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グリフォン討伐の準備をしよう!

前回のあらすじ


 溢れる魔力と手加減下手のせいで冒険者として致命的に向いていないことが分かったルージュ。

 そんなルージュに対して国王ギリエイムが提案した解決すべき依頼とは……。

 

「宰相よ。ならば、失踪してしまった《透き通る音(クリスノート)》の置き土産……タイローン山脈に住み着いたというグリフォン討伐を任せてみるというのはどうだ?」


 そう口にしたのは、これまで沈黙を保っていたギリエイム陛下。

 アグニとエイクエスさまが顔を上げ、ハッとした様子で陛下へと振り返ります。二人の氷点下の睨み合いを止めたそれは、まさに陛下の鶴の一声。私もそれに追従して、開きかけた口を閉じます。


「勇者よ。そなたはグリフォンという魔物を知っておるかね?」

「はい。名前くらいは聞いたことがあります。たしか、鷲の頭をしたネコ科の魔物ですよね」

「うむ。大体あっているが、ネコ科で括れるほど可愛らしいサイズではないぞ勇者よ。成熟したグリフォンは見上げるほど大きく、背中の翼で自由に空を飛び回る。そして魔物としての格は最上位のSランクだ」

「Sランク……ですか」


 私は緊張から、ごくりと喉を鳴らしました。

 積極的に人を襲う魔物のランクとはつまり、そのまま危険度という言葉に置き換えられます。

 むくむくと沸き上がる不安を感じて、私はちらりとアグニを見ました。どうしよう。大丈夫かな。女神と魔王からはおまえが最強だ! なんておだてられてますけど、そのグリフォンも魔物としては一番強くて危ないんですよね?


 そう思ってハラハラしていると、アグニが私の視線に気付きました。

 少し前、私のことなら大抵のことは分かると豪語したアグニです。私の内心の不安にも気が付いたと思います。

 そしたらくすっと笑われました。

 えっ。なに!? いま笑うところありました!?


「それで、どうだアグニよ。相手はグリフォンだ。それに比べて当代の勇者は遅れを取ると思うか?」

「いえ、陛下。例えグリフォンが相手だろうと、万が一にもルージュ殿の圧勝は揺るぎません」


 ああ、なんだそういうことですか。グリフォン相手に怖がるとか、何を今さら? みたいな、そういう笑いですか。その自信まんまんな受け答えっぷりは安心感ありますけど、なんか複雑です。

 私がむすっとしている中、陛下の椅子がギシッと音を立てました。背中をゆったりと背もたれに預けて、どこか遠い所を見ながら陛下が続けて言いました。


「元々その依頼は、とあるSランク冒険者が引き受けていたものでな。タイローン山脈にグリフォンが住み着いたという情報を持ち帰ったのもその男だ。名をジャスパー・クリスノートと言ってな。敵はグリフォンとはいえ奴ならば問題はないだろうと安心していたのだが、つい先日から行方知れずになってしまってな」

『覚えていますかルージュ。あなたがそこな魔族を連れて王都に戻ってきた日に、勇敢にも竜に立ち向かったあの冒険者の男のことですよ』

『そしてその後におまえが心をバッキバキにへし折ってやった男だな。というかおまえ、仮にもSランク冒険者の歯牙にもかけずに一蹴しておいて今さら何をビビっておるのだ?』

『ああ、あのキラキラした剣を持ってた失礼な人のことですね……。でもそんなこと言われても、あの人とにかく失礼なイケメンだったっていう記憶しかなくってあんまり印象に残ってないです』

『安心しろ。どうせおまえがビビりまくってるグリフォンとやらも似たようなものだ』

『あなたにとってはただの大きな鷲頭のネコと変わりないでしょうね。ですが、いいですかルージュ。万が一グリフォンが可愛く見えてしまっても、決して飼いたいだとか駄々をこねてはなりませんよ』

『フハッ! 今のはなんか想像できたぞ! フハッ! フハハハッ!』

『しっつれいな! 勝手に想像しといて勝手に笑うのやめてよ!』


 流石に魔物飼いたいとか言い出すレベルのアレではないです!

 ていうか仲いいな! 時々妙に呼吸合うよね女神と魔王! もう結婚すれば!?


「聞いておるのか勇者よ」

「ふぁいっ!? あっ、はい! あの人ですよね!? あの失礼な人!」

「失礼なって…………まあ、よい。そなたの抱いた印象はともかく、《透き通る音(クリスノート)》が突如失踪した一因はそなたにもあるのだ。責任を取れとまでは言わんが、あれの尻拭いくらいはしていってくれてもバチはあたるまい? なあ、宰相よ」

「……そうですね。グリフォン討伐ほどの功績となれば、本来支払われるべきだった報奨金の額も莫大なものになります。少なくとも、先日大破したダンスホールの修繕費の足しにはなるでしょう」

「うっ!!」


 心にぐさっとくるものを感じて、思わず胸を抑える私。

 それを言われると辛い。

 だってあの失礼なイケメンの失踪はともかくとして、謁見の間の下のダンスホールがめちゃくちゃになったのはどう考えたって私のせいですからね……。

 エミルを止めるためとはいえ、何も頭を叩かなくてももう少し何かやり方があったはずです。私が手加減下手なのは分かりきってたことなんですから、もっとなんかこう、気持ち優しめに対応すべきでした。

 しかし全ては後の祭り。めちゃくちゃになったダンスホールの修繕費用……特に見るも無残だった特大シャンデリアの残骸にかかっていたという金額と歴史の話は、二度と思い出したくない黒歴史です。


 思い出したらなんだか急に罪悪感がふつふつと湧いてきました。

 こんな私がそのグリフォンを倒すだけで少しでも修繕費が賄えるならそうしたほうがいいような気がしてきました。切なそうなため息が止まらないエイクエスさまを見ていると特に。


「アグニ、その依頼はどうなんですか? その、私の適正的に考えて」

「うむ。いま地図のほうを確認していたのだが……」


 アグニは手元に広げたゴードグレイス聖王国の地図の北東辺りをトントンと指差し、ぐるりと円を描きました。


「結論から言って、適している。タイローン山脈はその稜線が隣国との国境線にもなっているのだが、険しい山脈であるが故に彼我の交流もなく集落も少ない。最も近いのは以前立ち寄ったマツコベ村だが、充分な距離があるので問題ない。ここならばルージュ殿も存分に剣を振れるだろう」

「それじゃあ!」

「おお! それでは!」


 私とエイクエスさまの声が重なり、アグニが力強く頷きました。


「ええ。この依頼ならば問題ありません、宰相閣下。タイローン山脈に巣食うグリフォンの討伐は、勇者ルージュ殿にお任せください!」


 威風堂々と構えるアグニがどんと胸を叩いて言うと、エイクエスさまは感極まったように膝から崩れ落ちました。

 熱い熱いため息を零しながら「よかった……よかった……」と涙ながらに連呼する宰相さまの姿に、なんとも言えない気分になる私たちでした。


  @


 陛下の執務室を退出するや、アグニは私たちをいつもの客室へと集めました。


「さて! 我々はこれからタイローン山脈へと向かう訳だが、ルージュ殿! そしてエミル!」

「うわっ! なんかデジャヴですね! はいっ! なんでしょうか!」「なんだよ。急に大声出して」

「君たちは登山の経験はあるだろうか?」

「はい! ありません!」「あるけど」

「そうか! なら、エミルはそっちで座っていていいぞ」

「何? 何なのこの茶番?」『いいから座っておけエミル』

「ゴホン。では教えよう。山に入るためには、欠かしてはならない準備が山ほどある!」

「二つどころじゃなかった! 山だけにですか!?」

「そうだ! 山だけにだ!」

「バロール。なんでコイツらこんなにテンション高いんだ?」『ほっとけ』

「まずは装備だ。色々あるぞ。まずは靴擦れをしていない履き慣れた靴を履くことだ。登山中の靴擦れほど過酷な試練は他にない。ルージュ殿の場合は長旅で履き慣れたものがあるからこれで問題ないだろう」

「はい!」

「次に吸水速乾性の高い素材でできた服を着ることだ。山では頻繁に汗をかく。そしてその汗は小休憩を挟むたびに冷えて体温を奪っていく。この頻繁な体温変化に対応するには温度調節に優れた服が必要だ。これは素材で選んでもいいし、魔法付与(エンチャント)された装備を選んでもいい」

「なるほど!」

「サングラスも必要だ。高地は紫外線が強く目へのダメージが大きくなるからだ。時折堕ちてくる石や砂からも目を守れる。軍手も外せない。登山ルートによっては岩に手をかけなくてはならない場合もある」

「はい! アグニ先生!」

「うむ! 他にもあるが、まずは城下に向かおう。西の通りに近衞騎士団が懇意にしている腕のいいの武具屋がある。そこで装備を見繕うぞ」

「その前に先生!」

「なんだ? ルージュ殿」

「私たち、たぶんそういう普通の登山装備一式は要らないと思います」

「ルージュ殿。確かに君は非常に、非常に素晴らしい勇者だ。だがそれは慢心だ。山は森とはレベルが違う。例え羽虫に勝てたとしても、何の装備もなしに靴擦れや気温の寒暖差から身を守ることはできない」

「いえ、そうではなくてですね」


 私はスッとエミルのほうを指差して言いました。


「私たちにはエミルがいますよね。山に行くなら、エミルの背中に乗っていくんですよね?」


 ぱっと見碧髪碧眼の美少年にしか見えないエミルですが、その正体は緑竜族という種族の立派な魔族です。

 体術よりも魔法が得意な頭脳派のエミルですが、最大の特徴はなんと言っても竜化能力です。キラキラ輝く翡翠色の鱗を持った巨大な竜へと変身したエミルは、私とアグニの二人を乗せても悠々と大空へと羽ばたいてくれることでしょう。

 そうすると別に汗もかかないでしょうし、靴擦れもしませんし、岩に手をかけることもありません。あと女神曰く、勇者の魔力は紫外線対策も完備だそうですのでサングラスも要りません。いま思いましたけど私登山耐性けっこう高いですね。


「指されたついでに言わせてもらうけど、アグニ、オマエ俺が風のエキスパートだってこと忘れてねーか? 気温の寒暖差? 落石? 誰の前で心配してんの? 言われなくても適温保つし砂粒ひとつオマエの頭には落とさねーけど?」

「ツンデレだ!」『ツンデレですね』『おまえツンデレだったのか』

「オマエらツンデレ言うなー!」


 キシャーとチョップを繰り出すエミル! それを華麗にかわす私と仔犬(まおう)

 アグニは暫く沈黙していましたが、やがてぽつりと言いました。


「そうか。だが雨具はどうする」

「降らないと思いますよ。だってエミルがいますもの」

「降らねーよ。つか降らさねーよ」


 天候さえも支配する、風と嵐の支配者。それが竜王エミルの二つ名でした。

 アグニは私とエミルを交互に見やると、やがて強く頷きました。


「そうか!」

「はい!」


 そしてどちらともなくにへらと笑いあう私とアグニ。

 前にあったなあ、こんなやり取り。アグニは覚えているんでしょうか。

 なーんて懐かしさを名残惜しんでいた私ですが、なんと続きがありました。


「だがそれはそれとして城下には行こう」

「ふえっ?」

「どの道、水や携帯食料はどうしても必要になる。それにこれから暫くの間は、王都は見納めになるからな」


 そう言ってニヤリと笑うと、アグニはまるで誘うように手のひらを差し出して言うんです。


「だから今から行くぞ。ルージュ殿」


 どうしよう。アグニが急にイケメンになりました。


 いやもともとイケメンなんですけれども! ……うわっ、ズルい! 卑怯! 不意打ちでこういうことするイケメンはほんと卑怯だと思うんですよ!

 私が覚えていたように、やっぱりアグニも覚えてたんですね。いつかのリエリアでのやり取りを。

 まさか最初から最後まで以前の流れに乗った上で、寂しいなあなんて思ってるところをこの精度で狙い撃ってくるとは何が狙いなんだかこのイケメンは!

 思わず、かぁと血が上りました。頬の辺りが熱くなって咄嗟に手のひらで押さえました。

 やめてよ! 私こういう鉄板系のトゥンクイベントはあまり耐性ないんですから!


 私は軽く頭を振って、ぱちんぱちんと頬を叩くと、なるたけいつも通りに笑って明るく装って言いました。


「んんっ! そ、それじゃあ、今晩は夜市にも行きませんか? 昼の王都もいいけれど、夜の王都も見納めしておきたいです!」


 我ながらなんて見え見えの照れ隠し。

 だけどアグニは幸か不幸か、いつも通りに「ああ」と頷くだけでした。

 ただ。

 ちょっとだけその笑顔が気に入らなかったので、気持ち強めに皮鎧の上から肘でぐりぐりしておきます。ぐりぐり。


「ルージュ殿。わりとかなり痛いのだが?」

「知りません。ほら、エミルも行きましょう!」

「ええ……? オマエと……?」

「なんか不服そう!? ほらほら、大好きなアグニもいますよ!?」

「別に大好きじゃねーし! 盛るな!」

『我は行くぞ。前に食ったルク鳥を所望する』



 そんなこんなでこの後城下へと繰り出した私たちは、グリフォン討伐という名目から盛大に横にズレつつ王都の昼夜をとことん楽しみ尽くしました。

 アグニとエミルの隣を歩いて眺める王都の町並みは、いつもの三倍以上輝いて見えました。

 特に、心身ともに火照ったカラダで飲み込む夏の日の夜市のエールはまた、格別な味わいであったことを付け加えておきます。

最近、アプリ版のワギャンのパネルしりとりにハマりました。

なにこの圧倒的暇潰し性能……! 色褪せないゲーム性! 理不尽さにときめく!

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