アグニの夜。
前回のあらすじ
城中の侍女が光った。ルージュのせいだった。
王都の夜は遅い。
特に四方に存在する外壁の門から続く大通りには数多くの魔法灯が置かれ、日が暮れてなお無数の輝きに溢れている。
上空から俯瞰する目があったとしたら、外城壁に沿うようにして走る丸い光と、エジプト十字とも呼ばれるアンクの形によく似た光が線のように走っているのが見えるはずだ。
夜になると、王都を行き交う馬車の数は極端に少なくなる。その代わりに増えるのは、無数の魔法灯に照らされた大通りを出歩く王都の住民たちの姿だ。
大通りに面した店の多くは、夜になると営業を終了してしまう。その代わりに大通りを行き交う多くの人々を賑わせているのは、昼間には存在しなかった屋台や露店の数々だ。
これはその日の売れ残りを処分しようとする食堂や王都に自分の店を持たない行商人たちが、馬車の往来が落ち着いた夕方過ぎに魔法灯の灯りの下で夜店を始めたことから興った、王都ディアカレスの夜市と呼ばれる文化である。
基本的には王城に許可さえ取れば、誰もが夜市に出店できる。辺境を旅して手に入れた珍しい品を扱う行商人もいれば、その隣では王都に住む少女が手作りのポプリを売っていたりもする。どこに何が売っているのか、どんな掘り出し物が隠れているか誰にも分からない。それもまた、王都の夜市の醍醐味である。
またこの時間になると、大通りに面した数少ない酒場が競うようにして店を開け始める。王都では昼間から働きもせずに酒を飲む者を怠け者だとする風習がある。それは裏を返せば、酒が飲みたければ夜が更けてから堂々と飲みに来い、ということでもあった。大通りという競争の厳しい環境で生き残った幾つかの酒場は、今宵も酒に飢えた荒くれ者たちでどこも満席状態だ。
だが王都にある酒場が全てそういう店だという訳ではない。たとえどんな風習が根付いていようと、はばかる事なく真っ昼間から酒を飲みたい者だっている。そういった者たちは、大通りからも裏通りからも外れた場所にこっそりと点在している小さな酒場に集まる。
そういった、地下に潜んで看板も出さずにひっそりと営業しているような酒場は、王都の住民の間では裏酒場と呼ばれている。だがこれは蔑称ではない。むしろその存在をありがたがった酒飲み連中によって付けられた名前だった。
そんな裏酒場の一つに、一人でカウンターに座り酒を飲む騎士の姿があった。
見る者にすらりとした印象を与える、長身の騎士だ。だがよく見てみると、細く見えるようでもその肉体は鍛え抜かれた戦士のものであることが分かる。
引き締まった肉体を包んでいるのは、いつもの着慣れた革鎧ではなく騎士時代の制服だ。近衛騎士として制服は別にあるが、非常に目立つ上にただの騎士としての期間がさほど長くなかった事もあり、あまり着る機会のなかったそれを今ではすっかり私服代わりにしている。
静かにグラスを傾ける騎士に表情はない。薄く開かれた瞼から覗く紅蓮色をした二つの瞳が、グラスの中に浮かぶ波紋をただただ見つめ続けている。
そんな時間が暫く過ぎると、再びグラスを傾けて喉に中身を送り込む。グラスの中身が無くなれば継ぎ足す。そしてまたグラスを見つめる。その双眸に、窺い知れないほどの思いを宿して。
その姿はまるで、グラスに浮かぶ波紋の向こう側に捧げる祈りにも似ていた。
「よお。おめえさんが酒場にいるなんざあ珍しいじゃねえか。ええ? アグニよお」
ふいに騎士の背後から、彼の名を呼ぶ声がかかる。
騎士が振り返ると、そこにいたのは彼がよく見知った、実に凶悪そうな悪人面をした男が立っていた。
頭を綺麗に剃り上げた大柄な男だ。魔物の毛皮をあしらったラフな格好をしており、その風貌はどこからどう見ても山賊の風情であるが、その正体は国土警備隊の兵長として、日々王都の外城壁を守る兵士の一人だ。
彼のかつての同期にして、つい先日再会したばかりの男。ジィドであった。
「ジィドか。そうか。お前もここに来たのか」
「ああそうさ。ここは馴染みの店だからな」
「お前のか」
「いいや。アグニ。おめえさんのさ」
「そうか」
それまで何もなかったアグニの表情に、フ、と笑みが灯る。
ジィドもまた、ニヤリと口元を歪める。ジィドとの付き合いの長いアグニには、それが彼なりに親しみを込めたものだということが分かったが、やはりそれはどう見ても、獲物を前に舌舐めずりする山賊の示威的行為のようだった。
よっこいせ、と年寄りじみた言葉と共に、アグニの隣にジィドがどかっと腰を下ろす。その勢いに古びた椅子がぎしりと不吉な音を立てるが、ジィドは気にも留めない。
肩が触れ合うほどの距離に並んで座る騎士と山賊。その見た目とは裏腹に、二人の距離感に違和感はない。
端から見れば、それはなんともミスマッチな光景ではあったが、ここは場末の裏酒場だ。そういうこともあるだろうと、一瞬だけ吸い寄せられた他の客たちの視線はあっという間に離れていき、やがていつもの空気を取り戻していった。
「酒だ。こいつと同じもんをくれ」
アグニを指差してそう注文するジィドの前に、酒が注がれたグラスとボトルが置かれる。
ジィドは迷うことなくボトルのほうを手に取ると、ぐいと隣に突き出した。
「まずは乾杯だ。互いの無事の再会を祝して」
「ああ」
短く答えて言ったアグニも、飲みかけのグラスを隣に掲げる。
キン、と冷たい音を立てて、グラスとボトルがぶつかり合う。
二人が同時に酒を口に運ぶ。
相変わらずちびちびと少しずつグラスを傾けるアグニとは対照的に、ジィドはなんとボトルに直接口をつけ、豪快に喉を鳴らし続けた。ボトルはどんどん角度を増していき、ついには底をまっすぐ天井に向けたではないか。そのあまりの飲みっぷりに、それを目撃した他の客たちから囃すような声があがる。
だん! とジィドが空になったボトルの底をテーブルへ叩き付け、満足そうに吐息する。酒臭い息をまき散らしながら、ジィドは舌も潤ったとばかりに饒舌にアグニに話しかけた。
「それでよおアグニ。おめえさん、なんだってこんなとこで一人で寂しく飲んでんだ? おめえさんが汗水流して連れてきた、あの勇者のお嬢ちゃんはどうしちまったんだ?」
「ルージュ殿ならば、今も王城の中だ。一昨日の夜から『勇者の書』に臨んで、今日で三日目になる」
「あぁあぁ、あの! 転移魔法を覚えられるっていう、勇者しか読めねえ魔法の本ってヤツか! 俺様も聞いたこたああるぜ。で? おめえさんはついてなくていいのかい」
「うむ。ルージュ殿は集中しているし、それにオレは正式なルージュ殿の従者というわけではないのだ」
「はあ? そうなのか? その割にゃ、おめえさんら随分仲良さげだったじゃねえか」
「ルージュ殿は素晴らしい勇者だ。個人的に尊敬しているし、この旅の中で、良き信頼関係も築けていたとは思う。だが本来、オレの役目は辺境に住んでいたルージュ殿を迎えに行き、王都までお連れする事だけだった。オレに白羽の矢が立ったのも、ルージュ殿が普通の馬に近寄ることもできなかったからだろう。こうして王都に到着した今、オレの役目は既に終わっている。だから今は既に任を解かれ、溜まった休暇の消化中というわけだ」
「へえ! なるほどなあ! それで近衛騎士ともあろうお方が、こんなところでふてくされて一人寂しく飲んでるってわけだ! ウハ! ウハハハハハ!」
遠慮なんて言葉は母の腹に置いてきたと言わんばかりのジィドの大爆笑に、思わずアグニもムッときてしまう。
アグニの表情が変わったのを見て、ジィドはますます面白そうに笑った。
「で? おめえさんはそれでいいのか?」
「いや」
それはとてもアグニらしい、簡潔にして素早い返答だった。だがアグニ自身は、自らの口から飛び出した言葉に驚き目を見開いていた。
迷うまでも、悩むまでもない。
自らの中で、それほどまでにハッキリとした答えがとっくに出ているということに、アグニはこの時、初めて気がついたのだ。
「……よくない。と、思っている。ああ。そうだ。オレはルージュ殿と旅を続けたい。先代のフセオテ殿の従者として、かつて世界を旅したように。前回の旅は過酷だったし、魔王軍のと決戦では何度も死を覚悟した。二度も三度もあの強大な魔王の前に立って、常に生還できるとも思えない。ルージュ殿に比べ、オレは弱い。いざという時には足手まといになるかもしれない。分かってはいるんだ。
……だが。それでも。オレは、ルージュ殿と、もっと旅がしたいんだ……」
酒の力を借りて、グラスを力いっぱい握り締めながら、アグニは琥珀色の波紋に向かって絞り出すような声で言った。
一言発するたびに、アグニの中で不確かだったものが固まっていく。今まで見えていなかったものが見えてくる。それはまるで、深い闇の中から光に向かって一歩一歩踏み出しているかのようだった。
『できることなら、これから始まるルージュ殿の旅を、最も近い場所で支えたいと思っております』
ふいにアグニは、宰相であるエイクエス・ハウファードに向かってそんなことを言ったことを思い出した。
今にして思えばあの時既に、アグニの心は固まっていたのかもしれない。
勇者の力と町娘の弱さを併せ持った、不思議で魅力的な彼女。
そんな彼女の側で、守るだけでもなく、守られるだけでもなく、ただ互いを必要として支え合いたい。力になりたい。
ルージュが自分を必要としてくれているのなら。
アグニは次にエイクエスに会う時には、できるなら、ではなく、彼女が望んでくれるならば何があろうとついていくと、そう伝えることを決心した。
「っかー! やってらんねえなあオイ! まるで惚気じゃねえか!」
ジィドが幾つ目になるか分からないボトルを空にしながら、わざとらしく文句を言う。最初に頼んだものと同じ酒のボトルがテーブルに積み重なっていく。
だがジィドのその言葉は、アグニにとっては聞き捨てならないものだった。
「惚気だと?」
「なんだ、違うってえのか? もうそういう関係なんだろ、おめえさんたちは」
「違う。断じて違うぞ、ジィド」
「はあ? 冗談だろ? あんな無防備に寝顔晒すようなお嬢ちゃんと三ヶ月以上も二人っきりで旅して、おめえ、まさか、今までなんにもなかったなんて言うんじゃねえだろうな?」
「馬鹿を言うなジィド。お前こそ何を言ってるんだ? そんなことあるわけがないだろう。陛下の勅命をお前はなんだと思っているんだ」
「じゃあ何か? アグニ。おめえさん、本気であのお嬢ちゃんに、これっぽっちも、なんとも思わなかったってえのか?」
呆れて気の抜けたようなジィドの物言いに、アグニは怒るでもなく、慌てるでもなく、笑うでもなく、ただ言った。
「オレにそんな資格はない」
アグニの表情はいつの間にか、ジィドが現れる前のそれに戻っていた。
どんなに荒れ狂った激情も心の内側にぴたりと閉じ込め、外には一切漏らさない。そういう表情だった。
それを見て、ジィドは否応なしに理解した。
これだけの時間が経っても、時はまだ、何も解決してくれてはいないんだということを。
「そうかい」
ジィドはそれだけ返すと、最初に注がれたまま放置され続けていたグラスの酒を空にする。そして忌々しげに呟いた。
「相変わらず、クソ不味い酒だな、これは」
「ああ」
酒造家が聞けば激怒するような台詞だったが、あいにくこの場には居ない。それ以上に、ジィドの呟きには隠しようもない悲しみが宿っていた。
テーブルに積み上げられているのは、全て同じ銘柄のボトル。
アグニが最初に頼み、ジィドも同じ物をと頼んだ酒。
二人揃って不味いと言いながら、黙々と注文を続け、空け続けた酒。
相変わらず、どれだけ飲んでもこれの美味さが分からない。味も悪く、それほど酔いもしない。
「だが」
それでもアグニにとって、この酒は特別な物だった。なぜなら。
「これは、キーリが好きだった酒だ」
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かつて。
アグニとジィドがただの兵士だった頃、今のように場末の裏酒場で並んで座り、思い思いに未来を語り合っていた時期がある。
彼らが酒場に顔を出す時、彼らは決まって三人組だった。二人ではなく、三人。今はいないその人物もまた、アグニやジィドと志を同じくする兵士であり、戦友であり、そして仲間だった。
名はキーリと言った。
実力主義の兵団の中で、女の身でありながらも過酷な訓練に泣き言を漏らすどころか嬉々としてついてきた変わり者にして、アグニの剣、ジィドの槍に一歩も引かなかった盾の名手。
あけすけで剛胆で豪快で感情豊かで、強面揃いの兵士たちをして「男勝りという言葉を人の形にしたらこうなる」とまで言わしめた女傑。
そして、かつてアグニが好きだった女性だ。
アグニとキーリの出会いについては、取り立てて語るほどのドラマがあった訳ではない。
王都の修練施設で出会い、同じ兵団に入った。同じ環境で苦楽を共にする中で、アグニとキーリの二人は自然と恋仲の関係になった。聖王国では珍しくもない馴れ初めだ。
同時に、一兵卒が仲間と死別することも、取り立てて珍しいことでもない。
王都近郊に魔物が巣を作った。
王の勅命の下、幾つかの兵団に討伐命令が下った。
準備を万全に整え、満を持して出立した兵団だったが、魔物の戦力は予測を大幅に上回っていた。
想定外の激戦。地獄に送り込まれるには、経験も覚悟も足らなかった若い指揮官と兵士たち。
やがて兵団を統率すべき指揮官が倒れ、戦場は混迷を極めた。
不毛な消耗戦。斬っても斬っても現れる魔物。
積み重なる死体。
立ちこめる血の臭い。
誰もが生き延びることに必死だった。
アグニもそうだった。必死になって剣を振り、魔力の許す限り爆炎を放って魔物を焼き払った。喉が枯れるほど叫んだ、魔物の肉で飢えを満たした。倒れた仲間の装備で剣に付着した魔物の脂を刮げた。
いつしかジィドとはぐれ、キーリともはぐれた。たった一人になってもなお、それでもアグニは戦い続けた。死にたくなかった。
地獄のような戦場は、王都からの増援が到着した三日後まで続いた。
雇われた冒険者たちが地獄の中に生存者を探していた時、アグニはボロボロになりながらも、そこに生きて立っていた。倒れてはいたが、ジィドもまた、生きていた。
キーリは死んでいた。
綺麗な死に方をしていたことだけが、唯一の慰めだった。
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「……おめえさん、やっぱまだ忘れられねえか」
ジィドの呟きに、アグニは答えない。沈黙こそが答えだった。それが何よりもアグニの心を雄弁に語った。
時が経ち、アグニはキーリの死から自力で立ち直ってみせた。やがて修練と実績を積んで騎士となり、勇者フセオテの従者として旅に出た。
フセオテとの旅は、人々を救う旅だった。アグニには守れなかった人々を、フセオテは当然のように守ってみせた。
もしアグニがフセオテだったら、あの日のキーリも守ることができたに違いない。
その思いは、フセオテが魔王バロールと相打ちになって倒れてもなお、アグニの心に息づいている。
そんなフセオテの生き様を、最も近い位置から見続けてきたからだろうか。
アグニは今でも、「あの時キーリとはぐれなければ」と思うことがある。
そうすれば、キーリは死なず、今もアグニの隣でこの不味い酒を飲んでいたかもしれない。
「進む方向を間違えず、キーリと合流できていれば」。
「キーリを襲った魔物の個体に先回りすることができていれば」。
「あの日、異変にいち早く気付くことができていれば」。
「もっといい装備を渡すことができていれば」。
「等級の高いポーションを渡すことができていれば」。
「兵士にさえならなければ」。
だがアグニには、ついに一度も、「キーリと出会わなければ」と思うことはできなかった。
かつてジィドはアグニに言った。「忘れろ」と。
キーリは死んだ。アグニもその目で遺体を見た。それも既に土へと還り、キーリはもう、この世界のどこにもいない。
アグニはそれを理解しているつもりだった。だが、どうにもジィドの言う「忘れる」というのは、アグニの考えるそれとは違うものらしい。
その証拠に、それ以来、アグニはキーリ以外の女性を恋愛の対象として見ることができなくなった。
「おめえさんも大概、筋金入りだな」
「……そうだな」
アグニもなんとなく分かってはいるのだ。
アグニは単に、キーリを忘れたくないだけなのだ。
勇者フセオテの生き様が、彼が死してなおもアグニの心に深く息づいているように。
かつて好きになり、愛し合い、守れなかった最愛の人を、過去の人にしたくないだけなのだ。
だからこうしてアグニは時折、一人酒場に現れる。
どうしようもなく不味い酒を飲みながら、この不味い酒をこよなく愛していた一人の女性を思い出す。
そんな女性がかつて自分の隣にいたことを思い出す。
「なんつーか、もう今更だ。今更おめえさんにもう『忘れろ』なんて言わねえよ。だがな」
ジィドは知っている。
こうしてアグニが一人で酒場に現れる理由を知っている。
アグニもまた、ジィドに知られていることを知っている。
こうして酒を酌み交わしたことも一度や二度ではない。交わした言葉は千でも足りない。
例え今、どんな言葉を尽くしたとしても、ジィドにとっては今更なのだ。
「忘れなくたっていい。比べたっていい。だが、死んだ女にいつまでも操を立てるような真似はいい加減止めろ。似合わねえんだよ、おめえさんにも、キーリにも。もしあいつが化けて出て、今のおめえさんを見たら絶対にこう言うぜ。『うぜえ! 女々しいわ!』ってな」
確かに言いそうだ。
アグニの脳裏に懐かしい声が蘇り、思わず自然に笑みがこぼれた。
「そうだな。確かに」
「だろ?」
どちらともなく笑い合った。二人がまだ三人だった頃のように。
やがてジィドが追加の酒を注文する。先ほどまでの不味い酒ではない、ジィドの好きな酒だ。これでこの話は終了だ。アグニとジィドの間でのみ通じる、そういう符丁だった。
暗く懐かしい話はこれで終わり。
ここからは明るく楽しい話をしよう。
なにせアグニは三ヶ月間も王都を離れて旅をしていたのだ。
積もる話はいくらでもある。
ジィドは仕切り直すかのように、アグニのグラスに新しい酒を注いだ。ジィドのグラスには注ぐ必要はない。なぜならジィドはボトルが空になるまで、ボトルから決して指を離さないからだ。
さて。気分を変えるのはいいが、いったい何から聞いたものか。
ジィドは一瞬だけ考えて、アグニの騎士時代の制服を見て思い出す。
そうだ。東門でこの男の顔を見てから、ずっと気になっていたことがあったじゃあないか。
いったいどんな答えが返ってくるのか楽しみに思いながら、ジィドはニヤリと笑って口を開いた。
「でだ。話は変わるがおめえさん、近衛騎士団の白銀鎧はいったいどうしちまったんだ? なんだってあんな安もんの革鎧着てたんだおめえ」
「ああ。それはな……」
白銀鎧が失われた理由。
それを語るには、遠い辺境にあるエイピアの町で、アグニがルージュと出会った時にまで遡らなくてはならない。
アグニは静かに語り始める。
勇者ルージュと共に歩んだ、王都へと続く三ヶ月間の道のりを。
どんな英雄の冒険譚とも似ても似つかない、ルージュとアグニだけの物語を。
王都の夜は遅い。
無数の魔法灯に照らされた夜市が眠らないように、王都に遍在する裏酒場もまた眠らない。
ここには心を許せる友人がいる。酒も話題も尽きはしない。
アグニの夜はまだ始まったばかりだった。
ちょっとだけしんみり話。
以下おまけ。
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「ところでジィド。お前はどうしてそんな山賊のような格好をしているんだ? それは私服なのか?」
「ああ! これか!? こいつあな、ウチのたわけた部下どもがこの俺様に向かって『あれ兵長に絶対似合いますって! 絶対かっこいいっすわあれ!』とか言い出すからよお、よおし分かったっつって洒落でその場で買って着てやった」
「そうか。意外と気に入ったのか?」
「意外と悪くねえな」
「そうか」
アグニの夜は更けていく。