オフの陛下は、親しみやすいです!
前回のあらすじ
陛下との謁見が終わりました。
謁見が終わって。
「一生ぶんくらい緊張しました」
私は王城の中にある客室の一つで、高そうなテーブルに額をつけてヘタっていました。
「そうか」
なんて言いながら微笑んでいるのは、テーブルの向こうで尋常ではない座り心地のソファに腰掛けているアグニ。
テーブルの上にはお菓子の入った小皿と、ほかほかといれたてを主張している紅茶のカップ。
紅茶をいれてくれたのは、私付きになるという侍女さん。
しかもこの部屋、当面の間は勇者にあてがわれることが決まっており、つまりは私の部屋ということになりました。
王都に着いて早々、王城の中の客室をゲット。
更には、王都滞在中はこの部屋も侍女さんのことも、場内の施設もすべて自由に使っていいと言われて、さっそくお国の本気と勇者としての立場、そして王都の恐ろしさの片鱗を味わっている私です。
私はいま、いち町娘の生涯ではお目にかかれなかったであろう、お高そうな品々の山に包囲されていました。
ムダにセレブ感溢れる、調度品の数々!
ムダに二つもある、巨大で豪奢な天井付きベッド!
というかそもそもこの部屋、全体的に見てムダにデカくて広いです! 天井高っ!!
「それにしてもこの部屋、今までの生活との落差が激しすぎて逆に落ち着かないです。ホントにこの部屋、私とアグニの二人部屋じゃあないんですよね?」
「当然だ。旅の最中はあまり言わなかったが、そもそも未婚の男女が同じ部屋で寝泊まりするのはよくない。ここは正真正銘、ルージュ殿一人のために割り当てられた客室だ」
「そうですか……。あ、これおいしい」
テーブルの上の小皿に盛られたお菓子が、これまた大量の砂糖が惜しげもなく投入されてるのを発見して、ますます居心地が悪くなった私。
料理はともかく、砂糖の入ったお菓子なんてそうそう食べる機会のない私たち庶民には、どんなお菓子を食べたところで「あまくておいしい」以外の感想が出てこないので、これまたムダな贅沢と言えます。
部屋の外で待機している侍女さんも、これまたスペックが高い。
謁見の間を出てからこの客室まで連れてきてくれたのも侍女さんなんですが、私みたいな辺境生まれの世間知らずな人間にも物腰柔らかに応対してくれるいい人なんです。おまけにすっごい美人で笑顔が可憐で、しかもお茶もおいしい。完璧超人か!
しかも年を聞いたら同い年だと言うじゃないですか。辺境育ちと王都育ちってこうも違うのかなと思うとたいへん感慨深いものがありました。
流石は王城の侍女さんだと言うべきなんでしょうけど、正直人間としてのスペックで遥かに負けている以上、そんな人にこれからお世話していただくんだと思うと分不相応を通り越して申し訳ないという気持ちになりますね。
「流石に勇者辞めたいとまでは言いませんけど、こういう待遇ってすごく落ち着かないです。ベッドと机とクローゼットを置いたらそれで埋まるような、実家の部屋が懐かしいです」
「そうなのか? マツコベ村では一番大きなコテージに泊まったし、それにホワイトタブでもここと似たような豪華な部屋をハシゴしていたではないか」
「あれは憧れが暴走した結果というか……。それに今と違って、対価を支払っての一時的なものだっていう、なんかそういう割り切りができてたんです」
「そうか。だが、今後ルージュ殿を国賓として扱う国は我が国だけではないだろうから、今の内に慣れておくべきだとは思う。立ち居振る舞いを突然変えるのは難しいだろうから、まずは自信を持つところから始めてみるのはどうだろうか」
「自信ですか」
「そうだ。自信だ。人よりも期待され、厚遇されることに対して、己はその対価を行動を持って払うことができるのだという自信だ。オレはルージュ殿にはそれができると信じている」
テーブルからほっぺを離して顔を上げると、アグニのまっすぐな瞳と目が合いました。暖かい陽光のような眼差し。違いと言えば、太陽の光はとても直視できませんが、アグニのそれは、逆に目をそらす気持ちが湧かないことでしょうか。
なんだか力が湧いてきました。
「……うん。私、頑張ってみます」
「そうか」
「はい!」
私とアグニの間で交わされるようになった、馴染みのやり取り。
王都に着いたって変わらない。それが少し嬉しくて、私はしゃきっと体を起こしたところで、コンコンというノックの音が聞こえました。
「はいっ」
「失礼する」
国王陛下がやってきました。
………………えっ?
「ふむ。極度に驚くと真顔になるという情報は本当のようだな」
「陛下」
フリーズしている私の横で、アグニが立ち上がる気配。
「よい。堅苦しい場は先程終わったばかりだ。ここからは勇者に庇護を求める一人の国民として……というのは難しかろうが、畏まる必要はない」
「しかし、陛下」
「アグニ。二度は言わんぞ、いいから座れ」
「はっ」
アグニが再び腰を落とす一方、陛下はスタスタと私の目の前を通り過ぎて、椅子の一つを掴んで戻ってきました。長方形のテーブルのお誕生日席的なところに椅子を下ろしてどかっと座る陛下。
近い。近いです陛下!
「え、ええと。へ、陛下におかれましては!」
「よい。勇者よ。この場にいるのは国王などではなく、ただの偉そうなオッサンだとでも思え」
「いやあそれはどうなんでしょうね!?」
『実際、ルージュの前ではこの男など、ただの偉そうなオッサン以外の何者でもありませんが』
「女神さまはちょっと黙っててください!」
「女神?」
「あっ違っ」
テンパる私に、陛下はニヤニヤと笑って言いました。
「まるでそなたは、女神トーラと気軽に軽口でも交わしているかのようだな?」
「ルージュ殿?」
「え、ええと」
なんでしょう。
さっき謁見の間でお会いした陛下は、威厳に溢れておヒゲがダンディな、素敵に年齢を重ねたナイスミドルって感じの人でしたけれど、今の陛下は、まるで悪戯心に満ちた少年みたいな印象です。
だからこそなのか、容赦の一切ない苛烈な追求を予感して、ついつい身構えてしまう私。結構気軽に啓示が降りてくることはアグニには伝えているのですが、いったいどこまで話していいのか……。
と考えたところで、陛下は意外にあっさりと追求の矛先をそらしました。
「まあよい。所で勇者よ。謁見の時から一つ気になっていたのだが」
「は、はい?」
「その魔力。余が触れても問題ないか?」
「へっ? あ、はい! どうぞ」
私と陛下の今の距離は、椅子一つぶんもないくらい。手を伸ばせば、触れられる距離です。
陛下はすっと手を伸ばして、私の肩にかざすようにして手のひらを魔力にくゆらせました。
「おお……」
陛下は何やら興味深そうに、手応えを確かめるように手のひらを揺らしました。それがなんだか撫でるような手付きで、直接触れられてもいないのに、ちょっとくすぐったく感じる私。
というか私の魔力、女神だけじゃなくて魔王由来の成分も配合されてるんですけど、まさかこれでバレたりはしませんよね……?
「勇者に独特の神聖なる女神の魔力に加え、どこかほの暗い、死を感じさせる魔力を感じる。この灰色の正体はそれか」
「えっ、えええっ!?」
もしかして本当にバレた!?
「本来戦う術を持たないただの平民であったそなたが、勇者となったことで痛烈なまでに死を感じている……。その恐怖と、それすらも乗り越えて戦おうとする強い意志と覚悟が、そなたに力を与えているのであろう。それは今までの勇者たちには見られなかった力であり、恐らくはそなたがそれほどまでの力を得た理由でもあるのだろう。なんという強靭な魔力よ。まるでそなたの覚悟の強さを示しているようではないか。勇者よ。余はそなたの生まれた聖王国の王として、そなたを誇りに思う」
よかったバレてない!
しかもなんかとても好意的な解釈!
危なかった! もしここでバレようものなら、魔王の食い殺すモードが発現不可避でした。
「そなたは間違いなく強い。家臣からそう報告を受けてはいたが、やはりこうして直に見えてみるとよく分かる。だが、勇者よ」
「はい、なんでしょうか」
「そなたが手にした力が如何に強大だとしても、相手となるのは魔界の覇王……魔王だ。これほどの魔力を発するそなたに今更覚悟を問うような真似はせんが、くれぐれも油断だけはしてくれるな。ゴードグレイス聖王国は、そなたが生きて故郷に帰ることができるよう、最大限尽力するつもりだ」
「へ、陛下……」
どうしましょう。なんだか私、すごくジーンと来てしまいました!
いい人! 陛下めっちゃいい人じゃないですか! この人が治めてる国に生まれたことが、いま無性に誇らしいです!
6:4で傾いていた天秤が、ぐんぐんと更に勇者サイドに傾いていくのを感じます。勇者としての使命感が湧いてくるぅ!
『そこです! いきなさい、ギリエイム! 一気に勝負を決めるのです!』
『目を覚ませーーッ! 目を覚ますんだルゥゥゥゥゥジュ!!』
まあ、女神が余計なことを言って台無しにしなければ、なんですけどね。
@
「ところで、陛下って実は強いんですか?」
なんてことを突然聞いたみたのには、ある理由がありました。
それは魔王の一言でした。
『それにしてもこの男、強いな。ニンゲンどもの国とはいえ、大国の王になるだけのことはある』
『えっ。そうなんですか?』
『ああ。この男、椅子の上で踏ん反り返るだけが仕事かと思ったが、少なくとも憎きフセオテが連れていた魔法使いよりも強い』
なんてやり取りがあったので、ちょっとした好奇心から、私の口から質問が飛び出したのです。
この頃には最初の緊張はだいぶ溶けていて、ちょっと口が軽くなっていたかもしれません。
私の質問を受けた陛下は、まるで面食らったようでした。
「ふむ。アグニよ。話していたのか?」
「いいえ、陛下。オレからは何も」
「そうか。ならば、勇者の眼力ということか。よもや、見破られるとは思わなかったが」
陛下は感心したように頷くと、私の問いに答えて言いました。
「そうだ。余は王という立場故に前線に出ることは適わぬが、こう見えてそれなりに腕に覚えがある魔法使いである。得意属性は水だ。ただ純粋に魔法を扱うだけでも、そんじょそこらの冒険者には遅れは取らぬと自負しているのだが、時にそなたは、我がゴードグレイス王家に伝わる血統スキルについては知っているかね?」
「はい。『送還』ですよね」
「そうだ。『送還』は、使い手である余が一度でも訪れたことのある場所に、余以外の者を送り届けるスキルだ。もっとも、余の息子どもからは大層恨まれているスキルだがね」
送還先を増やすために、この国の王族は小さな頃から世界中を渡り歩くことを強いられています。その出立は毎回国を挙げての祝い事となるため、ゴードグレイス聖王国に住む人間なら誰もが知っていることです。
「さて、話は変わるのだが、我がゴードグレイスの王城の地下深くには秘密の牢獄がある」
「ものすごい角度で変わりましたね」
「フフ。その牢獄は別名『封印の間』とも呼ばれていてな。とある金属に特殊な術式を刻むことで、ありとあらゆる魔法効果や魔力による干渉の一切を断ち、また物理的な強度も極めて堅固な不朽の牢獄だ。腕力、魔法、あらゆる手段を用いてもなお脱出は不可能。そういう牢獄なのだが、代々この国の国王となる者は、必ず一度、その牢獄を訪れなくてはならないという仕来りがある。なぜだと思う?」
前言撤回! これは、変わってないパターンです!
「うわあ……。なんか、えげつないですね」
「ハハハ、そうか、えげつないか! その歯に衣着せぬ物言いは嫌いではない。まあ、そういう理由でな。余は余程の事でもない限り、こと一対一においては負けようがないのだ」
確かにそれは、一対一では無敵かもしれません。国王という立場を最大限に利用した、ある意味反則技ですね。
暗殺者に襲われた場合などを想定して、素早く『送還』を発動させる訓練をも受けてきたと陛下は言いました。それだけでも壮絶なのに、一度実際に暗殺者を『封印の間』送りにしたこともあると聞いてさらにうげっとなりました。その後その人がどうなったかなんて、知りたくもありません。
「無論、それだけが『送還』の使い道という訳ではない。アグニから聞いておろうが、そなたにはこれから勇者として、余の『送還』を使って人界の各地へと派遣されることとなる。さて、勇者よ。まず最初にどこへ行きたい? そなたが一度も訪れたことのない場所を優先する故、故郷へ送る訳にはいかぬが、これは毎回、代々の勇者の希望を聞くことにしているのだ」
「あ、陛下。それなんですが……」
私はちょっと気を引き締めて、陛下に希望を伝えようとしました。
雰囲気に流されそうになった感は否めませんが、今の私の目的は、このまま勇者になることではありません。当然、まともに勇者として各地を旅するつもりもありません。
魔王との約束を果たすために、勇者か魔王になる前に、私は魔界をこの目で見て、歩きたい。
となると、私の行き先はただ一つ。
ハルグリア帝国。
人界の最前線にして唯一魔界へのゲートを開くことのできる地、レオイロス大平原を擁するゴードグレイス聖王国に次ぐ大国。
その名前を口にしようとした時、新たにノックの音が部屋の中に響きました。
言葉を止めて陛下を見ると、陛下は一つ頷きました。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
私の声に答えて部屋に入ってきたのは、またしても偉い人。
謁見の時も陛下の近くに立っていた、この国の宰相、エイクエスさま。
そしてその手には、不思議な雰囲気を漂わせた、一冊の大きな古い本が抱えられていたのでした。




