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竜騎士アグニ。

前回のあらすじ


 パレードの準備をする最中、竜の姿になったエミルもアグニの『騎乗』スキルの影響を受けることが判明。

 デルタのように意識高い系として目覚めてしまうかに見えたエミルでしたが――

 

『ウッス! アグニ先輩! おざまぁーーーーーーーーす!!』

『『「「「体育会系だーーーーーーーーーーっ!!!」」」』』


 私たちの絶叫が、王都の空へと溶けて消えました。


「なんで!? アグニに跨がられた生き物は意識高い系になるはずじゃなかったの!?」

「いや。オレはそんなことは一言も言った覚えがないぞルージュ殿。結果は見ての通りだが、効能には一部個体差がある」

「待って! ツッコミが追いつかない!」


 ていうかどうしてアグニはそんなに平常心なの!? ニンゲン殺すべしを地でいくエミルがアグニ先輩とか言っちゃってるんですよ!? おかしいですよね!?


「うむ。しかし言葉に言い表し辛いのだが、何故だろう、竜王にそう呼ばれることに不思議と違和感を感じない。むしろ妙にしっくりきてしまう。これも知られざる『騎乗』スキルの隠れた効果なのかもしれないな。

 ……竜王よ! 確か名をエミルと言ったか。こうして言葉を交わすのは初めてになるな」

『ウッス!!! この度ルージュさんの従者やることになりました、エミルっす!!! よろしゃぁっす!!!』

「エミル待ってちょっと声おっきいです!!」


 なんで1の声で話しかけられて10の声で返すの!?

 竜の体格と体育会系が合わさって声量が最強になってる! 歴戦の風格を匂わせてる兵士さんたちが耳抑えて踞ってるとかどれだけ!?


『体育会系だからだろう』

『体育会系だからでしょうね』

「二人とも順応早すぎません!? エミルももっと声落として! 日常会話にその声の大きさ必要ないから! 体育会系のノリは控えて!」

『えマジすか!! ルージュさん俺声うるさいすか!!』

「全然控えられてないよエミル!」


 くそういちいち体育会系!

 あの愛らしくて可愛かったエミルが面影もないよう!


「ていうかどうして私だけさん付けなの? アグニは従者としての先輩ってこと?」

『ルージュさん歳いくつっすか?』

「えっ? ……14ですけど……」


 女の子相手にいきなり歳聞く? と思いながらもしぶしぶ答えると、エミルは露骨に舌打ちしました。


『なんだ年下かよ』

「体育会系だーーーっ!! って、えっ!? エミルいま、私のこと年下って言った!?」

『言っていなかったか? エミルは見た目はこうだが今年で17になるはずだ。ニンゲンに比べて我らは長命な種であるから、体の成長も遅い』

『もう大人じゃないですかー!! 知らなかったよ! お風呂に連れ込んじゃったよ! お願いだからもっと早く教えてよ!』

『それは違うぞルージュよ。魔界では成人は18からで――』

『ごめんバロールその話はまた後でさせて!?』

『おいルージュ。オマエいつまで俺に乗ってんだ? とっとと降りてパンでも買ってこいよ』

「体育会系ノリはもういいよ!! 手のひら返し早いよ急に態度変えるのやめてよ傷つくよ! エミルは私の従者になるんじゃなかったの!?」

『いや、そういうところはキッチリ締めてかないと他の後輩どもに示しがつかないんで。俺に乗っていいのはアグニ先輩とバロールだけっすから』


 そう言ってエミルはペッと唾を吐き捨て、親指を下に突き立てて「いますぐ降りろ」のジェスチャーをしました。

 従者エミル17歳。まさかの下克上宣言でした。


『エミルの奴、湖で思い知らされた力関係や散々言い聞かせた魔界側の立場というものが完全に頭から抜けておるな』

『いいえ、あれはそういったしがらみを理解した上で体育会系の年功序列的な上下関係を押し通そうとしているのでしょう。恐るべき精神力です。その強靭さ、どうやらアグニの『騎乗』スキルによって図らずも折れかけていた魔族の精神に一本の支柱が入ってしまったようですね。体育会系という名の』

「そんな……。素直で可愛かったエミルはもういないの……?」


 ツウと一筋の涙が頬を伝いました。だけどどれだけ打ち拉がれて、悲しみの涙を流したとしても、エミルの口元から聞こえてくる謎のクチャ音は止む気配すらありません。エミルはいったい何を噛んでいるのでしょうか。エミルの脳内にある威厳ある先輩像っていったいどうなってしまってるんでしょうか。

 怒濤のツッコミのせいで心が疲れてしまった私は、言われるがままにエミルから降りようと腰を浮かせました。ちょっと一人になって休みたい気分でした。具体的にはさっき開眼しかけた癒し攻めエイクエスさまの妄想で心を癒して、心身をリフレッシュさせる必要性を感じていました。

 大丈夫。人はいつか立ち直れる。そうしたら改めてエミルと向き合おう。エミルが体育会系的な上下関係を望むというのなら、私は肉体言語で語り合うことも辞さない。そんな悲壮な覚悟を静かに固めた時でした。


 背後から伸ばされたアグニのたくましい腕が、私の肩をぎゅっとかき抱いたのは。


「立つ必要はない。ルージュ殿」


 肩に感じる温かな指の感触。

 ふわりと漂う男性の匂い。

 間違いありません。

 これはあまりにも不意打ちに始まった、予期せぬときめきイベントです!


「ひゃあ!」


 まるで心ごと鷲掴みにされたかのような感覚に、私の中の乙女が総立ちしてわーきゃーと悲鳴を上げました! けれど現実の私はてんぱってしまって動けません!

 そのとき、急にストンと膝の力が抜けました。アグニに肩を引かれたのです。大して強い力ではないのにまるで逆らえなくて、私の体は再びアグニの膝の間にすっぽりと収まってしまいました。

 トゥンク不可避でした。


「あ、アグニ」


 デルタに乗っていた頃と何ら変わりないはずの密着度なのに、妙にどぎまぎしてしまいます。

 思わず振り向きかけた私の肩口に、ぐっとアグニの横顔が出現。

 真剣な眼差しでエミルを睨みつけるアグニの顔があまりに近くて、私は小さくひいと悲鳴を上げて顔を背けました。

 なにこれ。急にどうしたの!? まるでアグニがイケメンの騎士さまみたいになってる!


 混乱する私を余所に、アグニが口を開きました。

 体から伝わる動きや吐息で、見てもいないのにそんなことが分かってしまう近さに思わずゾクゾクしてしまいます。


「エミル。今の言葉は聞き捨てならない。お前が従者を名乗る以上、ルージュ殿はオレ達の主だ。女子だろうと年下だろうとなんの関係もない」


 いつになく真剣な様子で、アグニはエミルを叱咤していました。

 それは普段優しげな従者のアグニではなく、苛烈な近衞騎士アグニの顔。


 そうだ。私が本当に困った時、いつだってアグニは助けてくれました。

 ましてや勇者の従者という立場に並々ならぬ情熱を燃やしているアグニです。そんなアグニの目の前で主たる私を蔑ろにして、黙ってるはずがありません!

 私を固く抱きしめるアグニの腕にそっと手を添えて私は祈りました。

 いけ! アグニ! 言ってやってください! 言葉と言葉のガチンコ勝負です! 暑苦しい体育会系エミルをなんかこういい感じに言いくるめて、男同士のアツい友情を深めるついでに素直なエミルを取り戻して!


 そんな私の祈りに答えるように、アグニは声を張り上げました。


「ましてや背中から降りろだなどと、従者としての自覚がまるで足らない。いいか! 真の従者たるもの、仕えるべき主人を前にすれば自然と敬服しこうべを垂れ、その背に寄りかかられることがあればこれを無上の喜びとするものだ! それは例えるならば主人を敬愛し寄り添う従順な犬だ! いいかエミル! お前は犬だ! このオレに認められたくば、竜王である前にまず一頭の立派な犬になってみせろ!」

『そうだったんすか! 竜だけに目から鱗っす! アグニ先輩、流石っす! 俺、マジリスペクトっす!』

「待ってアグニ! 私が思ってたのと違う!」


 そう。私は忘れていたのです。一見まともに見えるアグニも、実はなんやかんやで変態だったということを!

 私の中の乙女が急速な勢いで回れ右して帰り支度を始めました。

 待って! 置いて行かないで! トゥンクさん、私を見捨てないで!


「エミル! 今お前の首に跨がっているのは誰だ!」

『ウッス! 敬愛するルージュさんとアグニ先輩っす!』

「そうだ! お前の大好きなルージュ殿だ! ルージュ殿に求められて嬉しいか!」

『ウッス! 嬉しいっす!』

「大好きなルージュ殿の尻に敷かれて気持ちいいか!」

『ウッス! 気持ちイイっす!』

「そうだ! それが浅ましいお前の本性だ! 年下の少女に跨がられ、尻に敷かれて喜ぶお前はいったい何だ!」

『犬っす! 俺はルージュさんに尻に敷かれて喜ぶ犬っす! ああ、ルージュさん、さっきはナマ言ってすんませんしたっ! 俺、俺、なんか新しい自分に目覚めそうっす!』

『なあルージュ。そろそろこのクソニンゲン噛み殺していいか? 誇りある竜王を犬畜生扱いとは普段温厚で知られる我もちょっと我慢できそうにない』

「ダメです! アグニ! 今すぐこの腕ほどいて! 降りる! 私降ります!」


 ぶるぶると膨れ上がる私の中の黒い魔力に急かされ、私はアグニの腕を何度も何度もタップしました。


『魔界の犬は人間の言葉を喋るのか! そら、無様にわんわんと鳴いてみせろ!』

『女神さま! しれっと混ざらないで!』


  @


 エイクエスさまたちの痛々しげな視線が集中する中、私は逃げるようにしてエミルの背中から飛び降りました。

 背後からはまだアグニの厳しい教育(ちょうきょう)の声が漏れ聞こえてきます。バッチコイっす! とか叫んでいます。体育会系か。

 周囲の騎士さまにそれとなく視線を投げ掛けると、力なく横に首を振られました。どうやらこれが聖王国の近衞騎士隊流……というわけではないようです。


「それにしても、バロールったら妙に落ち着いてませんでした?」

『コレが落ち着いているように見えるかルージュよ。あれがおまえのお気に入りでなければ、我はとっくにあの畜生騎士を噛み殺しているところだ……!』

「いやアグニの変態趣味は置いておくとしても、今のエミルってキャラ崩壊かってくらい性格豹変してるじゃないですか。それを何でもないみたいにスルーしてましたから、ちょっぴり気になって」

『ああ、なんだそのことか』


 魔王は気分を切り替えるように深い深いため息をつくと、


『端的に言うとだ。あれはただのエミルの一面なのだ』


 という、ちょっと素直に頷けない答えを返してきました。


「……どこがですか? 一面どころか、別人格が乗り移ったみたいな変わりようですよ?」

『まぁアレは些か極端だがな。ニンゲンであるアグニにああも従順そうに振る舞っているからそれが異常にしか見えていないだけだ。だが今のあいつの姿は、上官を慕っていた頃の訓練兵時代によく似ておるよ』

「すみません。その仲がよかったっていう上官さんについて詳しくお願いします」

『好きに妄想してろ! ……推測だが、『騎乗』スキルとは相手の人格を書き換えるようなものではなく、騎手とのコミュニケーションに最適な心の中の一面を表層に引っ張り上げているのではないか? あれの乗っていた馬も然りだろう。そしてエミルは元来持っていた熱血な部分がたまたま引っ張り上げられたのだ』

「じゃああの変な体育会系のノリって、アグニに無理やりやらされてる訳じゃなくって……」

『ああ、エミル自身の素質に近いだろう。どうしたルージュ。想像と違い幻滅したか?』

「意地悪なこと聞かないでくださいよ……。出会ってまだたったの一日ですよ? ただ、私は魔界にいた頃のエミルを全然知らないんだなぁって思っただけです」


 それは考えてみれば当たり前のことでした。

 私が出会い、私が知っているのは人界にいたエミル。

 魔族の仲間達とはぐれて取り残され、ひとり孤独に生き延び続けて来たエミルだけです。

 周りを人間に囲まれてぴりぴりと気を張りつめなければならないエミルが、そういった重圧から解放されて心を許せる仲間と再会した時いったいどんな一面を見せるのか。

 それを想像してみたとき、私はさっきまでのエミルの姿に、不思議と納得してしまったのです。


『まぁ、若干の洗脳効果は確かにあるようだがな。恐らく騎手に好意を持つよう強制力が働くのだろう。それであの変態畜生騎士の言葉を鵜呑みにしてあのザマだ。『騎乗』スキルが解ければ影響は綺麗さっぱり消えると思うが、しかしやはり腸が煮えくり返るようだな』

「でも私、今思うとわんわんエミルもそんなに悪くないかなって」

『おまえ本当にエミルに好かれる気があるのか?』


  @


 それからもアグニはけっこう長い間、エミルに騎乗し続けていたようでした。

 はいかイエスしか許さない体育会系な座学をやったかと思えば、今度は大勢の人を満載した家みたいな馬車を曳いて演習上をぐるりと何周もしたり、体育会系というよりはもはやスポ根の様相を呈してきていました。

 私はそれを見学したり、途中で飽きて食事やお風呂、先に部屋に戻って一眠りなどしているうちに時間は刻々と流れていき、気付けば高かった太陽はとっぷりと暮れて、あたりはすっかり暗くなってしまっていました。


 そして二人が王城の客室へと戻ってきた頃には、


「ルージュ殿。色々あったが、エミルと和解したぞ」

「……そういうことにしてやった」


 威風堂々と宣言するアグニと、その裾をぎゅっと掴んで照れるエミルという、謎のカップリングが爆誕していました。


「お願い待って。過程を省かないで。いったい何がどうしたらこうなるんですか!?」

「うむ。説明しようとすると取り留めもない上に、少し長くなってしまうのだが……」


 アグニの話を要約すると、つまりはこういうことだそうです。


 『騎乗』スキルで繋がったことによってエミルと一心同体となったアグニは、エミルの心の深い部分や、一部の記憶を垣間見たんだそうです。

 まるでエミルの記憶を追体験するような感覚だったそうで、そこにはなんの嘘や誤摩化しも通用しなかったとアグニは語りました。


「そこで分かったことは、この竜王……エミルもまた、戦争の被害者の一人だったということだ。幼い頃に家族を戦争に奪われ、偏向教育を受けて育ち、後天的に人間への恨みを募らせていっただけのただの魔族だった(・・・・・・・・)。驚くべきことに、他の種族の魔族も同様らしい」

「それって……」

「ああ。大多数の人間が信じている、生まれつき邪悪な魔族(・・・・・・・・・・)などいなかったという事になる」


 そんなのはまるで洗脳じゃないかと私は思うのですが、アグニが言うには人界側でも、そういった教育は半ば当然のように行われているんだそうです。

 家族が奪われたのは、すべて魔族のせい。

 貧困から抜け出せないのも、すべて魔族のせい。

 魔族を倒し、魔界を滅ぼし、人界に平和をもたらせばきっと自分たちは救われる。

 絶望に打ちひしがれ、自分の力だけでは立ち上がることができなくなった子どもたちに、そうして生きる力と希望を与える。

 それが正しいことなのかどうかは私にはわかりませんけど、エミルのように、親を失ってしまった子どもが兵士になることは決して珍しいことではないのだとか。


「無論、このエミルの周辺に限った話である可能性もある。だが少なくとも、このエミル自身が生来邪悪な気質だったという可能性はない。人の命を奪うことに対しても、快楽的な感情はなかった。恨みや義務感、そして僅かな虚無感を抱きながら戦っていたらしい。……オレと、同じだった」


 アグニは胸のあたりでぎゅっと拳を握りしめ、痛みに耐えるような顔つきでそう言いました。


「魔族は邪悪な存在で、決して分かり合えない。今まではそう思っていたが、それはオレの身勝手な妄想だった。今なら何故ルージュ殿が竜王を連れて戻ってきたのか、その理由も理解できるつもりだ。ルージュ殿は誰よりも先にこの事実に気付き、そして従者たるこのオレにもその事に気付かせようとした。そう、なのだろう?」


 そう切なげに語るアグニに、うん、そういうことにしておこう、という気持ちでこくこくと頷きました。


「そうか。やはりルージュ殿は偉大な勇者だ。強大な敵であったはずの竜王の心の闇に気付き、慈悲さえも与える。相手が人間だろうと魔族だろうと関係ない、その寛大なる器にオレは敬服する。ルージュ殿がこのエミルを従者にと望むのならば、オレはもう反対はしない。むしろその願いに添えるよう、微力を尽くすつもりだ」

「なんて好意的な解釈……んんっ、げふん! でも、本当に大丈夫ですか? 陛下も言ってましたけど、気持ちの問題とか色々ありますけど」

「問題ない。エミルが強大な魔族であることは事実だが、エミルは心の深い部分で既に君に屈服している。少なくともルージュ殿の目が届くところでは、懸念するような事態は起こり得ないだろう。

 何より、オレは君を信じている。それは君が信じたいと願うエミルについても例外ではない」


 そう言って、アグニは朗らかに笑ってみせました。

 謁見の間で竜王の正体を知った時に見せた、物憂げで気難しそうだったアグニはもういません。

 エミルを従者として認めるために、陛下に告げられた三つの条件。

 その内の一つであるアグニの意思については、思わぬうちにスピード解決していたみたいです。


 でもそれが意外だったかと言われると、私はそうは思いません。

 だって彼はアグニなんですもの。私の従者で、頼れる騎士さま。

 ちょっとくらい変態だったとしても全然ちっとも構わないくらい、私もまた、彼を信じているのですから。


「ありがとうございます、アグニ。私、他の誰よりも先にアグニに認めてもらえて嬉しいです。これからも宜しくお願いしますね」

「ああ。こちらこそ、宜しく頼む。ルージュ殿」

「はいっ! …………でですね」


 びくっ、と、エミルの肩が跳ねたのが見えました。


 そう。寧ろ本題はここから先です。

 この二人が仲良くなるなら、歩み寄るのはアグニのほうに違いないという確信めいた予感はありました。

 けれど、人間のことが大嫌いなはずのエミルが、ずっとアグニに寄り添っているように見えるのはどういうわけなんでしょう。

 言葉の節目節目にアグニにガシガシと頭を撫でられて、嫌がるどころか「くっ」とか「ふぅっ」とか艶かしく鳴いちゃってた理由について詳しく。


『グルルルルルルルルルルルル』


 ほら、魔王が野生に還ってアグニの喉仏に飛び出す前に早く!


「実はアグニを乗せたあたりから、俺、あんまり記憶がなくてさ。ふわふわした夢の中で体を伸ばして浮かんでるみたいな、変な感覚だったんだよ。

 体のほうはどうなってたのかいまいち分からなかったんだけど、いまアグニが言ったみたいに、アグニがどういうヤツで、何を考えてるかとか、そういうことだけはなんか知んないけど分かるんだ。

 最初は不安。敵意。心配。それがだんだんと驚きに変わってきて、悲しみ、憤り、恐れ……万華鏡みたいにくるくる回るんだ。

 面白ぇなコイツと思って見てたんだけど、ある時気付いたんだ。このニンゲンの心の中に、この俺を、竜王を殺してやるって気持ちがこれっぽっちだってないことに。

 俺さ、それに気付いてまず最初に……すげー安心したんだよ。ありえないよな。だって普通疑うだろ? 俺、前に戦争やった時にコイツの同胞を何人も殺したんだぜ?

 なのにコイツ、『それはオレも同じだ』とかガチで考えちゃってんの。マジ笑えるって思ってひとしきり笑った後で、めちゃくちゃ心が楽になってることに気付いてさ。

 濁り切った澱みに突然、風が吹いたみたいだった。ニンゲンはみんな俺たち魔族を、俺を殺そうとしてるんだってずっとずっと思ってた。あの島でひとりぼっちだった時からずっと。

 でもアグニは違ったんだ。アグニは俺を殺すどころか、ずっと俺にこう言ってた。俺の竜になれって」


 そう語るエミルはまるで恋する乙女のようでした。


『お前は犬だ! 犬になれ!』


 実際は確かそう叫ばれていたような気がしますが、夢に夢見る夢見心地だったエミルの主観では何か摩訶不思議なフィルターがかかって見えていたようです。

 私は今の魔王のような澱んだ目つきでアグニを見ました。アグニはスッと目を逸らしました。


「最初はふざけんなって思ってたけど、アグニに乗られてた時ってすげー気持ちよかったんだ。気持ちよくて、心地よくて、安心できた。ずっとずっとこのままでいたいって思うくらい。そしたらなんか色々どうでもよくなってきて……。

 なあルージュ。俺、オマエの従者やるよ。今日みたく勝手に暴れたりなんかもうしない。ぱれーどとやらにだって出る。だから、だから……」


 エミルはぽっと頬を染めて、媚びるようにして指を合わせ、私の目を見てお願いしました。


「アグニをさ。また俺に乗せてもいいよな?」


 ……そのくらりとくるほどの破壊力に、果たして説明が必要だったでしょうか。


 拝啓。偉大なる魔王バロールさま。

 信じて送り出した竜王エミル・エアーリアは。


 無事に雌堕ちして、アグニの竜になってしまわれましたよ……!


「アグニは……アグニは、どう、思われて、いるの、ですか……?」


 ビクビクと震える鼻奥の毛細血管。決壊はもう間近でしょう。

 荒れ狂う魔王を私の中に押し止めるのもそろそろ限界です。

 それでもこれだけは聞かねばと、私は死力を振り絞りました。


「うむ。経緯はともあれ、エミルはオレの竜になった。……責任は、取るつもりだ」


 騎士の言葉は、剣よりも重い。

 真剣そのものだったアグニの言葉は、ゴードグレイス聖王国という国で近衞騎士にまで上り詰めた男から発せられた、真実から生まれた誓いの言葉でした。


 睦まじげに視線を合わせるアグニとエミル。

 胸の内に去来するのは、仄かな寂しさと寝取られ感。

 そしてそれらを遥かに上回る本能から来る喜びに、私はスッと目を閉じました。



 アグニ×エミル、さいこう――!!



「もう無理げんかい」


 ぶっはあぁああああぁああん!!


「ルージュ殿!? 鼻血が――!」

『きっさまああああああああああ!!!』

「なんだと!? ルージュ殿の使い魔が勝手に!?」

「待ってバロ――んん! 落ち着け! とにかく落ち着け!」


 薄れ行く意識の中で、崩れ落ちる私を抱きとめるアグニと、じたじたと暴れる黒いわんこを必死そうに抱きしめるエミル、そして高らかに響く女神トーラの自重なき大爆笑の声がどこまでもどこまでも響いていき……やがて、全てがぷつりと暗闇の中へと消えました。


  @


 そして時は巡って、パレードの当日がやってきました。

 あの日からアグニは何度もエミルに騎乗して、この日のために入念にリハーサルを繰り返していました。


 そのエミルですが、やっぱりアグニが『騎乗』するたびにちょっぴり体育会系になるようです。

 ただ本人はその最中の出来事を覚えておらず、ただただ心地よい感覚に身を揺られているように感じられるのだそうです。

 毎回アグニが背中から降りる頃には事後感を漂わせて「ぽへー」としており、その陶然とした様子を見るたびにエミルを物陰に連れ去りたくなったものです。


 勇者に討たれ、その軍門に下った竜王エミル・エアーリアが、勇者を乗せた馬車を曳く。


 その情報は王都の人々に事前に知らされており、その評価は割れに割れていたそうです。


 ――勇者が竜王を討ったというのは本当らしい。だが勇者は、本当に竜王を従えることができているのか?


 そんな拭いきれない不信感が噂となって、王都を駆け巡りました。

 ある者は危険だと避けたがり、ある者はこの目で確かめるのだと傍観を決意し、そしてまたある者は例年通りにパレードに参加しました。


 そしてこの日、竜王エミルの姿を一目見ようと集まった王都の市民の皆さんは……そこで信じられないものを見ることになったのです。


GUOOOOOOOO(グオオオオオオオオッ)! 勇者ルージュに、栄光あれ!!』


 家ほどもある巨大な馬車を五台も並べて数珠繋ぎにしたものを、巨大なハーネスで全身をぎっちぎちに固め、全身から汗や湯気を迸らせながら気合いで曳行する巨大な緑竜の姿と。


「「「「「当代勇者、エイピアのルージュに栄光あれ!! 勇者ルージュに女神のご加護を!!」」」」」


 それらの馬車に満載されて、嬉しそうに楽しそうに唱和する王城関係者の皆様。


「そうだ! もっと気合いを見せろエミル! 馬車の五台程度がなんだ! 大丈夫だやればできる! ファイトォオオオオオッ!!」

『いっぱぁああああーーーーつ!!』


 緑竜の首元に跨がり、体育会系なテンションでエミルのやる気を煽るアグニ。

 そして。


「ハハ……アハハハ……あはははははは……」


 それらの馬車の最前列の露台の上で、引き攣った表情で緩やかに手を振る私の姿……とか。


 この騒がしくも暑苦しいままノリと勢いで走り切った私の初めてのパレードは、意外なことに、王都の皆さんからはひどく受けていたらしいです。

 肉体を限界まで酷使しながら王都をぐるりと一周し、再び城門前広場へと戻ってくる頃には大勢の人々が寄せかけていて、ゴールの瞬間にエミルの巨体が崩れ落ちた時には大歓声が上がりました。

 近年稀に見る感動だ! 人々は口々にそう語っていました。王都を走り切り、疲れ切ったエミルに、彼が魔族だからと石を投げたり、罵声を浴びせる人はもう一人もいませんでした。


 その光景を見て、陛下やエイクエスさまも「これなら問題ないだろう」と、二つ目の条件だった国民の承認についてもクリアのお墨付きをもらいました。

 何もかもがトントン拍子。

 ただ、一つだけ文句を言わせてもらえるのであれば。


「竜騎士アグニに栄光あれ!」

「竜騎士アグニさま、ばんざい!」


 勇者ルージュよりも竜騎士アグニのほうが有名になってるって、どういうことなのかと文句を言いたいです!!


キリのいいところを探していたらやっぱり1万字オーバーしました。

最近ルージュがあまり腐っていなかったので、久しぶりに鼻血が書けて嬉しいです。

皆さんはこういうの、お好きですか? 私は割と好きです。


一応補足しておくと、アグニとエミルはアッー的なアレではないです。NARUTOで例えるとナルトと九尾みたいな。でも本人たちにそのつもりがなくったって妄想するのは自由だよね! だって乗るとか乗られるとか言っちゃってるし! みたいな。なんかそんな感じで一つ。はい。すみません。

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