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よくない噂。

前回のあらすじ


 ルージュに対し、エミルを養子にしたいと申し出た二人の貴族。

 しかし彼らには、何やらよくない噂があるようで……。


※このお話には変態が登場します。ちょっとしたジャブみたいな変態さですが一応備えてください! CAUTION!

 

「……ってアグニには言われたんだろ? じゃあ別に会う必要なんてなかったんじゃねーの?」


 王城の一角にある応接室の扉の前で、エミルは最後の抵抗を試みていた。

 今日これから、ルージュとエミルはとある貴族と面会することになっている。

 エミルの里親になってもよいと、そう申し出ている貴族たちだ。

 エミルの言う通り、勇者であるルージュにはその招待を断ることもできた。だがアグニの懸念を聞いたルージュは、少し悩んだ末に、それでも彼らの招待を受けるという決断をした。

 アグニの言う「よくない噂」についても、その詳細を聞いた上での決断である。


「ダメですよエミル。もうお会いするって返事しちゃってるんですから」


 案の定、エミルの抵抗は軽く一蹴されてしまう。ルージュはエミルの背中側に立って、エミルの肩をぽんぽんと叩いた。

 生まれて初めて貴族の茶会に挑むルージュは、いつもと変わらない格好をしていた。

 健康的な二の腕がチラリしている、淑やかさとは正反対に位置するような半袖シャツに革のベスト。スカートではなく男物のボトムズを裾上げして履いている。

 ルージュはスカートをあまり履かない少女だった。というのも、幼い頃から実家の酒場で家の手伝いをしていたルージュは、スカートなどを履いていれば酔った冒険者どものセクハラの餌食になっても文句は言えないことを実体験から学んでいたのである。

 それはスカートに対する苦手意識になり、いつしか少女の趣味嗜好になった。仲良くなった御付きの侍女にそれとなくドレスを薦められても、普段着でもよいと聞いて、ルージュはそれを断った。

 代わりに精一杯のオシャレのつもりか、ルージュの胸元には赤い宝石が輝いていた。ガルーダブラッド。旅の途中、アグニにねだって一つだけ貰った自慢の赤髪と同じ色をした宝石は、迷った末に首飾りに形を変え、ささやかながらルージュの魅力を彩っていた。


 一方、エミルもまた普段着のままだった。

 魔術師然とした、緑竜の鱗を象ったぶかぶかのローブ。ただし既に魔族であることがバレているため、フードは被らずに尖った耳は露出している。

 それともう一つだけ、普段とは違う点があった。いつもは大自然の摂理に任せるがままにしているエミルのナチュラルショートヘアに、今日はなんと綺麗に櫛を通してある。

 貴族さまの前でそれは見苦しいという理由でルージュにやられたのだが、にまにまとしたルージュの嬉しそうな表情を思い出すに、ただの口実であるのは確定的に明らかである。が、それでも翠色の髪を綺麗に整えられて、普段よりも少し大人っぽく見えるようになった自分の姿には、ちょっとまんざらでもない感情を抱くエミルであった。


 扉の前に立っているのは、ルージュとエミルの二人だけだ。アグニの姿はここにはいない。あくまでも茶会に招待されたのは、ルージュとエミルの二人だけだからだ。

 アグニは最後まで心配そうにしていたが、ルージュはと言えば、なぜかそれほど気負った風でもなく自然体だった。女神と魔王は常にルージュの中にいるとはいえ、この余裕はいったい何なのだろうか。

 そもそもルージュは、なぜこの茶会の招待を受けたのか。その理由はエミルには分からなかったが、この茶会がきっとろくでもないことになるだろうことはひしひしと予感していた。

 せめて、里親にと名乗り出ているというニンゲンの貴族たちが、少しでもまともな部類であればいいのだが。

 そんな祈りにも似た願いをエミルが胸に抱いたとき、


 ──コンコン。


 と、ルージュがエミルの肩越しに、目の前の扉を叩いた。

 彼女らをここまで案内した侍女が言うには、もう既に二人の貴族はこの応接室で待っているという。そのノックの音が響いた瞬間こそが、エミルにとってのポイント・オブ・ノーリターンだった。もう引き返すことはできない。本当であれば人界での家族など要らないと思っているエミルは、げんなりとした気持ちでその音を聞いた。

 少しして、ガチャリと音を立てて扉が開く。

 内開きの扉の隙間から顔を覗かせたのは、エミルの見た目よりもさらに若く見える、侍女服を身に纏った少女だった。

 年相応のあどけなさが残る、保護欲を掻き立てるような愛らしい顔つきをした少女は、エミル、そしてルージュの顔を何度も何度も目で往復すると、ぺこりと一礼してこう言った。


「……どうぞ……お入りください」


 いや……違う。


 ざわりとした違和感が、エミルの全身に虫が這うような錯覚を抱かせる。

 そのまま踵を返して部屋の中へと戻っていく少女の姿を、エミルは信じられないものを見たとばかりに凝視していた。

 何故なら……たった今、エミルたちを招き入れた侍女服を着た少女の声は、どう聞いたって、少女ではなく少年の声だったからである。


(えっ……男!? じゃあ、なんで女の格好なんかして……)

「ようこそ、我々のサロンへ! 歓迎いたします、勇者殿!」


 その時だ。狼狽えるエミルの思考にかぶせるようにして、ハリのある男性の声が響いた。

 それを合図にしたかのように、背中のほうでパタリと扉が閉まる。それだけで、この応接室に満ちる圧迫感が、さらに一段階上へと上がった気がした。


 狭い、部屋だった。


 思わずそう錯覚してしまったエミルだったが、その応接室自体はルージュに割り当てられた客室よりも少し狭い程度であることに気付く。

 ではなぜ狭いと感じたのかというと、それは部屋の中央にドンと鎮座している円卓のせいだろう。大きく、高さがエミルの肩の位置ほどもある円卓だ。空けられている二つの椅子もこの円卓に合わせるように高い造りになっていて、座ればエミルはおろか、ルージュも足が地面に着きそうにない。

 そしてその巨大な円卓に向かい、違和感なく腰を下ろす二人の男こそが、この応接室に過剰な圧迫感をもたらす正体であった。

 その男たちは、実に凄まじい体つきをしていた。

 向かって左側に立ち、腰を上げて直立する姿勢でルージュたちを出迎えたのは、部屋の天井に頭を掠めそうなほどの大男だ。ルージュたちを歓迎すると声を発したのもこの男である。

 色素が薄くなったようなブラウングレーの頭髪を撫で付けた、紳士然とした大男だった。巌のように角張った顎を薄い髭で覆っており、それがなんともさまになっている。

 そして何よりも特徴的なのが、その存在を誇示するように膨れ上がった全身の筋肉だ。所々に血管が浮き上がり、鼓動に合わせてびくびくと躍動している。特に異常に発達しているのは肩から背中にかける筋肉だ。あまりにも発達しすぎていて、どこからが肩で首なのか皆目検討がつかない。続いて腕、そして腹から胸にかけてももの凄い。腕の太さなどルージュの腰回りほどもあるだろう。

 これほどの巨体であれば、ごく一般的な机や椅子には到底収まらないだろう。現に男が座っていた椅子は通常のものより一周りも二周りも大きい特注品だった。

 そして何故か、男は上半身に何も身に付けていなかった。そのせいで、ビクビクと震えて激しく上下する男の胸板が望んでもいないのにばっちりと見えている。エミルはその視覚的暴力に目を細めることで耐えながらも、この大男がなぜ服を着ていないのかについて、この無駄な筋肉を見せびらかしたいからだと言われても、あるいは単に適合するサイズがないからだと言われても納得できるな、などと考えていた。

 一方で、ルージュもまた大変な衝撃を受けていた。


「は、はわわ! ティクビが! ティクビが見えてます!」


 ルージュはいつぞやの温泉宿で、乳首と連呼してエミルに怒られたことを微妙に覚えていた。

 だが顔を真っ赤にしつつもギリギリでボカすことに成功したルージュの努力は残念ながらエミルに評価されず、もっと他に考えることがあるだろこの変態! と、心の中で激しく罵られていたという。


 そして、向かって右側に座っているのが、この茶会におけるもう一人の主役の男である。

 その男を一目見たとき、エミルは思わずうげっと呻いた。

 フウセンオオガエルを巨大化させたような肉と脂の塊が、ぴっちりとした貴族服を窮屈そうに身に纏いつつそこに鎮座していたからである。

 一見して魔物のようだが、当然ながら種族は立派な人間だ。ただ尋常ではなく太っており、顔も喉周りもぶくぶくなためにカエルか何かに見えてしまうだけである。

 だがそれを太っているだけと形容するには、その体型はあまりにも醜悪だった。テカテカに剃り上がった頭には幾筋もの汗が流れ、気品ある礼服の襟首は黄ばんで染みになっている。香水の匂いがややキツいのも、体臭を隠すためだろう。エミルは蒸れに蒸れているであろう貴族服の中身を想像して、急激に気分が悪くなった。

 その巨漢が腰掛けているのも、また特注品の椅子だった。ソファに奥行きを追加したような、椅子とベッドのどちらに近いのか判断に迷うようなデザインの椅子だ。エミルはそんな椅子が必要になるほどの巨漢に思いを馳せるよりも、この椅子をどうやって応接室に運び入れたかのほうが気になった。


 ふと見ると、先ほど扉を開けた侍女服の少女……ではなく少年は、カエルじみた巨漢の膝(?)の辺りにちょこんと腰掛けている。

 彼女……ではなく彼は、どうやらあの巨漢の侍女……じゃなかった、侍従であるらしい。

 気付けば筋肉質な大男の側にも似たような存在の姿があった。侍従の少年とはまた意匠の異なる侍女服を着た少女が、主に倣って椅子から降りて立ち上がり、深々と頭を下げている。

 だがもうエミルは騙されなかった。そのもう一人の侍女もよく観察すると少し肩幅が広いし骨盤も小さく見える。何より、風に運ばせたその侍女から漂う体臭が決め手となった。


 こいつも男だ。間違いない。

 こいつら、女みたいな顔をした男に、わざわざ女物の服を着せて連れ回しているんだ……!


 そう理解した瞬間、エミルの意識がくらりと暗くなった。いつぞやの温泉宿で出会ったオットーとはまた違ったベクトルの変態を目の当たりにし、めまいがしたのだ。

 そのまま気を失えたらどれだけ楽だったろう。しかしここで意識を失うということは、エミルにとって避けられない精神的な死を意味する。

 なにせ、侍女服を着せた男を侍らすこの二人の男たちこそが、エミルの里親になってもよいと自ら名乗り出て来た張本人たちなのだから。


 天を突くほどの大男の名はクラウス・インマグエス将軍。

 地に沈みかねない巨漢の名はペルヴ・ジエン侯爵。


 それぞれ違った意味で凄まじい体格をしたこの二人の貴族が、ゴードグレイス聖王国の他の貴族たちから何と呼ばれているのかエミルはまだ知らない。

 だが仮にそれをエミルが前もって聞かされていたならば、きっと例の合い言葉を連呼してでもこの茶会への出席を拒んだだろう。

 そしてきっと、それを知りつつも招待を受けると決めたルージュを言葉の限り罵っただろう。

 何故ならクラウス将軍、そしてジエン侯爵の二人は…………この広い聖王国の中でも指折りの男色家にして少年愛嗜好者。そして特にハードなプレイを好むサディストであると噂されていたからだ。


 まさかの連日投稿。

 書きかけてた4000字ですが、思い切ってボツにしました。

 お茶会前に王城をぼんやりと散歩するエミルとバロールを書いて心理描写を挟む予定だったんですが、お茶会の中でまとめて書いてしまうことにします。力量が足りなかったらごめーんねってことでどうか一つ。

 サバイバル生活の名残で食べ物を断れないエミルが、食堂のおばちゃんや騎士連中に次々餌付けされるシーンについては各自妄想して補っていただければと思います。餌付けされるツンツン少年ってよくないですか。そうですか。


 さて、次回はちょっぴり……いやかなりの変態回です。

 二人の貴族がどういった存在なのかを頑張ってお伝えする所存ですが、ノクターン行きにならないように頑張りたいと思います。


 あ、総合800pt到達しました! 4桁が見えてきましたよ!

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