透き通る音。
前回のあらすじ
Sランク冒険者、ジャスパー・クリスノートは当代の勇者が大嫌いでした。
そして肝心の勇者はというと、誘拐されたとしか思えない首輪をかけた美少年を連れて、ドヤ顔で国王の前へと現れたのでした。
「待って! 待ってください! 誤解なんです! 武器を下ろして! 落ち着いて!」
慌てたように叫ぶルージュを取り囲むのは、武器を構えてじりじりと詰め寄る手練の近衛騎士たちだ。みな口々に「犯罪だ……」「誘拐だ……」「人さらいだ……」などと呟き心を一つにしている。
通常であれば勇者に武器を向けるなど正気の沙汰ではないが、この場合は突如城内に現れた犯罪者へ向けた対応なのでなにも問題はない。その判断力、流石は選び抜かれた精鋭たちである。近衛騎士を名乗るに相応しい男たちであると言えよう。
一方、そんな彼らの白い眼差しに射竦められ、流石のルージュもここに至ってようやく今の自分の姿に問題があると気付いたようだ。
気付くだろう。近衛兵の目つきが完全に犯罪者を見るそれなのである。エミルの正体が竜王であると知らないギリエイムらにとっては、咽び泣く美少年の首にかけられたものに勇者の特殊な性癖や犯罪性以外の意味を見出せないのだからやむを得まい。
自分で従者を探してくる! そう勝手に宣言して飛び出していった小娘が、美少年に奴隷のような格好をさせて連れてきた時のショックを想像できなかったルージュの落ち度である。
それに実際のところ、嫌がるエミルをオムアン湖に浮かぶ島から無理やり連れ出し首輪をかけたのは事実であるので誤解もクソもない。謁見中の国王の目の前に突然転移したことも含めて、一度牢屋の寝心地を味わったほうがいいレベルである。
ちなみに、ルージュは謁見の間に突然転移した点についてやらかしたという自覚はなかった。他人様の家に無断で転移しないというエドモンド渾身のお説教は完全にすっぽ抜けていたのである。
自分の説教もむなしく、ルージュが再び王都で、しかも謁見の間に電撃突撃を果たしたと彼が知ったら、エドモンドはその場で泣き崩れただろう。
そしてそんなルージュとエミルの後ろ姿を、信じられない、寧ろ信じてたまるかといった形相で睨みつけているのはジャスパー・クリスノートだ。
彼の心は今、わなわなと震え上がるほどの怒りに包まれていた。
状況に置いてけぼりにされていたジャスパーであったが、仮にもSランク冒険者である彼の優秀な頭脳が、たった今目の前で起こったことを一つずつ紐解き理解していくごとに、彼の怒りは加速度的に、急速に沸騰していったのだ。
断続的な理解がジャスパーの脳裏を駆け巡っていく。
忌々しい田舎者の勇者の話をした直後に。
このボクジャスパー・クリスノートが謁見している最中だというのに。
勇者の証たる転移魔法を見せつけるかのように、いきなり謁見の間に姿を現し。
喉から手が出るほど望んでも得られなかった膨大な勇者の魔力を、無遠慮に、無配慮に垂れ流し。
あまつさえ、まだ年端も行かぬ見た目がいいだけの少年を、あろうことか従者にするだと?
あろうことか、たった今、従者になることを拒んだばかりのこのボクを完全に無視したまま!
いや違う。それは正確じゃあない。
何故ならルージュは、この小娘はたった今この場所に転移してきたばかりだからだ。ボクが従者の誘いを断ったなどと知るはずもない。
であれば。
この小娘は。
このボク、ジャスパー・クリスノートのことを、これ以上なく侮辱的に、要らないと言ったのだ。
このボクを従者にするくらいならば、そこで無様に泣き顔を晒している、顔がいいだけのただのガキを連れていくと言ったのだ……っ!
あまりに強く噛み締めたせいで、ジャスパーの奥歯が悲鳴を上げる。
勇者ルージュの従者にならないか。
ギリエイムからのその問いに、ジャスパーはきっぱりとNOを叩き付けてやった。
その取捨選択の主体は自分にあったのだというジャスパーのプライドが、目の前で否定され、粉々に叩き潰されたことを自覚したジャスパーの手は、いつの間にか無意識に、腰に吊った細剣をいつでも抜けるようにと握り締めていた。
「ゆゆゆ許されないぃい……」
カタカタと震えるジャスパーの喉から漏れた怨霊のようなその呟きに誰も気付かないまま、事態は更に進行していく。
誰一人として冷静さを取り戻さない混沌のるつぼと化した謁見の間の中心で、更なる爆薬を投下したのは勿論、我らの勇者兼魔王ルージュだ。
テンパったルージュはとにかく誤解(?)を解こうと、エミルの肩を抱いてこう言ったのである。
「違うんですっ! 聞いてくださいっ! この子はただの子どもじゃなくってっ、そもそも誘拐なんかじゃありません! だってこの子は――」
『あっ、バカ! おまえ! この空気で何を言う気だ!?』
『止めるのです! 今からわたくしが降臨して事態の収拾を図ります! ですから――!』
沸き上がる嫌な予感にたまらず女神と魔王が制止するも、人の話を聞かないことに定評のあるルージュは天を仰いで大きく息を吸うと、どこまでも届けと声を張り上げてこう叫んだ!
「この子はっ! エミルは、竜王なんです! 魔族でっ、有名でっ、風と嵐の支配者のっ! 竜王エミル・エアーリアなんですーーーーーーっ!!!」
「「「「「「はあっ!?」」」」」
『ああっ……あぁあ……あぁああっ……!』
『ハハハハ! ぶっちゃけおった! こいつ! ぶっちゃけおったぞ!』
ルージュの精神の中で、ああまたやってしまったと頭を抱えて崩れ落ちる女神と、一周回ってなんだか面白くなってきちゃった魔王。
そしてルージュの突然の告白に、その真偽を通り越してフリーズしてしまったゴードグレイス聖王国重鎮の面々の前で、ルージュはエミルの肩をぺちぺちと叩いた。反動でエミルの尻の下の石床がベキベキとひび割れていくがエミルは特に気にした様子はない。恐るべき防御力である。
「エミル! エミル! 竜化して! 今すぐ竜化して見せてあげて!」
「竜化ぁ……? 今ここでぇ……? ハハッ……もうどーにでもなーれ」
ルージュは誤解を解きたくて必死だった。エミルが竜王だと知れれば、「あっ、なーんだ。じゃあ首輪とかさせてて当然だよねっ☆」となるかもしれないと一縷の望みを託したのである。
無論そんなことになるはずもなかった。これからエミルが安全な存在であると説かなければならないのに、竜化したエミルを晒すことはその逆向きに指す一手だ。本末転倒にも程がある。
しかしエミルはそんな誰得な要求に、すんなりと素直に頷いてみせた。泣き疲れて半ば呆然としていたエミルは、もはや周りの状況を鑑みることも、深く考えることもなかったのである。
ただルージュに言われた通り、エミルはただちに小さい体に魔力を通して巨大な緑竜の姿に変身した。
体積が急激に膨れ上がり、咄嗟に飛び退いたルージュを除いた周辺の近衛騎士たちが羽虫同然に吹き飛ばされてゆく。
エミルは思うさま翼を広げて伸ばしたかったが、何かを壊せば即女神というルージュの脅し文句を体で覚えていたのか、ゴリゴリと近くの柱に体を擦らせはしたものの、何かを致命的に破壊することなく竜化を完了させた。
そこに現れたのは紛れもなく、人界の軍を震撼させた恐るべき竜王だ。
その圧倒的とも言える威圧感を放つ巨体になりつつも、それでも首輪は緑竜のサイズにもぴったりとフィットし、破壊できなかったことにエミルは絶望した。
そしてその絶望感や溜まりに溜まった鬱憤。その他のないまぜになった感情の全てを吐き出すかのように、竜王エミルは喉を反らせて力の限り吼えた!
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
ビリビリと空気を震わせ、無尽蔵に風を生み出す竜王エミルの魔の咆哮が、わざとではないが高い場所にあったガラス窓を一つ残らず粉砕する。
降り注ぐガラス片が奏でる甲高い破砕音は、幾多の悲鳴をかき消すほどだ。ルージュの上げた「ちょっと! エミル! やり過ぎぃ!」という悲鳴のような抗議も同様だ。それどころではないのだ。いまこの場に、パニックに陥っていない者など一人もいない。
謁見の間を越えて、城内が騒然となる。
吹き飛ばされた近衛騎士たちは誰一人として立ち上がれていない。一部の重鎮たちと同様、今の咆哮で意識を失ってしまった者すらいる。
だがそれをいったい誰が責められようか。相手はかの勇者フセオテをして「一筋縄ではいかない」と言わしめた竜王なのである。その咆哮を間近で受けて、立ち上がれる者のほうこそ勇者と讃えられるべきだろう。
だが一人、竜王の咆哮を目の当たりにしてなお、即座に立ち上がって行動を起こせた者がいる。
「ふはっ! ふはははっ!」
なんとその男は笑っていた。この状況下で楽しそうに、愉快そうに笑いながら腰の細剣を軽やかに抜き放つや、その刀身に指を滑らせ己の魔力を解き放った。
「――《水晶剣》っ!!!」
言下、猛然と竜王エミルに向かい疾走する影――ジャスパー・クリスノート。
その手に握られているのは、頼りない装飾用の細剣だったもの。
細く、薄く、たった一合で折れてしまいそうだった頼りない刀身は既にない。
代わりにあるのは、その頼りない刀身を芯として形成された、水晶のような物質で造られた新たなる魔力の剣。
《水晶剣》。
これこそが、ジャスパー・クリスノートという男をSランク冒険者たらしめ、対魔物戦において無敵ともいえる戦闘力を保証する彼固有の魔法。
その性能は至ってシンプル。
ミスリルを遥かに越える強度と、鋼をも易々と切り裂く切れ味。
そしてその剣によって傷つけられた生物の肉体を、切り傷から浸食するように水晶化してしまうという呪いにも近しい能力だ。
どんな僅かな傷でもいい。例えほんの擦り傷だろうと、痛みも感じないような毛先ほどの傷だろうと《水晶剣》は発動する。そして一度水晶化が始まったが最後、体内組織が全て結晶化するまで浸食は決して止まらない。
そうして出来上がった水晶の肖像を蹴り砕いた後に残るのは、無数の欠片となって煌めく水晶の煌めきと、どこまでも響いて行きそうな透き通る音。
故に《透き通る音》。
彼の前に立つ魔物にとって、防御力など何も意味を為さない。
何故ならば、《水晶剣》に傷つけられないものなど存在しない。
彼はただ、目の前の魔物に一太刀浴びせるだけでいい。
そうやって金と経験値を積み上げ、いつしか冒険者としての頂に立っていた。
魔法剣の天才。
ジャスパー・クリスノートとは、そういう男だった。
『……あぁん?』
そんなジャスパーの姿を、不機嫌そうな据わった竜王の眼がギロリと捉える。
喉を大きく反らせたことで、エミルには背後から猛然と迫るジャスパーの姿がよく見えていたのだ。これ以上なく明確な敵意を込めて、常人ならば見逃してもおかしくないほどの速度で振るわれる俊速の剣閃さえもはっきりと見える。
そしてエミルは理解した。
ああ、なるほど。つまりコイツは、殺すつもりで俺に剣を向けているのだ。
この俺に。
竜王エミルに。
その直後だ。竜王の背中からおぞましいほどの殺気が放たれた。死神の手に全身を嬲られたような錯覚にジャスパーの踏み込みが一瞬鈍るが、意思と気合いと狂気の力で強引に振り切り一歩前へ。最後の踏み込みが生んだ力を全て注いで、全身全霊の一撃を竜の背中へと叩き込む!
鞭のようにしなるジャスパーの右腕が消失したと見間違うほどの速度で翡翠色の輝きへと吸い込まれていく。踏み込みは充分。既に《水晶剣》の届く距離だ。それはつまりジャスパーにとって必殺の間合いを意味する。
ジャスパーは嗤う。この奇襲が成ることを確信する。これまで積み重ねてきた冒険者としての生が、その経験が、その見識と直感が、竜王の鱗にさえ《水晶剣》は通ると確信させていた。
だがそれはエミルも同様だった。エミルはジャスパーが何者なのか知らないし、その手から振るわれる細剣の恐るべき能力も知らない。しかし彼の戦士としての感性が、この一撃は己の命に届きうると直感させたのである。
それでもエミルは逃げず、また引かなかった。寧ろ迎え撃ってやるのだと闘志を漲らせていた。より正確に言うのであれば、エミルは突然ちょうどいい憂さ晴らし相手が現れたことに感謝すら抱いていた。つまり八つ当たりである。ルージュの業はどこまで深いというのか。
エミルは嗤う。この一撃を防ぎきった時、愚かにもこの竜王に牙を剥いた哀れで脆弱なニンゲンの首を一口に捻り切ってやることを甘く想像しながら。そしてその想像を必ず実現させるのだとかつてない精度で魔力を練り上げる。
そして二人は同時に叫ぶ。
「はははははははぁ! 尻尾を掴んだぞ! 正体を現したな女ァ!!」
『ニンゲン如きがっ! 身の程を知れっ! 《暴風壁》ォ!!』
刹那、二つの影が衝突する。
炸裂する衝撃。
そこらに倒れたままだった近衞騎士の体が吹き飛ばされ、周囲の壁に無数のひび割れを生み出していく。
だが、予想された甲高い金属音は鳴り響かない。意識ある者の耳に届くのは、竜王が纏う途轍もない風が生み出す轟音だけだ。
どっしりと構えた巨大な緑竜――竜王エミルは動かない。
その一方でジャスパーもまた、振り抜くつもりだった《水晶剣》の勢いをほぼ完全に止められ、そして自らも吹き飛ばされないよう全力で踏ん張っている。
いったい何が起こったのか。
ジャスパーの《水晶剣》を止めたもの。それは一言で言えば風だった。
今、竜王エミルの体を装甲のように包み込んでいるのは吹き荒れ続ける暴風だ。これが不可視の防壁となり、領域内に侵入したもの全てをあらゆる方向へと吹き飛ばすのだ。
それはさながら乱気流だ。ただ逆方向に跳ね返す風で力任せに押し返すのではない。逆に襲い掛かったはずのジャスパー・クリスノートのほうこそが、必殺の一撃をあらぬ方向へと受け流され、致命的な隙を晒さないよう必死で耐えているのである。
ジャスパーの《水晶剣》は未だ乱気流の結界の中だ。この剣が弾き飛ばされるか、あるいは受け流された瞬間がジャスパーの最期だ。そしてその瞬間を見逃さぬようにと、エミルは牙を剥き喉を反らしたまま殺気を込めた眼で静かに睨んでいる。
しかしジャスパーも伊達にSランク冒険者を名乗ってはいない。この一撃の行方が互いの勝敗と命を左右すると直感している。そして竜王の放つ暴風の装甲に真っ向から抗うために、剣に感じる重みの変化を常に感じ取りながら、握り、重心、力を込める方向、更に踏み出すタイミングなどを読みと勘を交えつつリアルタイムに判断し対応していく。
二つの影が交わってから、既に数秒の時が過ぎている。
だがジャスパーの剣は、未だ振り切られてはいない。
今も拮抗状態が続いているのは奇跡にも等しい。
摩擦の殆どない氷上の坂道を全力で駆け上がりながら、同時に向かってくるオーガの群れを一人残らず斬り伏せるようなものだ。脳が焼ききれてもおかしくない、常軌を逸した身体制御。そんな無謀をジャスパーは、だくだくと溢れる鼻血を垂れ流しながらもこなし続けているのだ。
例えSランク冒険者ジャスパー・クリスノートといえども、全神経を集中させなければならない荒業のはずだ。
だと言うのにも関わらず、驚くべきことに彼はその命を懸けた攻防の最中、ずっと叫び続けていた。
今も叫び続けている。
しかも。
「貴様の目論見は全て見破ったぞ女ァ! 貴様、どんな手を使ったか知らないが、女神の声を騙って勇者だと偽り、国王陛下を、そして人界を陥れたな!? 魔族を、ましてや竜王などを城内に連れ込んだのが何よりの証拠だ!! だが貴様の悪行もそこまでだ! このボクがっ! 真なる勇者ジャスパー・クリスノートが貴様を裁いてやるぅ! 竜王の次は貴様だ女ァ! 田舎生まれの卑しい雌豚め! その汚らしい性根も顔も全部まるごと水晶に変えて、このボク自ら直々に蹴り砕いてやるっ!!」
その相手はエミルではなく、なんとルージュのほうだった。
ジャスパーの持てる全能力を目の前の敵に傾けておきながら、ジャスパーの心は、憤怒は、エミルではなく全てルージュに向けられていたのである。
決して余裕があるからではない。寧ろ常軌を逸した狂気に侵されているからこそ、無意識に心と体が分裂し始めているのだろう。
しかも中々過激な発言内容だ。現実と妄想をごちゃ混ぜになり、彼の脳内では自分こそが真なる勇者でルージュは悪逆非道の大罪人ということになっているようだ。実際ルージュの魔力の半分は魔王のものであるし、状況的にも単なる妄想だと切り捨てられないところがルージュの罪なところである。
だがそれはそれ、これはこれだと言うことを、急激に冷め切っていくルージュの笑顔が示している。特に田舎生まれから始まるくだりがよくなかった。イケメンを見たらまず掛け算をするルージュではあるが、この世のイケメン全てに優しいかと言えばそうではないということをアグニの例が示している。
人知れず己の命運を決定づけてしまったジャスパー・クリスノートではあったが、いま現在行われているエミルとの鍔迫り合いでは優勢だった。じわり、じわりとエミルとの距離を詰め、《水晶剣》は今にもエミルに届こうとしている。
冷や汗が止まらないのはエミルだった。《暴風壁》をこんな力技で突破される経験などなかったのである。
自分を無視して訳の分からない叫び声を上げるジャスパーを揶揄する余裕すらない。今にも突破されそうな《暴風壁》に魔力を注ぎ、制御し続けるだけで精一杯だった。だがどれほど出力を上げ、乱数とパターンを組み替えてもなお、ジャスパーは寸分違わぬ精度で対応してくるのである。まるで悪夢のようだった。
「この偽者の勇者め! 絶対に許さないぞ! 真の勇者はこのボクだッ! この裏切り者めッ! 人間の恥さらしめえッ! 死ねッ、このボクのために今ここで死ねえ!」
『……うっ、ぐっ、ぐおっ!』
エミルの精神がほんの僅かに怯んだ瞬間、踏み込んでいだジャスパーのつま先が、蟻の一歩ほどの距離前へと進んだ。傍から見れば止まって見えるような一歩。だがその一歩は、この拮抗に対する致命傷となった。
巨大な氷の塊を丸呑みにしたような死の気配。
(ダメだッ! 突破される!!)
エミルの声無き絶叫。
そして。
「うぅぅぅぅぅらぁああああぁあぁああぁああ!!」
ジャスパー・クリスノートの放つ裂帛の気合が、そして彼の《水晶剣》が、幾重にも張り巡らされた暴風の壁を一つ残らず切り裂き竜王の体を走り抜ける。
翡翠色に輝くエミルの鱗の上に走る、美しい水晶色のライン。
そして後に残されたのは、どこまでも響いて行きそうな透き通る音だった。
皆さん! 滅多にないバトルシーンですよ!
ラスタの森に続いて、一瞬で終わってしまいそうですが。どうしてか私には、強者同士の戦いになるほど一瞬で終わるという謎の先入観があるようです。
次回は笑顔でスタンバってるルージュのターンです。乞うご期待。




