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噂はアテにはなりません。

前回のあらすじ


見た目寒村なのに、どこの王侯貴族かってレベルの歓待を受けました。

テールスープは超おいしかった。

 

 その後もレガートさんの薦めに従って、私たちは食べられるだけのものを食べました。

 最初のテールスープがめちゃくちゃ美味しかったために、信頼度が上限突破したのがその理由でした。「食べる?」「食べる!」以外の言葉が要らないほどの阿吽の呼吸っぷり。

 そんな私たちの無警戒さが村人たちの心を開かせたのか、はたまた餌付けされるハムスターでも見たような心境なのか。遠くから見ていた赤ら顔をした上機嫌の村人たちも、やがてレガートさんに続いて次々と私たちのテーブルへと押し寄せてきました。


「あれは食べましたか勇者様!」

「こいつもうまいですよ勇者様!」

「この料理にはやはりこの酒ですよ勇者様!」

「聞いてたよりも若いですね勇者様!」


 きっと勇者の物珍しさに興味津々なのでしょう。皆さん、まるでナカダミアナッツを発見した時のジョン・ナカダル氏みたいな目で見てきます。

 ちょっと落ち着いてください、一度に四つもフォークを出されても食べられませんよ!

 それでも頑張って食事しながら人波を捌いていたら、いつの間にか「ご利益がありそう」という理由で、私の魔力のもやに触れたがる村人たちが列が作っていました。

 おっかなびっくりもやもやに触って嬉しそうにする村人たちの明るい笑顔に、なんとも言えなくなる私でした。観光名所にでもなった気分です。

 ご利益、あるといいですね。きっと魔物避けの効果はあると思います。


  @


 空になった皿が目立ちはじめ、無限のように感じていた食欲が心地よい苦しさに入れ替わったとき、気がつけばお腹をぱんぱんに膨れさせた勇者が一人いました。

 だって仕方ありません。言ってしまえばどれもこれも肉料理なのに、こんなにも種類豊富で飽きがこないのですから。

 庶民の私にも馴染みの深い定番料理から、どうしてこうなったのか想像もつかない奇想天外な料理まで、そのバリエーションは実に様々。

 お腹がこんなになるまで飲み食いをしたのは、ホワイトタブ以来でしょうか。

 森牛の整地マツコベ村が本気を出したとき、人界有数の観光名所にさえも匹敵するとは、森牛料理のバリエーションの豊かさにはただただ感服するばかりです。


「ルージュ殿。それは満腹とかけているのだろうか?」

「うるさいよ」


 からかうアグニをジト目で睨み返してやりました。酔っぱらいのガチムチ冒険者をも怯ませる私の眼光も、アグニには通用しません。

 常在戦場だかなんだか知りませんが、私はアグニと違ってこんなに美味しいものを前にして腹八分目で我慢するだなんてとてもできませんよ。

 ううっぷ。もう食べられない。きっと私、仮に男に生まれてたとしても騎士にはなれませんね。

 私のだらしない様子に苦笑いするのは、アグニの他ににもう一人。いや、一匹。


『なんてだらしない姿だ。仮にも魔王を名乗るなら、もっと威厳というものを学んだらどうだ』


 魔王でした。子犬なのに笑っています。器用ですね。

 しかもなんとこの魔王、「バロールだってもりもり食べてたじゃないですか!」と反撃してみたら、あろうことか自分はいくら食べても太らない体質だというのです!

 なんですって!? 許せません! あなたは今、全人類の半分近くを敵に回しました!


『半分どころか既に全人類に対して喧嘩売っておるわ! それに、この体はおまえの魔力で作ったのだから太らぬのは当たり前であろう。我が食ったものは全て魔力に変換されて、そしておまえの力になるのだ。まぁ、海に水滴を垂らすようなものだがな』


 なんですって。

 つまり魔王が何かを食べると、魔王はおいしくて嬉しい、私は魔力増えて嬉しいってこと?

 それはウィンウィンですね。

 いや、それよりも。


『海。魔界にも、海があるんですか?』

『ああ、あるぞ。我は魔界の海しか見た事がないが、多少なりとも魔界と人界、その両方を見てきた我が断言しよう。ニンゲンどもは自然との付き合い方が下手すぎる。森の様子を見る限りでは、間違いなく魔界の海のほうが綺麗だろうな』


 魔王はニヤリとしながら言いました。

 ほほう、なるほど。また一つ、絶対に見ておきたいものが増えました。


 時々魔王が語る魔界というのは人界よりもずっと自然豊かで、魔王の言葉を借りれば『自然と正しく共存している』ような場所らしいです。

 子どもの頃にイメージしていた、なんだか禍々しくておどろおどろしい場所とはだいぶ違った場所みたいですね。

 ちなみに食べ物の美味しさでいうと、素材のポテンシャルは圧倒的に魔界だが、こと調理に至っては人界に軍配が上がるという意外に冷静な見立てでした。ここが、なんでもかんでも人界アゲな女神と冷静な判断をする魔王の違うところです。

 だからこそ、私は魔王の言葉についてはかなり信頼しているんですけどね。

 どうやら私が思っていた以上に、魔界はいい所みたいです。


 オムアン湖よりもずっと大きくて深く、そして美しいという、海。

 それも、遠い異世界にあるという魔界の海となれば、興味は尽きません。

 私が心のメモに期待と共にその言葉を書きとめました。


「勇者様。食後酒をお持ちしました」


 女神と魔王が『うちの海のほうが絶対綺麗だ!』と水滴ならぬ水掛け論を繰り広げているところに、アグニの「満腹」という言葉にいち早く反応して席を外していたレガートさんがいつの間にかスススと戻ってきていました。

 そのさりげない気遣いと、優雅な所作で音もなく器を置く姿はまるで上級貴族に仕える執事のよう。レガートさん、あなた確か村長さんですよね?

 ありがたく器を手に取ると、その意外な冷たさにびっくりしました。

 ひんやりしている!


「わ、冷たい」

「地下の蔵で冷やしたアイスワインです。このところ暖かくなりましたからね」


 器に両手を当てて「へえー」なんて言っている私に、ニコニコと微笑むレガートさん。

 さりげなく器を覗いてみると、やっぱり沈殿物が一切ない、とても澄んだ色が見えました。実家の酒場では考えられないような最高品質です。

 驚くべきことに、この宴で出されるワインは全部そう。とんでもない資金力です。小さな村と青空宴会場とのギャップがハンパないです。

 観察しましたが、恐るべきことに村人たちもこの品質を飲み慣れている様子でした。きっとこれが森牛の為す財の力なのでしょうね。ギャップがハンパないですが。

 一口含んでみると、ワインとは思えないほどの甘さに二度びっくり。苦みも酒精も抑えられ、ただただ飲みやすさと甘さを追求したかのような口当たり。

 そのおいしさに二口、三口と続きます。鼻を抜ける僅かな酒精が、お肉一色だったお口と気分を綺麗に洗い流してくれました。

 これ、すごくおいしい!


「すごくおいしいです! 確かにこれは、食後酒ですね」

「おお、この良さをご理解いただけましたか! いやいや、流石は勇者様! 実に分かっていらっしゃる!」


 得た感動をそのまま伝えると、レガートさんは満足そうに頷きました。

 少し観察していましたが、どうやらレガートさんという人は、素晴らしい何かを誰かと共有することに喜びを見いだすタイプの人みたいですね。

 実際、このワインは食後酒としては素晴らしいものだと思います。甘さが強すぎて料理と一緒に食べるには向かないワインですが、食後に飲むなら関係ないですしね。私自身、年相応に甘いものは好きなので、個人的な感想としては、食後酒の完成形だと拍手を贈りたいほどです。

 上機嫌なレガートさんにあてられて、ついつい調子良く器を空にしてしまいます。ああ、おいしい。


「勇者様はお酒もお得意で?」

「はい! なにせ私、酒場の娘ですから!」


 勇者である私が、周囲から特異な目で見られる原因の一つ。それは町中にはありふれているような酒場に生まれた、平民の出身だということ。

 ですが、私は『炎の燕亭』も、お父さんもお母さんも常連さんも、そして大好きな場所で大好きな人たちから教わった数々のことも、すべてひっくるめて私の誇りです。

 私はしがない町娘ですが、それだけは、卑下するつもりはありません。


「だから私、こう見えてお酒には強いんですよ!」

「ええ、ええ。お噂はかねがね伺っております。なんでも勇者ルージュ様は市井の酒場に生まれた、大層な健啖家でいらっしゃるとか」

「健啖家て。やだなあ、そんな噂まで流れてるんですか?」

「ええ、ええ。かの観光地、ホワイトタブでは十日に渡ってあらゆる宿に滞在し、連日連夜飲めや歌えやの大騒ぎを繰り広げたとか」

「えっ」

「一晩ごとに宿を変え、贅の限りを尽くされたとか」

「やめて! それ以上いけない!」


 それは俗にいう黒歴史です!


「あの、それは違くて! どうしたらいいか分からない大金を前に理性の(たが)が外れたと言いますか! それに十日は言い過ぎですよ! 八日です!」

「おお、そうでしたか! つまりあれですな。概ね事実と」

『墓穴を掘ったな』

『墓穴を掘りましたね』

「墓穴ではないか?」

「ちくしょう! みんな仲いいなあ!」


 一人キョトン顔のアグニは放置です! 女神の声も魔王の声も聞こえないのに息ピッタリなのが悪い!


「って、それじゃあもしかして、昼前からいきなり宴会が始まったのも?」

「ええ! 勇者様に喜んでいただくために、手を尽くしてご用意させていただきましたとも!」


 ああっ。やっぱりこれ、宴会が私の趣味か何かだと思われてますよね!

 レガートさんのドヤ顔が恨めしい!

 いくら酒場の娘だからって、昼前から好き好んでお酒は飲みませんよ!

 いやまあ、お酒に強いのは事実ですけどね!?


 ちなみにどれくらい強いかと言いますと、アイスワインだろうが火酒だろうがその気になればラッパ飲みできるレベルで強いです。勿体ないですし、やりませんけどね。

 我ながら人間離れしてるなぁと思います。でもこれにはきちんと理由があって、どういうことかと言いますと、単に酒場の英才教育……という訳ではなく、単に女神か魔王の力です。たぶん女神のほうですね。『中毒耐性も完備です!』って言ってましたから。

 もともと人間としても強いほうでしたが、そういう訳であの日以来お酒に酔ったことがありません。あの軽い酩酊感もお酒の醍醐味だと思うのですが。


 ちなみに、実はお酒に強いというのはアグニにはナイショにしています。そうでないと、「君は素面(しらふ)であれほど騒いだのか?」と聞かれること請け合いです。。ホワイトタブでの痴態を余すところなく見られている身としては、それだけはなんとしてでも避けねばなりません。

 私がかっぱかっぱとお酒を飲む一方で、アグニは常に節度を保った飲み方をしているので、かなり記憶が確かなのです。自分の酔う量を弁えていて、毒にならない程度に嗜むタイプです。騎士見習いだった頃に何度も先輩がたに潰されて、いつしか体で覚えたのだとか。

 体で覚えるって表現、なんだかやらしいですね。


 私の思考が明後日の方向にすっ飛んでいく中、ふと見ると、ドヤ顔だったレガートさんの眉尻がみるみる下がっていきました。どうしたんでしょうか。いや、聞くまでもありませんね。きっと今、私はすごく微妙そうな顔をしているに違いありませんから。


「もしや勇者殿。わたくしどもの心尽くしは、お気に召しませんでしたでしょうか?」


 不安そうにそう訪ねるレガートさん。

 どうやらここはハッキリと言ったほうがいいですね。

 確かに私は人よりお酒に強くて、人よりちょっと詳しいことについては事実です。ですが、それと飲んべえ扱い(これ)とは話が別です。

 私は仮にも未婚の乙女。

 できることなら、女子力を損なうような間違った噂のタネは取り除いておきたい。

 故に、私は朗らかな笑顔できっぱりと言ってやったのです。


「いいえ、とても!」


 最高でしたと。

 私はレガートさんのおもてなしを全肯定する気満々でした。


 いや、確かに飲んべえはイヤですよ?

 でも、受けた礼義には礼義で返すべきじゃないですか。

 それはそれ、これはこれですよ。


 森牛フルコースに種類豊富なお酒、どれも文句なく最高においしかった。

 実際のところ、私がマツコベ村に来たのだって、「マツコベ村が近いんですか!? 寄りましょうアグニ! 森牛食べたい!」から始まったいつものアレですし。

 そう言う意味において、レガートさんたちのおもてなしはまさに渡りに船。旅にアグニ(騎乗スキル)。しかも今のところ、飲食費を請求される気配がありません!

 これを最高と言わないなんて、嘘つき呼ばわりされて女神に舌を抜かれればいいと思います。

 それに噂なんて、別のどこかで打ち消しておけばいいんですよ! 今この時の礼義を大事にしましょう!

 仮にこれで「勇者ルージュは昼からの宴を好む酒乱」という噂が追加されても悔いはありませんとも!


 そんな私の気持ちが通じたのでしょう。不安そうだったレガートさんにみるみる笑顔が戻ります。それを見て、なんとなく人助けをしたときの達成感を覚えてしまった私はちょっとピュアじゃないかもしれません。


「そうですかそうですか! これ以上の喜びはございませんな! わたくしどもの苦労も報われるというもの! いやはや、やはり勇者様は噂通りのお方のようですな! ハッハッハ!」

「あはははは!」


 青空の下に、二人の笑い声が響きます。

 顔を見合わせてひとしきり笑い合ったあと、ふいにレガートさんが言いました。


「ところでですな。実は勇者様にはもう一つ、わたくしどもにとってとても気になる噂がありましてな」

「気になる噂ですか?」

「ええ、はい。せっかくの機会ですので、こちらについても確かめたいと思うのですが」


 なんでしょう。もしかして、半透明とか強面とかの噂のことでしょうか?

 私は別に半透明でも強面でもないということは、もうご覧いただけていると思うのですが。

 もしかして目に見えないところを疑っている……? はっ! まさか、脱いでみせろと!? そのためにお酒を飲ませた!? いやいや、脱ぎませんよ!? 断じて拒否します! 人前で脱ぐなんてそんな、オットーさんじゃあるまいし!


「いやいや、なあに、勇者様にお手間はとらせませんとも。ジェスター、あれを」

「はっ」


 私からの力強いホワイトタブ方面への風評被害を受け流すと、レガートさんは近くにいた村人にそう言って、何か物を取りにいかせました。ふむ。なんでしょうか。

 しばらくしてジェスターと呼ばれた村人が駆け足で持ってきたのは……あれは、大人が両手で抱えるほどの、丈夫そうな造りの袋です。

 結構大きいですね。いったい何が入っているんでしょうか。


 そんなことを他人事のようにぼんやりと考えた私の脳裏を、その時、突然、急激に湧き出た既視感が駆け巡りました。


 それはあまりにも強烈な既視感。

 つい先日、どこかで、まさに似たような経験をしたような……?


「随分大きいが、まるで金袋のような袋だな」

「あははは。やだなあアグニ、そんなことあるわけ」

「勇者様。これは我らの気持ちです。どうかお納めください」


 訝しげなアグニと狼狽える私を余所に、ジェスターさんは私たちの目の前、片付けられたテーブルの上に、ゆっくりとその袋を下ろしました。

 壊れ物を扱うが如くゆっくりと下ろされたというのに、その袋からは何重にも重なった、ドチャリという重々しい音が響きます。まるで幾つもの金属がこすれあうような、聞く人を思わず笑顔にしてしまうような馴染み深い音。

 その音から、隣のアグニも察したのでしょう。ぎょっとした顔で袋を見つめています。きっと私も似たような顔をしているに違いありません。

 まんまるに見開かれた四つの瞳が、その袋を凝視しました。

 女神の沈黙が恐ろしい。

 ひやりとした汗が、背筋を撫でました。


「あ、あ、あの、レガートさん。これはいったい、なんでしょうか?」


 多少声がうわずりましたが、なんとか言い切ります。

 するとレガートさんは、なんとも涼しげな顔で、こともなげに言うのです。

 それも、特大級にとんでもないことを。


「いやなに、風の噂では勇者様は、こう語られておりましたでな。

 勇者様は、金貨には目がないと」

「キンカニメガナイ。ワタシガ。

 ……では、これは?」

「金貨ですな」

「……これ、全部?」

「ええ、勿論」


 一瞬、ぐにゃりと視界が歪みました。

 私とアグニは、テーブルの上に置かれたずだ袋のようなサイズの金袋を揃って見上げました。

 この中身が、全部、金貨。

 銅貨でも銀貨でもなく、金貨。

 きっとアグニも、私と同じことを考えていました。

 そして同時に顎を落としました。


「「えええええええっ!?」」

「どうですか、勇者様」

「いや、どうもこうもないです! 金貨って、あるところにはあるんですねえ」

「いや。まったくだな。これが全て金貨とはとても信じられん」


 驚きを通り越して、二人揃って関心していると、続けてレガートさんがこう言いました。


「どうですか? この金貨のために、なんでもしたくなってきました?」

「なりませんよ!?」「なるか!」


 二人揃ってツッコミました。

 この時私はうっかりテーブルを叩いてしまい、哀れなテーブルは無惨に粉砕されました。穏やかだった宴会場で突然巻き起こった破壊に、村人たちが悲鳴を上げます。

 まっぷたつにへし折れたテーブルから、ずだ袋だか金袋だかもズチャリと地面に落ちました。ですがが今はそれよりも!


「なんでもってなんですかなんでもって! 私にいったいなにをやらせる気ですか!? ていうか、いったいどういう噂なんですか!!」

「ああっ、わたくしのテーブルが!」

「今は机のことよりもですね!」

「王都の新進気鋭のデザイナー、ミラ・ノクタリウスにわざわざ作らせたばかりの特注品のテーブルが! 最高級のマホガイッチ材を贅沢にあしらった、この世にただ一つしかないこだわりの逸品だったのに!」

「本当にすみませんでした!」


 私は腰を直角に折り曲げて謝罪しました。聞くだけで高そうなレガートさんのテーブルだったものは、直角どころではない折れ曲がりようでした。


「よいのですよ勇者様。きっと強度に問題があったのでしょう。噂に名高いマホガイッチですが、大したことはありませんでしたな。いや、本当に噂というのはアテにはなりませんな! ハッハッハ!」

「はっはっはーじゃなくて、そのアテにならなかった噂についてもっと詳しく!」

「そうだな。オレとしても、ルージュ殿が守銭奴のように扱われるのは我慢がならない」


 そう言うと、ずいとアグニが一歩前へと躍り出ました。

 珍しい。アグニが怒っています! 腕を組んでふんすふんすしているアグニは迫力充分だ!

 いいぞアグニ! もっと言ってやってください!

 自分のためにアグニが怒ってくれていると思うと、なんだか気分がいいですね!


「なんでも勇者様は、かの温泉町ホワイトタブで、真実は金で買えると豪語したとか」

「事実だ」


 アグニがこくりと頷きました。


「それと勇者様は、同じくホワイトタブのとある宿で酒を飲みながら、お金最高! と叫んでいたとか」

「事実だ」


 アグニがこくりと頷きました。


「……事実だったのですか?」

「ううむ。これはどういうことだろうか。まるでルージュ殿が守銭奴のように見える」


 アグニ! もっと頑張って!?


「そう言えばホワイトタブで安宿に泊まる際、ルージュ殿はこうも言っていた。幸せは、金で買えるのだろうか? と」

「ストップです! やめてくださいアグニ! 噂に拍車をかけてます! そこ! レガートさんも神妙に頷かないでくださ……いらない! ほんとにいりませんから! これ以上追加しないでいいですから! やめてよ!!」

『聞こえていますか、マツコベ村の住民たちよ。あなたたちの厚き信仰心に、この女神トーラ、強く感銘を受けました。あなたがたの平和への祈りは届き、結果あなたがたはますます富み、そしてこの金は人界のために正しく使われるでしょう』

「うおっまぶしっ」「おおっ!? これは、女神様の御姿が……ッ!?」「う、ウワアアアアアアア!! 女神トーラ様だアアアアアアアアアアアアア!!」

「ちょっと女神さま!? 勝手に降臨しないでください!! ちょっ、黙っ、めがっ…………ハウス!!!」


  @


 結局、金貨の山は女神の強い希望により私たちの懐に収まりました。もちろん物理的な懐ではありません。入りませんからね。

 こんな持ちきれないほどの金貨、いったいどうするっていうんですか……。またデルタの負担が増えちゃうなあ。


「使い道なら色々とあるではないか。言ってはなんだが、我々の旅装は些か軽装すぎる。オレもせめて装備は新調しなければならないと常々思っていたのだ」


 アグニは現在装備中の、長旅でちょっと色のくすんできた革鎧に触れました。


「そうは言いますけどね、アグニ」


 私はそれを受けて、ちょっと目のほうに魔力を集めるようイメージすると、普段は見えないものが見えてきます。

 例えば、アグニの持っている両手剣。

 王都で買ったという女神に祝福されし聖剣は、実際は教皇が適当に祝福しただけのパチものでした。僅かな、しかし人界ではそれなりにハイレベルだった祝福は魔王との戦いですっかり削げ落ち、抜け殻のような聖性しか持っていませんでした。

 ですが今、その偽聖剣には実物の聖剣に勝るとも劣らないほどの強化補正がかかっています。誰の仕業かと言うと、私の仕業でした。オムアン蚕の湖畔でスライムを斬るのに力を込め過ぎて、ただの丈夫な両手剣だったそれはガチな聖剣を遥かに凌駕する性能になっています。

 女神と魔王の異なる属性の魔力が共存している、言わば聖魔剣。邪悪なアンデッドに効果があるかと思えば聖なる結界もスッパリ切れる、しかもその上魔王由来の殺虫機能までついているという曰く付きの逸品です。

 ですが、これだけならまだ、じゃあ防具を買い替えましょうで住むのですが。

 私は特別に凝らした目で、アグニの革鎧の、特に胸の辺りを見つめます。


 そう。

 この二ヶ月間、アグニの革鎧(むね)に頭を預けて寝まくっていた影響でしょう。

 アグニの革鎧にも、なんか祝福(ブレス)っぽいものがかかっているのです……。


『人界を見守り続けてけっこう長いわたくしですが、装備品に『寝心地向上』がついているのは始めて見ました』

『『悪夢耐性』などはじめて聞いたぞ。おまえの願望丸出しではないか。ン? 騎士を枕にして見る夢は心地よいか?』

「はい……っ! とても、安心できます……っ!」


 私がぼろぼろと涙を流す理由も、アグニには分からないでしょうねぇ……。


「ともかく大丈夫です! その革鎧は女神さまもお墨付きを入れるレベルのちょっとしたものです! 私の安らかなる旅路のためにも、装備の変更は許可できません!」


 今更金属の鎧に頭を預けたくないという思いもありますが、勿論アグニの命のためでもあります。

 聖なる属性と闇の属性、二つの魔力を兼ね揃えたこの鎧。

 たぶん、魔王の爪だって通しませんよ。

 それに見た目だって、うん。悪くない。


「ううむ。しかし。いや、ルージュ殿がそこまで言うのであれば……」


 口では頷いていますが、しかしなんだか納得のいっていない様子のアグニ。

 仕方がありません。ちょっとだめ押ししておくことにしましょう。


「最近アグニ、虫に刺されなくなったなーと思いません?」

「ああ! そうなのだ! いつ頃からだっただろうか。森の近くを通っても以前のように虫が寄ってこなくなった」


 魔王由来の天然魔力は本当に効き目抜群ですね。


「鎧を変えたら、また寄ってきますよ」

「そうか。よし。デルタの鞍でも新調するか!」


 アグニは歯を輝かせて言いました。

 ちょろい。

ちなみにルージュの最強装備は素肌です。

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