒煙が! 煙の色ってなにで変わるんだろう?


 気付けば私は夢中になって、この絶景に魅入っていました。

 怖さは全部吹き飛んで、目に見えるもの全てが眩い光の中にありました。

 苦しくもないのに息が詰まり、悲しくもないのに涙が出そうでした。

 感動。

 そう、私がいま感じているこの気持ちを、感動という言葉以外に表現できる気がしません。

 だって、こんなにも……こんなにも、私たちの住む人界は綺麗で輝いているってことを、知る事ができたんですから。


 エミルは高度を保ったまま、王都の外城壁をなぞるようにぐるりと王都を一周しました。

 驚異的な視力を発揮する私の目は、地上から大勢の人々が空を指差す姿が見えました。もちろん、指を指されているのは私たちです。

 驚いて足を止める人。楽しそうにはしゃぐ子ども。アグニの竜(エミル)だと気付いて手を振ってくれる人もいました。

 身を乗り出して手を振り返すと、危ないからとアグニに怒られました。ちょっと前まであんなに怖かったのに不思議ですね。それがおかしくて、つい笑ってしまいました。


 そうやって外城壁に沿って影を落としていたエミルは、やがて止まり木から羽ばたく鳥のように、外城壁の外側へと流れるように離れていきました。

 見る見るうちに遠ざかっていく王都。

 それを名残惜しい気持ちで振り返ってじっと見つめて、そして前へと向き直りました。

 方角は、西北西。

 このまま真っ直ぐに突き進めば、タイローン山脈へと至る進路です。

 もの凄い勢いで流れていく上空からの景色を見ながら、私はすっかり興奮しながらアグニを見上げて言いました。


「アグニ! 王都っ! すっごい、綺麗でしたっ!」

「ああ! うまくは言えないが、あれは最高の眺めだった」

「エミル! エミルの翼ってすごいね!」

『ッス! でもルージュさん、首締めるのはマジ勘弁してください』

「あっごめん」


 気付けばエミルの首筋の鱗には、私の太ももの形をしたへこみがついていました。

 申し訳ないなと思うのと同時に、足にフィットして座りやすくなったなと思ってしまったのは内緒です。


「では行こう、ルージュ殿。まずは手始めにグリフォン討伐だ」

「ずっと思ってましたけど、手始めがグリフォンってなんかおかしくないですか?」

「なに。オレはむしろ、これはルージュ殿らしいと思っていたほどだが?」

「なにそれ!」


 と言いつつ、私は笑っていました。口では文句を言いつつも、それも一理あるなと思ってしまっていたからです。


 私の体からあふれ続ける膨大な魔力は、普通の魔物を寄せ付けないという思わぬ副作用を発揮しているのですが、これから討伐しようとしているグリフォンは、まず逃げないだろうという算段がありました。

 まず理由の一つとしては、グリフォンが既にタイローン山脈のどこかに巣を作っているということ。

 そしてもう一つは、グリフォンが並みの魔物たちとは一線を画す、Sランクという強大な魔物だからです。


 私はかつて一匹だけ、私の魔力から逃げなかった魔物を知っています。

 ラスタの森で出会った、赤黒く巨大なスライム。

 まるで血でできた怪物のようだったあの魔物は、むしろ嬉々として私へと襲いかかってきました。

 その事から、私とアグニはある仮説を立てました。おそらくある一定以上の強さを持った魔物は、私の魔力に怯えたりせず、むしろ積極的に襲いかかってくるのではないかと。

 あのスライムは、かつて勇者フセオテさまのパーティメンバーとして名を馳せたアグニをも圧倒するほどの魔物でした。アグニはAランクの魔物相手ならば互角に渡り合えるそうですから、その実力は少なく見積もってもAランク以上。もしかすると、グリフォンと肩を並べるSランクにさえ届いていたかもしれません。

 こうして考えるとあのスライム、実はとんでもない魔物だったんですね。そもそもSランクに匹敵するスライムという時点で、アグニの常識から考えるとあり得ないのだそうですが。


 とまぁ、こういった理由でアグニはグリフォン討伐を受けることを決めたらしいのですが、そんな強大な魔物だからこそ、私の体質でも討伐できるというのはなかなか皮肉が利いてますよね。

 実力的なところでも、たぶん問題はないでしょう。むしろエイクエスさまが言っていたように、環境破壊への配慮のほうが大事なんじゃないかと思うくらいです。


「だから私は考えたんですよ。私が無理に剣を振るより、もっと他にいい方法があるんじゃないかって。例えばですけど、空飛ぶグリフォンに向かって石を投げるとか!」

「うむ。投石ではないが、実はオレも同じことを考えていた。

 ……ルージュ殿。君に折り入って頼みがある」

「はい、なんでしょう?」


 上を向くと、ひどく真剣な表情をした逆さまのアグニと目が合いました。


「今回のグリフォン討伐なのだが……君は、手を出さないでいてほしいのだ。まずはオレと、そしてエミルに、任せてみてはもらえないだろうか」


 本作はモーニングスター大賞に応募してたんですが、ネット小説大賞にも同時応募可能ということで両方登録することにしました。

 今なら感想希望のタグ付けをした作品に感想をつけることで、何やらイラストがもらえたりするらしいですよ!

 おぉ〜っと、なんとこの小説も感想希望のタグが付いているぞ!?

 これは一念発起して、感想をつけてみるしかない!!!!!




 すみませんでした

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