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宰相、勇者ルージュについて知る。

前回のあらすじ


 デルタの様子が……!

 

 アグニがデルタに乗ってエイピアに乗って現れたその日から、私とアグニ、そしてデルタはいつもずっと一緒でした。

 三ヶ月間に及んだ私とアグニの旅は、デルタが歩んだ旅でした。


 馬のことを何一つ知らなかった私は、デルタの世話を全部アグニに任せて、ただ可愛がって遊んでいただけで。

 辺境の地から王都まで、とてもとても長い距離がありました。

 時には丘を、時には山を、二人の人間と旅の荷物の全てを引き受けて走り続けてきたデルタに、いったいどれほどの負担がかかっていたのか、私は知らないままでした。

 目の前で、デルタが横たわるまでは。


「デルタっ!」


 デルタはとても苦しそうに呼吸を繰り返していました。


「アグニ! デルタが!」

「落ち着くんだ、ルージュ殿! デルタはただ、とても疲れているだけだ」

「でも、どうして急に? さっきまで、あんなに元気だったのに!」


 それが突然倒れるだなんて、どう見てもただ事ではありません!

 とても納得できなかった私に、アグニは暫し逡巡してから言いました。


「今回のように先を急ぐ旅をするとき、普通ならば、一頭の馬を使い潰すような走らせ方は決してしない。何回かに分けて馬を換えて走るべきだった。だがオレはそうしなかった」

「それは、どうしてですか?」


 私は追及するようにして聞きました。返ってきたのは、長い沈黙。

 アグニは何と言おうか迷っているというよりは、言うかどうかを迷うような素振りを見せて……そしてやがて言いました。


「デルタが、デルタだったからだ」


 それを聞いて、



(デルタ! この馬の名前は、デルタにしましょう!)



 私は、その言葉の持つ意味を理解させられました。


 私が名前をつけたから。

 いいえ、きっとそれだけじゃありません。

 普通の馬には乗れない私だから。

 寝続けることでしか旅ができなかった私だから。

 アグニが私に気を遣って、言わずに胸に秘めているだけで、きっと何か、他にも理由があるに違いありませんでした。


「……ごめんなさい」


 アグニに対しての謝罪であり、デルタに対しての謝罪でした。

 私は何度も謝りながら、デルタの首を撫でました。

 デルタはぼんやりと薄めを開けて、気のせいでしょうか、私と目を合わせたように見えました。

 その表情は、とても穏やかなものに見えました。

 その時私の胸に、一つの思いが去来しました。


 泣いて謝っているだけで、デルタと別れてしまうのだけは嫌でした。

 私が本当にデルタに伝えたいのは、そんな言葉じゃありませんでした。


「……ありがとう」


 ここまで運んできてくれて、ありがとう。

 私を乗せてきてくれて、ありがとう。


「ありがとう、デルタ」


 何も知らなかった私を、知らずに居続けた私を、ずっと乗せてきてくれてありがとう。

 そんな感謝が次々と溢れてきて、止まりませんでした。


 私は何度も何度もデルタの首を撫でました。

 デルタの体はとても暖かくて、生きていました。なんだかそれが無性に泣けてしまいます。


 そしてデルタは、ついに、一度、大きく震えて……そして。



 むくりと首をもたげて、こちらに顔を向けました。


「へっ」


 ばくしゅん!!!


 私の顔面を襲う、ナマ暖かい風!

 飛来する、ナマ臭い飛沫!

 メクレあがる、前髪!

 びっちゃりとして声も出ない私を放置して、デルタはむくりと起き上がるや、勝手にどこかへスタスタと歩いていきました。


「……アグニ、なにあれ」

「うむ。くしゃみだ」

「ナンデ」

「うむ。あれは感冒だ」

「……かんぼう?」

「いわゆる風邪だ。馬も風邪を曳くのだ。特にここ数日は、王都が近いということで無理をさせてしまったからな。それが祟ったのだろう。このオレがついていながら不覚だった」

「……治るんですか?」

「ああ。当然治る。王城の厩舎には優秀な厩務員も多い。数日休めば元通りだ」

「……じゃあ、デルタは死なない?」

「どうして死ぬのだ。オレの馬はこれしきの行軍ではへこたれやしない。まだ若い馬なのだし、バリバリの現役だ」

「……」

「馬を愛でるのは良い事だが、あまり撫で回して嫌がられないようにしなければな。さて、では行こうかルージュ殿。陛下がお待ちだ。……む。顔がベタベタではないか。どこかで顔を洗おう」


 よし。後で殴ろう。


  @


 気の抜けるようなごたごたはあったものの、ようやく王城の中に足を踏み入れることができたルージュとアグニであったが、残念ながらよしすぐに謁見だ、ということにはならなかった。

 別室へと丁重に案内されたルージュが、備え付けのソファのあまりの座り心地に真顔になっている頃、アグニは王城の一室でとある人物との再会を果たしていた。


「久しいですね、アグニ。貴方の任務達成と、無事の帰還を心より喜ばしく思う」

「ハッ! 光栄です、宰相閣下!」


 彼はゴードグレイス聖王国の宰相、エイクエス・ハウファード。

 ギリエイム国王の信任を受け、国政を補佐する聖王国のトップに位置する一人である。


 エイクエスはアグニを座らせ、時間が惜しいとばかりに本題に入った。


「率直に聞きます。先代の勇者、フセオテのパーティメンバーとして実際に活動し、そして生還した貴方の目から見て、当代の勇者をどう思いますか?」


 アグニが連れて帰った新たな勇者、ルージュ。

 国王であるギリエイムの目に直に触れさせる前に、その人柄を見極めておくことはエイクエスにとって必須事項だった。

 実はエイクエスは、王城に入る直前のルージュの姿を王城の中から発見していた。東門からの連絡を受け、城門が見えるところで待ち伏せていたのだ。

 そこで彼の目が見たものは、登城という栄誉に緊張し萎縮する、良くも悪くもごく普通に見える少女の姿だ。

 頼りない。それが第一印象であり、エイクエスの偽らざる本心だった。果たしてあの少女は勇者としての責務を、重荷を背負って立つことができるのか、エイクエスはそれを不安に思った。

 だからエイクエスはアグニを呼んだのだ。ゴードグレイス聖王国を発ったその日から、レオイロス大平原の戦いで命を落とすまでの、勇者フセオテの生き様を最も近い場所から見続けてきた男の言葉を聞きたかったからだ。


 エイクエスから発せられた、緊張を孕んだ問いかけに、アグニは答えて言った。

 その表情は、頼もしささえ感じさせる笑顔だった。


「ルージュ殿は、素晴らしい勇者です」

「……っ! そ、そうですか! それは、本当ですか!」


 思わずエイクエスの膝から力が抜ける。椅子に腰掛けていなければ、立っていられなかったほどだ。

 それほどまでにエイクエスは安心した。なぜならエイクエスは、アグニという男が如何に先代の勇者フセオテに心酔していたかをよく知っていたからだ。

 誇り高き精神と、歴代最強と謳われるまでの実力。妙にイヌ科の動物に懐かれるという希有な才能に、己が命と引き換えに魔王を打ち倒した実績を併せ持った、人界の英雄、勇者フセオテ。

 かつてアグニが、フセオテを誉め称えたのと同じ言葉、同じ表情で、当代勇者であるルージュという少女を誉め称えたという事実に、エイクエスは安堵したのだ。


「詳しく聞かせていただけますか。ルージュという少女の事を」

「承知しました、宰相閣下。このオレの私見となりますが」


 エイクエスが力強く頷くと、アグニは騙り始めた。


「まず、ルージュ殿の実力についてですが、これは疑うべくもありません。特別な体質ゆえか、勇者となったルージュ殿は目に見えるほどの膨大な魔力を持つようになり、攻守に置いてほぼ無敵であると考えられます。

 例を述べますと、ルージュ殿は生まれて初めて魔物に剣を振るった際に、スライムの遥か後方に位置する巨大な湖と、そこに浮かんでいた小さな小島、その上に立てられた古い館と、そこに潜んでいたと思われる巨大な緑竜、竜王を全て一刀両断。以前報告に述べました竜王の結界すら、余波(・・)で蹴散らしてしまうほどの才能です」

「うむ……。俄には信じ難いが、報告にあった通りですね」


 辺境エイピアの町で起こった『オムアン湖潮吹き事件』については、冒険者ギルドを通してエイクエスにも報告が上がってきている。その内容のあまりのバカバカしさに多くの重鎮が一笑に付したものだが、こうしてアグニの口から語られると、とてつもない真実味がある。

 ところでエイクエスのもとには、竜王の一件について、その続報と呼べる報告が上がってきている。しかしエイクエスはその事を口にはせずに、アグニに先を促した。


「また、このオレが不覚を取るほどの高い実力を持った新種のスライムに対し、ルージュ殿は武器も防具も持たずに素手で応戦し、完勝しています。ルージュ殿によれば、スライムが魔力の層に触れただけで爆散したと。

 加えて森牛という動物の、Bランクの魔物に匹敵する恐るべき突進を素手で受け止め、互いに無傷だったこともありました」

「ううむ」


 思わず唸ってしまうほどの、とんでもない内容だ。これを言うのがアグニでなければ、でたらめを言うなと怒鳴っていたかもしれない。

 そもそも騎士は近接戦闘のエキスパートであり、近衛騎士ともなれば彼らの中でも群を抜いた存在と呼べる。ましてや勇者のパーティメンバーとして磨き抜かれたアグニを守れる人間などそういない。しかしルージュはアグニを救った。その事実一つ取っても、勇者ルージュという人物がただ者ではないことが分かる。

 その上、フセオテですら苦戦を強いられた竜王の結界すらも一撃でどうにかしてしまえるというのが事実であれば、ルージュはフセオテを遥かに越える逸材ということになる。


「実力については充分に分かりました。勇者として足るどころか、希代の逸材であることは疑いようがありません。

 して、人柄のほうはどうなのでしょうか。情報によれば、当代の勇者は市井に生まれた平民であったとのことですが」

「ルージュ殿が庶民の生まれであったことは事実です。また、ルージュ殿は女神トーラに選定される前はほとんど魔力を持っておらず、また武器を握ったこともなければ、生まれ育った町から出たことすらありませんでした。

 そんな少女がある日突然力を得ておきながら、ルージュ殿はその力に溺れることなく、極めて冷静に、節度ある態度を取り続けていました」


 時折ルージュは冷静ではなくなり、勢いのままに拳を振るう時もあるのだが、その度にリザレクションのお世話になって記憶を飛ばしているアグニにその認識はなかった。


「またルージュ殿は無邪気で自由奔放な人物ですが、その性質は極めて善性です。危機に陥ったオレを咄嗟に庇い、事件に遭遇すればこれを円満に解決し、家畜動物の暴走(スタンピード)の際には、村や村人たちを被害から守るため、最も危険な場所に進んで立つことができる人物です。ほんの数ヶ月前までは、ただの町娘に過ぎなかったにも関わらずです。オレはそんなルージュ殿を尊敬しています。できることなら、これから始まるルージュ殿の旅を、最も近い場所で支えたいと思っております」

「なんと……それほどまで、ですか」

「ええ。何度でも言いましょう。ルージュ殿は、素晴らしい勇者です」


 アグニの瞳は爛々と輝いている。嘘を言っている目ではないと、エイクエスは認めざるを得ない。

 もっとも、この発言をルージュが聞いていたら非常に気まずい思いをしたに違いない。実はルージュには魔王の言葉による魔物への支配力を試そうとした下心があっただとか、事件解決の裏側には女神が旅費稼ぎに利用しただけという真実が隠れていただとか、村や村人よりも美味しい森牛料理を守りたかっただけだといった一連の真相を知ったら、ひょっとするとアグニは卒倒して寝込んでしまうかもしれない。

 しかしそんなこととは露程も知らないアグニの中では、共に三ヶ月間の旅をする中で、ルージュ株はひたすら上がり続けていたのであった。


「そうですか、そうですか」


 そしてアグニを信用しているエイクエスにとっても、アグニの考えは真実として受け入れられた。受け入れられてしまった。

 既にエイクエスの中では、勇者ルージュは庶民の出身でありながらも先代勇者フセオテを遥かに上回る力を持った実力者で、にも関わらず決して力に驕ることもない人格者という事になった。

 いよいよ破顔したエイクエスは、肩の荷が下りたとばかりに力を抜いた。そして更なる話をアグニに求めた。アグニが絶賛するルージュと言う少女のことを、もっと知りたくなったのだ。


「アグニ。この三ヶ月間の話をもっと聞かせてください」

「承知しました、宰相閣下!」


 それを当然と言わんばかりに快く引き受けたアグニは、今度は自分の知る限りのことを、聖王国の宰相エイクエスにひたすら語り続けた。



 結構な時間をアグニと過ごしたエイクエスは、部屋を辞するアグニを見送った後、目頭を揉みながら首を傾げた。


「勇者でありながら、町娘としての強さと弱さを併せ持つ、不思議な魅力を放つ女性であり……。

 音楽がとても好きで、歌や鼻歌をよく歌い……。

 その特殊な体質ゆえに、高い戦闘能力を持ちながらも魔物討伐には極めて不向きな勇者であり……。

 馬上で眠る才能を持ち、旅では基本、一日12時間は眠る……。

 酒場の生まれで酒精に強く、ホワイトタブに長期滞在するほどに宴会を好み……。

 時折金に対する強い執着を見せるが、必要な分は自分自身で稼ぎ出すことのできる才覚を持ち……。

 基本的には感情に素直だが、心底驚いた時などには一瞬真顔になるという癖があり……。

 まれにだらしない表情で妄想の世界にのめり込んだり、大声で独り言を言ったり、突然鼻血を噴き出して、行動不能に陥ることがある……」


 アグニから伝え聞いたことを脳内でまとめたエイクエスは、いま王城内でアグニに次ぐ情報量を持ちながらも、結局は三ヶ月前、女神によって啓示を受けた日とまったく同じことを思った。


「分からん……。勇者ルージュ……。君は結局、いったいどういう人物なんだ……!?」

 本作ではきほん登場人物は死にません。つまりストレスフリーです!

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