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王都でやたら注目されました。

前回のあらすじ


 アグニのご友人のジィドさんは、激しく巧みな槍使いで有名な益荒男でした。

 

 むず痒くなるような歓声と、アグニの体温を背中に感じながら、私たちは開かれた門の間をくぐり抜けて王都の中へと足を踏み入れました。

 その瞬間、開門の瞬間からも漏れ聞こえていた王都の営みの音が。

 眩しいとさえ錯覚するほどの多彩な色が。

 露店から漂う刺激的な香りが。

 人々から放たれる熱気が。


 様々な感動が、まるで奔流となって押し寄せてくるかのような感覚に、私は思わず声を上げていました!


「わあ……!」


 まず目に入ったのは、門前の空間を広く使って作られた、ラウンドアバウトと呼ばれている環状交差点でした。

 交通量の多い場所では方向転換する事の難しい馬車が、大通りが交差する場所で進路変更するために作られるそれは、エイピアのような辺境の小さな町では中々見られない、大きな都市に独特なものです。

 ラウンドアバウト自体はこれまでの旅の中で何度か目にしているのですが、特に目につくのは、ラウンドアバウト中央に置かれたとても大きな噴水です!

 周囲の建物よりも高いところまで綺麗な水を噴き上げるその噴水は、これを建てることを決めた当時の国王陛下の名前を取って、『ダンスレヴの左手』と呼ばれています。

 どうして左手かと言うと、東門の所にあるからです。同じように、西門の前には『ダンスレヴの右手』、北門の前には『ダンスレヴの額』、南門には『ダンスレヴの踝』があるんだとか。くるぶしはちょっとどうかなと思いましたけれど、当時的にはアリだったのでしょう。

 噴水から湧き出る水は、長旅に乾いた馬たちを癒すのと同時に、人々が飲み水としても利用しているのが見えました。水が綺麗で、人々から信頼されている証拠です。中には桶で汲んで頭から浴びている人もいます。あれはちょっと、気持ちよさそう……。


 馬車がひしめくラウンドアバウトから伸びるのは、三本に分かれた大通り。

 一つはまっすぐ前方へと伸びて、城門前広場を通って遠くの西門にまで一本で繋がる、通称グレイブランドン通り。

 左右に伸びている二つの道は、王都をぐるりと囲う外城壁の内側をなぞるようにして広がる環状線、その名もジャックルッカ通りです。


 これから私たちがこれから目指すのは、正面のグレイブランドン通りをまっすぐ進んだ先にある城門前広場。

 そして城門を通り、王城へと登城。然るべき手続きを踏んだ後、陛下へお目通り願うという段取りなのですが……。


「アグニ。私たち、なんかすっごい見られてません?」


 流石王都だけあって、行き交う人々の人数も桁違い。中でも各噴水前と言えば、噂に聞こえるほどの観光名所にして待ち合わせ場所でもあります。

 加えて交通の要衝ともなれば、馬車も多ければ人通りも多く、門を潜った馬車を誘導したりするためと思われる、何人もの番兵さんたちだっています。


 で。

 そんな彼らの視線が、びしばしと、痛いほど、一直線に、私たちに集中的に突き刺さっているような気がするのは、果たして私の気のせいでしょうか。


「いや。間違いなく注目されているように見えるが」


 ですよねー。


「無理もない。東門ではあれだけの騒ぎを起こしてしまったからな。門の内側からも騒動は聞こえていただろうし、住人からすれば気になって当然だ」

「あー。確かにそれは見ますね。私も門の外からいきなり『勇者さまばんざい!』とか聞こえてきたら間違いなく見ます」

「そうだな。オレも見る」


 なんて二人で達観していると、道の向こうから何かを聞きたそうにこちらに歩いてくる番兵さんたちの姿が。


「ていうか私たちなんか囲まれてません? 皆さんものすっごいキラキラした目でこっちを見てますけども」

「うむ。刺激に飢えた王都の民たちのことだ。その中心に勇者が現れたとなれば当然囲むだろう。飢えた獣の群れに肉を放るようなものだ」


 心なしか、罪なき第三者という名の野次馬的な方々による包囲網も徐々に狭まっている気がします!


「しかしだ。当然、我々としてはこんなところで足止めを受けてはいられない。ということでルージュ殿、ここは強行突破する」

「えっ、わっ」


 言うが早いか、アグニは片手でぎゅっと手綱を握り直し、左腕は私のお腹辺りを抱き寄せるようにしてしっかり固定。長旅ですっかり慣れてしまい、トキメくどころか何も感じなくなっている自分に気付いてちょっぴり空しい。

 私の体が定位置に収まるや、アグニが踵でデルタに合図。静止していたデルタが素早く駆け出すと、慌てて避ける番兵さんの横をすり抜け、人々の頭上を華麗に高々と飛び越えた!


「おーー!! アグニ今のすごい! エイピア以来ですね!」

「はしゃぐのはいいが、舌を噛まないようにな」


 そんなデルタのびっくり機動を見て、注目の騎手がアグニであると確信したのでしょう。人々が一斉に追おうと駆け出しますが時既に遅し。そのままデルタはラウンドアバウト路上に着地して、右回りにぐるりと走ってグレイブランドン通りへと突入しました。


「このまままっすぐ王城へ向かう!」

「了解です!」


 悲鳴と歓声を置き去りする勢いで走り出したアグニのデルタを阻むものはなく、馬車と馬車の間をすり抜けるようにして軽快に進んでいきます。

 景色が高速で流れていく中、観光する余裕を取り戻した私は、改めて王都の町並みへと目を向けました。


「アグニ! 宿と厩がいっぱいありますね! それに、露店もたくさん!」

「ああ! それにこの辺りは貸し倉庫も多い。商人の出入りが多いから、自然とそうなるんだ」

「酒場は! 酒場はないんですか!」

「酒場はもっと奥のほうだな。王都では昼間から酒を飲むのはだらしないとされているから、皆隠れるようにして飲むんだ」

『肉! 肉と香辛料の匂いだ! おいルージュ! あの露店の肉は絶対うまい!』

『なんだかんだでバロールも人界食に慣れましたよね』

『魔界の作物は最高だと嘯いていたのも今は昔ですね。失笑ものです』

『そんな口を利いていられるのも今のうちだ。ルージュよ、おまえ、魔界で採れた素材をニンゲンどもに調理させてみたくはないか?』

『みたいです!! 最強の予感がします!!』

『ルージュ!? 即断即決は、後悔のもとですよ!?』

「ルージュ殿。よだれが出ている」


  @


 グレイブランドン通りを西に向かうにつれて、宿場然とした町並みから、徐々に大きな商店の建ち並ぶ商業地区のそれへ。

 大きな看板が目立つ中、食堂はあっても酒場がない町並みにちょっとしょんぼりしている内に、アグニのデルタはあっという間に城門前へと到着しました。

 城門前は、噴水ではなく城門前広場を中心とした、より大きなラウンドアバウトになっていました。木々は少なく、見晴らしのいい広場です。有名なランドマークの、初代勇者と女神の像も見えました。

 ここまで来ると、少なくなっていた露店も復活。ラウンドアバウト外周を埋め尽くす勢いです。休憩中の門番と思しき兵士さんが串焼きを買い食いしている姿も伺えます。


 そう言えば、王都の大通りは混雑することで有名ですが、今回アグニはノンストップでここまで進んで来ています。

 まるで他の馬や馬車が、デルタを避けて通ったみたい。気になってアグニに聞いてみると、こんな答えが。


「ああ。大通りの中央は、緊急の伝令のために常に空けられているんだ。荷物などで道を塞いだり、重要な知らせを持たずに走る者は厳しく罰せられる。道行く人々が我々を指差していたのはそういう理由だ」


 待って聞き捨てならない。


「そんな場所を……私は堂々と通ってきてたんですか……」

「ああ! ルージュ殿はあまり気にしていないようだが、勇者の王都来訪とはそれほどの吉報だ。魔物に怯える人々に希望の訪れを知らしめるためにも、可及的速やかに陛下にご拝謁賜るためにも、ここは外せない」

「私たち、目立ってたと思いますか?」

「ああ! そうだな。ルージュ殿はともかくとして、オレの馬は目立つとよく言われる」


 ふらりと頭を抱える私。

 ってことは、また私を見て勇者だと認識する人がたくさん増えちゃったということですね。

 なんでしょう。勇者か魔王か選ぶ前から、どんどん外堀を埋められていくようです。


『気にするな。どうせルージュが魔王の座についた暁には、おまえがニンゲン共からどう思われていようと全員もれなく粛清だ。おまえが今感じている気まずさの種など消えてなくなるのだから良いではないか』

『バロール。お気遣い痛み入りますが、そもそも私は粛清とかしないです!』

『む……そうだったな。おまえはそういう奴だったか……』

『ルージュ。あなたのその思想は立派ですが、汚らわしい魔族に対しては当然、遠慮は無用ですよ』

『あっはい。そうですね。とりあえず、それも保留でお願いします』


 女神と魔王のあしらい方も、板についてきた私です。



 それはさておき城門前です。

 鋭く交わされる誰何(すいか)の声に、アグニがぐっと胸を張ります。

 こうして騎士然とするアグニは、少なくとも外見上は、いつもより三割増くらいかっこよく見えてしまう反則仕様です。


「ゴードグレイス聖王国、近衛騎士隊所属のアグニだ! 聖王陛下の勅命を受け、ここに当代の勇者ルージュ殿をお連れした!」


 なんてことを思っている間に、私以外の全員が敬礼しているではありませんか!

 私も慌てて真似すると、それが合図だったかのように、少しずつ城門が開いていきます。

 それはただの城門ではありません。何せ王城なのですから、大きく立派な城門です。ごうんごうんと音を立てて、重厚な造りの門が開いていくたびに、ここが王都で、王都に来たのだという実感が沸きあがってきます。



 そう。

 なんだかんだで、私、ここまで来ちゃったんですよねぇ。

 女神と魔王との出会いから始まって、ふとしたことからトンデモ魔力がバレてしまい、国王陛下に勇者として招かれたことから始まってしまった今回の王都への旅。

 アグニに迎えに来てもらい、女神と魔王がついてきて、なんだかんだで楽しかった三ヶ月間続いた旅が、今日、一つの終わりを迎えます。


 これから私がお会いするのは、私の生まれ育ったゴードグレイス聖王国で一番偉い人。ギリエイム国王陛下。

 こうして王城内に足を踏み入れるのだって大変なことなのに、実際にお会いするだなんて嘘のようです。



 ぼけっと城門を見上げる私をよそに、門番さんが何事かを言ってアグニが頷き、デルタがゆっくりと王城の敷地内へ。

 後ろのほうで門が閉まると、今まで感じていた視線がなくなった代わりに、なんだか逃げ場がなくなってしまったかのような、小さな不安を覚えました。


「私、うまくできるかな」


 私はぽつりと言いました。


「どうした、ルージュ殿。不安か?」

「はい。……いえ、どちらかというと緊張、かもしれません。だって、国王陛下ですよ! 三ヶ月前までは、私、ただの街娘だったのに、もしも無礼があったらと思うと」


 今まではずっと先のことだと考えないようにしてきましたけど、考えれば考えるほど場違いじゃないかと思うのです。

 ある日いきなり勇者になってしまっただけの、貴族でもない町娘が、これから国王陛下の目の前でいったい何をお話すればいいんでしょうか。

 しかもここまで来てしまったからには、「やっぱなしで!」とも言えません。

 私の中の臆病で弱い町娘の部分が、今、きりきりと胃痛を訴え出ているのが分かります……。


「いや。大丈夫だろう」


 しかしアグニはあっけらかんとして言いました。


「そ、そうでしょうか」

「うむ。大丈夫だ。先代のフセオテ殿も王族に対する礼儀作法に明るい方ではなかったが、それにお怒りになるほど陛下は決して狭量ではない。歴代の勇者達だってそうだ。オレからも申し添えておく。

 だから、変に気負う必要はない。ルージュ殿はルージュ殿のまま、陛下の御前に立てばいいんだ」

「……うん」


 アグニの力強い肯定の言葉を聞くと、不思議と胃の辺りに感じていたもやもやがなくなっていくのが分かります。

 その時、ふと、アグニと前に交わした約束事を思い出しました。

 勇者の私がアグニを守り、町娘の私をアグニが守る。

 出会ってからもう三ヶ月。私の騎士は、アグニはちっとも変わりませんでした。


「……うん。分かりました。私はアグニを信じます!」

「そうか!」


 そう。私は一人ではありません。アグニも、女神と魔王も一緒です。

 そう思えば、アグニの言うとおり、何の心配はいらないように思えてきました。なにせ私についているのは、あの女神と魔王です。脳裏に響く彼らの自信満々な声もとても心強いです!


『大丈夫ですよルージュ。心配いりません。人界における権力という意味では、一国家の王などこのわたくし女神トーラ、ひいてはわたくしの信任を受けた人類代表たる勇者の足元にも及びません。むしろ跪かせるくらいでちょうど良いのです』

『そうだぞルージュ。力関係を明確にすることは円滑なコミュニケーションの第一歩だ。圧倒的な武力をチラつかせ、精神面で優位に立つのだ。初撃必殺。これだ。最も消えて問題のないニンゲンの選出はこの我に任せるがいい』


 まぁ言っていることはともかくとして、心強いのは確かです。


 緊張に怯えて跳ねていた鼓動が、とくん、とくんと落ち着いていくのを意識しました。

 気がつけば、デルタは足を止めていました。

 馬に乗ったまま進むことのできる終着点。

 王城の扉の前でした。


「ルージュ殿。さあ、お手を」


 先に降りたアグニの手を取り、私がデルタから降りたその時。

 まるで最後の力が尽きてしまったかのように、アグニの愛馬、デルタが膝を折りました。

 王都に到着してから5部、およそ2万字を使ってようやく王城に辿り着いた一行。はたしてデルタの身にいったい何が?


 ……この辺の冗長さは、いつか書き直したいです。

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