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王都、その東門にて。

第三章スタートです。

 

 王都ディアカレス。

 その地はゴードグレイス聖王国の首都であると同時に、人類史上初めて女神トーラが降臨した地であり、そして初代勇者が誕生した地として有名だ。

 500年前、当時はまだゴードグレイス王国と呼ばれていた国の首都にある城門前広場に女神が降臨したその日、女神トーラは一宗教における伝承上の存在から、この世界で実在が証明された唯一の神となった。


『人界は今、未曾有の危機に瀕しています』


 その日舞い降りた女神は、まさしく教義に語り継がれていたような絶世の美女の姿をしていた。

 天から降る光に包まれ、聞いたこともない不思議な音楽と共に現れた。薄絹を纏って宙へと浮かび、よく見ると、その体の向こうには背景の色が透けて見えた。

 純白の魔力を身にまとい、嫋やかに微笑む女神の姿に、人々は紛うことなき神性を見た。女神の声が心の奥底まで染み入るや、誰もが迷わず膝を着いた。夢幻や偽りではない。祈りを捧げるべき女神がそこにいた。


 人類史上初となる人と神との邂逅に人々は湧いたが、しかし女神が人々にもらたした原初の啓示は、人々を悪意をもって脅かす者たちの存在の示唆だった。


 人々は魔物の存在を知ってはいた。

 だが、なぜ魔物は人を襲うのか。

 なぜ積極的に人を喰らい、犯すのか。

 いったいそれはどこから来たのか。どうして狩れども狩れども尽きていなくならないのか。人々はそれを知らなかった。

 そんな人々を前に、神性に満ちた女神は言った。


『この人界とは異なる異世界、魔界に潜む魔族を倒さぬ限り、あなたたちに真の安寧は訪れません』


 魔物を生み出したのは魔族である。

 いまこの時も、魔物の手によって人命が損なわれるその元凶は魔族にあると、女神は人々に告げた。

 それは人々が初めて魔族の存在を知った瞬間だったが、当時の人々にとって、それは到底受け入れ難い真実だった。

 魔界という未知なる世界から来る、悪意を持った侵略者が存在するだなどと、信じたくなかったのだ。

 特に、女神の姿を目の当たりにした城門前広場に集まる人々の反応は顕著だった。

 女神を信じたある者は、女神に救いを乞い願って跪いた。

 女神を信じられなかったある者は、嘘を吐くなと大声で叫び、女神に向かって石を投げた。

 彼らの行いに対して、女神はただ沈黙のみを返した。慈悲を願う者に微笑み返すこともなく、石を投げた者に怒りを向けることもなかった。

 人が押し寄せた城門前広場は騒然となった。いよいよ収集がつかなくなり、女神からの啓示と騒ぎを聞きつけた当時の国王が、護衛を引き連れて城門から広場へと躍り出たとき、女神の前には一人の少年が立っていた。


「ぼくが、まぞくをたおします」


 少年は、跪くことも、救いを希うこともしなかった。

 もたらされた啓示から目をそらし、石を投げることもしなかった。

 呆然となり、何をすることもなく立ち止まる人々の横を通り抜けて、女神の前に立った少年はこう言った。


「ぼくに、まぞくをたおすためのけんをください」


 その日、その広場で誰よりも無謀で勇敢だった少年は、その瞬間、世界で最初の勇者となった。


  @


 その日女神は、なぜ後の聖王国に降臨したのか。

 なぜ王都でなくてはならなかったのか。

 その理由について、勇者となるべき少年がその場にいたからだとも、当時の国王が敬虔な信徒だったからだとも伝えられているが、その真相は未だ深い闇の中だ。

 だが、そこにどのような意図があったにせよ、あるいは理由など何もなかったのだとしても、史実にはなんの影響も及ぼさないことは事実だ。


 女神は王都ディアカレスへと舞い降りた。

 その事実に吸い寄せられるように、人や物資は王都へと集まった。


 時の聖職者は王都を聖地と崇め、群雄割拠の如く乱立していた他宗教の信徒たちは、こぞってトーラ神聖教へと改宗した。

 町を襲われ、故郷を追われた避難民たちは、勇者の威光と庇護を求めて次々と門を叩いた。

 商機を求めた逞しい商人や、勇者に感化された冒険者たちもまた、一人また一人とゴードグレイス王国へと集った。

 そうして流れた500年という月日の中で、王都ディアカレスを擁するゴードグレイス王国はやがて聖王国と名を改め、そして王都ディアカレスは、世界最大の人口を擁する巨大な城郭都市へと成長していった。


 王都を聖地として奉るトーラ神聖教会のお膝元にして、人々が長い歴史と共に育んだ『世界で最も安全な都市』。

 王都ディアカレスとは、そういう都市だった。


  @


 王都の東門正面に繋がる幅広い街道の一辺を埋め尽くすようにして、馬車が縦列を作っている。

 御者台に腰掛ける暇そうな行商人の一人が、すぐ隣をすり抜けるようにして進む豪奢な作りの馬車を恨めしそうに見送る。彼が並んでいるのは一般の検問所だが、貴族や特別な通行許可証を持つ者は並ぶことなく短時間で検問を通過することができる。

 世界の中心と呼ばれるだけあって、王都へ出入りする者は他の都市より群を抜いて多い。ある程度の規模の都市であれば開門前に馬車が列を為すのは馴染み深い光景だが、それが正午を過ぎてなお続いているのは王都くらいのものだ。広く巨大な王都には観光名所と呼ばれる場所も多いが、昼過ぎまで続く長蛇の馬車の列は、王都を訪れる者が最初に目にする観光スポットと呼べるだろう。

 街道上には馬車だけではなく、抜き身の剣や弓を構えた冒険者然とした者たちの姿も見られる。馬車の護衛として雇われた者も多いが、その多くは聖王国から常時発行されている街道護衛のクエストを受けた冒険者たちだ。

 一見してレベルが低いと分かる者が多いのは、街道護衛のクエストはルーキーが受けることが推奨されているからだ。人が集まる街道には、どうしても魔物が集まってしまう。それが毎日のように列を作っているとなれば尚更のことだ。街道護衛とは、ほぼ確実に魔物との戦闘訓練が積める修行場であり、多くの冒険者仲間たちと連携する術を学ぶ訓練所でもあり、未来のパーティメンバーとの出会いを探す社交場でもあった。


 跳ねながら逃げる一匹のスライムを、三人の駆け出し冒険者が剣を振り上げながら追いかけてゆく。それをどこかぼんやりとした眼差しで見つめる行商人たち。

 王都で生活する者にとっては実に平和でありふれた光景であったが、そんな見慣れた光景に変化を与えるであろう存在が、街道の向こうから迫ってきていた。


 それは一頭の馬だった。

 遠目にも分かるような、逞しく鍛え抜かれた立派な軍馬だ。その背には一人の騎士を乗せ、更には両脇に括り付けるようにして二つの荷物を背負っている。

 その馬は、行商人たちから見れば呆れるほどの速度で街道を駆けていた。あんな無茶な走らせ方をすれば、普通の馬は数日と持たずに潰れてしまうだろう。

 いったいどうしてそんなに急いでいるのか。その走りを目撃した行商人たちは、その馬の立派な体躯を見て誰もが口を揃えて言った。「もったいない」と。


 よく見ると、騎士の腕の中に抱えられるようにしてもう一人乗っている。赤い髪が特徴的な、小柄な少女のようだった。

 更に呆れたことにこの少女、なんと爆睡している。猛烈な勢いで駆ける馬の上で、時折がくんがくんと頭を揺さぶられながらも、信じられないことに実に幸せそうな表情でスヤスヤと眠っていたのだ。

 いったいどうしてそう熟睡していられるのか。その姿を目撃した行商人たちは、口の端から涎を垂らす残念な少女を見て誰もが口を揃えて言った。「あれはない」と。


 精悍な騎士と残念な少女を乗せた軍馬は、ぐんぐんと勢いを延ばしながら、馬車の列を無視して東門の検問所へと近づいてゆく。どうやら馬車の最後尾について並ぶ気は一切ないようだ。

 はてと、行商人たちは首を傾げた。先程通っていた騎士と少女は、どう見たって貴族には見えない。公衆の面前であんなアホ面を晒す貴族令嬢がどこにいるというのか。

 当然、積み荷を抱えた行商人にも見えない。となると、先程の騎士と少女はいったい何者なのだろうか?


 そこまで考えた時にふと、行商人の脳裏を過るものがあった。

 それは三ヶ月ほど前に人界を騒がせた、新たに生まれた勇者の噂話だ。

 なんでも噂によると、当代の勇者は赤い髪をした平民生まれの少女だという。

 エイピアのルージュ。

 エイピアと言うと、ここより遥か東にある辺境の町だ。もし仮にエイピアから王都を目指したのだとすれば、勇者ルージュが訪れるのは、この東門になるだろう。


「いやあ…………まさかな」


 脳裏に浮かんだその考えを、行商人は自ら一笑して一蹴した。それはないと。

 あんな無防備なアホ面で涎を垂らしていた少女が、勇者だなんてそんなアホなと。

 だんだんと面白くなって、青空を見上げながらケラケラと笑った行商人だったが、ふと冷静になって言った。


「…………まさかだよな?」


 残念ながら、そのまさかであった。

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