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ルージュ、生まれて初めて謁見をする。

前回のあらすじ


 宰相は思いました。勇者っていったい何者なんだろう。

 

 ゴードグレイス聖王国王城の謁見の間で、今、一つの儀礼が終わろうとしている。


「エイピアのルージュよ。ゴードグレイス聖王国国王ギリエイムの名に於いて、女神に導かれし貴殿を勇者と認める」


 高い位置から発せられた低く張りのある男性の声。

 この国の誰よりも玉座に相応しく、また威厳を放つべき人物。ゴードグレイス聖王国国王、ギリエイム・ゼーイール・ゴードグレイスその人の声である。


「人界に住む全ての人々のために、どうか、貴殿のその力を尽くしてほしい」


 それは数年に一度、間隔が短い時には同じ年に二度行われることもある、ゴードグレイス聖王国でのみ行われる勇者の叙任式。

 女神の啓示によって選ばれた人間は、ゴードグレイス聖王国の国王が認めたこの瞬間をもって、正式に勇者と呼ばれるようになる。

 一言で言ってしまえば、これはそれだけの儀礼である。もちろん、これから世界を巡る必要のある勇者が『送還』スキルを継承するゴードグレイスの王家の前に姿を現すことは、ただの通過儀礼以上の意味を持つことになるのだが。


 ギリエイムの視線は今、跪いている一人の少女に向けられている。たった今ギリエイムが認めた、人界を救うべき勇者の少女だ。

 誰あらん、ルージュである。エイピアという遠い地で生まれた平民の娘。跪いているためにギリエイムからはその表情は伺えないが、その分、鮮やかな赤い髪が強くギリエイムの印象に残る。


 ところで、視線を向けているというよりは、ギリエイムの視線は注視、あるいは凝視していると言い換えてもいいような無躾で据わったものである。

 ギリエイムだけではない。その場に居並ぶ重鎮たち、また彼らを警護する近衛騎士たちに関しても同様の視線を送っている。しかも皆、物珍しいからといった生易しいものではなく、何か不審なものを見るような目をしているのである。はっきり言って、これから人界の命運を背負って立つべき勇者に投げかける視線ではない。


 だが彼らにそうさせる原因は、他ならぬ少女自身にあった。

 より具体的には、その少女が纏っているものにあった。

 ルージュが女神と魔王から力を与えられてから、体の外側を循環するように露出している灰色の魔力。常時でさえ物語に登場するイヤッサー人の如き迫力を持つその魔力は、いま、国王陛下や国家の重鎮たちの目の前で、目まぐるしい勢いで形や大きさを変え続けながら、ぎゅおんぎゅおんと唸りを上げていた。


 ぶっちゃけ不穏であった。


 実際には不穏どころではない。そもそも可視化されるほど凝縮された魔力というものがどれほど異常なものなのか、実際にそれを目の当たりにしても察することのできない人間はこの場にはいない。例え事前にルージュという少女の特異性について報告を受けており、この不穏な魔力のうねりは全て彼女自身の内面の現れなのだと頭で理解していても、それよりもまだ、これはとてつもない破壊魔法の前兆であると言われたほうが遥かに説得力があった。

 不吉な予感に怯えた一部の騎士が抜刀しかけたり、荒事に慣れていない重鎮たちが呼吸を荒げたりしている。ギリエイムやアグニを含め、心穏やかな者は一人もいない。

 もしそんなものがこの場で炸裂すれば、確実に命はない。

 そんな得も言われぬ危機感が、彼らの視線をより緊張感溢れるものに変えていた。


 その一方で、親愛なる国王陛下から正式な叙任を賜り、かつ国の重鎮たちを片っ端からビビらせている勇者ルージュはというと、国王陛下の御前でありながらチラチラと隣で同じように跪いているアグニをチラ見しては「どうすれば! どうすればいいんですか!?」と小声で問いかけていた。

 そもそもの話をするのであれば、この場にアグニが居ること自体がおかしい。アグニはあくまでもギリエイムの使者であって、正式に勇者ルージュのパーティメンバーとされた訳でも、ましてや従者になった訳でもない。この城にルージュを連れてきた時点でアグニの任務は果たされているのだが、ではなぜルージュの後ろどころか堂々と隣で跪いているのかというと、それは単純にルージュが泣きついたからであった。

 王侯貴族とのつきあい方などこれっぽっちも知らないルージュが謁見を乗り切るために選んだ選択肢。

 それはズバリ猿真似であった。

 歩くタイミング、跪くタイミング、答えるべき言葉。それら全てがアグニの模倣と口頭によるカンペでなんとかしのぐ。そうでもしないとまともに振る舞える気がしないと、心底不安そうな顔をしながら泣きついてきたルージュに対し、ある種の覚悟を抱いてそれを快諾したアグニは例えようもなく男であると言えた。


 そしてアグニはその役目を健気に果たそうとしていた。


「光栄です陛下。などと言ってから、この身を尽くしますだとか、何かそう言った意味の言葉を適当に選んで言うんだ」

「はっ、はいっ」


 小声で言ったアグニに対し、同じく小声で返し、小さく頷くルージュ。

 ちなみに、カチャカチャと震えている一部の騎士のせいで普段よりもうるさいものの、基本的に謁見の間というのは極めて静かな場所である。そのためいくら小声で言ったところでルージュとアグニのやり取りなど丸聞こえであった。

 最も、周囲の人間たちにとってはそれどころではない。元々礼儀作法に期待などしていないし、目の前の勇者がどうしようもないほどテンパっているのは痛いほど分かったのだが、それ以前の問題として、異常なほどに膨れ上がっている勇者の魔力にどん引きしてしまい、恐れ戦くだけで精一杯であった。


「ここっ、光栄です、陛下(へーか)!」


 やがて意を決して、がばっ、と顔を上げるルージュ。

 ちなみに「表を上げよ」というやり取りはとっくに通り過ぎている。単にルージュが何度も俯いてはチラチラと隣のアグニを伺うせいで、その度に頭を下げては上げるハメになっているだけである。

 アグニなどは既にルージュへの心配が心の大部分を占めており、陛下の御前だというのにも関わらず隣のルージュしか見ていない。だが、そんなアグニを責める者は誰もいない。恐るべき魔力を放つルージュのすぐ隣で、完全に保護者の顔つきをしているアグニに対し、寧ろその心情は賞賛に近しい同情で占められていた。


 一方で、ゴードグレイス聖王国の国王であるギリエイムもまた、存分にルージュという人物の片鱗を味わっていた。


(うぐむむむむ……なんという魔力か。余が目を閉じず、背けずにいるだけで精一杯とは……)


 常人を越える魔力を持ち、王家の血に受け継がれる血統スキルである『送還』を使いこなすギリエイム。そのスキルの特性上、一対一であればまず負けることはないという人界の豪傑の一人ではあるが、だからこそ、勇者ルージュから発せられる魔力の波動に並々ならぬものを感じていた。


 ルージュが見て、意識を向ける対象であるギリエイムには、周囲の者が感じる余波とは比べ物にならないほどのプレッシャーがのしかかってきている。これが精神攻撃であると言われれば納得するほどの重圧だ。ルージュ自身がどう見てもテンパっていて、かつその忠誠心がどう見ても本物のそれに見えているがために見逃されているが、当然ながら相手が勇者でなければ即刻捕縛コースにあたる無礼である。


 とはいえ、ルージュ自身、己の意思で魔力をコントロールできないということは、宰相であるエイクエスを通して聞き及んでいる。そもそもルージュの生い立ちや人生が、これまで戦いとはまったくの無縁であったことの裏付けが取れた時点で、ギリエイムとしてはルージュの境遇にひどく同情的だった。

 仮にルージュが「戦いたくない」と言い出したとしても、なんとか言いくるめて戦場に送り出すのがギリエイムの責務だ。だがそれでも、戦う意思を持たない少女を戦場に送る事に強い抵抗感を感じる程度には、ギリエイムは情に厚い男ではあった。


 だが、ルージュはこうしてアグニと共にギリエイムの前へと姿を現し、その人柄と膨大な魔力を示してみせた。また、いずれは強大にして凶悪なる魔王との戦いになる勇者の宿命についても、驚くべきことに前向きに考えているという報告を受けている。これはアグニが「早く魔界に行きたい」とルージュ自身の口から聞いたことをそのまま報告したのだが、それだけ聞くとうら若き少女が逃れえぬ宿命を前に悲壮な覚悟を決めているようにしか聞こえない。

 運命に立ち向かうことのできる強い覚悟と、それでもなおぬぐい去ることのできない死への恐怖。それがルージュにこれほどまでの魔力を生み出させているのだと思えば、ギリエイムはそれを責める気にはまったく慣れなかった。


 もっとも、ルージュの本意は「とっとと魔界観光!」なのであるが、そのような事実を現時点では露程も知らないギリエイムにとってはまったく関係のないことである。そしてルージュはいくら不憫な身の上とはいえ、勇者として申し分ない素質を持っていると断言できるし、ましてやその魔力はどう見ても歴代最強。もしかすると今度こそ、相打ちになることなく魔王を倒し、勇者が生きて帰ることができるかもしれない。一国の王として国民の命を背負う立場にあるギリエイムにとって、そんな淡い期待を抱いてしまうのも当然ではあった。


 とはいえ。


「私の好きな町を守るために、精一杯、頑張ります!」


 跪いているというより片膝を地面につけているだけの姿勢でぐっと両手を握り締め、意気込みを新たにするルージュに、どうしても一抹の不安が拭えない。


 そう。ルージュは若かった。自分の娘、集まった重鎮たちの何人かからすれば孫でもおかしくない年頃の、まだ成人を迎えてもいない未成熟な少女である。

 例えどれほどの魔力を纏ったところで、そんな少女が無礼すれすれのところで精一杯の背伸びをする様は、絶対の自信をもって人界の命運を託すにはちょっと頼りないという感が否めない。

 せめて、そう。せめて歴代最強の魔力を手に入れてしまったこの娘が、もっとしっかりとした、頼りがいのある、自立した大人の女性であったならばどんなによかったことか……。

 何と無しについた小さなため息が謁見の間のあちこちに連鎖反応を生み出す中、いや、できれば嫌いな町もどうか守ってやってほしいと、そんなことを思う一同であった。

 デルタが風邪を引いた描写をしたら、作者が風邪を患うという人を呪わば穴二つ的な状況になっていました。

 相変わらず書き溜めはないですが、更新再開します。

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