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ルージュ、侍女を掌握する。

前回のあらすじ


 えっ……転移魔法とお金にいったい何の関係が……?(困惑)


 

「陛下、お茶をお持ちしました」


 ことり。

 かすかな音と共に、ギリエイムの視界の端にティーカップが置かれる。


「うむ、ごく……」


 ろう、と言いかけたところで、ギリエイムはぴたりと言葉を止めた。そして思った。またか(・・・)、と。


 王都の穏やかな昼下がり。国王ギリエイムの仕事部屋である、執務室でのことである。


 ギリエイムの視線の先には、たった今紅茶を運んできた一人の侍女がいる。美しい侍女だった。名前はアイラ。ギリエイムもよく見知った、見慣れた国王付きの侍女の一人である。

 侍女は輝くような笑顔を浮かべて、ギリエイムの言葉の続きを待っていた。ニコニコとしている。

 おかしい、とギリエイムは思った。

 思わざるを得なかった。

 アイラは確かによく微笑みを浮かべている侍女ではあったが、こうもニコニコと、まるで市井の娘のような笑い方はしなかったはずである。

 そしてそれ以前の問題として、アイラには明確におかしい点があった。普通ではない点があった。それがギリエイムの言葉をせき止めて、極めて胡乱な表情をさせていた。


 執務室に侍女が現れる。それ自体は何もおかしいことではない。そもそもノックの音を聞き、入室を許可したのはギリエイム自身である。何も不審な点はない。

 この紅茶に問題があったわけでもない。この透き通るような紅色と慣れ親しんだ独特のスモーキーフレーバーは間違いなくリェリオンのストレート。執務中のギリエイムが最も好んで飲む銘柄の一つだ。そもそも侍女を呼んだのは、喉の乾きを覚えたギリエイム自身である。これも不審な点はない。


 ではいったい何がおかしいというのか。

 何がギリエイムにこうも国王らしくない表情を浮かべさせているのか。


 それは、光り輝かんばかりのアイラの笑顔が、比喩ではなく本当に、光り輝いていたからだ(・・・・・・・・・・)


「……ご苦労」

「恐れ入ります、陛下」


 なんとかそれだけを絞り出したギリエイムに対し、侍女の返答は実にしれっとしたものだった。

 侍女は堂々としていた。堂々と光り輝いていた。まるで光り輝いて当然と言わんばかりだった。そして妙に迫力があった。


 そのまま見つめ合う二人。


「……」

「……」


 長い沈黙が場を支配した。

 立ち上る紅茶の香りと仄かな湯気だけが、時の経過を示していた。


 なぜだ。

 ギリエイムは思った。

 なぜこの侍女は下がらないのだ。何が目的なのだ。何かするつもりなのか。どうしてこんなに光り輝いているのだ。ついこの間までは誰も光ってなどいなかったではないか。そもそも人というのは果たして光るものだったのか。


 困惑するギリエイムの前で、侍女は相変わらずニコニコと微笑んでいる。剥きたてのゆで卵のようなツヤツヤお肌から謎の光をまき散らしているし、その髪質はもはや別物、世界が嫉妬するような輝かしいキューティクルは暗い世界を照らさんばかりだ。

 ギリエイムは何も言わない。侍女も何も言わなかった。だがあくまでも胡乱な眼差しを向け続けているギリエイムとは裏腹に、侍女は全身で、態度で、笑顔で、輝きで、ギリエイムに対して猛烈に何かを訴えかけていた。そしてその電波的な何かは、ギリエイムに正しく届いていた。


 どうしました? と。

 何か気になることでもあったんですか? と。

 何か私に言うことがあるんじゃあないですか? と。

 どや? と。


 そんな侍女の声なき声に、ギリエイムは視線を落とし、深いため息を返した。


「……もう下がってよいぞ」

「はい。失礼いたします」


 意外にも侍女はあっさりと引いた。

 そう思って再び視線を上げたギリエイムの目に飛び込んできたのは、腰に手を当てしな(・・)を作り、星屑が溢れそうなほどの最高のウインクをキメた侍女の姿だった。

 なんだか一気にがくっと力が抜けてしまったギリエイムの前で、侍女は華麗にターンする。そのまま執務室の中を我が物顔で歩いていく侍女。背筋をピンと延ばし、一歩ごとにクイックイッと腰を上げる奇妙な歩法を用いてだ。その歩法ゆえか、その度に侍女の長髪がふわふわと揺れて、更に光をまき散らした。今、この執務室の主役は間違いなく侍女であった。ゴードグレイス聖王国王城の全執務室が彼女の一挙一動に注目していた。


 果たしてここからどう動くのか。


 固唾を飲むギリエイムの前だったが、侍女はそのまま扉を開けて部屋の外に出ていった。ほっと一息つきかけたギリエイムだったが、突然振り向いた侍女を見て慌てて気を引き締める。

 するとどうだろうか。

 侍女は突然両足を肩幅まで開き、挑発的に尻を上げ、半身だけ振り向いた状態で謎のポーズをキメたではないか!


 ……きらぁん!


 そんな幻聴がギリエイムの脳裏に響き渡る。その輝きとは裏腹に、ギリエイムの意識は遠のき、暗雲が立ちこめた。

 何とも言えない気分のギリエイムの前で、触れてもいない執務室のドアが自動的に閉まった。侍女は最後までポーズを貫いており微動だにしなかった。


 いったい今、何が起こったのか。


 最初から最後までまったく理解できなかった一連の流れに、ギリエイムは低く呻いた。

 不敬。そんな言葉がギリエイムの脳裏を過ったが、もはやどうでもいいことだった。

 執務に一息いれるつもりで茶を頼んだというのに、気がつけばギリエイムは、どっとした疲れを感じていた。


「……宰相よ」

「はい。なんでしょうか、陛下」


 ギリエイムと侍女の不毛なやり取りの間、二人を無視してずっと執務を続けていたエイクエスが顔を上げる。侍女が出て行った今、執務室にいるのはギリエイムとエイクエスの二人だけだ。


「なんでしょうか、ではないぞ宰相よ。あれはいったいどういうことだ?」

「どういうこと、とは?」

「とぼけるではないぞ宰相よ。今の侍女もそうだったが、なぜ今朝から会う侍女会う侍女、皆全て(・・・)あのように(・・・・・)光っておるのだ(・・・・・・・)?」

「……ああ。そういえば陛下は、昨日は式典とパレードの準備で缶詰状態でしたね」


 エイクエスは途中だったサインを書き終えるや、書類をいったん脇によけた。


「原因は勇者殿です。陛下」

「勇者だと? あの勇者と侍女が光ることに、いったいどのような関係があるというのだ」

「侍女たちに変化が起こったのは昨日の朝未明から。勇者殿が登城し、『勇者の書』と向き合い始めた翌朝のことです。

 最初に異変に気がついたのは、当事者である侍女たち本人です。彼女たちは今までになく爽快な気分で目覚めたかと思うと、まるで全身が生まれ変わったかのように肌がすべすべになり、溜まっていた疲れが吹き飛んでいたと証言しています。それも、何人もの侍女たちが。

 どう見ても悪いことではないのですが、異変には違いないため、事情聴取を行いました。結果、異変があった侍女たちには、ある共通点がありました」

「その共通点とはなんだ」

「前日の晩、城の大浴場にて、勇者殿と共に湯に浸かっていました」

「……それで?」

「それだけです」

「勇者と同じ湯に入っただけで、どうして侍女が光るのだ!?」


 ギリエイムの叫びは尤もであった。


「これはアグニからの報告ですが、勇者殿はホワイトタブに立ち寄った際、宿の温泉と町中の足湯、二つの温泉に浸かっています。その結果、二つの温泉には異常なまでの疲労回復効果を発揮する魔湯(まとう)と化したとのことです。どうやら勇者殿が温泉に浸かり魔力が溶け出すことで、湯に何かしらの魔法が付与されるのではないかと推測されます」


 エイクエスは淀みなく答える。エイクエスはアグニとルージュが登城したその日に、アグニからこの三ヶ月間の旅路について、深く掘り下げて聞き出していた。


「うーむ。俄には信じられんが、たった今こうして実例を見せ付けられてはな……待て。そもそもなぜ、勇者がホワイトタブに行くのだ? 方向がまったく違うではないか」

「私も疑問に思い問い質しましたところ、『旅費不足を理由に諦めてもらおうとしたが、どうしても断りきれなかった』と言っていました。その後勇者殿はおよそ十日ほどホワイトタブに滞在し豪遊したそうです」

「旅費が不足していたのにも関わらずホワイトタブで豪遊だと……!?」

「何やらホワイトタブで起こった殺人事件を一つ解決に導き、多額の報酬を得たようなのです。その使い道に思い悩む勇者殿にアグニがアドバイスをした所、ホワイトタブに長期滞在し、豪遊する運びになったのだとか」


 エイクエスはそこで言葉を止めた。ギリエイムの目は据わっていた。


「国王の使者を何だと思っておるのだあいつは。減俸だな」

「はい。減俸ですね」


 エイクエスは手元のメモに書き殴った。


「話を戻しますと、昨日私が侍女たちに聴取を行ったことにより侍女同士の間でこの件が噂となりまして、昨晩は城内の殆どの者が勇者殿の後を追って浴場に殺到。結果、見事全員が光るようなたまご肌を獲得したようです。恐らくは先ほどの侍女もその一人かと思われます」

「ううむ。未だ理解はできんし納得もいかんが、何故突然侍女たちが光り輝くようになったのかは分かった。だがな宰相よ」

「なんでしょうか、陛下」

「結局、いったいあの侍女(アイラ)は何がしたかったのだ?」

「……陛下に、美しくなった自分を見せ付けたかったのでは?」


 エイクエスはそこで言葉を止めた。ギリエイムの目は据わっていた。


「国王付きの侍女を何だと思っておるのだあいつは。減俸だな」

「はい。減俸ですね」


 エイクエスは手元のメモに再び書き殴った。


「なお、この一件の影響で、昨日より侍女たちの間で勇者殿の評判がかなり高まっています。混浴した女性の肌年齢を若返らせる不思議な特異体質に加え、『貴族と違って意外と気さくで話しやすい』、『友達感覚で話せる勇者様』、『アグニさまのお話がたくさん聞けてイイ』、『一生お城にいてほしい』、『冒険者あるある話が超ウケる』、『宰相さまは誘い受けってどう思います?』といった声が多数届いており、どうやら勇者殿はこの短期間で王城内のほぼ全ての侍女を完全に掌握したようです」

「ううむ……。それは……」


 一部のおかしいコメントを無視して淡々と事実を述べていくエイクエスに、ギリエイムは言葉を絞り出すようにして言った。


「前代未聞だな……」

「前代未聞ですね……」


 かつて勇者となった者の中で、王族や貴族に取り入ろうとした者は少なからず存在した。

 だがしかし、王族も貴族もほっぽり出して、城中の侍女たちの心を掴み、味方につけた勇者は前代未聞であった。


 ここに来て、ギリエイムとエイクエスのルージュに対する印象はほぼ定まりつつあった。

 当代の勇者、ルージュは歴代最強の魔力の持ち主である。

 そんな常識外れの魔力の持ち主である訳だから、当然、常識の枠には捕われない。

 つまりあの娘はいつ何をやってもおかしくない。

 一々過敏に反応していては身が持たない。


 一つ目配せをしあい、頷き合う二人。



 ゴードグレイス聖王国の国王と宰相は、このようにしてルージュに対する理解を深めていくのであった。




「ところで宰相よ」


 ぽつり、とギリエイムが呟いた。


「なんでしょう陛下」

「その勇者の残り湯だが……本当に疲労回復に効くのか?」


 執務室を重い沈黙が包んだ。


「……陛下」

「……すまん。忘れてくれ」


 いつの間にか、紅茶は冷め切っていた。

 魔力最強系主人公なのに、有り余る魔力をよく分からない方向にしか発揮できないルージュ。

 でもよく考えたらこの子、これまで30万文字以上書いてるのにたった3回しか戦闘してませんでした。今更っすよね!

 ちなみに、本人的にはただ浴場で楽しくお喋りしていただけで、完全に無意識でやっています。

 ただ、その後王城勤めの侍女たちの間では、男性同士のかけ算が密かに流行したという……。

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