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扱いづらくてすみませんっ!

前回のあらすじ


 色々あったが無事ルージュの従者として胸を張れるようになったエミル。

 いよいよ王都を旅立つために、ルージュは行動を開始するのだが……。

 

 時の流れは早いもので、私が王都に辿り着いてもうひと月が経ちました。

 穏やかだった春の気候は気付けばすっかり夏めいて、窓から差し込む日差しは強く、日陰のありがたみが日に日に増していく今日この頃です。


 かざせば手のひらを透かすほどに気合いの入った太陽。

 その下に響くのは無数の夏虫たちによる騒然たる大合唱。

 夏の熱気と諸処の理由で薄ぼんやりとする私の頭に、じんと染み入る彼らの歌が、否応なく私に訴えかけるのです。


 王都に、夏が来たのだと。


 エイピア以外で過ごす夏はこれが初めてになりますが、エイピアに比べて王都の夏はだいぶ暑く感じます。

 特に夜になると、昼間のうだるような熱気がそのままじりじり残り続けるようなたまらない暑さです。魔法を使って(贅沢な!)特別に空気が冷やされている王城の客室の中でも、時々寝苦しく感じるほど。

 王都はこれが普通なの? と聞くと、どうやらそうでもないようで、今年は近年稀に見る猛暑なのだとか。

 この暑さには流石に地元の人たちもたまらなかったらしくて、最近では毎日のように誰かが『ダンスレヴの噴水』へと飛び込み、夜市では冷えたエールが売れに売れているそうです。


 さて。

 そんな夏真っ盛りの王都ディアカレスにおいて、いま最も涼しい場所はどこなのかと聞かれれば、私は悩まず迷わずここだと答えるでしょう。

 ここは王都の北寄りに位置する王城の中でも、最も貴き方のための部屋。

 ギリエイム・ゼーイール・ゴードグレイス国王陛下の執務室です。

 いま使っている私の部屋がムダな贅沢感たっぷりの部屋だとするならば、陛下の執務室は正しく贅沢な部屋という感じです。

 庶民の目から見てもアキラカに高そうなツボとか、そういった使いもしないムダな調度品の類いは一つもなく、あるのは陛下が必要とする最低限の家具類のみ。

 だけれどその家具一つひとつが、例えば広々かつ艶艶と輝く肌触りの良さそうな机だったり、整然と中身が詰まった美しい本棚の列であったりと、一目で気品と実用性を兼ねた高級さを匂わすものばかり。

 その部屋を誰かに見せて「おお」と言わせるためではなく、まさしく陛下のためだけの仕事部屋といった風情です。


 勿論そんな陛下の執務室ですから、夏対策だってカンペキです!

 城内を、というよりむしろこの執務室を冷やすためだけのマジックアイテムもバッチリ完備!

 感じてください、この空気! どうですか! 外はすっかり夏なのに、この執務室の中はまるで別世界みたいに冷ややかで涼しい! むしろちょっと涼し過ぎて、贅沢にもなんか肌寒いくらいっていうか!



「…………」

「…………」


 なんて……いうか……。


 二人の男性の凍えそうなほどに冷たい視線の応酬に室内気温がガンガン下げられて、遠慮容赦なく私の肝を冷やしまくってるっていうかっ……!


「それでは、これならどうですか? ミングアートの町に潜んでいるという人狼討伐のクエストです。町民に成り済まして町へと溶け込む人狼は、夜な夜な人を食い殺すという危険極まりない魔物です。既に町では疑心暗鬼が膨らみ、町民同士の裁判による吊るし合いまで横行しているとか。かのホワイトタブで名探偵ぶりを発揮したという勇者殿なら、人狼の偽りの姿も見破ることができるのでは?」

「いえ、宰相閣下。確かにルージュ殿ならたちまち人狼の正体を暴くことができるでしょう。しかしその後にあるのは人狼との市街戦です。勇者という存在に対する町民の期待の目もある以上、ルージュ殿を市街戦に巻き込むのは賢明とは言えません。人狼討伐に明るい教会の聖騎士団に応援を要請すべきです」


「これは数百年ぶりに奇跡的に発見された黄金羊の目撃情報です。人を襲う魔物ではないから戦闘の心配はありませんし、もし捕獲に成功すればその経済効果は計り知れません。特筆すべきは驚異的な逃げ足、ですが暴走した森牛を追い回したという勇者殿の使い魔と、貴方の『騎乗』する竜がいれば、黄金羊の捕獲も夢ではないはず」

「いえ、宰相閣下。先達て報告した通り、ルージュ殿は身に纏う膨大な魔力ゆえに野生動物が寄り付きません。巣から動かないのであればともかく、逃亡と潜伏が得意な黄金羊の索敵や討伐は彼女の体質的に不可能です」


「護衛依頼ならどうでしょうか? 魔物を寄せ付けない勇者殿の体質ならこれほど打って付けの依頼はないでしょう。依頼主は王家とも懇意にしている大豪商マキウス・デパルトイ。五十輛の馬車からなる隊商の主です」

「いえ、宰相閣下。お言葉ですがルージュ殿に隊商の護衛は無理です。周辺の魔物と一緒に、馬車を曳く馬も一頭残らず逃げ出すかと」


「じゃあこれは! 薬師ギルドが定期的に出しているヨクアル草の採取依頼! 西門を出てすぐのところの見晴らしのいい草原を歩けば二十歩おきに生えている!! 危険な魔物もほとんどいない!!」

「駆け出し冒険者が泣いて喜びそうな依頼ですが、しかし宰相閣下、それを本当にルージュ殿が奪ってしまっていいのですか?」


 バン!!! と大きな音が室内に響きました。エイクエスさまがテーブルを強く叩いた音でした。

 応接用の小さなテーブル。されどこの部屋に相応しくオサレで繊細そうな造りのテーブルがイケメン宰相さまのスパンキングで情け容赦なく揺さぶられます!

 思わず「ヒッ!」って声が出ました! 怖い! エイクエスさま台バンはダメです! 明らかに越えてはいけないレベルでフラストレーションが溜まってますよ!? 知的でクールだったはずのエイクエスさまの変貌に、私の体感温度の下降が留まるところを知りません!


 そのまま徐々に前傾姿勢となってテーブルに額をつけたエイクエスさまは地獄からの唸り声みたいな声で「イイワケガアリマセンヨォ……」と言うと、そのまま両手を握り締め、テーブルの上に乱雑に散らばっていた紙束をぐしゃぐしゃと握りつぶしました。

 大きな絵と小さな文字で彩られたそれらの紙束は、ただの悪戯書きというわけではありません。その一枚いちまいに依頼人の祈りが込められた、冒険者ギルドへの依頼書です。

 個人の依頼が大多数を占めるといわれる依頼書ですが、中には組合や国が依頼したもののほか、表立って張り出すことのできない特別な依頼書も含まれています。

 今ここにあるのは、それらの全て。

 大きい依頼。小さな依頼。そんな区別を一切つけずに集められた依頼書の山こそが、この狭いテーブルの上を何重にも埋め尽くしている紙束の正体でした。


  @


 つい四ヶ月ほど前のこと。女神と魔王に同時に目をつけられるという珍事を経て、どういうわけか私ことルージュは、勇者で魔王というよく分からない存在になりました。


 勇者に与えられるという聖なる魔力と魔王が受け継ぐという邪悪な魔力。それらを「早い者勝ちだ急げ!」とばかりにその辺の町娘に注いだ結果、出来上がったのが今の私です。

 おかげで平凡な町娘に過ぎなかった私は一夜にして世界最強になりました。

 ついでに体から常時魔力を垂れ流すというヘンな体質にもなりました。

 ビジュアル的にはイヤッサー人みたいな感じと言って伝わるでしょうか。白と黒が合わさって、最強どころかかえって微妙な色合いになった灰色の魔力が今もどっぷどっぷと湧き出てます。女神と魔王から「お前最強」とお墨付きを貰った所以がこれです。片方だけでも持て余す魔力をどちらも飲み干しちゃったせいで、もし暴発してたら世界が吹っ飛ぶレベルの魔力が私の中に入ってるそうです。

 正直ぜんぜん嬉しくないです。誰か変わってくれないですかね。


 そんなこんなで女神と魔王に、勇者か魔王、どっちになるのか早く選べと言われている私ですが、まだ答えは出ていません。

 私は人界のことしか知りませんから、最低でも魔界を見てからにしようと心に決めているからです。

 ていうか、責任重大すぎて即決できない。ガチめな世界の命運を、私みたいな小娘にいきなり委ねないでほしい。


 だけど私の優柔不断とは無関係に世界は動き続けていて、人界では既に私が新しい勇者だとバレてます。主に、この沸き立つ魔力のせいで。

 そんな状況で「いや私勇者じゃないです」とか「いや私魔王でもあるので」とか言い出せるはずもなく、仕方なく人界では勇者(仮)として振る舞っているのですが、勇者としての恩恵を受ける一方で、勇者としてやらなければならないことも色々とあるようです。


 私が陛下の執務室で凍えるような目に遭っているのも、その勇者絡みの一つです。


 エイクエスさまが文字通り血眼になって探しているもの。それは私のこれからの旅の目的(・・・・・・・・・)でした。

 魔王が復活するまでの間、慣例的に行われる人界を巡る勇者の旅。

 その名目は修行としつつも、その実態は勇者を支援してくれる国々への見返りのようなもの。

 つまりこれから私が何処(・・)へ行き、そこで何を(・・)するべきなのか。

 言い換えるなら、どんな難行や厄介事を勇者に押し付け、解決させるべきなのか。


 その行き先を決める権利はいつだって国の側にあって、いざ私が旅立つ気だと知り、エイクエスさまがいそいそと依頼書の束を抱えて部屋を訪ねてきたのが今朝の話。


 はじめ、妙にニコニコと嬉しそうに私に押し付けるべき仕事(ざつよう)を選ぶエイクエスさまを見ていた私は、正直ぜんぜんやる気ではありませんでした。

 だって私の今の目的は、人界行脚じゃなくって魔界観光。

 できればとっとと魔界に行きたいのに、なんだかいいように言いくるめられながら人界に足止めされそうな雰囲気です。

 これからいったい幾つの仕事を押し付けられることになるんでしょう。

 エミルを従者に認めてもらった恩はありますが、まあ、それはそれ。

 私はいざとなったら最悪ボイコットも辞さない構えでエイクエスさまとアグニの相談をジト目で眺めていたんですが……。


 @


「クッ……! 勇者殿にお願いできる依頼がっ、ない……ッ!!」


 気付けば私の反抗心は、重くのしかかる罪悪感へと転じていました。


 私たちが陛下の執務室に集められて、かれこれ二時間近くが経ちます。それはエイクエスさまの大人の余裕を削り取るのに充分な時間でした。

 机に突っ伏しながら血を吐くように言うエイクエスさま。

 そんなエイクエスさまの様子には、正面に座るアグニも流石に渋面を作っていました。腕を組み、じっとエイクエスさまのつむじの辺りを見つめています。

 まるで言い訳するようですが、アグニだって何も好き好んでエイクエスさまの提案を片っ端から切り伏せたわけありません。だってアグニの言っていることは全て本当で、つまり単に私が魔物退治に致命的に向いてないってだけなんです。


 魔物や動物寄ってこない。手加減ぜんぜんできない。


 この二つの縛りだけで、まさかこんなにも達成可能な依頼が減るとは私自身も予想外でした。


「……失礼、勇者殿。少し、イライラしてしまっていたようです。誠に申し訳ございません。決して貴女のせいではありませんので、どうかご安心ください」

「いえ……。私のほうこそ、なんか、すみません。エイクエスさま」


 ぜんぜん安心できないです。だってエイクエスさま、さっきから目を合わせてくれませんもの。


「勇者殿。できれば一つ、お願いを聞いていただきたいのですが」

「なんでしょうか。私なんだか、いまなら大抵のことなら聞いてしまいそうな気がします」

「なに、簡単なことです。できればほんの数秒間だけ、耳を閉じていていただけませんか?」


 急にサワヤカに微笑み始めたエイクエスさまに危機感を覚えた私は、速やかに両耳に人差し指をぬぽっと差し込みこくこくと頷いて返しました。

 そんな私の動きに、他の人たちも追従しました。まず、エイクエスさまの対面に座るアグニが。アグニの後ろで私と並んで立っていたエミルが。そして執務室の奥の大きな机にゆったりと腰かけていたギリエイム国王陛下が。この部屋にいるエイクエスさま以外の人間すべてが、言われたとおりに耳を塞ぎました。

 ちなみに魔王は仔犬モードでエミルの足元にちょこんと座っています。最近エミルと場内を散歩することが多くなって、よくエミルと一緒にいるんですよね。


 さて、そんな私たちをぐるりと一瞥して、同席している全員の耳が塞がれていると見るや、手のひらで顔を覆ったエイクエスさま。

 目元を覆って暫く深呼吸したかと思えば、いきなりぶるぶる震えたかと思うと、手のひらを口元のほうに持っていきながら静かに俯いて押し殺したような声でぼそっと一言呟きました。



「…………この勇者、すごく扱いづらい…………!」



 痛い!!! かろうじて小声に抑え込もうとするエイクエスさまの気遣いが痛い!!!

 ていうか聞きたくなかったよ!! 空気読んでよ聴力さん!! そこ、勇者力が必要な場面じゃありませんからあ!!


「……ふう。失礼しました。どうぞ、楽になさってください」


 少しだけ晴れやかになったエイクエスさまが身振りを交えてそう言いました。私は目を合わせられませんでした。


『しかしまあ、これは存外都合がいいのではないか? おまえに適した依頼がないというのは。人界での雑務に追われず、すぐに魔界へと発てるということだろう?』


 その時、脳内に魔王の囁きが。


『どうせおまえのことだから、他人から与えられた依頼などに責任感なぞ持てまい。せっかくだ。自分は魔界に行きたいのだと口に出して言ってみたらどうだ? いざおまえが雲隠れした時に言い訳が立つようになるぞ』

『わあ、私のやる気のなさがバレてる。流石はバロール。罪深き人間への洞察力がハンパないですね』

『ルージュよ。できればわたくしとしては、可及的速やかに勇者の自覚に目覚めていただけるとありがたいのですが……?』


 私の魔界行きに乗り気でない女神が異議を申し立てますが、今の私の気分はどちらかというと魔王寄りです。

 そうですね。確かに言ってみるだけならタダかもしれません。アグニも私が魔界に興味津々なのは知っていますし、それほど不自然でもないでしょう。


 エイクエスさまとアグニの二人は、再び腕を組んでの長考状態。よし、今だ! 意を決して口を開きかけたその時、機先を制する第三者の声がしました。


「宰相よ。ならば、失踪してしまった《透き通る音(クリスノート)》の置き土産……タイローン山脈に住み着いたというグリフォン討伐を任せてみるというのはどうだ?」


第四章開始です。


※第三章のキャラクター紹介を改稿しました。

具体的には忘れられていたアナスタシアとハーヴェストの二人を足しました。せっかくのネームドなのに忘れられるとか不憫すぎる。

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