番外編 『私立! めがまお学園へようこそ!』
エイプリルフーーーーーーール!!
フゥーーーーーーーー!!!
(注:このお話は本編とは一切、まったく、なんの関係もありません。)
(注:このお話には不必要に変態が登場します。)
(注:投稿日は4月4日です。)
「大変ですルージュ! 男子寮の寮監オットーが、学園の敷地内で全裸かつ血まみれの状態で倒れているところを発見されました!」
「えぇえーーーーっ!?」
私の名前はルージュ!
私立めがまお学園に通う、どこにでもいるごく普通の女の子です!
特技は実家のお手伝いで鍛えられた歌と接客! なんだけれど、この学園に入学してからは色々な人に変な部活に勧誘されて、慌ただしくも楽しい毎日を送っています!
たったいま教室に飛び込んできたのは、二年連続でミスめがまおの栄冠に輝いたトーラさん。
すっごく美人て頭がよくて、しかもお家はお金持ち。いつしか付いたあだ名は「女神」。まさに高嶺の花って感じのお嬢様なんだけれど、なぜか私をよく構うんです。こんな風に。
「ていうか女神さま、いまなんて言いました? ぜん……なんて?」
「ぐずぐずしていないで行きますよルージュ! わたくしの声が聞こえていますね! 今すぐ名探偵ルージュとなって、オットーの死の謎を解き明かすのです!」
「待って! 待ってよ女神さま! そもそも私、名探偵なんかじゃないですよ!」
「名探偵じゃない、ですって? 今更なにを言うのですか。先週もそう言いながら、なんだかんだで食堂で暴れた不届き者を見事成敗してみせたではありませんか」
「いや成敗も探偵の仕事じゃないですよね!?」
先週の事件というのは、学園の食堂の扉が無惨にも破壊されていた事件のことです。
この事件の真犯人は、お酒に酔った用務員のバルドさん。
つまみを求めて食堂に忍び込もうとしたところ、セキュリティカードを忘れたことに逆上したバルドさんが力尽くで扉をこじ開け押し通ったというのが事の真相でした。
ちなみに私がしたことと言えば、なくなった料理酒の銘柄を特定したことぐらいで後は特に何もしてません。推理? そんなことできるわけがない。
なのに気付けば私が名探偵扱い。しかも探偵部なんて謎の部活が立ち上がり、いつの間にか私が在籍していることになっているのだから驚きです。入部届、書いてませんからね!?
ちなみに私はいま、三つの部活に入部していることになっています。探偵部、勇者部、そして魔王部です。どれ一つとして入部した覚えはないですが書類上そうなっています。っていうか勇者部と魔王部ってナニ。
「話は聞かせてもらったぞ女狐! ルージュは今日は我とゲーセンに行くという先約があるのだ! ルージュを離せ!」
「むっ! 出ましたね、この駄犬!」
その時だ! 教室の扉をスパーンと開けて、男の子が姿を現したのは!
彼の名はバロール! 女神の宿命のライバルで私の下僕です。
待って。言い訳させて。私の言い方がよくなかった。
あの、バロールは元々不良だったんですけどね? ある日突然友達いっぱい連れてウチの実家の酒場まで来て「酒を出せ!」って言ったんですよ。
それで私イラっときて、つい目の前でその辺にあった蒸留酒をイッキしたあと酒瓶叩き付けて「このくらい出来るようになってから出直して来い!」って酒臭い声で追い返したら翌日から敬われるようになりました。
自分でもどうしてそうなったのか分かりません。
ただ一つ言えるのは、地元の不良たちからは魔王(笑)とか呼ばれて恐れられてたらしいバロールが「真の魔王はあいつだ」と言って私を名指ししたらしいってこと。
それ以来、私は妙に迫力ある人たちからすれ違い様に「ウッス、新魔王!」とか言われるし、バロールには妙に懐かれて付き纏われる毎日。
最初の頃はチッなんだコイツウザいなって思ってたんですが、最近素直で真面目になったバロールの事をなんだかちょっと可愛いなって思い始めてて、色々悩ませられる毎日です。
そんなバロールですが、女神とすこぶる馬が合わない。
まぁ当然と言えば当然です。
片や野性味溢れる不良少年、片やいいとこのお嬢様。
ある意味学園の両端に居た二人ですから、お互いのことが気に食わない。
ましてやそんな二人が私なんかを取り合っているとなれば、まさに天敵、親の仇と言わんばかりのお互いの毛嫌いっぷり。バロールはともかく女神まで口汚い罵り文句を吐き始めるので中々見応えがあります。
そんなバトルを日々特等席で見せられ続ける私。気付けば回りに人だかりが出来てる、そんな生活にも慣れました。最近だと回りの人のほうが「えっ、またか」ぐらいのリアクションがデフォになってきています。
色んな意味で嬉しくない。
あ、ちなみに先日の事件の際、なぜか逆上して暴れ出したバルドさんを取り押さえたのも私ではなくバロールです。その結果バルドさんは留置所じゃなくて病院に送られることになりましたが。
ホント私何もしてないな。もうバロールが名探偵でいいんじゃないかな! じゃあ私、帰りますね!
「待ちなさいルージュ!」
「待てルージュ!」
「お願い離して! 今日は早く帰ってほそ松さんの放送に備えたいの! 録画もするけど最初はオンエアで観たいの! お願いします! お願いしますから!! いやああああ!!」
@
協議の結果、女神と一緒に可能な限り速やかに事件を解決し、その後バロールとゲームセンターに遊びに行く流れになりました。私の意見は何も通りませんでした。
かくして右に女神、左に魔王を携えた完璧な陣形で現場へと向かう私。別名グレイフォーメーション。なぜかって? リトルグレイって言えば分かりますかね。
「ルージュ。急ぎましょう、遅れていますよ」
「これもとっとと帰って遊ぶためだ! キリキリ歩けよルージュ!」
「バロールはともかく、どうして女神さまもこんなに力が強いんですか……?」
「高貴さゆえの義務です」
「なんかそれっぽい!」
「おまえチョロいな!」
なんか煙に撒かれた感に包まれながらも、文字通り引きずられるようにして現場に到着すると、そこではアグニ刑事が現場調査を行っていました。
「これはこれは! 誰かと思ったら、名探偵ルージュ殿ではないか!」
「こんにちはです」
アグニ刑事とは以前の事件からの顔見知りです。
果たして、リアルで現役刑事に探偵扱いされてる女学生はこの世界に何人居るのでしょう。
さて、今回の事件のおさらいです。
被害者のオットーさんは私立めがまお学園に住み込みで働く、男子寮の寮監さん。
そのオットーさんが血まみれで倒れていたのがここ、男子寮の通用口前でした。
「それで、オットーさんは無事なんですか?」
「ああ。既に病院に搬送されているが、幸い命に別状はなかった。だが、少し気になることがある」
「気になることですか」
「外傷がなかった。被害者が倒れていたのはここなのだが、この血溜まりをよく見てほしい」
アグニ刑事が指差すのは、グロテスクな感じに赤黒く変色したアスファルト。
そこには人が一人すっぽりと収まってしまうほどの、大きな染みがありました。
「もの凄い出血だったんですね」
「ああ。相当深く刺したはずだ。だが肝心の被害者の体には傷一つなかったのだ。医者も首を傾げてた。まるで吸血鬼にでも襲われたようだと」
「ルージュ、聞きましたか? 吸血鬼。事件に関係のありそうなワードが飛び出してきましたよ!」
「吸血鬼はともかく、傷一つない被害者に大量の出血……確かにちょっと謎ですね」
オットーさんに外傷がなかったとすると、この血はいったい誰のものだったのでしょうか。
「他にも気になる点がある。発見当時、被害者は全裸だった」
「全裸」
思わず復唱してから後悔しました。女学生たるもの軽々しく全裸などと口にしてはいけません。
そうだ。そういえば女神さまもそんなことを言っていました。ずっと突っ込みたかったんですけど学園内で全裸ってどういうこと? 生まれたままの姿ってこと?
「ええ。間違いありません。オットーは靴下一枚も身に付けていない、カンペキな全裸状態でここに倒れていました」
「女神さま、女の子が全裸とか言うのは……って、女神さまはここで倒れているオットーさんを見たんですか?」
「そうだ。見たも何も、彼女が現場の第一発見者だ」
なんですと。
アグニ刑事が驚きの事実を口にするや、女神がドヤ顔で言いました。
「そうです! わたくしが、第一発見者です! この、わたくしがです!」
むふーと鼻息を荒くする女神さま。
なんでしょう。フラグにしか聞こえません。
「わたくしは倒れているオットーを目撃したあと、すぐさま学校へと引き返して先生に連絡いたしました。その後あなたの元に駆けつけ、事件を知らせに参ったというわけです」
「そうなんですか。ご説明ありがとうございます。それで、オットーさんはなんで非の打ち所のないほどに全裸だったんです?」
「わたくしに聞かれても困ります。全裸で出歩く趣味でもあったのではないですか?」
「なんだと。オットーは変態だったのか」
バロールがまるで汚物を見るかのような目で血溜まりの後を見下ろしました。
お願い! その目やめて! ちょっとゾクってくるから!
「いや。ルージュ殿。これは恐らく被害者に強い恨みを持つ何者かの犯行に違いない」
「と、言いますと?」
「争った形跡や物取りの痕跡が一切ない。つまり被害者から衣服をはぎ取った何者かは、被害者が意識を失ってからわざわざ服を脱がせたことになる。そんな恥ずかしめを与えようなどと、何か相当な恨みを持つ者でなければ思いもしないだろう」
「なるほど……」
「ちなみに被害者の服は今も行方不明だ。もし血まみれの服をどこかで見かけたら、オレに教えてくれ」
「分かりました。色々教えてくれて、ありがとうございました」
「なに! お安い御用だ。ルージュ殿の名推理にも期待している!」
そういうアグニ刑事の目からは、お世辞ではない本物のキラキラとした期待が込められているようでした。
やめて! 私本当に名探偵なんかじゃないですから!!
「この場所での捜査はこんなものでしょう」
「そうですね! ちゃっちゃと次の手がかりを見つけて、とっとと家に帰りましょう! えいえい、おー!」
「帰る前にゲーセンだからな! 忘れてないだろうな! ルージュ! 聞いてるのか!?」
@
「話の流れ的に、たぶん手がかりは失われたオットーさんの服だと思うんですよ」
「確かに。現場から唯一、明確に持ち去られていますからね」
「というわけで、オットーさんの服を追います。じゃあ、バロール」
「なんだ?」
「ちょっとオットーさんの血溜まりの臭いを嗅いで追跡してください」
「犬か!! どういうことだ!? なぜいきなりの犬扱いなのだ!?」
「えっ、だってバロール凄く鼻がいいんだって自慢してたじゃないですか」
「だからといっていきなり警察犬の真似事ができるわけが」
「はいはい良いから嗅いでー臭い嗅いでー」
「うわっ止めろ! 押すな! 止めろ! …………止めろ!!!!」
@
「こっちだ」
「分かるといいなーと思って嗅がせましたけど、まさか本当に追跡できるとは思いませんでした」
「今日ほどおまえに負けを認めたことを後悔した日はないぞルージュよ。おまえがやらせたんだからな、せめてもっと堂々としていろ!?」
「ああ、どうしましょう。駄犬だ駄犬だと思っていましたが、本当に犬だったとは。わたくしは次からこの愚か者をどのように罵ればいいのか……。ルージュ、わたくしの相談に乗っていただけますね?」
「乗るな! 乗らんでいいわ!!」
そうしてバロールに案内されてやってきたのは部室棟の一角でした。
出来ないできないと言っておきながら、バロールの足取りに迷いはありません。まるで何かに吸い寄せられるかのようにして、ほとんど一直線にこの場所へとやって来ていました。
そしてバロールはひとつの部室の前で足を止めるや、自信満々に言い放ちました。
「ここだ。ここから血の臭いがする」
「えっ!? 血!? いきなり物騒なこと言わないでくださいよ!」
「おまえが血の匂いを辿らせたんだろうが!」
「まぁそれはそうなんですけど。でもバロール。本当にここなんですか? 私はどっちかというと、血よりも別の匂いのほうが気になるんですけど」
「確かに。この部室の中からは、明らかに別ベクトルの匂いが漂ってきていますね」
具体的には、とてもお腹が空くような匂いが。
女神さまも私と同じ意見のようで、すんすんと鼻を鳴らしていました。
鼻を鳴らす姿さえ絵になるだなんて、女神さまったらホント女の敵ですね!
「いや、間違いない。ここからは濃厚な血の臭いがする。我には分かる」
「でもここは……」
「行くぞ!」
制止する私をよそに、人の話を聞かないことで有名なバロールはぐいぐいと部室の前へと進み、そして扉を勢いよく開けました。
その瞬間、部室から廊下へと溢れ出る大量の白煙!
「煙っ!? 火事ですか!? そこの駄犬、今すぐ走ってそこの警報機を鳴らすのです!」
「ごほっ! ごほっ! いえ、女神さま、これは火事なんかじゃないです……」
そう。これは火事の煙じゃありません。
「なんですかな君たち。煙と匂いが漏れるから、早くそこの扉を閉めなさい」
「「「レガート先生……」」」
だってここは森牛部。
高級食材森牛を堪能するために学園のセレブが集う魅惑の部活、森牛部の部室でした。
@
森牛部の部室はまさに、サバトの様相を呈していました。
部屋の中に立ち込めるもうもうとした煙。
充満する焼肉の匂い。
そして部室中央に鎮座する、高火力ホットプレート。
それを取り囲む複数の男女は、皆一様に謎の黒装束に身を包んでいました。
「あの、ここ森牛部ですよね?」
「そうだが。あの油弾けるホットプレートが見えないかね?」
「見えてますけど! 匂いだけでご飯食べられそうなくらい焼肉臭してますけど! そこの人たちの服とか掛け声のせいで儀式にしか見えないんですよ!」
「ああ、あれは森牛部員の財力を結集して作った匂い消しのマントです」
「じゃあ、あの口元以外をすっぽり覆ってる禍々しい覆面は?」
「ガスマスクですな。あのマスクを装着して鼻呼吸することによって、食事と防塵を両立することが可能になるのです」
「そうまでして密閉空間で焼肉がしたいんですか……っ!」
私は血を吐くように言いました。
私とレガート先生がそんなやり取りを繰り広げている間にも、怪しげなマスクとマントを装備した異教集団的な何かは次々と肉を焼き続けていました。
なんて華麗なトングなのさばきでしょうか。お肉を決して折り曲がらせず、重ならせず、それでいて素早く的確な配置。プレートの箇所ごとの温度差さえも知り尽くした、まさに魔技。惜しむらくはこの絶技は焼肉界以外では通用しないという事実だけでしょう。
その手さばきには塵ほどの動揺も感じられませんでした。この集団、どうやら私たちの到来にもまったくぶれていません。もしかするとマスクと煙のせいで私たちに気付いてないのでは? そう思わせられるくらい、彼らは肉を焼いて食べるというただそれだけのルーチンに集中していました。
「肉! 肉!」
「焼く! 焼く!」
「肉! 肉!」
「ホアチャー! ホアチャー!」
なぜかラップ調で。
「で。これはどういうことですかバロール?」
「いや、ルージュ。違うのだ。この部屋からは確かに血の匂いがしたのだ。本当なのだ」
「そうですね、確かにしますね血の臭いも。肉汁とともに森牛の血が鉄板で弾けて美味しそうですね。というかそれ以前に焼肉の匂いをなんとも思わなかったんですか? どう考えたってこっちの匂いのほうが強いじゃないですか!」
「つまり血ならなんでもいいと。そこの駄犬はそう言いたいわけですね。汚らわしい。それ以上近寄らないでいただけます?」
「おまえら言いたい放題か! そもそもいくら鼻がよくったって、牛の血と人の血なんて区別つかんわーーーー!!!」
バロールがとうとう逆ギレしました。
「そこはせめて正当キレだと認めろ!?」
「バロールがお腹空いたのは分かりましたから! 今日はゲームセンターやめてご飯行きましょう?」
「……うむ」
私、今日はものすごく焼肉の気分です。
「うーん、でもどうしましょう。オットーさんの手がかりがあるかと思って来たのに、手詰まりになってしまいました。しかも私、美味しそうなお肉をまざまざと見せつけられて大変不機嫌です」
「駄犬よ。悔い改めなさい」
「そうだそうだ! 可哀想な私に晩御飯奢ってください! 焼きハラミ定食に鶏肉ジューシー焼き単品付きでいいですよ!」
「ルージュおまえちょっと食べ過ぎじゃない!?」
「まぁまぁ、君たち落ち着きなさい。それで、この部室には何用なのだね?」
ここで森牛部の顧問レガート先生が、エプロンを外しながらするっと会話に戻ってきました。
レガート先生はサバト参加者たちと違って、黒魔術的なマントもマスクも装備していません。
だけど代わりになぜか分厚い肉切り包丁を装備していて、血糊のべったり付いたエプロンを掲げている姿はちょっとしたホラーでした。
「血の着いたエプロン……っ!? ま、まさかっ! レガート先生っ、その血はまさかオットーさんの!?」
「いや落ち着いてください女神さま。オットーさんは外傷なかったって言ってたじゃないですか」
「オットーさん? 男子寮の? 彼の身に何かあったのですかな?」
首を傾げるレガート先生は自然体でした。
「実はかくかくしかじかで」
「ふむふむなるほど。オットーさんが倒れられたと。それは心配ですなあ。
ああ、念のために言っておきますが、私は犯人ではありませんよ。今日はずっと彼らと共にサバトの準備をしておりましたからな。この血も森牛のものです」
「いまサバトって言った! 絶対言った!」
ちなみに私はどちらかというと呼吸のたびにふらふらしている肉切り包丁の安全性のほうが心配です!
はぁ。なんだかついてないな。手がかりを求めてバロールについていったら、焼肉の匂いは嗅がされるし新しい手がかりは見つからないし。
「それもこれも全てバロールのせいです」
「そうですね。全て駄犬のせいです」
「えええーっ!? 我何一つ悪くなくない!?」
その時ふと、思い出したようにレガートさんが言いました。
「そういえば、森牛を搬入するときにツーマさんを見かけましたな」
「ツーマさんというと、女子寮のほうの寮母さんですか?」
ツーマさんは、一部の年上好き男子生徒から絶大な人気を誇るあらあらうふふ系のゆったりお姉さん。実家暮らしの私とはあまり接点のない人物です。
そして事件の渦中にある男子寮の寮監オットーさんと、もしかしたらデキてるんじゃないかという噂が流れている人物でもあります。
「ここで思わぬ人物が登場してきましたね。どうですかルージュ。これは事件に関与している気配がムンムンに伝わってきていますよ!」
女神さまは新たな手がかりに興奮しておられるご様子ですが、私にムンムン伝わってきているのは匂い立つ焼肉の気配だけです。
「ええ、そのツーマさんです。すれ違いさまに挨拶したのですが、大量の洗濯物を抱えて難儀しておられる様子でしたな」
「洗濯物! ルージュ、これはもうかなり怪しいですよ! 行方不明になったオットーの服に、洗濯物を抱える関係者の目撃証言です! 服を隠すなら洗濯物の中! 匂う! 匂いますよ!」
「そうですね。匂いがつく前にこの部屋出ましょうか。レガート先生、お話ありがとうございました」
思わぬところから浮上した新たな手がかり。女神さまほどじゃありませんが、私も少しツーマさんの様子が気になりました。
友達から聞いたことがあります。女子寮にはランドリーコーナーがあるって。女子寮の寮母さんであるツーマさんが、わざわざ洗濯物を抱えて出歩く理由っていったい……?
ぽっと出で出てきた割にはちょっと気になる新たな謎に立ち向かうべく、部室を後にする私たち。
すると、背中に声がかかりました。
「あ、ルージュくん。ちょっと待ちなさい」
レガート先生でした。
先生は何かを手に取って私たちを呼び止めるや、私たちに向けてスプレーを三連射しました。
「これは?」
「消臭スプレーです。ここでのことは公然の秘密というやつですが、何事もマナーあってことですからね」
そう言って、レガートさんはにっこりと笑いました。
その心意気は買いたいところですが、その全ベクトルを学園内での焼肉に傾けるのはやっぱり何かが間違ってるなと思いました。
@
ツーマさんは意外とあっさり見つかりました。
「実は女子寮の洗濯機が故障しちゃってね。しょうがないから男子寮まで借りに行っていたの」
ツーマさんは大きな洗濯籠を抱えて、男子寮から女子寮へと帰る途中でした。
洗濯籠の中身は女子生徒たちの運動着のようでした。どれもしっとりと濡れていて、洗剤の匂いがします。
「そうだったんですか……。今日、オットーさんとは会いましたか?」
「いいえ? でも昨日、彼には洗濯機借りに行くねって伝えてあったから」
屈託のないニコニコ笑顔でそう話すツーマさん。
うーん。これは何も知らなさそうですね。
さり気なくかけてみたカマ掛けでしたが、ツーマさんはオットーさんに会わずに洗濯機を借りた事を話しただけで、事件のことは完全にスルー。
どうやらツーマさんは、本当にオットーさんの身に起きたことを何も知らなさそうです。
「ルージュ。念のため、洗濯物の中を調べましょう。この中にオットーの服が潜んでいるかもしれません」
それでも諦め切れなかったのか、女神さまがワクワクした様子で言いました。
まぁ気持ちは分からなくもありません。これでツーマさんもシロだったら、いよいよ手がかりゼロですし。
「洗濯物を見たいの? でもいったいどうして?」
「実は少し、やんごとなき事情がありまして……」
オットーさんの事を素直に話すべきかと迷った私は、咄嗟に言葉を濁しました。
にも関わらず、ツーマさんは洗濯物を調べることを、笑顔で承諾してくれたのです。
「いいわ。トーラさんとルージュさんのことですもの。何か事情があるんでしょう? 私にできることなら協力させてもらうわ」
「ツーマさん……」
その時ツーマさんは、私に小さくウインクをしてくれました。
それがなんだか「あなたも大変ね」って言われてる気がして、不覚にもちょっぴりじーんときてしまいました。
意外に誰も分かってくれない私の苦労が、なんだか少し報われたような気がします!
いま私、男子たちの気持ちがちょっぴり分かりました。
ツーマさん……!
マジ天使です……!
とまぁそんなやり取りを経て、私と女神さまは地面に置かれた洗濯籠を挟んで向かい合いました。
「ではルージュ。いきますよ」
「はい!」
私と女神さまはせーので同時に、洗濯籠に手を付きいれました!
実際のところ、なんだかんだと言いながらも私は、この洗濯籠に何かがあると確信していました。
オットーさんが脱がされて打ち捨てられたという突然の知らせから、ここまで連綿と紡がれてきた手がかりの糸。
アグニ刑事からバロールに託されたその糸はレガート先生へと結びつき、今こうしてツーマさんの下まで辿り着きました。
オットーさんの失われた服は、きっと見つからないでしょう。
ツーマさんのリアクションからもそれは予測できます。
けれど、この洗濯籠の中からはきっと次へと繋がる手がかりが見つかるに違いない。
私は強く確信しながら、握り締めたそれを洗濯物の山から引きずり出しました。
全ては直感。
引き運はすなわち運命!
いま! 私はこの引きに全てを賭ける!
「でりゃああああっ!」
そうして私が洗濯籠から引きずり出して、青空の下に曝け出したものは!
汚れ一つない純白の!
なんかスケスケでレースたっぷりの!
女性用下着にとてもよく似た、とっても布地が少ないえっちでキュートでコケティッシュな!
まごうことなきおぱんつでした。
「えええええええーーーー!?」
なぜ!? どうして!? ホワイ!?
女子寮の洗濯籠からこんなに大胆なおぱんつが!?
いや……普通か!? だって女子寮だもん! ちょっとおませな子くらいいるよ! むしろこの籠から明らかに男性物の下着が出てくるほうがおかしいんだよ! 何を期待していたんだ私は!!
でもちょっと待って。こういうのは寮母さんに任せないで自分で洗いなよ!! 誰のだか知りませんけど油断し過ぎだよ!!
「る、る、る、ルージュ!? それは!? おまえ、何を握って」
「見ちゃダメーーー!!!」
危ない! 私のすぐ近くにちょっとえっちな女性用下着に興味津々な様子の変態が!
私は咄嗟に振り返り、すけすけおぱんつを握り締めた拳で渾身の右ストレートを放ちました。
バロールは綺麗な放物線を描きました。
「うわーーーーっ! なんだ!? いきなり人間が吹っ飛んできたぞーーー!!」
「魔王だ! 魔王バロールが血の泡吹いて痙攣している! 耳からも血が出てるぞ!」
「すげぇっ! 見ろよ! これワンパンだぜ! 魔王をワンパン! 誰がやったんだ!?」
「新魔王だ! 新魔王ルージュがやったんだ! パネェ……! マジパネェ……!!」
「K.O.ーーーー!!!」
下校中の生徒たちに混じって最後に叫んでいたのは両手をぶんぶん振り回してクロスさせてるノリノリ女神さまでした。どこからともなく聞こえてくるカンカンカンカーン!! という謎のゴング音からもまず間違いありません。演出魔法は女神さまの十八番。ふふっ、相変わらず女神さまってば、バロールの不幸には活き活きするんだから!
さて、変態は去りましたがこうしてはいられません。私は生徒たちの歓声を背中に浴びながら、早急に大胆すぎるおぱんつを洗濯籠にリリースして調査を再開。
私が探すべきは女性用下着ではなく男性物のおぱんつ! ……違う! 現場から失われたオットーさんの服です!
けれど。
洗濯籠の中を探せど探せど、出てくるのは運動着ばかり。
お目当てだったオットーさんの服どころか、何の手がかりも得ることはできませんでした。
結局私が得られたものは、ツーマさんも洗濯籠も、オットーさんの事件とは何の関係もないという事実と、不本意に広まってしまった新魔王という名の称号。
そして、
「実は、その下着……わ、私のなんです……」
てれてれと乙女のように恥じらうツーマさんの、意外な一面だけだったのでした……。
@
「詰みました」
「詰みましたね」
「詰んだな」
はぁー。と、ため息三連発が溢れました。
ツーマさんと別れた私たち三人は、オットーさんが発見された事件現場へと戻ってきていました。
残された血痕から辿った事件解決への道のりは、ツーマさんに辿り着いたところでぷっつりと途絶えてしまったのです。
事件は早くも迷宮入りの様相を呈していました。
「オットーさんの服は見つからないし、無傷の大量出血の謎もまったく解けてませんよね。ふらふら歩き回っただけで、レガート先生もツーマさんもどうやら無関係みたいですし」
「オットーが血まみれ全裸で倒れていたこと以外は何一つ明らかになっておりませんからね……。いつから全裸だったのかも、あれが誰の血だったのかすら分からないとなると……」
うーん、と顔を突き合わせる私と女神さまの横で、ふと、バロールがこんなことを言いました。
「なぁ。我、ずっと気になっていたのだが」
「なんですか?」
私は藁にもすがる思いで、バロールの気付きを問いました。
正直、今はどんな手がかりでも欲しい。
だって時刻は既に夕暮れ。
帰宅部の生徒はとっくに帰宅しているような時間です。
それはつまり、ほそ松さんのオンエアが刻一刻と近づいていることを意味していました。
もはや猶予はありませんでした。
そんな焦りとは裏腹に、バロールは極めてデリケートな問題を扱うかのように、慎重に言葉を重ねていました。
「要は、誰がオットーを襲ったのかってことなんだろう?」
「はい。そうです」
オットーさんが何者かに襲われたことは間違いありません。奪われた衣服や血痕がその証拠です。
肝心なのはオットーさんを襲った犯人。その目的や手段は、今のところ二の次です。
「だがそもそも、オットーに傷はなかった。いつどうやって襲われたかも、凶器も分からないから調べようがない。間違いないか?」
「はい。あっています」
せめてオットーさんの意識が戻れば話は別なのでしょうが、それを待つという事はつまり、私の望みが潰える事を意味していました。
まさに手詰まり。残された道は僅かな可能性に賭けて、新たな手がかりを求めて付近の物陰を探索するくらいしかありません。
がっくりと肩を落とす私を尻目に、バロールはなぜかニヤッと笑うと、すっと女神さまを指差して言いました。
「だったらこいつなら、オットーを襲った後で怪我を治せるのではないか?」
……。
えっ?
私と女神さまは顔を見合わせ、一拍置いて言いました。
「ええええええーーーー!? この駄犬んんん! いきなり何を言い出すかと思えば言うに事欠いて何を」
「それだーーーーーーー!!」
「えぇえぇえぇええぇえーーーー!? ルージュ!? そこ乗っちゃうのですか!? 乗っかってしまわれるのですか!?」
どうして気が付かなかったんだろう!
学園の女神トーラと言えば、かなり過剰な演出魔法だけではなく、ちょっと頭がおかしいレベルの治癒系魔法の達人であることでも有名!
その気になれば死にたての死者さえも蘇らせるというかなりガチめの女神なのです!
確かに、確かに女神さまならオットーさんを襲った挙げ句、服を脱がして回復し、その場を立ち去ることも可能!
それに何より。
「女神さまは、第一発見者……!」
「そうだ! 第一発見者は犯人に最も近い存在! それでいて学園内で唯一犯行が可能だった! となれば!」
「女神さま! 犯人はあなたです!!」
決まったあああああ!
私が唯一本物の探偵らしくなる、真犯人を指差してドヤるポーズが完全に決まってしまったああああああ!
「待ちなさい! 待つのです! 落ち着いて聞いてくださいルージュ、ここは私立めがまお学園ですよ? 学園モノで治癒系魔法とか、ちょっとトーラさんはあなたたちが何を言っているのかよく分かりません!」
「メタいこと言わないでください女神さま。フフっ、ダメですよ。その言い訳は通用しません。だって女神さまはついさっきだって、演出魔法でゴング音鳴らしてたじゃあないですか!」
「しっ、しまったぁああああ!」
そう! この物語のジャンルはファンタズィー!
ただでさえファンタズィーなのに、ましてやココは通常のファンタズィーではなく番外編とでも呼ぶべき問答無用の高次元ファンタズィー空間!
圧倒的ファンタズィーの前では、きほんあらゆる設定が許されるのです!
「女神さまの敗因。それはファンタズィーを侮った。ただそれだけのことだったのですよ。諦めてください女神さま。このお話のオチはたったいま、決まってしまったのです」
「……ふっ。ふふふっ。そうですか。ルージュ、あなたの考えはようく分かりました」
私の完全なる勝利宣言が決まった……と思ったのも束の間、女神さまは前髪を長く下ろしたホラー系女神に生まれ変わり、何やら突然不穏な空気を醸し出し始めました。
なんでしょう。そこはかとなく嫌な予感がいたします。
「ど、どうしたんですか女神さま。ダメですよ? ここはファンタズィーですからね? ホラー路線はその、ジャンル詐欺になりますからね? やめてくださいね?」
「ええルージュ。勿論ですとも。だってここはファンタズィー。そうでしょう?」
ゆらり、ゆらりと女神さまが私に近づいてきました。
まっ、まさか女神さま、追いつめられたからって、勢いで私を亡き者にしようと!?
女神さまはぴんとまっすぐ突き立てた人差し指を、夕日に捧げるように翳しながら言いました。
「わたくし、トーラの名に置いてここに告発します!」
違いました。
女神さまはより恐ろしい方法で、私を追いつめようとしていました。
「やっ、やめっ!」
「オットーを襲うことができたのは、私だけではありません!
そう、名探偵ルージュ! あなたです! この学園の生徒たちの中で、唯一あなただけが、男性の裸体を見て大量の鼻血を出してもピンピンしていられるのです!
あなたは何らかの手段を用いてオットーの意識を奪い、オットーを裸に引ん剝いた! そしてオットーの裸体をじっくりたっぷり堪能した挙げ句、鼻血の海にオットーを沈めて逃走したのです!!
どうですかルージュ! この事件の真犯人はあなたです!!」
「もうやめてよ!!」
なんということでしょうか!
なんということでしょうか!
この女神、保身のために私を切りました!!
信じられません!
「ちょっと待ってよ! そもそもこのお話は私視点だよ!? 曲がりなりにもミステリーの体裁を整えておいてそれはないよ! 探偵自身を殺人犯にするなんて恥知らずのペテン以下だってヴァン・ダイン先生だって言ってるじゃないですか!!」
「ではなんですか! よりにもよって仮にも女神を殺人犯に仕立て上げた上、死後に服を脱がせるような変態に祭り上げるのは許されるとでもいうのですか!! ああん!?」
「いやお前ら、オットーはまだ死んでいないからな?」
まさかの泥沼展開……!
ここに来て事件は急転直下! 今まで積み上げてきたものはなんだったんだと言わんばかりのぶち壊しっぷりでした。
恐ろしいことに、容疑者は二人に絞られました。
一人は学園の女神トーラさま。もし女神さまが犯人だとすると、彼女の言う通り、彼女は女神でありながらも人を殺して脱がしてしまうような変態に!
一人はよりにもよって私です。私がもしも犯人になってしまうと、やっぱり私は男性を襲って脱がした挙げ句に鼻血をぶっかけてしまうような変態に!
どちらに進んでも変態。
引いても進んでも変態。
退路なんてない、お互いの尊厳を賭けた戦い。
睨み合う私と女神さま。
失うものが大きすぎる私と女神の戦いが、いま始まろうとしていました。
もはやオンエアがどうとか言っていられませんでした。
何より私たちには、もっと身近でより切実な問題がありました。
それは字数でした。
軽い気持ちで書き始めたこのお話は、いつの間にか15000字に届こうとしていました。
これはかなりマズい事態です。
なぜならば、筆者は本編の続きを一文字も書かずにこの番外編に注力しているからです。
しかも言い訳に使おうとしていたエイプリルフールはとっくに過ぎてしまっていました。
今日は4月4日です。
手遅れもいいところでした。
やり過ぎと誹られても反論しようもない。
もはやこれ以上時間も手間も字数もかけられない。
こうなってしまっては仕方ない。
ミステリーも何もない。真相も何もない。
私と女神は覚悟を決めました。
その時でした。
「あら? こんなところでどうしたの?」
なんとこのタイミングで、ツーマさんが男子寮を通りかかったではありませんか!
「ツーマさん! どうしてここに!?」
「えっ? 私? ほら、さっき洗濯機を借りたでしょう? やっぱりちゃんと顔を合わせて、オットーに一言お礼を言っておこうと思って」
番外編としてギリギリ許されそうな15000字まで、残り150字を切りました。
私は思いました! 今しかない!
「ツーマさん! お願いします! オットーさんについて知っていることを話してください!」
「何でもよいのです! 些細なことで構いません! このままではわたくしは、わたくしたちは変態です!」
突如マジ泣きし始めた私と女神さまに詰め寄られたツーマさんは、あわあわと慌てました。
「えっ? えっ? 変態? いったいどうしたの?」
「お願いします! 助けてください! 私たち、このままだと変態なんです!」
変態変態と叫び続ける私たちに、ツーマさんは諭すようにして言いました。
「何があったのかは分からないけれど、大丈夫よ。年頃ですもの。ちょっとくらい変態でもいいじゃない。それくらい普通よ? それにオットーだって時々この辺りをすっぽんぽんでウロウロしては、興奮しすぎて鼻血を出して倒れているもの!
だから大丈夫! あなたたちも自信を持って! ね?」
「「「アッ、ハイ」」」
事件解決の瞬間でした。
事件の結末を事故死とか自殺で片付けてはいけない。こんな竜頭蛇尾は読者をペテンにかけるものだ。
『ヴァン・ダインの二十則』より抜粋
すみません。筆者は手遅れでした。
ちなみに15302文字でした。
追記1:気がつけばこのお話で50部でした。よりにもよってこんな話で……!
追記2:気がつけばブクマ200突破していました。ありがとうございます! ありがとうございます!




