パレードの準備をしよう!
前回のあらすじ
エミルとジャスパーが喧嘩をしたので、ルージュが両成敗しました。
雑巾絞りされた《水晶剣》のように、ジャスパーの心もまたポッキリベキベキになってしまったのでした。
アグニたちの登場によって余裕と落ち着きを取り戻した陛下がまず最初に命じたのは、私に対する状況説明でした。
「そなたが飛び出して行った後、いったい何をどうしたらこうなったのか、一から順序立てて話せ」
陛下の眼差しは犯罪者を見る目から頭痛を堪えるようなものに変化を遂げていましたが、それでも話を聞いてもらえなさそうだった先ほどと比べれば格段の進歩です。
とはいえ、陛下やアグニたちは私と魔王の関係を知りません。当然何もかも正直に話すというわけにはいきませんでしたから、私は前もって女神や魔王と行った打合せ通り、次のように述べました。
ノリと勢い、そしてほんのちょっぴりの憤りのままに王城を飛び出してきてしまった私。
自分で従者を見つけてくる! アグニを取られたくない一心でそう大言壮語する私でしたが、当然アテなんてありません。
まぁそれはそれとして、せっかくですので里帰りすることに決めたんです。久々に訪れたエイピアの町で、私は衝撃の事実を知りました。
なんと、この手で葬ったとばかり思っていた竜王が、まだオムアン湖の湖上で生きているというではないですか。
こうしてはいられません! 私は町の安全を守るため、そして尊い命を守るために、すぐにオムアン湖へと向かいました!
エドモンドさんに船を借りて、単身孤島へと乗り込む私。そして強大な緑竜の魔族、竜王との邂逅!
そして始まった熱き戦いのバトル!
それはもう筆舌に尽くし難い、想像を絶する大死闘でした。
私はなんやかんやあって無事竜王を倒しました。あ、大丈夫です。傷一つありませんでしたので心配はいりませんよ。でも死闘でした。スピリチュアル的な意味でです。
それで私は言ったんです。何か言い残すことはあるか。記憶力には自信があるがなるべく簡潔に頼む。
それに対して竜王はこう言いました。待ってくれ! どうか命だけは助けてくれ! 故郷に愛する妻と子どもを残してきているんだ!
それを聞いた私は剣を収めてこう言いました。いいだろう。その代わり、私の従者になりなさい。私の言う事ならなんでも聞いてくれる、従者でペットで言いなりな感じの何かになるなら考えなくもない。
竜王は瞬く間に人の姿になるや、平伏して言いました。はい、よろこんで!
そうして私は竜王エミルに誓いの証としてマジックアイテムの首輪を付けるや、エミルを従者にする許可をいただくために、こうして王都まで急ぎ戻ってきたのです……。
ふう……。
ありのまま、等身大の語り口調な感じでそう締めくくる私の語りを、陛下は、アグニは、エミルを取り囲む騎士さま方は微妙そうな表情を浮かべて聞いていました。
私は、やり切った! という誇らしさに似た清々しさに浸りながら、そんな陛下たちのリアクションを注視していました。
深い余韻に感じ入るようにしんと静まる空気の中で、女神と魔王が言いました。
『熱き戦いのバトルってなんですかルージュ。イタい重言の歴史に新たなる一ページを刻む気ですか?』
『エミルの妻と子どもはどこから出てきたのだ。子どもにしか見えんエミルの姿を既に見せちゃってるではないか。そもそもおまえ、剣など持っておらんではないか』
すみません。その辺全部、ちょっと気分が乗ってきたのでその場で作って盛りました。
打合せの内容は遵守しなくちゃ意味がない。ぐっと唇を噛み締めながら、私は今日、また少しだけ大人になりました。
だけど結果オーライと言うべきでしょう。眉根を寄せていた陛下とエイクエスさまが、同時にフッと肩の力を緩めるや「まっ、勇者(殿)だし」みたいな感じで急に優しげになったのです。
っしゃー! 乗り切った! 私は小さくガッツポーズしました。そこに少々不本意な反応が垣間見えたとしても、気にさえしなければ負けはないのです!
「陛下、間違いありません。オレは一度この目で見ていますが、この緑竜は紛れもなく竜王です。今は完全にのびていますが」
「ふむ。余もこの魔族が《透き通る音》と互角に渡り合う姿をこの目で見ておる。実力においても、この竜が竜王であるという一点においてはどうやら疑いの余地はなさそうだな。今は完全にのびておるが」
気絶したエミルをぺちぺちと叩きながら、アグニと陛下が言いました。エミルはぴくりともしません。完全にのびていました。
「それで、これを従者に望む、だったか。勇者よ。残念ながら、慣例では自国民ではない者は基本的に認めておらん。国を代表して立つ訳だからな。どこの誰とも知らぬぽっと出の、ましてや魔族など論外だ」
「で、でも! あの!」
「と言いたいところだが」
食い下がろうとする私に、陛下がニヤリと笑って言いました。
フリですか。
ちょっとだけイラっとしました。
「不幸なことに、従者候補の一人だった《透き通る音》にもたった今逃げられてしまった。魔族というのは信用ならないが、勇者の従者足りうる実力だけは既に示している。どういう訳か女神にも妙に念を押されておるし、昨日の手違いで騒がせた件もある」
おやっ! これはもしかして風向きがいいのでは?
頭の中で女神が『ドヤァっ!』と口で言いました。いや口で言わなくても。
「だが当然、無条件で認めるという訳にもいかん。宰相よ。余は条件付きで認めてやっても構わんと思うが、どうだ」
「はっ。女神さまの啓示通り、勇者殿が決めた二人目の従者となれば認めざるを得ないでしょう。きっとこれも、女神さまのご意志なれば」
その時、壁際のほうから「ぐっ」と呻くような声が聞こえてきました。見てみると、何人かの貴族のおじさまがエイクエスさまを憎々しげに見つめています。どうしたんでしょうか?
『エイクエスがわたくしの啓示を出しに使い、保守派の反対意見を封殺したのです。あの男は如何なる条件を出そうとも魔族を認めるなど以ての外だと考えていましたからギリエイムの決定が不満なのでしょう。ちなみにわたくしも同意見です』
『なるほど。それであんなハンカチを噛み締めてるみたいになってるんですね』
『ルージュが既に半分は魔王だと知ったら、高血圧でぽっくり逝きかねんツラだな』
顔というよりお腹を見て言いましたよね? まぁ確かにもっと痩せたほうがいいですね。
「余からそなたに課す条件は三つだ。
一つ。これの身元を確定すること。我がゴードグレイス聖王国が推薦する勇者の従者は、魔族の竜王ではなく、我が国民のエミル・エアーリアでなくてはならない。
要は人界においてこれの身分を保証する、親となる人物が必要なのだ。無論、誰でもいいという訳ではない。いざとなればそなたと並んで責任を取る立場になる訳だから、最低限貴族であることは必須条件だ。
当然のことだが、いつまた暴れ出すともしれない魔族の身分を見返りもなく保証しようとする酔狂な貴族などそうはおらん。それを踏まえた上で、これを信用し、親になっても構わないという希有な人材を自らの力で見つけてくるというのが一つ」
「次に国民からの承認です。従者となった人物の情報は他国に対しても広く公開されますから、彼の正体を隠し続けることは不可能です。
二人目の従者エミルは魔族である。我が国はそれを知りながら従者として推薦するのですから、そうするに足る何らかの根拠を示して国民を納得させなければなりません。
今後勇者殿の従者として充分な信頼と実績を積み重ねていただくのは当然のこととして、まずはこの王都に住む国民たちの過半数から認められることが一つ」
「既に従者として内定しているアグニの意向も重要だ。共に旅をする以上、褥を同じくすることも、時には背中を合わせることもあるだろう。
その都度、寝首をかかれやしないか、背中を刺されやしないかと不安を覚えることは容易に想像できることだ。もしかするとそなたに気付かれぬ形で密かに暗殺されるやもしれぬ。時には人間同士でさえそのような疑心暗鬼に駆られるというのに、先の戦争に参加していたアグニであれば竜王の恐ろしさは尚更身に染みていることだろう。
まあ何度も言うようだが、信用の問題だ。アグニが信用できぬと言うのであればこの話はそこまでだ。こればかりは鶴の一声という訳にはいかん。アグニが是とすればそれで良し。だが、もし否とすればそなた自身の言葉で説得してみせることだ」
そうして陛下から告げられた、三つの条件。
その意味をよく考える前に、陛下が急かすような目で私をじっと見つめてきました。えっ、なんですか?
『ルージュ。今すぐ『そうすれば認めるのか』と念押しするのです』
「あっ、はい。あの、その三つをクリアすれば、エミルは従者として認めてもらえるんですね?」
「うむ。ギリエイム・ゼーイール・ゴードグレイスの名に於いて誓約しよう」
陛下がそう言い切った瞬間、どよめきの声がより大きくなりました。
言わされた感がハンパないですが、女神曰く、これで誰が何を言おうと決定は覆らない、不可逆のものになったらしいです。
見れば陛下とエイクエスさまはニヤリと笑っていました。悪巧みをする大人の笑顔でした。なんか汚いなあと思いつつも、おじさま独特の渋みがあってこれはこれでイイと思ってしまう私がいます。
ぼんやりとそんな二人に魅入っていると、ふいに陛下が身を乗り出して私の耳元に……って近!
「半ば無理やり約束させたようですまんな。だが、そなたは思いのほか賢い、いい女だな」
吐息を感じるほどの距離で、私にだけ聞こえるように陛下がぼそりと言いました。それ褒めてます?
身を乗り出したのと同じくらいの自然体でスッと体を上げる陛下を、心持ち憮然と見返す私。
それとなく両手で自分のほっぺをむにゅり。血行が促進されて赤くなるけど、特に深い意味はありません。ないったら。
「親に関してだが、これは国は一切関与できん。アグニとは今晩にでも存分に語り合え。して最後の一つについてだが、これは余に一つ考えがある」
「聞かせていただけますか?」
「うむ。勇者よ……」
陛下はエミルの額の辺りをコンコンとノックするみたいに叩き、こう言いました。
「そなた、この竜王に乗ってパレードに参加してみる気はないか?」
@
話を聞いたところによりますと、勇者が王都に辿り着いたらまず慣例としてお披露目をするものらしいです。
その方法が、ずばりパレード。
ずらりと行列を組んだ騎士たちと共に王都をぐるりとまるまる一周練り歩き、国民に対する顔見せを兼ねてささやかな祝い事とするのだとか。
ですが。
「だが、いざ勇者が到着し、パレードの準備を進めてみて初めてそなたが馬車に乗れないということを思い出したようでな。笑えることに担当者の全員がそれを失念しておった。ハハハ! あの時は城中が大騒ぎでな」
「ああー……。もう三ヶ月も前のことですものね」
「うむ。気持ちは分からんでもなかったので軽い処分で済ませたのだが、そうなると問題は足でな。自身が乗る馬のみならず周囲の馬全てに影響を与えるとなっては、通例通り馬車を使った編隊は見送らざるを得ない。かといって歩かせる訳にもいかんし、馬一頭だけというのも非常に見目麗しくない。一時期など鍛えた兵士たちによって神輿に担がれるという案を真剣に検討したほどだ。どうだ勇者よ、興味はあるか?」
「いいえ、ないです」
きっぱりと即答して断った私。
私の脳内では規律正しく歩調を合わせる騎士さまたちの中心で、『ソイヤッ! ソイヤッ!』と男らしく汗をまき散らす兵士に担がれ激しく上下運動する私の映像がリフレインされていました。
死んでもお断りでした。
「だろうな」
陛下も我が意を得たりとばかりに苦笑していました。
「だが、そこにこの竜王が現れたというわけだ。ずいぶんと立派な体格をしているが、王都の大通りを歩けないほどではない。加えて見た目のインパクトは絶大だ。やはり馬車は編隊できんが、なに、この竜王に怯えたことにすればよい。この竜王の勇姿を見て、そなたを軽んじて見る者などおらんだろう。
勇者よ。そなたが竜王を見事調伏せしめたのだと国民に知らしめよ。
そなたを背に乗せて言われるがままに従順に振る舞う竜王を見せつけよ。
先代の勇者フセオテが取り逃がした竜王を、当代の勇者であるそなたが従えたのだということを教えてやれ。
これが人化でき、従者になるということを広めるのはその更に後で行えばよい」
なるほど。
人の姿になったエミルは小さくてぷにぷにしたかわいい美少年ですが、竜化したエミルは強く大きくカッコよく、とても頼りになりそうな姿です。
言葉だけで「竜王を従者にします!」というよりは、実際に私を乗せて歩くエミルを見せて、「とっても素直で従順なので、せっかくなので従者にしました!」というほうが説得力があるに決まってますよね。
王都をぐるりと回るのであれば、それだけ大勢の人にも見てもらえるし、認めてもらえそうです。陛下のことだから、きっとサクラとか用意して煽動もするに違いありません。
あとは……そうですね。
「あとはエミルの意見次第ですかね」
「ん? その必要があるのか? 竜王はそなたに絶対服中なのだろう?」
「いえ、ちょうきょ……げふんげふん! コミュニケーションの一環として、エミルが本当に嫌なことはしないと約束してるんです。勿論、どうしても従ってもらわないといけない事情があるなら折れてもらうこともあるんですが」
『なあルージュ。おまえ、いま何を言いかけた?』
今回のケースですと、強制すべきかは微妙です。
陛下の案はとても魅力的ですけど、王都の皆さんに信用してもらうだけなら他にも方法があるかもしれません。
それにこれって、どう言い繕っても見せ物にされる感じですよね。
パレードの主役だなんて私だって緊張するのに、ずっと敵対してきた人間たちに囲まれて、見られて、歩かされるなんてもの凄いストレスのはずです。
うっかり我慢できなくなって魔法をぶっ放しちゃった☆では本当に洒落になりませんので、こればっかりは私の一存では決められかねます。
その時、ふと壁際のほうから強い視線を感じました。
誰でしょう。貴族さまの誰かだと思うんですが……。
「ふむ。そういうものか。余は魔族と会話した経験がないのでな。その辺りの勝手は分からぬ故、そなたらに任せよう。では勇者よ、早速竜王を起こして訪ねるがいい」
「えっ? 今ですか?」
「今だよ、勇者よ」
こんなボロボロな状態の部屋で、エミルを叩き起こしてもですか。やだ。私たちの国の陛下ってちょっと行動的過ぎません?
「裏話をしますと、遅れに遅れたパレードの日程の行方は陛下の胃痛の種なのです。当日は大通りを閉鎖しなければなりませんし、各方面への事前通告もあります。一日ズレるだけで首を括らなければならない商人なども出てくるのです。何卒ご理解頂ければと思います」
「余計なことを言うんじゃあない、宰相よ……」
陛下の疲れ切った苦笑いに、エイクエスさまのフォローが染み入るようでした。ああ、やっぱりエイクエスさまは癒し攻め系の……。
「わふぁりまひた。ほういうことなら、ひかたありまへんよね!」
「勇者よ。なぜ急に鼻を摘んだ?」
「諸事情によってです!」
深く追求を受ける前に、私はエミルの額をガンガンゴンゴン叩いて起こすことにしました。
「エミル! エミル! 起きて! 朝ですよ!」
『うぐっ……う……う〜ん。ここは…………はっ! さっきのクソ野郎はどk』
あ、ここカットします。
@
『オマエを乗せて、ニンゲンどもの町を一周しろって? はん! やなこった! つまりオマエらの見せ物になれってことじゃねーか!』
目覚めたエミルに状況を説明し終えるまでに、そう長い時間は必要ありませんでした。
ただ寝起きだったせいか最初ちょっとだけ暴れかけて、床に幾つか新しいヒビができて、堪え兼ねた貴族さまの何名かが出て行かれたくらいです。
案の定、けんもほろろに拒否感を露わにするエミルでしたが、
「どうしても、ダメですか?」
と訊くと、今度は即答することなく、
『…………少し待て』
と熟考する姿勢でした。
「力で支配したという訳ではないのか」
最初は話が違うぞと不機嫌そうだった陛下も、これにはびっくりした様子でした。
力量差を見せつけて心をへし折り、自由意志を認めず上から言うことを無理やり聞かせる。
私とエミルの関係を、そういうものだと思い込んでいたみたいです。
「エミルはどうかまだ分かりませんけど、少なくとも、私はエミルと仲良くしたいと思ってますよ。だから、ね? アグニも剣を収めてください」
「……あ、ああ……。流石はルージュ殿……なのか……?」
でも一番びっくりしているのは、もしかしなくてもアグニでした。
勇者フセオテさまの従者として、一度はエミルと実際に戦ったこともあるアグニです。エミルが暴れ出しそうになったとき、剣を構えて陛下の前に立つアグニを止めることはできませんでしたが、そのアグニを前にしても目を閉じ無防備に黙考に徹するエミルの姿は、アグニにとても大きな衝撃を与えたようでした。
信じられない。そう呟いたまま呆然と剣を構え続けるアグニでしたが、私がアグニの偽聖剣に手を添えて言うと、呆然としたまま、こくりと頷いてくれました。
ですが剣は収めても、アグニの注意は依然エミルのほうに向いたままです。その一挙手一投足、僅かな予備動作も見逃すまいとする無言の圧力。その射抜くような眼差しは、アグニの胸中を如実に表しているようでした。
『アグニもまた、魔族が従者に加わることを快く思ってはいないようですね』
『……はい。そう、みたいですね』
どこか嬉しそうにそう告げる女神に、私は心中で頷くことしかできませんでした。
そしてアグニが剣を収めてから暫くして。
『……チッ。仕方ねー。そのくらいなら、許してやる』
エミルは苦渋の末といった様子で、パレードへの参加をしぶしぶ了承してくれたのでした。
@
という訳で、私たちは王城の敷地内の厩に併設された馬車小屋の前へとやってきました。
移動中は人化していたエミルは再び竜の姿に戻り、もの凄く大きな馬車の前でエイクエスさまと何か相談しています。
「どうですか、竜王。この馬車なのですが、一人で動かせそうですか?」
『馬に動かせる物が俺に動かせねー訳ねーだろ。軽過ぎて鼻で笑うね。あと三台は同じ物持ってこいって感じ』
エミルはそう言っていますけれど、目の前にあるのは普通の馬車の二倍はありそうな巨大で物々しい馬車です。
もはや馬車より家って感じで、中を覗くと階段とかついててびっくりしました。二階部分にはバルコニーみたいな露台になってる部分もあって、歴代の勇者さまがたはみんなここから手を振っていたんだそうです。
当然重さも相当なもので、今まで六頭から八頭の馬で曳いていたと言うんですから、竜化したエミルの膂力の程が伺えますよね。
馬具の代わりに即席で括り付けられたロープを握り、実際に易々と巨大な馬車を曳いてみせたエミルを見て、エイクエスさまは周囲の人に素早く指示を出しました。
普通馬車を曳く馬にはハーネスって呼ばれてる馬具を装着するんですけど、当然ながらエミルは馬ではないのですから、今から専用の馬具ならぬ竜具を特注するんだそうです。
「パレードの主役を張るのですから、頑丈さだけではなく見た目も重要です。期日を考えれば今日にでも職人を呼びつけて、急ぎ作業に取りかかって貰わなければなりません」
「できるだけかっこいい感じでお願いしますね!」
「ええ、勿論です」
「それからそれから、従順さもアピールする必要がありますよね! せっかく首輪をつけていることですし、拘束具をイメージしたハーネスなんかはどうですか! こう、全身ぎっちぎちで、びくびくあはーんな感じの!」
『なあルージュ。オマエ他人事だと思って他人の装備に好き放題属性追加しようとすんのやめてくんない?』
「びくびくあはーんですか。ふむ。成る程……」
「宰相閣下。宰相閣下」
アグニやめて。エイクエスさまが正気に戻っちゃう!
「おっと、そうでした。勇者殿は実際に竜王に乗った経験はあるのですか?」
「いいえ、まだないです」
「そうでしたか。であれば、それも今のうちに済ませてしまうのがいいでしょう。いざ本番となった時に、実は乗れませんでした、では済みませんからね」
「あー、そうですね」
乗ってみることにしました。
「うわあ! すっごい! 地面があんなに遠い!」
エミルにひょいと襟首を摘まれて、ぽいと投げ捨てられた先は蛇のように長いエミルの首の首筋の辺り。
肩車をするみたいにしてエミルの首を跨ぐと、革製の首輪が鞍みたいになって不思議と悪くない座り心地でした。
何より、目線がもの凄く高い! 背が伸びると世界が変わって見えるって本当ですね! それに遮るものがないせいか、普段よりずっと強く風を感じます!
何気なく乗ってしまいましたけど、もしかして竜に乗ったのって私が人界初じゃないでしょうか。魔族の竜はいますけど、魔物の竜っていませんからね。
この大変名誉な体験に、あえて一つだけ不安を申し上げるのならば、それはズバリ背もたれの存在ですね。
アグニの馬に乗り馴れてしまった私は、どうやら安心して背中を預けられる背もたれの存在が忘れられないみたいです。
「ねえアグニ! アグニも一緒にエミルに乗ってませんか?」
「いや。オレは遠慮しておく。竜王の背中に乗るのは、君一人で充分のはずだ」
「だけどアグニ、私、背中が寂しくて……っ!」
心の中の乙女を総動員して、切な気に求める私。
背もたれが欲しいんです! とストレートに言わないだけの分別は持ち合わせていました。
竜王というより魔族の背に乗る、ということに躊躇う姿勢を見せるアグニでしたが、私の渾身の猛プッシュ、そして先にエミルのほうにも「仕方ねーな」と言わせることに成功したことを受けて無事陥落。
私と同じ様にむんずと襟首を掴まれて、気持ち乱暴めに放り投げられたアグニが私の後ろで跨がったとき。
異変が、起こりました。
『うぐっ!? う、うあああっ!』
なんということでしょう。
直前まで元気だったエミルが、突然苦しみ出したのです!
「エミルっ! どうしたんですか!?」
『ルージュ! いったい何が起きている!?』
エミルはぐっと体を丸めて、何かから耐えるようにびくんびくんと身を震わせます。
明らかに普通の状態じゃあありません。
何より魔王がエミルの異変に慌てているっていう事実が、なんかもうヤバい予感しかしません!
「アグニ! いったん降りましょう! エミルの様子を見ないと!」
「いや……ルージュ殿。その必要はない」
みんなが慌てふためく中で、ですが唯一、アグニだけは冷静でした。
だってアグニだけは、エミルに、そして自分にいったい何が起きているのか分かっていたんですから。
「オレ自身、ひどく意外で、とても驚いているのだが……」
アグニはそこで言葉を切って、ごくりと喉を大きく鳴らすと、とんでもないことを言いました。
「オレの『騎乗』スキルだが……どうやら、竜王にも有効らしい」
『『「「「えええーーーーーーっ」」」』』
そっ、そっ、それってっ、動物以外に乗った時にも有効なの!?
「オレが馬に乗った時に感じる、繋がりのようなものを竜王にも感じる。恐らく竜王はこれに抗おうとしているのだろう」
「じゃあエミルが苦しそうなのって、それが原因ってこと!? 大丈夫なんですか!?」
「心配は不要だルージュ殿。何か害になるということはないのだ。騎乗した動物と一心同体となり、その心身を強化する。オレの『騎乗』スキルがもたらすのはただのそれだけだ」
「心身の、強化……」
その時私の脳内で、アグニの影響を受けて意識高い系として生まれ変わったアグニの愛馬、デルタのことが思い出されました。
「つまり……エミルも意識高い系になっちゃうってことですかっ!? なにそれ面白そう!」
『ルーーーーーーーージュ! 本音がだだ漏れになっておるぞおおおおっ!? エミルに何かあってみろ! 絶対に許さんからなあ!』
『シッ! 静かにしなさい! 竜王の面白珍プレー鑑賞の邪魔です!』
『こんの女狐が面に出ろおおおおおおおおっ!』
頭の中の騒がしさとは裏腹に、気付けばエミルは無言になっていました。
体の震えも止まっており、今はしんと落ち着いているようです。
まるまるようにして頭を抱えていたエミルが、すっと頭を上げました。
エミルは首筋に跨がる私とアグニを振り落とさないよう、気を遣うように首の中程だけで振り返ると、じっと私たちを見つめてきました。
なんと言いますか。
迷いの晴れた澄んだ瞳をしていました。
お昼の陽光を受けて、キラキラと輝いています。
「…………」
「…………」
『…………』
何を言ったらいいのか分からない、躊躇うような沈黙。
アグニの影響を受けたデルタは明らかに高い意識を保っていましたが、当然ながら馬ですので、言葉を交わした経験はありません。
『騎乗』スキルによって心身に変化を来したエミルがどう変わっているのか。
イノベーションに積極的にコミットしていくインフルエンサーなエミルに生まれ変わってしまったのでしょうか。
誰もがエミルに注目する中、ついにエミルが大きな顎門を開きます。
視線はまっすぐ私たちに向けたまま。体を僅かにも揺らさない、姿勢を正しく保ったまま、エミルはとても大きな声で、ハキハキと言いました。
『ウッス! アグニ先輩! おざまぁーーーーーーーーす!!』
『『「「「体育会系だーーーーーーーーーーっ!!!」」」』』
私たちの絶叫が、王都の空へと溶けて消えました。
どうしてもここまで一気に読んでもらいたくて、気付けば久々に1万字オーバー。番外編以来だったかも。
そろそろタグに「ギャグ」を追加しても許されるような気がしないでもない今日この頃です。
説明回を兼ねてサクサクと進めてしまいましたが、パレードについてはあと1話、長くても2話でさっくり終わらせる予定です。
その次はお待ちかねの変態パートですよ! お楽しみにね!




