ジィドさんはまだイケメンなほうです。
前回のあらすじ
アナスタシアの王子さまは、白馬ではなく、オークの血肉に染まった少しバイオレンスな馬車に乗って現れました。
※本日二度目の投稿です。
「つうわけで、この俺様がただいまご紹介に預かったジィドだ。このピカピカ頭の同期で、元同僚で、友人だ。今は聖王国軍の国土警備隊で兵長をやってる。宜しくな、勇者のお嬢ちゃん」
「高いところから失礼しますー。なぜか勇者になりました、ルージュですー。よろしくお願いしまーすぅ」
アグニに紹介してもらい、私はアグニのご友人のジィドさんにご挨拶しました。
ジィドさんは、掘りの深い独特の顔立ちをした、とても大柄な男の方でした。ギャップ萌えという要素に理解を示す私ですが、ちょっとジィドさんが受けに回る姿は想像できない、そういう方でした。
本当なら馬から降りてきちんとお辞儀するべき所なんですけど、更なる交通事故の防止のために、私は要脱力の厳戒体勢です。ちょっと二本足で立っただけで漏れてしまうとか、うら若き乙女の描写としてどうかと思う私でしたが、市民の安全と私自身の評判のため、背に腹は代えられません。
案の定、ジィドさんは面食らったような顔をして……あれ。笑った。なんで?
「勇者のお嬢ちゃん、おまえさん、俺様の顔が怖くねえのかい?」
「ああー」
なるほど。そういうことでしたか。
「私、実家が酒場だったんです。子どもの頃から家の手伝いをしていたので、強面の冒険者さんとか、もう慣れっこです。大丈夫、エイピアの冒険者さんたちに比べれば、ジィドさんなんて全然イケメンなほうですよ」
「ええええーっ!? 兵長が、イケメン!? おれ夢でも見てんのかなぁ!?」
「んだとコラァ!」
ジィドさんがウカツな兵士さんを殴り飛ばしました。きりもみ回転して地面に突き刺さる兵士さんを見ても、私の心は動じません。口は災いの元。ただそれだけのことなのです。
「そうかそうか! お嬢ちゃんみたいな若い子にそう言われると、悪い気はしねえなあ。どれ、今の職場がつまんなくなったら、一つ辺境にでも行ってみるかねえ」
「レイライン辺境伯領のエイピアはとてもいいところですよ。その際はぜひ、『炎の燕亭』をごひいきに」
「おう! そん時はお嬢ちゃんの名前を出して、目一杯サービスしてもらおうじゃねえの」
にひーと笑い合う私とジィドさん。なんて気のいい方でしょう。流石アグニのご友人だけあって、ジィドさんもいい人ですね!
「スゲェ……。あの凶悪な兵長と対等に渡り合ってる……」
「あれぐらいの胆力がねぇと、勇者なんて勤まんねぇーんだな……」
「ああ……流石は勇者だぜ……」
「やべっ……おれ今ちょっとチビった……」
どこからどう見ても和やかなコミュニケーションをしてるはずなのに、この評価なのは腑に落ちませんが。
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そんな一幕がありつつも、私は東門を警備している皆さんに迷惑をかけてしまったことを謝ると、
「うわーっはっは! なんだこれしき、気にすんな! そういう体質なんだから仕方あるめえ! 久しぶりに面白えもんも見れたしよ!」
なんて言いながら、ジィドさんは豪快に笑って許してくれました。
とはいえ、ジィドさん以外の他の兵士や冒険者さんたちは、少しは気にしろと言わんばかりのジトい眼差しです。圧倒的民主主義です。あらゆる方向からビシバシと突き刺さるそれを、私は努めて見て見ぬ振りをしました。勇者兼魔王の鋼のメンタルが遺憾なく発揮されます。
「しかしまぁ、なんだな。そういう事情ならおめえさん、とっととここを通ったほうがいいわ」
「あっはい」
これもある意味門前払いと言えるのでしょうか。
今は皆さんの決死の努力とアグニのフィンガーテクニック(この三ヶ月間私を相手に鍛えられた、アグニによる巧みなマッサージ。肩と腰に効く。相手は昇天する。性的ではない意味で)によって平穏を取り戻しつつある東門周辺ですが、それも一時的なもの。何かの拍子でまた魔力が漏れてしまえば、再びお馬さん方はご乱心です。
商人さんたちの視線も痛い。どうやら既に、私が噂の勇者だとバレています。どこか勇者ではなく爆薬じみた危険人物を見つめる眼差しですが、台無しになった積み荷やボロボロになった馬車の近くで泣いている方々を見ては何も言い返せません。
流石にこのまま素通りするのは心に来るため、本当に申し訳程度ですが、被害に遭われた商人さんたちには私たちの路銀から補償をすることにしました。
直接渡しては角が立ちそうなので、代表して私的にもアグニ的にも信頼がおけるジィドさんへ。
「おう。なんだ、こりゃあ?」
「お詫びの印です。これで弁償できるか分かりませんが、被害に遭われた彼らに差し上げてください」
私が渡した小袋には、アグニが町で換金した宝石類が詰まっています。当然普段の財布とは別にしてありますので、全財産というわけではありません。
こんな商人みたいな資産運用をしている原因は、主にレガートさんのせいでした。あんなに大量の金貨は運んでいられないというアグニの冷静な判断でした。
いやー、あんなに重かった金貨の山がこんなに小さな袋になってしまうんですから、物の価値って分かりませんよね。本当に。
あ。ちなみに私も、アグニにねだって一つだけいただいちゃいました。見てください、私の髪の色とよく似た、ガルーダブラッドって呼ばれてるルビーです! 店員さんは指輪がいいって言ってましたけど、首飾りもいいですよね! 王都には凄腕の金物屋さんも多いと聞きますし、いやあ、これは決断に悩みますよね!
「な、なんだぁこりゃあ!? おまえさん、これいったい幾らあるんだ!?」
「……えっと、」
「およそ金貨280枚分だ」
私の代わりにアグニが答えました。
きんかにひゃくはちじゅうまいぶん。
えーと……私の実家で、エールが、うーんと……まぁ細かいことはいいんですよ!
私の発言にマズい部分でもあったのか、私の周囲がざわめきに包まれていきます。一部「正気か!?」とか聞こえましたがしっつれいな。
「足りねえなんて話じゃねえだろ! 商会一つ買い上げる気か!?」
「えっ。多かったですか?」
「多いなんてもんじゃねえよ……物の価値知らなさすぎだろオイ」
そう言われましても、きほんレガートさんの賄賂の余りですからね。むしろ約一ヶ月の旅の間に、金貨を30枚弱も使い倒した私たちを褒めてほしいくらいです。
……このルビーは幾らぐらいだったんだろう。
「じゃあ、余ったら……うーん」
『ルージュ。わたくしの聞こえますね?』
『はっ。女神さま!』
『いいですかルージュ。余りは教会に全額寄付させなさい。いいですね? 全額寄付するよう強く言うのです』
「寄付! 寄付です! 寄付してください! 余ったら全部、教会に!」
私は女神に言われるがままに、そんなことを口にしていました。
すると、空気が一辺しました。
「金貨280枚を寄付!? あんなに軽々しく!? ありえないだろ!?」
「そんな金額を、俺たちのためにポンと!?」
「あ、あの子には欲というものがないのか!?」
「違う、勇者だからだ……。あの少女は俺らとは違う、清く正しい魂を持った勇者様だからだ……!」
「なんてこった! 今度の勇者様は、聖女様だったのか!?」
「勇者様ばんざい! 聖女様ばんざい!」
そして急激に沸き上がるゆうしゃさまコール。
あっ。と思った時にはもう遅いってやつですねこれは。
私が女神にハメられたと気付いた時にはもう遅く、ジィドさんは感極まったように凶悪なお顔を歪めて鼻の頭を赤くし、アグニは誇らしげにドヤっていました。
一方で、この展開を予測していたであろう女神は私の脳内で言いました。
『クックック……。後は教会のほうに、寄付を全額勇者の活動資金へ回すよう根回しをすれば万事解決です。よくやりましたね、ルージュ。あなたはいま、完璧な行いをしました』
女神……!
なんて、恐ろしい……!
「おお、おお、アグニよお。おめえ、いい勇者を拾ってきたなあ!」
「ああ! 自慢の勇者殿だ!」
「人をまるで犬猫か何かみたいに!」
「どう、どう。ルージュ殿。魔力が漏れるぞ」
「人をまるで馬か何かみたいに!」
「勇者のお嬢ちゃん、おまえさんほんとに面白えなあ」
アグニは誇らしげな気持ちを、私は腑に落ちない気持ちを抱えながら、そして多くの歓声に見送られながら私たちは東門をくぐりました。
今回は少し短かったので同日投稿です。
以下、おまけの没ネタ。
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「アグニとジィドさんは同僚だったんですか?」
「ああ。ジィドは槍の名手なんだ。それもかなりの腕前だ。顔に似合わず非常に繊細な男でな、変幻自在で実に巧みな槍捌きをするんだ。特に防御に優れた男でな。居並ぶ同期たちの果敢なる攻めを」
ぶはっ!!!
「ルージュ殿ーーーー!」
「うわーーーーっ! 馬が! また! 馬がアッー!!!!」
「勇者様の鼻血を止めろーーーーーーー!!」
「アグニっ……その話題は……っその話題は私に効くぅ……っ!!」
「「「「(無駄に、なまめかしい……!!!)」」」」
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二度目の暴走は収集が着かなくなるので没になりました。
ジィドさんを登場させたのは、久しぶりに腐女子ネタを挟みたかったからなのに……! 本末転倒!




