幕間 当代勇者はどうしても魔法が使いたい!
前回のあらすじ
マツコベ村を発ったその夜、私はアグニにとあるお願いをしようとしていました。
※本日二度目の更新です。
それは街道横の野営地で、アグニと二人で食事を摂っていた時でした。
「アグニ! アグニ! 聞いてください!」
「どうした? 水か?」
「いえそっちではないです」
「では塩か? だが、あまり使いすぎないよう注意するんだ」
「すみませんそういう意味でもないです。あの! 私、魔法が使いたいです!」
「そうか! そう言えば君はまだ魔法が使えないんだったな。だが突然どうしたんだ?」
「いえね、私たち、そろそろ王都に着くじゃないですか。でもほら、私ってばレベルはまだ一桁だし、魔法だって全然だしでイマイチ箔がないと思うんですよ」
「いや。それはどうだろうか」
「えっ。それはどういう意味」
「なんでもないぞ。それで魔法か。何か一つ魔法を覚えてより箔をつけたいと、つまりは君はそう言いたい訳だな」
「そうです! 流石はアグニです! せっかく魔力がだだ漏れするくらいあるんですから、魔法の一つくらい覚えないと損です!」
「そうか! その気持ちは分かるぞルージュ殿! ようし! 分かった! 食事を終えたら一つ練習してみよう」
「はい!」
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「まずはこう全身にカッと気合いを入れるんだ」
「えっ。こうですか?」
「そうだ。次に全身に集中して体内を流れる魔力を感じるんだ。自分の胸の奥に熱くたぎる何かを感じるだろう? それが魔力だ」
「えっ。あの、よく分からないんですけど、」
「続けてイメージだ! 爆破させたい場所を思い浮かべて爆発規模を強くイメージする! 最初は爆破させたい場所を、射殺さんばかりに睨みつけてやるのがコツだ!」
「アグニ、あの」
「最後に、爆発だ! あらゆる障害を吹き飛ばす爆風と何もかもを燃やし尽くす炎をイメージして、全部跡形もなく吹き飛ばしてやるんだという気合いを込めろ! 抱いた願いに吸い付こうとする魔力をかき回すようにコントロールして、適切な規模を保ったまま気合いで起爆する!」
ばごーん!
もくもくもく……
「とまあ、こんな感じだ。できそうか? ルージュ殿」
「アグニ。アグニ」
「なんだ? ルージュ殿」
「魔力を感じるってあたりから、私さっぱり分かりません」
アグニは顎に手を当てて、ふーむと唸って言いました。
「実に残念だが、どうやら君には魔法の才能が壊滅的に無いな」
ばごーん!
もくもくもく……
「そんな説明で、分かるかあ!!!」
『ルージュ。それは魔法ではありません。拳です』
「分かってますよ!?』
『おお。見ろ。まだ原型を保っているし生きているぞ。ルージュよ、おまえ手加減が上手くなったんじゃないか?』
『いいえ、あれはただの防具性能でしょう。鎧は無傷でも、中身はかなり悲惨な状態です』
『やばっ。女神さま、回復! 回復!』
きゅきゅっ。
『終わりましたよルージュ。これもある意味、あなたによる魔法の行使ではありませんか?』
「うーん……。なんか、ズルっぽいのでヤです」
『そういうものですか』
「そういうものです」
@
うぐぐっ、うーむ。ここはいったい。
オレは気を失っていたのか? 何かとても強い衝撃を胸に受けた気がするのだが……ダメだ、うまく思い出せない。
『アグニよ。偉大なる勇者ルージュに仕えし騎士、アグニよ。わたくしの声が聞こえていますね?』
ハッ! これは、まさか女神トーラの声ではないだろうか!
間違いない! これは女神の啓示だ!
だがなぜ、いったいオレに!?
『よく聞きなさい、騎士アグニよ。勇者ルージュは、魔法の才能がないわけではありません。ただ少し、物わかりが悪いだけなのです』
なんと、そうであったのか!
『一を知って十を知るような感覚派ではないのです。もっと分かりやすく、丁寧に、根気強く指導するのです。飼い犬に芸を教えるように、一つひとつ手順を踏むのです』
ハッ! 仰せのままに!
『それと最近、食事に塩分が多すぎる気がします。勇者ルージュはもっと薄味が好みなのです。お金に余裕があるのは結構ですが、何事もバランスです。気をつけるのです』
塩分……? ハッ! 仰せのままに!
『あとは、そうですね。アグニはどういうタイプの男性が好みですか?』
好みの男性のタイプ……!? よく分からないが、もし仕えるのであれば、フセオテ殿のように弱き民を見捨てぬ強さを持った御仁の力となり、側に仕えたいとは思うが。
『そうですか! 分かりました! 話は以上です。いいですね? 伝えましたよ? これは女神さま……ではない、女神トーラの啓示ですからね……?』
女神トーラの声がだんだんと遠のいていく。
なにやら途中から様子がおかしかったが、しかし貴方様の啓示は確かにオレが受け取った!
任せてくれ! 塩分控えめだな!?
@
「ルージュ殿!」
「あっ、アグニ! もう大丈夫ですか?」
「大丈夫? 何がだ?」
「いえ、魔法の使い方を教わってる途中、突然意識を失ったので」
「ああ! そうだったのか。大丈夫だ、問題ない! それよりルージュ殿、さっそく訓練を続けるぞ」
「はい! 優しくしてください!」
「ああ! 塩分も控えめでいくぞ!」
「はい!」
『ルージュよ。聞こえていますね?』
『なんでしょうか、女神さま』
『わたくしの名前を、騙りましたね?』
『……さて、なんのことでしょうか』
『……与えた魔法を、どう使おうとあなたの自由です。しかし、あまりやり過ぎないように』
『……はい』
結局、魔法は覚えられませんでした。
才能ですか。やっぱり才能がないのですか!
くそう! くそう!
その晩、ルージュの妄想はとても捗ったという……。