有罪です。
前回のあらすじ
二人の貴族が史上最低レベルの変態であると確信するエミル。エミルはそんな変態たちに理解を示すルージュにも不信感を抱き始めたのだが……。
この茶会に参加してからというもの、あらゆる会話の中でエミルを当たり前のように置いてけぼりにされてきたが、今度のルージュの質問は、極めつけに意味が分からないものだった。
そもそも、今度はその単語からして意味不明だった。エミルはセーフワードなどという言葉に、まったく聞き覚えがなかったのである。
だが、理解できなくても問題ない。むしろ意味不明であることに、エミルは安心感さえ覚えた。
(フン。どーせまたろくでもない意味合いの言葉に決まってる。それに変態同士で通じ合いたいなら、オマエらだけで勝手にやってろってんだ!)
いまエミルが考えるべきなのは、自らと魔界の今後についてだった。少なくともこんなどうしようもない変態ども相手に理解を深めることではない。
変態は、変態同士で仲良くやっていればいい。エミルがいま話をしたい相手は、ルージュでも変態貴族でもなくバロールだった。
エミルは今まで以上に冷め切った瞳で二人の変態貴族を睨み付ける。どうせこの変態どものことだ。分かる、分かるぞ、などと言いながら、目を輝かせているに決まっている。
……そう、予想したのだが。
エミルの予想が的中したのは、意外なことに半分だけだった。
「セーフワード……? 勇者殿。それはいったい何なのです?」
そう首を傾げたのは、異常発達した筋肉の塊のような巨大な男。クラウス・インマグエス将軍だ。
クラウスもまた、今回はエミルの側の人間だった。ルージュの言葉にピンと来ず、首を傾げている。
対して。
実に、それはもう実に嬉しそうに満面の笑みを輝かせていたのはもう一人の人物。ぜい肉が貴族服を着込んだかのような醜悪な巨体を震わす、ペルヴ・ジエン侯爵だった。
「勇者様! おお、勇者様! フーッ! それはですね。無理! これです!」
何やら興奮した様子で、ペルヴはそう叫んだ。
無理。いったい何が無理なのか。気付けばエミルはクラウスと視線を合わせ、同じようにして首を傾げていた。
クラウスは仲間を見つけて少し嬉しそうにしているようだったが、ビジュアルが凶悪な半裸の(しかもテーブル上では全裸にさえ見える)クラウスに親密そうに微笑まれても、暑苦しさに鳥肌が立つばかりだ。
そうしている間にも、ルージュとペルヴは二人だけで盛り上がっている。
「『無理』ですか! いいですね! でも、それだけですか? それだと結構誤爆しそうですけど」
「ええ! フーッ! そこで私がこう聞き返すのです。本当か? 本当にもう無理なのか? と。そしてもう一度、『無理』と言ったらそこまでと、そう決めておるのです」
「あーっ! いい! いいですね! 分かる! そこで一度時間をあげて、もう一回考えさせるわけですね! やらしい! 侯爵さまったら! やらしさがハンパないですよ!」
「フフフ! よく言われますよ! フーッ! して、勇者様のほうはどのように?」
「私のほうはですねえ。この子、先代の魔王がすっごく大好きなんですけど、その魔王よりも私が好きだって言ってもらってるんですよ!」
「ハッハハハハ! 勇者様も大概ではないですか! そんなようでは、とても他人のことは言えませんなあ! いやはや、フーッ! 実にいやらしい感性をお持ちだ!」
「いやいやいやいや! 侯爵さまに比べたら、私なんてそんな……!」
ペルヴにいやらしいと揶揄されて、ぽっと顔を赤く染めるルージュ。
頬に手を当ていやんいやんと身をもじる様はさながら乙女のようだったが、今さらそれを演出するには手遅れ感がハンパない。ルージュはもう少し身の程を知るべきだろう。
だが、ちょっと待ってほしい。そんなことより、ルージュは今、何か聞き捨てならないことを言わなかっただろうか。
『魔王よりも私が好きだって言ってもらっている』。
ルージュは今、そう言わなかったか。
その言葉に、エミルは聞き覚えがあった。
すごくすごく聞き覚えがあった。
だってそれは、エミルが自分自身を守るために与えられた言葉だ。
ルージュが提案し、ルージュが与えた、人間と魔族がほんのちょっぴり互いを信じあうための言葉。
そう理解した瞬間、エミルの肝は凄まじい勢いで冷えていった。
突然、信頼していた足場が崩壊したような急落する幻覚。
対岸の火事と笑った瞬間、自らも火に包まれていた焦燥。
ルージュとペルヴは、何か変態的なことで通じ合っていたはずだった。
なのにどういう訳か、いつの間にかその話の渦中に、エミルが無防備なままに放り込まれていたのだ。これ以上の恐怖体験が果たして存在するだろうか。いや、ない。
「……えっ!? ちょっと、待って! そこでどうしていきなり俺の話になるんだよ!? そのセーフワードっていったいなんだ!?」
エミルは慌てて声を荒げた。
エミルはあの一瞬の間に、傍観者から当事者になった。こうなった以上はもう『ついていけない』では済まない。不穏な変態から身を守るためには『知らなかった』では済まされない。
エミルの縋り付くような声に、ルージュはくるりと振り返る。素早い反応だった。しかもちょっと嬉しそう。
その時ルージュの向かい側にいるクラウスがちょっと眉を潜めたのを見て、エミルはルージュが意図してクラウスを無視したことに気付いた。
先ほどクラウスはエミルと同じ質問をした。なのに、ルージュもペルヴも答えなかった。だがルージュは、エミルにだけはこうして嬉しそうにして答えるのだ。
その事に僅かな優越感を感じるエミルだったが、胸の奥に浮かんだ小さな感情を自覚することはなかった。ただルージュの口元を注視し、そこから放たれる言葉に全霊を傾けている。
「セーフワードっていうのはですね。私とエミルの間で取り決めた、あの合い言葉のことです。要するに、どこまでするのか、どこまでが無理で限界なのかを相手方に伝えるための、なんていうかその……」
ルージュがポッと頬を染める。
躊躇われ、中断された言葉の続きは、その様子を楽しそうに見ていたペルヴが引き継いで言った。
「ま、一種のSM用語ですな」
「えすえむ…………ようご…………っ!?」
あっさりと放たれたその言葉に……エミルの体に電流に似た衝撃が走り、くらりとふらつく。
SMと言えば、その大雑把な意味くらいならエミルでも知っているような比較的メジャーな特殊性癖だ。オットーを一目見てエミルが変態だと思ったのも、自分から好んで首輪を着けるような、侮蔑すべきマゾ野郎だと思ったからだ。
エミルはそんな変態的な性癖からは、縁もゆかりもない健全な魔族のはずだった。
だというのに。勇者ルージュから与えられ、その価値について時に真剣に悩みさえした、エミルを守る合い言葉の正体が、実はただのSM用語。
それを知ったエミルの心境たるや、察するに余り有るだろう。
「フーッ。……プレイの最中、マゾヒストの発する『イヤ』だの『やめて』だのにいちいち取り合うサディストはいないでしょう?」
やれやれ仕方がないですね、とでも言いたげに何やら解説を始めたペルヴに、エミルの口から放たれるエクトプラズム的な何かが「知らねーよ」と力なく答える。
「何故ならそれもまた、プレイの一環だからです。
嫌だと言っているのに責められる。そういう昏い愉しみもまた醍醐味だというのに、そういった言葉にいちいち反応されてプレイを中断されるのは興醒めなんですよ。
かといって、無視すればいいということではありません。それはもしかすると、マゾヒストの本心から発せられた救援信号なのかもしれない。その機微、その判断を勘と経験だけに委ねるには我々はあまりにも未熟で、そして人の命は儚い。
そこで、我々はあらかじめセーフワードというものを決めておくのですよ。
それはマゾヒストにとってのボーダーライン。
サディストにどこまでを許し、どこからを許さないのか。
どこまでがプレイにあたり、どこからが虐待にあたるのか。
それの境界線を決める権利だけは、いつだってマゾヒストだけのもの。
だからこそ。その権利を、セーフワードを、蔑ろにするサディストはいません。何故ならそのような輩の前では、マゾヒストは安心して豚になれない。
マゾヒストが真に安心して身も心も委ねて気持ち良くなるには、いつだってギリギリのところで自分を救い上げてくれると信頼できる、かけがえのない相棒が必要不可欠なのですから」
変態だ。
真面目な顔をして長々と、何かいかにもいい話みたいにまとめようとしている口達者な変態がそこにいた。
サドだのマゾだのプレイだの気持ちイイだの、ペルヴはやっぱりどうしようもない変態だ。
だけど、なぜだろう。
この短期間の間に、数多の変態たちと出会ってきてしまったからだろうか。
だらしのない贅肉を満載したぶよぶよの顔を綻ばせるようにして笑うペルヴが、エミルには今、他の変態どもと比べて少しだけマシな変態に見えてきた。
特に。
「ペルヴよ。お前は何を言っているのだ? 奴隷を遠慮容赦なく打ち据えることこそが我々サディストの特権であり義務ではないか。決してお前の言うように、顧みてやるような存在などではないわ!」
唾を飛ばしてペルヴに食ってかかる、このクラウスと言う男の前では。
「セーフワードだと? それを蔑ろにする者はサディストではないだと? それはこの俺に対する当てつけかペルヴ!? そもそもお前はこのサロンで、そのような話をしたことなど一度もなかったぞ!」
「フーッ。当然です。私はあなたの前では常に慎重に話題を選んできましたから。仮に私が話したところで、あなたはそれを一笑に付す。フーッ。そうでしょう?」
「当然だ。セーフワードだなどと馬鹿馬鹿しい。我らが奴隷を慮る必要がどこにある? お前はさっき、奴隷が安心して気持ちよくなるなどと言ったな。お前は馬鹿か? 弱者に甘んじ続けるような男には安心も心地よさも与えてやる必要はない。我々からもたらされる愛も快楽も苦痛であるべきだ。そうでなくてはどうして我らに反骨し、立ち上がり、自らを鍛えようとする気骨が育まれようか!」
「フー……クラウス。そもそもこの国に奴隷はいない。あなたが引き取った子どもたちをそう呼び捨てることも、その行いも、それはただの虐待です。あなたは今日、その事に気がつくべきだ」
「違う! お前が間違っているのだペルヴよ! 弱者に加減を決めさせるという発想こそ唾棄すべきものだ! 強き男になるために鞭を入れてやろうと言うのだ、奴隷は卑しく悲鳴をあげて無様に泣き叫びながら、与えられる慈悲と苦痛に喜び喘ぐべきだ!」
言い争いが白熱するにつれ、狭く感じる室内にカチカチと鳴る小さな音が混ざり始める。
クラウスの隣に座る侍女少年が、無表情のまま顔面を蒼白にして震えて歯を鳴らしている音だった。すぐ隣で怒り猛るクラウスが、恐ろしくて仕方がないのだ。
その一方で、ペルヴに侍る少年はというと再びペルヴの膝元に座り、膨らんだ大きな腹に抱きつくようにして身を沈めていた。その表情は穏やかで、クラウスの怒声を物ともせずにそのまま寝入ってしまいそうなほどだ。
どちらも同じ、逆らえない相手に女装することを強要された少年だ。なのに、どうしてこうも違うのか。
いや。つまりは、こういうことなのだ。
痛みと恐怖。
安堵と心地よさ。
両極端に位置する象徴的な彼らの姿こそが、二人の自称サディスト、ペルヴ・ジエンとクラウス・インマグエスの間に横たわる大きな違いであり、差なのだった。
言い争いを続ける二人の男を前に、徐々に冷静さを取り戻していったエミルははやがて愕然とする。
つい先程まで、エミルにはこの二人の男が同類にしか見えなかった。どちらも同じように救いようのない変態で、人間の中でも最低のクズだと考えていた。
だがどうだろう。今やペルヴとクラウスは、まるで水と油だ。ひとたび表面を捲ってみればこんなにも反目する存在だったなどと、いったい誰が気付くだろうか。
ルージュだ。
それにルージュは気付いたのだ。この短時間に、それもたった一言で、その上っ面を綺麗に剥ぎ取ってみせた。今ならば分かる。ルージュはこれを狙ってやったのだ。
恐るべき手腕だった。変態に理解があるなんてレベルではない。いったいどんな感性をしていれば、これほど微に入り細を穿つ精密さで変態の勘所を突けるのか。
思わずエミルは戦慄いた。
凄い。なんて凄いんだ。何が凄いかって、この無駄に高い洞察力をまったく尊敬する気にならない辺りが特に凄い。
ルージュはいつもこうなのだ。とんでもない魔力を手に入れた人間のくせに、まるで勇者らしくない。たまに凄さを発揮するかと思えば、それは決まって勇者や魔王、時には魔力そのものだって無関係に、期待の遥かナナメ上方向に向かってやらかすのだ。
物事には向き不向きというものがあるが、もし仮に勇者や魔王に向いていない人間がいるとしたら、それはこんな少女のことを指すのかもしれない。
ついさっきまでは己の先行きを不安視していたエミルだったが、今はなんだか、無性にルージュの将来のほうが心配になっていた。
魔王らしくなれとまでは言わない。
でもせめて、もうちょっとくらい勇者らしくなってもよくない?
遠い目をし始めるエミルのエクトプラズムの横で、ついに勇者が動いた。
「ちなみに私も侯爵さまと同意見です。これは持論ですけど、セーフワードも知らないでサディストを名乗るとか失笑モノです。っていうか常識的に考えて、プレイならともかく、いたいけな男の子に手をあげるとか女神さまに誓って許せません。私いま怒ってます。有罪です。クラウスさんは痛い目に遭う男の子の気持ちを、ちょっとくらいは分かったほうがいいと思うんですよお」
「ゆ、ゆ、ゆ、勇者殿!? ……ッ! ペッ、ペルヴゥゥゥッ! 貴様、謀ったな!? 初めから、初めっからこの俺を嵌めるつもりで!!」
「フー…………。私はただ、『勇者様は我々と同じ趣味嗜好をもった同志かもしれない』と、そう言っただけですよクラウス。残念ながら、趣味があったのは私だけのようですがね」
ゆらりと幽鬼じみた魔力を立ち上らせながら椅子から降りるルージュに、クラウスが椅子を蹴り倒さん勢いで後ずさる。
滝のような汗を流し始めたクラウスを見上げて、クラウス付きの侍女少年は呆然とするばかりだ。
ルージュは笑っているように見えて、かなり怒っている。怒りが大きくなると花咲くように笑う質なのだ。
だから今、この場に置いて落ち着き払っているのは、ペルヴと彼の侍女少年だけだ。不穏な空気を醸し出す旧知と勇者の様子を、まるで舞台を鑑賞するかのような気楽さで眺めている。
いつの間にか、ルージュとペルヴが手を組んで、クラウスを追いつめる構図になっている。
まさに急転直下の事態だ。そうと定められた演劇を見ているようだ。まるで綿密に打ち合わせたような展開。
「オマエたち……本当に今日が初対面なのか?」
「ええ、そうですよ、エミル君」
思わず漏れたエミルの呟きにはペルヴが答えた。
「私が今日勇者様をお招きすると決めたのは、勇者様がエミル君を連れてきたあの日。謁見の間でエミル君と、『本当に嫌なことはしないと約束している』と言っているのを聞いた時でした。
私は随分前からクラウスの性癖にはほとほと辟易していましてね。勇者様も言っておられたように、セーフワードも知らないサディストなどただのクズ。彼の毒牙に掛かる不幸な少年を少しでも救いたいと考えていたのですが、フーッ、こんなクズでも侯爵家の末席に連なる血筋。故にこうして近い場所から監視を続けるのが精々だったのですが、そこに彼女が現れたのです。
首輪のリードを握り締めて笑顔が光り輝く姿に、私に極めて近い感性を感じました。その後も勇者様のお噂を集めさせていただきましたが、エミル君をとても良くしていると聞き及び、これは今を機と見て動くより他ないとこの茶会を用意しましたが……フーッ。
私に一つ誤算があるとするならば、それはこうも勇者様が理想的に動いてくださるとは思わなかった……という所ですかな。勇者様はまさに、私の理想の勇者様だった。そういうことなのでしょうな」
「じゃあ、あの時感じた視線は、やっぱり侯爵さまだったんですね」
ルージュの声とほぼ同時に野太い悲鳴が上がった。見ると、ちょっと目を離した隙にクラウスが逆エビ固めを受けていた。どうやら離脱を図って失敗したようだが、なぜ逆エビ固めの体勢なのかは女神と魔王のみぞ知るところである。
高そうな絨毯に指を沈めて、自慢の腕力で更なる脱出を図るクラウスだったが、相手はどんな筋肉でも適わない世界最強の町民系魔力少女である。ルージュがクラウスの両足を脇に抱え直して「くーるいーっと、くーるいーっと」と囁きながら体の角度を落としていくと、「うごごぎぎぎががぎがごごごごご」と悲しげに呻きながら、たちまち「はにゃーん」と大人しくなった。
ぜいぜいと息を荒げるクラウスを、お付きの侍女少年は目を丸くして見ている。
少年にとって、クラウスとは強い男性の象徴だった。
どんな理不尽をも筋力によって貫き通す、歪んだ男性優位主義の体現者。
それがクラウス・インマグエスだった。
だが、今は見る影もなく、床でビクンビクンしている。
今。幼くしてクラウスに引き取られ、この世の地獄を垣間見た少年の心の中で、これまでにない凄まじい価値観の破壊が起きようとしていた。
「さあ、あなたはどうしたいですか?」
ルージュが囁くように言った。少年はまたもやびっくりしてクラウスの腰に跨がるルージュのほうを見る。ルージュは相変わらずニコニコとちょっと怖い笑顔を浮かべながら、まっすぐに少年を見ていた。逆エビ固めをキメながら。
ちょっぴりシュールな光景だ。
「あなたのお名前はなんですか?」
「…………。え、っと」
「その子は確かリアンと言います。歳は十一歳でしたか?」
「…………はい」
リアンと呼ばれた少年がおずおずと頷く。
ペルヴがリアンの名を知っていたのは、偏に彼の言う『監視』の賜物だ。なにせクラウスは興味がないと、彼の名前すら覚えていなかったのだから。
「リアン。あなたはどうしたいですか?」
「どう…………って」
「ピンと来ませんか? んー、じゃあこうしましょう。どれくらいまでにしてほしいですか?」
その言い回しに、リアンはハッとした。セーフワードだ。
「侯爵さまはたぶん、クラウスさんのことを私にどうにかしてほしくて私を呼んだんだと思うんですけど、私はクラウスさんが具体的にどれほどの人で、どのくらいお灸を据えたらいいのか分かんないんです。だから、リアンの意見が聞きたいです。クラウスさんの、もう無理だと思う境界線ってどのくらいだと思いますか? 私はあなたの意見が聞きたいです」
「ぐぐぐぐっ! 俺は、俺はクラウス・インマグエス将軍だぞ!! そこのガッ…………っく、リアァァァァアン! 貴様ぁっ! 分かっているんだろうなァ!!」
不穏なものを感じたクラウスが、絨毯を舐めながらも叫ぶ。叫ぶ。恫喝じみた声量で、少年の心を折ろうとする。
だがもう遅い。リアンの心には既に、久しく忘れていた闘志の炎が新たに燃え上がろうとしていたのだから。
蒼白になっていたリアンの顔色に、新たな活力を象徴するように赤さが取り戻されていく。
「ぼくが……。ぼくの一言が、クラウスさまの罰を決めるんですね」
「んー、参考にはするかもしれません。そんなに気負うことはないですよ?」
ルージュが言葉を選んでいることが、幼いながらにリアンにも分かった。
だからリアンはハッキリと言った。
「……いいえ。勇者さま。お願いします。ぼくに、ぼくに決めさせてください」
自分をさんざん追い詰め、痛めつけ、苦しめ続けてきたクラウス・インマグエスの処遇を、自らの一言によって決定する。
人間一人の今後の行く末を決定づけるのは恐ろしいことだったが、リアンは罪悪感や責任感などに囚われることはなかった。
何故ならリアンの心には、「今に見ていろ」というクラウスに対する憎悪と逆襲の意思があった。
奇しくもそれは、クラウス自らが「強い男たれ」とリアンらに植え付けたものだった。
リアンはこれまでクラウスにされてきたことを思い出す。
リアンはこれまでクラウスに見せられてきたものを思い出す。
地獄かと見まごう無数の光景が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
クラウス・インマグエスという男のことを、余すことなく思い出す。
気付けばリアンは泣いていた。痛みと屈辱に塗れた日々は、幼いリアンには涙なくしてはとても振り返れなかった。
洟をすすり、嗚咽をこぼしながら、リアンは俯けていた顔を上げた。
そして願いを口にした。瞳に強い光を宿して、この広い聖王国で、唯一願いを叶えてくれる少女に向けて、大声で。
「いつもお口でさせられるとき、クラウスさまにこう言われるんです。嫌なら噛み千切ってみろ。それができたらお前は自由だって。でもレベル差がありすぎて、誰にもできませんでした。それに失敗した子は、決まって罰に前歯を折られて……。
だから! クラウスさまの***を、どうかぼくに嚙み千切らせてください!」
ルージュはむせた。
REゼロのアニメ終わりましたね。
私はアレの最終話を見ながら、この作品が万一書籍化することがあっても、アニメ化することだけは絶対に無理だなと思いながら今回の話を書きました。




