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存外、似合いそうでした。

前回のあらすじ


 エミルと一緒に、大好きな音楽を聴きました。

 あと無断外泊しました。温泉さいこう!


※今回のお話には変態が登場します。備えてください!

 

 その後。

 今夜はひたすらのんびりする! という確固たる決意を固めた私たち(私だけですって? ハハッ、そんな)は、宿に戻ってツーマさんの手料理をお腹いっぱいに堪能したあと、王城のベッドとはまた趣の違うふかふかお布団でぐっすり熟睡し、ばっちり三度寝をキメたあと朝ご飯を美味しくいただき、更には朝風呂をじっくり堪能した上でオールドウッドを後にしました。


「いやあ、朝日が気持ちいいですね!」

『なにが朝日だ白々しい。日などとっくに昇りきっておるわ!』

『ルージュ。あなたは確かわたくしに『翌朝には絶対戻りますから!』と言いましたね? ですが安心しなさい。わたくしはその言葉をそのままギリエイムらに伝えませんでした。これがどういう意味か分かりますね?』

「はい……。特別な配慮を賜り感謝の言葉もありません……。あれ。ひょっとして私の信頼、なさすぎ……!?」

「いや、逆に信頼されてんじゃねーの。負の方向にだけど」


 そう呆れ顔で話すエミルですが、彼のお肌はとてもつるつるで、すべすべで、そしてテカテカしていました。

 そしてそこはかとなく湯上がりの色気を醸し出していました。


「ていうかエミル、なんだか一晩でだいぶ健康そうな感じになりましたよね。お肌が光り輝いてますよ! まるで王城に住み込んでる侍女さんたちみたいに!」

『なんだかんだ言っておまえも早起きして嬉しそうに風呂に入っていったよな。人界の温泉宿を思い切り堪能しているではないか。どうした。気に入ったのか?』

「いいだろ別に! 俺だって一人で落ち着いてゆっくり湯に浸かりたかったんだよ! 心の癒しが欲しかったの!」

『ルージュ。一応言っておきますが、侍女も普通は光り輝いたりしませんからね……?』


 宿を出たところで振り返った私は、玄関口までお見送りに出てきてくれたオットーさんとツーマさんの二人に頭を下げました。


「オットーさん、ツーマさん。こたびも本当にお世話になりました!」


 なんの計画もなしに始まった、突発的なホワイトタブでのお泊まり。お小遣い的な事情も相まって選んだオールドウッドだったのですが、それでもやっぱり、一度目のときのように、私は深い満足感と充実感に満たされていたからです。

 その感謝の気持ちを少しでも伝えられればと想ったのですが、


「私たちのほうこそ、また来てくれて嬉しかったわ、勇者様」

「またいつでもお越しください! オールドウッド一同、心よりお待ちしております!」


 そう言って、二人は接客のプロが見せるお手本のような見事さで、逆にお辞儀を返されてしまいました。


 はい。

 はい、絶対にまた来ます! 今度はアグニとエミル、二人を連れて!


 心に強くそう決めて、笑顔の二人に見送られながら、何度目かになる転移魔法を心で唱えました。


 とても清々しい、いい気分でした。

 これから訪れる私たちの別れは、いつかホワイトタブから旅立った時のように、長い長いものとなるでしょう。

 寂しいと思う気持ちはもちろんあります。

 だけど。言い残したことも、思い残したこともありません。

 別れるべくして別れる時が来たのだという、清涼感にも似た何かを感じさせる、爽やかな別れになりそうでした。


 私はきっと、このオールドウッドで過ごした二度目の夜のことを、きっといい思い出としてこれから何度も思い出すでしょう。


 そう思った、その時でした。


「あ、そうだ! 実はルージュさんに受け取ってほしいものがあるんです!」


 オットーさんはふと思い出したように、突然ごそごそと懐から何かを取り出すと、私へと手渡しました。

 なんでしょう。プレゼントかな? 凄く固くてすべすべしていて黒光りしていて意外と大きいです。


「オットーさん。これは?」

「見て分かりませんか? 首輪です」


 見て分かりました。

 首輪でした。


 それもただの首輪ではありません。厚手の革によって重厚に作られ、引き千切られないための頑丈さを備え、散歩の時にリードを通すための金具がつき、ご丁寧にも既にリードが通されて「さあ、整えておきました!」と言わんばかりに準備万端な、まごうことなき首輪でした。

 というか、昨日オットーさんが付けてた首輪でした。


 ていうか、なんで?

 なぜ今になって首輪をくれようとしてくれてるの?

 なんかこう、私たち今いい感じで爽やかに別れる雰囲気だったのでは? ほわい?


「それもただの首輪ではありませんよ。それはさる高名な魔法使い様が手ずから魔力を注ぎ込んだマジックアイテムなんです。その効果はなんと、サイズの自動調整! 大人でも子どもでも、身につけるだけで自然とピッタリ首元にフィットし、しかも夏場でも蒸れないという優れものなのです!」

「はあ。あの、エミルがもの凄く引いちゃってるんですけど。このタイミングでどうしてそんなものを私に?」


 ぶるぶると震えて得体の知れない生物から遠ざかろうとするエミルを抱きとめながら、そうオットーさんに問いかける私。

 するとオットーさんは遠い目をして言いました。


「私は気付いてしまったのです」

「なんかもの凄いデジャブ感がありますけど、何にでしょうか」

「特殊な性癖について対等に語り合える友人が増えるということは、この上なく素晴らしいことなのだということにです」


 暫く見ない間に、オットーさんはより変態的にレベルアップしていました。


「ルージュさんは以前、アグニさんとのご関係を訪ねられた際、こう仰られていましたよね。私とアグニさんは飼い主と犬のようなご関係であると」


 言いましたっけそんなこと。


『言っていたな。酒の勢いで』

『言っていましたね。お酒の勢いで』

「なるほど。私今日から禁酒しますね」


 悩む余地なく即決して禁酒を宣言する私。

 しかし私が禁酒したところでオットーさんは待ってはくれません。無情。


「いや、実はちょうどよかったのです。以前合わないサイズの首輪を付けてしまったことで、首元に赤い痕が付いてしまったことがあったでしょう?」

「アリマシタネ」

「流石にこれでは接客に支障が出ると考え、一念発起してマジックアイテムの首輪を新調したところまではよかったのですが」

「ハイ」

「注文した首輪が届く頃には私は、あのサイズが微妙に合わないが故の拘束感というか、息苦しさというか、軽くリードを引かれるだけで呼吸が覚束なくなるという被支配感というかがないと満足に興奮できない体になっていたのです」


 オットーさんはいったい何を突然カミングアウトしているのでしょうか。

 キラキラした瞳でそんなことを語られる私はどう返せばよかったのでしょうか。

 私の声が感情を失っていることに気がついているのでしょうか。

 というかオットーさんは私をなんだと思っているのでしょうか。

 私のことを勇者や乙女といったフィルターを通して見ていたら絶対に振らない話題だと思うのですが。

 いや確かに多少の理解は示しますけれども。

 示しますけれどもね?


「へっ、変態だーーーーーっ!? ムグッ!?」

「シッ! 刺激しちゃダメ!」


 我慢の限界を迎えて叫ぼうとするエミルの口を咄嗟に塞ぐ私!

 気持ちは分かるけど落ち着いてください! その切り返しは今は危険です!


「そんなわけですので、これはルージュさんに差し上げようと思いまして!」

「どんなわけ……っ!? げふん! わ、わあ、ありがとうございますオットーさん。私、男性からのプレゼントでこんな気持ちになったの初めてです」


 私は声を震えさせながら、慎重かつ恭しい所作でそれを受け取りました。

 長い時間を生きてきたとは言えない私ですけど、男の人の使用済み首輪をプレゼントされたのはこれが初めてです。

 もしも今、この願いが叶うのならば、私、女神を通じて人生の先輩方に痛切に相談したいです。


 男性から使用済みの首輪を受け取ったことがある先輩方へ。お願いします。助けてください! これ、いったいどうすればいいの!?


『王都で売るなり捨てるなりすればいいではないか。貴重なマジックアイテムなのだろう。存外高く売れるのではないか?』

『売るのはなしです! 明らかにプレイ用の首輪を所持してるところや売るところを見られるとか、乙女としても勇者としてもありえません!』

『待つのですルージュ! それを捨てるだなんてとんでもない!』

『待ちません! 売りませんよ!? いくら女神さまが人界で一番お金に汚い守銭奴で人格に問題があって金の亡者だったとしても、これだけは譲れません!』

『隙を突いて言いたい放題言うのは止めるのです! 今なら勢いで言っても許されると思ったら大間違いですよ!? わたくしは何も売れと言っている訳ではありません!』

『えっ……違うんですか!?』

『えっ……違うのか!?』


 仲良くハモって魔王との絆がちょっぴり深まった気がしました。

 ギリギリと歯ぎしりしながら女神が言います。


『違います。いいですかルージュよく聞くのです。あなたは昨日、入浴前に脱衣所でわたくしたちと話したことを覚えていますね?』

『えっと……はい。エミルのことですよね?』


 つい昨日のことです。ちょっぴり真面目な話だったので、よく覚えています。

 そう。確か、魔族で竜王なエミルを従者として連れていきたいのであれば、エミルは決して無分別に暴れたりしないし、人々の安全を脅かす存在じゃないんだってことを納得してもらう必要があるという話をしました。


(おまえはそれほど深く考えてはいないようだが、エミルは紛れもなく竜王なのだ。確かにおまえの力に比べればエミルも子ども同然と思うかも知れないが、それでもエミルの実力も、竜王の名も本物なのだ。

 想像してみろ。そんなエミルが突然王都に現れ、竜王を名乗った時のニンゲンどもの反応を。大きな怪我もしておらず、身動きを縛るものも何もない。そして明確に、ニンゲンに対して敵意を、悪意を持っている。そう思われているエミルが野放しに近い状態で王都に現れた時、か弱い町娘に過ぎなかったかつてのおまえならばいったいどうする?)

(つまり私は国王陛下に、エミルきゅんは危険ではないし、怖くないですよってことを正しく伝えて、しかも納得させないといけないんですね)


 あのとき女神と魔王と、そんな内容の話をしたのを覚えています。


 これは私自身がエミルに害される恐れはないということもそうですが、より重視されるのは、私がきちんとエミルの手綱を握ることができているのかどうかだと思います。

 つまり、私の意思に反した行動をエミルは取らない。

 仮にもし取ったとしても、私が責任を持ってエミルを止め、そして御することができる。

 私は陛下たちに、それを示す必要があるのです。


 問題は、どうやってそれを示すかということなのですが……。


 思い出したように思案する私に、人界の守護を司る我らが女神トーラさまは、迷える子羊を導くときのような慈愛の籠った優しい声で語りかけるように言ったのです。




『たった今、ちょうどいいアイテムが手に入ったではありませんか。その首輪をそこな魔族に身につけさせ、(こうべ)を垂れさせ跪かせて背中を踏めばいいのです。

 強大な魔族の象徴的存在だった竜王は、今や勇者ルージュのペットにして下僕にまで堕ちたということを世に人々に知らしめるのです。さすれば、ギリエイムとて何の文句もないでしょう』




 それはまさに、勇者を正しい方向へと導こうとする女神の啓示でした。


 この首輪を、エミルに付ける……?

 そしてそのリードを、私が持つ……?


 その発想はありませんでした。


 女神の声が聞こえたのでしょう。抱きしめて口を塞いだままだったエミルの顔色がみるみるうちに真っ青になりました。

 私はぷるぷると震えるエミルをチラリと見て、受け取ったばかりの首輪に視線を移しました。


 サイズ自動調整の首輪。

 大人も子どもも、身につけるだけでぴったりフィット。


 私はエミルの首元に、この無骨な首輪が飾られているところを想像してみました。


 存外、似合いそうでした。



 ごきゅりとナマツバを飲み込んだ音がやけに大きく響きました。



「むーーーーーーーっ!? むぐーーーーーーっ! むぐむぅーーーーーーーーーーっ!」


 じたっ! じたっ! 胸の中でエミルが急に暴れ出しました。

 身の危険を察知したのでしょう。必死な様子で何かを叫んでいるようでした。手のひらに感じる唇の感触がとてもこそばゆいです。

 なになに……。す……き……? 好きって言ってるんだと思います。たぶん、合い言葉ですね。連呼しているみたいです。


 エミルは顔色を真っ青にしながら、うるうるした瞳で私を見上げ、好きだ、好きだと叫んでいました。

 吸い込まれるような翡翠色の煌めき。

 お願い。届いて。伝わって。手を離して。そんな数多の願いが込められているであろう、エミルの懇願の眼差しでした。


 思わず息を飲みました。

 正直キュンキュンとしていました。

 胸に迫る思いが溢れ出るようでした。

 そしてちょっと、いやかなり、ゾクゾクする光景でした。


 溢れ返る万感の想い。

 それらを全て飲み込んで、私は努めてにっこりと笑うと、エミルに答えて言いました。


「なあに? エミル。すみません、ちょっと聞こえませんねえ」

「むぐむーーーーーーーーーーっ!? むーーーーーーーっ!! むぎゅーーーーーーーーーーっ!?!?」


 麓の町まで届けとばかりに、エミルのくぐもった叫び声がホワイトタブの空の下に響き渡りました。


  @


 所変わってゴードグレイス聖王国の王都ディアカレス。

 ルージュが嫌がるエミルの首にムリヤリ首輪をかけようと奮起している頃、その巨大な都市の中央北よりに位置する王城内でも不穏などよめきの声が起こっていた。


「グリフォンだと……! それは間違いのない情報なのか!?」

「はい、国王陛下。このボク自らが赴いてこの目で見ました。あれは間違いなくグリフォン――それも、成体の個体です」


 長く王都を離れ、つい昨日帰還してきたばかりの一人の男によってもたらされた情報。


 ゴードグレイス聖王国の北東部に広がるタイローン山脈に、グリフォンが住み着いた。


 そしてその成体とは、つまり超自然災害級――ある一定の脅威を越えて、測定そのものを放棄せざるを得なかった冒険者ギルドとしての最大評価を受けた、Sランクの魔物であることを意味していた。


王都に戻ると言ったな! あれは嘘だ! (ドヤっ!)


……ごめん! ごめんってぇ! だってえ! まさかオットーが5000字も使うだなんて思わなかったんだよぉ!


久々に戦闘の予感を仄めかしつつ、次回もまた、キリのいいところまで。

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