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皆が為すべきことをすれば。

前回のあらすじ


 私、別に食いしん坊キャラじゃないですよ……?

 

 勇者ルージュが宿泊しているひと際立派なコテージの玄関口で、レガート・マツコビアンは滝のように冷や汗を流しながら地団駄を踏んでいた。

 森牛急襲の知らせを受けて、この村で最も焦っているのは彼だ。例え何が起こったとしても、彼にはマツコベ村の村長として村を、そして村人を守る義務がある。

 その責務を果たすためにも、彼は寝巻きから着替える暇も惜しんでこうして勇者に助けを頼みに来たのだが、この近辺の地図を要求された後、対応を考える上で邪魔になるからと追い出されたという状況だ。あの時従者から「待っていろ、必ず助ける」という言質を取っていなければ、とても大人しくは待っていられなかっただろう。

 しかしそれにしても遅い。レガートはそわそわと全身の肉を震わせながら、目の前の扉を食い入るように睨みつけている。誠心誠意お願いしたのに、あれほどの賄賂を渡したのに、一向に扉は開くそぶりを見せない。焦れるあまり、自分で作らせたはずの獅子を模した豪奢なドアノッカーでさえ憎々しいと思えるくらいだ。

 この村に森牛の暴走(スタンピード)が迫ってきている。まさしく一刻を争う事態だ。その中で一分一秒を無駄にすれば、その数だけ村人の犠牲が増えていくとさえレガートは考え、そしてその妄想を信じてもいた。


 ――勇者様は森牛狩りがお気に召さない様子だった。よもや森牛の群れがこの村を踏み潰すまで、勇者様はコテージから出られないつもりではないだろうな!?


 そんな想像をしてしまうほど、レガートの心に余裕はない。全ては開かない扉のせいだ。人生を振り返ってもこれ以上ないほどに死を意識させられている極限状態の中で、待てども待てども姿を現さない勇者に対して不審感が募るのも無理もないことだった。

 レガートは何度目になるかも分からない悪態を吐きながら、乱暴に頭を搔き毟った。はらはらするあまり、貴重な頭髪をはらはらと零す様子は皮肉としか言いようがなかった。


「ああ、遅い! 勇者様はまだなのか!? もう時間がないというのに、いったい勇者様たちは何をやってブッ!?」


 奇しくも待ちわびた扉が勢いよく開かれたのはその時だった。

 緊急事態とは言え確認もせず急に扉を開けたアグニも悪いが、外開きの扉の前に陣取っていたレガートも文句なしに悪かった。現役近衛騎士の腕力を余さず乗せた扉という名の面攻撃が、レガートの額から顎までを瞬時に均して吹き飛ばした。

 「ぶべらはぁっ」と珍奇な叫びと共に吹き飛ぶ村長の姿に、「村長ォー!!」という哀切な悲鳴が響き渡る。言うまでもなく集まってきていた村人たちだ。レガートは挫折によって歪んでしまった悪人ではあったが、村にとっては大事な愛され村長だったのだ。


「レガート殿はいるか! ……っと、失礼」


 何かを撥ね飛ばしたような感触と、鼻血を噴出して仰向けになっているレガートの姿を目撃したアグニはいま何が起こったかを素早く察したが、しかし今は緊急事態だ。細かいことに気を遣っている場合ではない。アグニは鼻を押さえてひいひい言っているレガートを立たせるために、遠慮なくその胸倉を掴み上げた。

 その乱暴にも見える行いにより、あっという間に吊り上げられてはわはわと悲鳴を上げるレガートの横を、一つの影が颯爽と駆け抜けていった。赤髪の少女、勇者ルージュだ。


「アグニ、お願い!」

「こちらは任せろ! 頼んだぞ!」


 ルージュとアグニはほんの一瞬だけ視線を交わし合った後、お互いの為すべきことを為すべく動き出す。

 ルージュは集まっていた村人たちの間をすり抜けるようにして駆けた。

 待ちに待った勇者の姿。村を救う救世主の登場に、村人たちは図らずも囲うようにルージュに迫ったが、


「どいてください! 最悪、轢きます!」


 その言葉を聞いた村人たちは跳び退るようにさっと散った。犯人は別人ではあったが、たった今轢かれたとしか言いようのないレガートの無惨な姿が村人たちの網膜に焼きついていたからだ。

 ルージュの体格は比較的小柄だ。そんな風貌にも関わらず「轢く」という言葉に説得力を持たせているのは、言うまでもなくその体を包む濃密な魔力だ。

 そうして開いた隙間を抜けてルージュは更に加速する。気がつくといつの間にか、ルージュの傍には黒い毛並みを持った狼が併走していた。ルージュはさっと狼の背に飛び乗るや、黒い狼は瞬く間に加速して村の西へと消えていった。

 まるで風のように消えていった少女の後ろ姿を見て、それを見送った村人たちは呆然と言葉を失っていた。いま目の前で起こった光景が、あまりに幻想的だったためだった。

 まだ年若く鮮やかな赤髪を持った少女と、立派な体躯を漆黒に彩った巨大な狼。

 騎士さえも容易く噛み殺せそうな風格を持った狼を、鞍も付けずに乗りこなして駆ける当代勇者の後姿は、まるで創作の神話に登場する狩人を守護する女神のよう。

 ルージュと狼の体を包む、姿を滲ませるほどの濃密な魔力も、その幻想に拍車をかけた。


「美しい……」


 誰かがぽつりと口にした。何人もの村人が賛同するようにして小さく頷く。

 ルージュが聞けばもろ手を挙げて小躍りしそうな言葉であったが、残念なことにルージュを乗せた魔王バロールは既に村の柵を飛び越えて遥か彼方にあった。村人たちの切なさすら感じさせるその呟きは、彼女らの耳に入ることはなかった。



 一方で、レガートを引き摺るようにして厩へと走っているのは勇者ルージュの従者、アグニだ。


「それでは村の人間たちは、村の南に集めているのだな?」

「はいっ、はいぃっ! 行商人たちと交渉して荷を降ろしてもらい、可能な限り村人を乗せるよう頼んでありますぅ!」

「そうか! 分かった。その商人たちには南の街道から出て丘の向こう側まで避難するよう伝えてくれ。その情報は村人全員に伝わっているのか?」

「恐らくは不十分でしょう。まだ寝ている者も多いはずです」

「そうか! ならば一度指示を出した後、馬に乗ってオレの爆炎魔法で叩き起こしに行く。当然、レガート殿にも同乗していただく」

「おまっ、お待ちください! 馬であれば、私も所有しており」

「オレの馬のほうが速い! 時間がないのだ、急ぐぞ!」


 なんて人の話を聞かない方なのだ! レガートは自分を棚に上げ、深くそう思った。

 だが、それでもレガートはもっと根気よくアグニを説得すべきだった。彼はアグニの駆るデルタに乗せられた際にその事を深く後悔するハメになるのだが、それはもう少しだけ未来の話だ。


 その間にも、走るアグニとレガートのもとには何人もの村人が走り寄ってきては去っていく。どれも村長であるレガートに対する報告であり、相談事だ。レガートはぜいぜいと息を切らせながらも、それら一つひとつに対し、しっかりと考えた上で答えを出していた。


「馬車に乗せる荷物はっ、必要っ最低限だっ! 余計な財をっ、積もうとするものはっ、財と命のどちらを乗せるか選ばせろっ!」

「どうしても村をっ、捨てたくないとっ言うものにはっ、地下のワイン蔵を開放して、そこにっ避難させろっ! あそこならっ、安全なはずだっ!」


 顔を真っ赤にしながらも村長としての責務を果たし続けるレガートに対しひそかに敬意を抱くアグニであったが、だからと言って速度を緩める気にはまったくならなかった。今は緊急事態だ。それとこれとは話が別なのだ。

 全力疾走の甲斐あって、レガート自身が意外に思うほど早く二人は厩へと到着していた。はあひいと喘ぐように呼吸を整えるレガートは、ついに気になっていたことを聞くことができた。


「それで、あの、勇者様は、なぜいらっしゃらないのですか?」


 気がついたら胸倉を掴み上げられて走らされていたレガートは、ルージュがいつどこへ行ったかさっぱり分からないままであった。

 従者アグニの行動も分からなかった。これではまるで、ただ逃げ出しているだけではないか。まさか森牛の群れに恐れを成して逃げ出すつもりなのでは?

 そう困惑するレガートを尻目に、てきぱきと準備を進めながらアグニは答えて言った。


「うむ。役割分担だ」

「はあ、役割分担ですか」

「そうだ。ルージュ殿は西へ向かった」


 手綱を引いて厩から出ながら、アグニは西の空を見上げて言った。


「ルージュ殿にしかできないことをするそうだ。さあレガート殿、我々にも我々にしかできないことをするぞ!」


 アグニはデルタに素早く跨り、レガートを引き上げるべく手を伸ばす。

 しかしレガートはその手をすぐに取れなかった。アグニの言葉を聞いたからだ。

 勇者ルージュは西へと向かった。それはいったい何のためか。

 決まっている。森牛たちは西の森から向かって来ているのだ。

 つまり勇者ルージュは、我々とこの村のために、単身立ち上がってくれたのだ!

 徐々に理解が浸透し、それが事実としてレガートの頭を埋め尽くしたとき、レガートの表情筋の全てが喜びのあまり爆裂した。


 やった! 自分は、勝利したのだ!

 どれほど心を許した相手でも決して見せられないような破顔しきった表情で、レガートは失禁せんばかりに喜んだ。

 彼にとっての勝利とはすなわち、このマツコベ村を守り抜くことだ。容姿こそ幼く見えても、目に見えるほどに膨大な魔力を垂れ流し、更には森牛の突進を無傷で受け止めてみせた勇者ルージュの実力に疑いはない。彼は自らの願いが果たされ、この村は無傷で守られるのだということを半ば確信していた。

 それもこれも、あの賄賂のおかげに違いない。金貨300枚という常識外の金額が、勇者ルージュを動かしたのだとレガートは確信していた。そう思えば、あの時勇者ルージュに賄賂を惜しまなかった自分の判断を誇らずにはいられなかった。無論、事実とはまったく異なる誤った確信ではあったのだが。


 高い金を積んでよかった!

 勇者ルージュを味方につけてよかった!


 そして勇者ルージュが味方であれば、間違いなく目の前の男、従者アグニも味方であるに違いない。

 レガートは喜色満面の笑顔を浮かべながら、差し出されていたアグニの手を力強く握り返した。



 アグニが爆炎魔法を使うまでもなく、村中の人間を叩き起こさんばかりの大絶叫が轟いたのは、その直後のことである。


  @


 話は少し遡る。


「役割分担?」

「はい、アグニには村に残って、村の人たちやデルタを安全な場所に避難させてほしいんです」

「ああ、分かった! しかしそれで、ルージュ殿はどうするんだ?」

「私は西へ行きます。そして、森牛たちを止めてみます」

「止める!? いったいどうするつもりだ?」

「止めるというか、正確には……誘導します。森牛たちを、南西の森へ(・・・・・)


 その考えを聞いたアグニは、一瞬ぽかんと口を開けた後、猛烈な勢いでテーブルを叩いた。


「目的地までの最短距離を走り続けるという、あの猪突猛進な森牛の群れを!? 川向こうの南西の森までか!? 無茶だ! それに、いったいどうやって!」

「えっと、その、アテはあるんです」


 少し言い難そうにするルージュに、なおもアグニは言い募る。


「それに、足はどうするつもりだ! 今から西へ向かうにも、森牛の群れを南西の森まで誘導するにも、森牛に匹敵する足が必要になるはずだ! よもや、オレの馬を蔑ろにしている訳では!」

「わわっ、その、決してアグニとデルタを軽視してるわけじゃないですよ!? 避難誘導を手伝う人は絶対に必要ですし、それに、そっちもアテがあります!」

「先程も言っていたが、なんなのだ、そのアテというのは!」

「ヒント1。どちらも私の使い魔です」


 それはヒントどころか直球ど真ん中の答えそのものであった。


「使い魔? ああ、あの…………ん?」


 ルージュの使い魔といえば、アグニも度々目にしている、あの黒い毛並みを持つ狼のことである。

 アグニは既に、彼女を背中に乗せて悠々とラスタの森を歩く使い魔の姿を見ている。三つ目狼以上に立派な体躯を誇るあの黒毛の狼ならば、ルージュを乗せて、馬よりも早く野を駆けることはできそうだ。

 そう納得しかけたアグニであったが、ルージュは「どちらも」と言った。つまり、森牛を南西の森まで誘導するアテというのもまた、あの狼の使い魔なのだ。

 それがどういうことかと考えたとき、アグニはふと昨日のことを思い出した。

 西の森へと向かう途中、アグニと、そしてルージュがいったい何を見たのか。

 それに気付き、ハッと目を見開くアグニに追従するように、ルージュの頭に一つの声が浮かんだ。

 それは打ち拉がれたような、枯れて消えてしまいそうな、そんな儚い声だった。

 魔王の声だった。


『……ルージュ。おまえ、まさか』


 続けて女神の浮ついたような声が響く。


『ルージュ。あなたは、もしかして!』


 最後にアグニが呟いた。


「ルージュ殿。それは、まさか」


 ルージュは控えめな胸をえへんと見せつけるように張りながら、ニコリと笑って言った。


「ええ。そのまさかです!」


  @


 そして今、私たちはマツコベ村と西の森を直線で繋いだその線上に位置する、ひと際高い丘の上までやってきたのですが、


『アーッハッハッハッハ! アーッハッハッハッハ!』


 皆さんどうぞご覧下さい。これ、誰だと思います? 信じられないでしょうけど女神です。

 お腹を抱えて肩を振るわせ、時折「ァ→ア↑ー」と奇妙なイントネーションを織り交ぜつつも全速力で笑い転げる、我らが女神トーラさまです。皆さんどうぞとは言いましたけど、ちょっと聖職者の方々にはお見せできない。

 それは凡そ女神に似つかわしくもない、遠慮も気遣いも一切ない、これでもかと言わんばかりの空前絶後の大爆笑でしたが、あの女神トーラにそうさせる原因は間違いなく私たちにありました。


『ルゥゥゥゥジュ! おまえには失望したぞ! 我はおまえがどんなにおちゃらけて見えても、話だけはしっかり聞く奴だと信じていたというのに!』

「我は犬ではなぁーい。誇り高き魔狼族だァー」

『ばっちり聞いているではないか! 覚えているではないか! 余計に質が悪いわーッ!! じゃあなぜさせようとするのだ!? それになぜ、棒読みなのだ!?』

「ツッコミはもっと絞ったほうがいいですよバロール。心を鬼にして言いますが、あんまり面白くないです!」

『笑わせるためにやってるのではないわー!!! 質問に答えろ魔王ルージュ!』

「私はまだ魔王じゃないです! それと、私がバロールにお願いしている理由は、他にいい考えが特に思いつかなかったからです!」

『ぬぐぐぐぐぐがあああ! 拒否するぞ! 断固拒否する! この我が、よりにもよって、牧羊犬の真似事(・・・・・・・)だなどと!!』


 そう。

 村も人も森牛も、全部ひっくるめて助けるために私が考えついた方法とは、魔王に牧羊犬をやってもらい、南西の森まで森牛の群れを誘導するというものでした。

 ヒントは昨日、西の森へと向かう道すがらに目撃した羊飼いと牧羊犬。それを見た時、私は確かに思ったんです。


「普通の犬でもあれくらいのことができるなら、バロールだったらもっと大きな動物だって追い回せそうだなって。だってほら、なにせバロールは人界中を恐怖のずんどこに貶めるほどの、偉大な魔王だったんですから!」

『ウヌ……。そ、そうか? ま、まあ、確かにそうだな。我は動物の群れどころか、魔族の軍勢を率いて人界遠征すら成し遂げたのだ。群れを率いるという点については、既に一家言あると言っても過言ではないだろう』


 むふーと誇らしげに鼻から吐息する魔王。よーしちょろいぞ、もう一押しです!


「ですよね! ですよね! それに私、あの凶暴な森牛の群れに勇敢に立ち向かうバロールの勇姿が見たいなあーっ! きっとすごく、かっこいいんだろうなぁーっ! バロールのそんなところを見せられちゃったら、きっと私は魔王になりたくなっちゃうなぁー!」

『そうか? そうか? 我、かっこいいか? よーし我、張り切ってあの牛どもを襲っちゃうぞーとでも言うと思ったかこのマヌケがァァァァ!!!』

「はわわわわわ!?」


 ちぃっ。ダメでした。


『アハッ、アーッハッハッハッハ! ハヒィ、ヒィ、ヒッハハハハハハハハ!!!』

『っていうか八割がたはあなたのせいですよ女神さま! ひたすら背景で笑い転げて邪魔してからに! せめてもっとこう女神的で慎ましい感じで微笑むレベルに抑えられないんですか!?』

『無理ぃっ! 無理無理無理ですアハッ、アハハハハハッ!!』


 どうやらこの女神、先代魔王が当代勇者の命令を受けて牧羊犬をやれと命じられてるシチュエーションがたいそうツボに入ったようです。威厳もキャラも次元の彼方に放り投げられており、ご覧の通り、使い物になりません。女神でも、無理とか言うんだ……!

 密かに戦慄している私に、魔王はガミガミとがなり立てます。


『だいたいどうして、あんなクズどものためにこの我が動かなくてはならんのだ! 我は言ったはずだぞ! あのクズどもに、救いを与える義理などないと!』


 どうやら魔王はどうしてもレガートさんたちを見捨てたいみたいです。

 なるほど、魔王の言い分は分かります。そもそも魔王は魔族の出身。私たち人間の命なんて、それこそ美味しくいただける森牛よりも遥かに下に見ていることでしょう。

 でもね、魔王。あなたがそういうのであれば、私にも考えがありますよ。


「これが全部を救う道だからです、魔王バロール」

『……ぬ?』


 いつもと少し違う雰囲気を、魔王は感じ取ってくれたみたいです。

 もうあまり時間がありません。遊んでいられるのもそろそろ限界。


「何が悪くて何が正しいとか、何を拾って何を見捨てるとか、そういうのは今どうでもいいんです! いま私が言いたいのは、私とアグニと女神さまとバロール、みんなが力を合わせれば、何もかも全部ひっくるめて救える可能性があるってことです!

 私の言ってるこの意味が、分かりますよね?」


 伝えたい。その一心で、私は魔王をまっすぐ見つめました。

 勇者と魔王になる前だったら、間近で見ただけでも震え上がってしまいそうな、大きな狼の姿をした魔王。

 今にも噛み付かんばかりに唸り声を上げる魔王バロールの威嚇を受けながらも、私は二本の足でしっかり立って、面と向かって言いました。

 これができるほどの強さを得られた、今までの旅に感謝しながら。


 そんな私に怯んだわけではないんでしょうけど、魔王は目に見えて狼狽え出しました。

 ああだの、ううだの、そんなことを言いながら、落ち着きなく視線を彷徨わせています。ああもう、時間がないっていうのに!


「バロール! 返事は!」

『ああもう! 分かった! 我の負けだ! 今回だけだぞ! いいか、ルージュ! 約束しろよ! こんな真似をするのは、今回だけだからな!!』


 その瞬間、私の全身から魔力が吸われ、魔王の体が膨張しました。

 私を乗せて走れるくらいだった魔王の体は、みるみる内により巨大なものへと膨れ上がっていきました。これは初めて魔王に会った夜、私の部屋をぎゅうぎゅうに埋め尽くした時よりも大きい!


『我の本来のサイズに近い大きさにまで変化した。やるからには本気を出すぞ』


 今や魔王の体は、見上げるほどの大きさにまで成長していました。私の腕がつまようじになるくらいのサイズ差です。

 威風堂々。そんな言葉がよく似合う姿に、私は思わず言いました。


「わああ! わああ! 見える! バロール、村から見えちゃう! 丘の影に隠れて! 隠れて!」

『お、うおお!? す、すまん!』

「ちょっとホントもう気をつけてくださいよ! バロールが魔王だっていうのは、アグニにだって言ってないんですから! バレたらどうするんですか!」

『畜生! なぜだ! もっとこう締まる感じのはずだったのに!』

『畜生だけに! アハハハ! 犬畜生だけにですか!! アハハ! アハハハハ!!』

「『ちょっと女神さま(おまえ)ホントもう黙っててください(黙ってろ)!!!』」



 ちょっと、いやかなり色々ありましたが、こうして私は魔王を送り出すことに成功しました。

 この後女神には魔王の後を追ってもらい、魔王が正しく森牛の群れを南西の森まで誘導できるようサポートをお願いすることになっています。こと人界において、女神の目を逃れられる場所はありません。適材適所。まさに役割分担と言うわけです。


『あの駄犬と共に、というのは少し納得がいきませんが、しかし、あなたの覚悟に免じてそれも許しましょう。それが、あなたの選んだ答えなのですね?』

「どっちかというと、選びたい答え、だと思います。私はまだ何も知りません。だけど何も知らないうちから、一番無責任な答えを選びたくないだけです。私は、臆病者なんです」

『いいえ、ルージュ。あなたは今、この人界で最も勇敢な臆病者です』

「褒めてるんですか、それ」


 そのやり取りがおかしくて、女神と二人で笑ったあとに、私は女神に言いました。


「女神さま。バロールを追う前に、一つお願いしたいことがあります」

「なんでしょうか、ルージュ?」


「私に一つだけ、魔法を……。魔法を、教えてください」

祝! ブクマ100件到達!

ありがとうございます! ありがとうございます!

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