女神は見た! 湯煙温泉宿殺人事件 その5
前回のあらすじ
頭脳は小娘、魔力は勇者! その名は、名探偵ルージュ!
真実は、金で買える!!
※注意
このエピソードには一部、BLを含むけっこうキツイ性的な表現や、どうしようもない変態が含まれております。
もし苦手な方は、恐れ入りますが第24部「マツコベ村に行きました。」までスキップしてください。
かくして始まってしまった探偵パートという建前の茶番劇。
私とツーマさんは事情聴取のために大浴場で対面しており、ちょっと離れた所には未だ死んだフリをしているオットーさんがいます。
これから私こと、なんちゃって名探偵ルージュは三人の容疑者と個別に話し、女神という反則ツールを駆使して殺人事件の真犯人を見つけ出さなくてはなりません。
正直ちょっとハメられたなという気分です。
私はどうして、あんなにもノリノリで口上を述べてしまったのか……。
そして意外にももう一人、ノリノリになってしまった人物がいました。他ならぬ私の騎士さま、アグニでした。
彼は、
「そうか! まさかルージュ殿に、そんな特技があったとは! いやあ、流石はルージュ殿だ!」
等と供述しており、いたく関心した様子でした。
その後てきぱきと場を仕切り始めた彼は、私を大浴場に放り出し、話を聞く順番を管理し、私がいかに偉大で優秀な名探偵であるかを虚実入り混じった等身大の騙り口調で熱弁し始めました。ちなみに誤字ではありません。なにせ虚実の内訳が九対一ですからね。いったいアグニは私の何を見てきたというのでしょうか。
それにしても、あの口上はアウトでした……。
私の名誉のために言いますが、あれは私の意志ではありません。女神がああ言えって言ったんです! すべて台本通りなんです! あっ、すみません、うっさいわーの辺りはアドリブです。そのくらいならきっと誤差の範囲でしょう。
何にせよ、私に求められていた役割はあくまで探偵だったはずです。それがどうして「真実は金で買える!」に繋がるんでしょうか。これではまるで女神じゃなくて私が守銭奴みたいじゃないですか!
『いいえ。あれでよかったのですよルージュ。全ては伏線。そう、伏線なのです。あなたの言葉には一字一句、無駄な発言などありませんでした。よくやりましたねルージュ。あなたは既に立派な勇者です。そんなあなたにはますますの加護を』
『いりません!』
女神には申し訳ありませんが、私はこれ以上加護も祝福も伏線もいりません。勇者と魔王で既にお腹いっぱいです。はちきれそうです。
初めはポカンとしてアグニの演説じみた説明を聞いていた三人ですが、やがて誰もが静かに覚悟を決めたように頷いたのが印象的でした。
三者三様に私を見つめる視線に、少し違和感を覚えました。
もし犯人がこの中にいて、そして私が女神つきの勇者だと知ったら、その犯人はちょっと浮いた反応をするでしょう。
そう思っていたのですが……。
彼らの誰もが、不安そうな、何かを押し隠したような表情をしていました。
一人ではなく、三人全員が。
それはつまり、やっぱりこの三人の誰でもないのかもしれません。
しかし、もしかするとこの温泉宿には、私には思いもよらない秘密が隠されているのかもしれません。
それにしても、本当にこの中にオットーさんを殴った犯人がいるのでしょうか……?
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そんな感じで始まった事情聴取ですが、
「犯人は、フレード以外に考えられません!」
ツーマさんの主張は先ほどと変わらず、犯人はフレードに違いないとする告発でした。
ツーマさんはおっとり美人の仮面をどこかに置き忘れてきてしまったかのように、如何にフレードという男性が不誠実で男らしくなくてだらしなくていつ性犯罪に手を染めてもおかしくなかったダメ男かを実に雄弁に語りました。
幼馴染みならではの様々なエピソードを赤裸裸かつ大胆に、犯罪者前提というフィルダーを通して聞かされた思い出話の数々は、私どころか死んだフリをしなくてはならないはずのオットーさんをもガクブルさせるに充分な破壊力を秘めていました。悪鬼羅刹と化した未亡人がそこにいました。とてもじゃないけれど、それ絶対五割増くらいで盛ってますよね、等と言える空気ではありませんでした。
幸い、この大浴場内は現在女神による防音結界が張られていますので、この聞くに堪えない罵詈雑言の数々がフレードさんに届いて自殺に追い込むような心配はありません。音楽の魔法の応用だそうです。聞かせたくない人には聞かせないという便利な魔法だそうですが、魔王に通用しないのが業腹だと言っていました。
その魔法、私にも使ってほしいなあと切に願う時間が過ぎ、やがてツーマさんの喉が枯れ始めた頃、女神の尋問が始まりました。
『いいですかルージュ。これからわたくしが言う言葉を、一字一句違わず口にするのです』
『あはは任せてください女神さま。あの口上を喋った私には、もはや怖いものなんてありませんよ!』
事実でした。ラスタの森といい、どんどん強靭になっていく私のメンタル。ですが代償に、人として大切なものを少しずつ失っていっている気がします。これが勇者兼魔王の宿命なのでしょうか。
ともあれ、ここからが女神の言う探偵パートの本番です。
女神は既に犯人が分かっているのでしょうが、私には今の所、誰が犯人なのかさっぱり分かっておりません。
オットーさんの隣に笑顔で座り、オールドウッドの女将であることに喜びを感じていたツーマさん。
隠居した身でありながらも常にオールドウッドを継いだ二人のことを気にかけているダーディさん。
オットーさんの幼馴染みであり、ツーマさんに告発されたにも拘らず終止無言だったフレードさん。
誰がオットーさんをその手にかけたのか。
いったいなぜ、オットーさんが死ななければならなかったのか。
それを確かめるための事情聴取が、いま始まろうとしていました。
『ではまずこう聞くのです。ツーマ、あなたが犯人ですね? と』
「ツーマさん、あなたが犯人ですね?」
「……やっぱり、勇者様はなんでもお見通しなんですね」
「えっ?」
「そうです。私が、私がやりました……! オットーを殺してしまったのは、この、私です……!」
終わりました。
「えっ!? ええっ!? もう!? 罪認めるの早くないですか!? まだ一人目ですよ!?」
『フッ。無理もありません。相手は人界の勇者にして女神トーラの名代。わたくしの前ではあらゆる嘘は意味を為しません。故に、ツーマは全てを諦め、懺悔したのでしょう』
『そうですか……女神さまが言うのであれば、そうなんでしょうね……。っていうか、本当にツーマさんが犯人なんですか?』
ツーマさんは私の前で崩れ落ち、先ほどまでの勢いを失い、さめざめと泣いていました。
こうして自白されてみると、未だ血に濡れたままのツーマさんの両手が何とも生々しくて、ちょっと引いてしまいます。
今更ですが、オットーさんがすぐに起き上がれなかった理由もなんとなく分かりました。いったいどうしてツーマさんがオットーさんをその手にかけなければならなかったかは分かりませんが、自分を殴り殺したツーマさんの前に「やあ、生き返っちゃった☆」などと軽々しく姿を現すことなどできなかったのでしょう。当然の帰結でした。
それにしても、あのツーマさんが。
いったいなぜ。どうして。
『私にはどうしても、ツーマさんがオットーさんを殴っただなんて信じられないんですけど……』
『であれば理由を尋ねるのがよいでしょう。ルージュ、続けてこう聞くのです。なぜ、こんなことをしたのですか? と』
「ツーマさん、どうしてこんなことをしたんですか?」
「うっ、うっ。それは……」
「それは?」
「わ、私が、その、見てしまったからです!」
「な、なにをですか?」
ぼろぼろと涙を零しながら肩を震わせるツーマさんの様子は、どう見ても尋常ではありません。
そもそも人を殺そうとすること自体が常軌を逸した行いです。
そこには何らかの強い思い、怒りや恨み、それを行わなければならないという強い感情が必要なはずです。
しかし今のツーマさんからは、オットーさんへの怒りや恨み、憎しみといった感情が感じられません。ただただ、ツーマさんは悲しんでいました。
いったいツーマさんは何を見てしまったというのでしょうか?
何を見聞きしてしまったら、あんなに仲の良かった夫を、その手にかけようとしてしまうのでしょうか?
狼狽える私に対し、ツーマさんはその答えを示しました。あらん限りの大声で、泣き喚きながら、この世の終わりとばかりに叫びました。
「私は見たんです! 主人とフレードが、湯船の絡み合い、もつれ合い、あ、あ、愛を囁き合っているところをおおおおっ!!」
そしてまた堰を切ったようにわあわあと泣き出してしまったツーマさんを前に、私は冷静でした。
何度も何度も床石を拳で叩き、罪人のように額を打ち付け、それでもなお晴れない悲しみに、ツーマさんは狂っていました。
振り返ると、魔力の籠った私の視線を感じたのでしょう。肉体的には無事なオットーさんがシーツ越しにガタガタと震えている様子が伺えました。たった今社会的に、そして精神的に死を迎えつつある男の姿でした。
誰もが傷ついていました。
しかし私には、それでも心を鬼にして聞かねばならないことがありました。
「ツーマさん」
「ひぐっ、ひぐっ、はい」
「一つだけ教えてください」
「はい、勇者様。全てをお話します」
罪を認め、全てを諦め、ぐすんぐすんと鼻をすする美人女将ツーマさんに私は聞きました。
「オットーさんは攻めでしたか? 受けでしたか?」
「攻めでした! 後ろから! フレードの腰をこうグッと掴んで何度も何度も! ああ、あああっ、うわあああああぁぁぁぁあん!!」
そうして始まったツーマさんの告白は、次のようなものでした。
みんなと別れた後、ツーマさんはオットーさんとフレードさんの着替えを届けに、脱衣所に入ったのだそうです。
その時ふと気付くと、浴場のほうから聞こえてくるのはオットーさんとフレードさんの不可思議な声と息遣い。
オットーさんは旦那さまですし、フレードさんは幼馴染。特に深く考えることもせず、ツーマさんはそっと大浴場へ続く扉を少しだけ開けて様子を伺い、そして目撃したそうです。
地上のパラダイスを。
ああ、すみません。これは話を聞いた私の感想でした。きっとツーマさんには楽園ではない別の何かに見えてしまったのでしょう。
ツーマさんはそこで目撃したことを詳細に打ち明けてくれました。オットーさんは嫌がる様子のフレードさんを力尽くで押さえ込み、それはもうとても言葉に言い表せないような色々なことをしたそうです。なんと言うことでしょうか。薔薇の楽園は地上にもあったのです。私は全世界の同志たちにこの事を伝えたい!
『女神さま! 啓示をお願いします!』
『その要求は呑めません。悔い改めなさい』
『女神さまのケチ!』
やがてフレードさんの声に甘いものが混じり始めたと気付いたとき、ツーマさんは着替えを置いて、慌てて脱衣所を飛び出したそうです。
あまりの出来事に心の整理が追いつかなかったツーマさんは、その後何も見なかったフリをして先に上がったフレードさんを部屋へと案内しました。
そして再び大浴場に戻ったツーマさんは、そこでちょうど湯船から上がろうとするオットーさんと対面したそうです。
ツーマさんはいつも通りに振る舞えたかどうか、自信がなかったそうです。
しかしその時対面したオットーさんは自然体で、何事もなかったかのように笑うオットーさんの笑顔があまりにもいつも通りすぎたことにショックを覚え、咄嗟に足元にあった桶を拾ってオットーさんを殴打。気がついたらオットーさんは倒れていたということです。
衝動的に、やらなければならないと思ってしまったそうです。
あとは、アグニの言った通りになりました。
「お義父さんの食事をお作りする間も、お義父さんの部屋にお持ちした時も、私はなんてことをしてしまったんだろうって、そればかりを考えていました……。でも、浴場から聞こえてくる夫の楽しそうな声が頭を離れなくて……それで……!」
「うんうん。分かります。辛かったですね、ツーマさん。それでオットーさんはなんて言っていたんですか?」
「ここがいいんだろう! お前の体は最高だ、って! フレードの背中を優しく撫でさすりながら何度も何度も! ううっ、今も鍛えているのかとか、関節が柔らかいなとか、あう、うううっ! オットー! どうしてこんな、こんなぁ……!」
「分かります! 分かりますよツーマさん! 筋肉のついた男性の背中って素晴らしいですよね! 女性が素晴らしいと思うモノは男性から見たって素晴らしいんですよ! フレードさんって、意外と着やせするタイプなんですね!」
「誰に共感してるんですか!? はっ、勇者様、鼻から血が出てますよ!?」
「ツーマさんの心がいま傷ついているように、私もまた傷ついているんです。それだけのことです」
「勇者様……!」
主に鼻の粘膜に傷を負いました。
こんなに興奮したのはアグニに初めて出会った日以来です。大浴場での出来事といい、旅先では性的にちょっと開放的な気分になるって本当ですね。
止めようとしても止まらないので、もはや鼻血は垂れ流し状態。ちょっと危ないなと思ったときにはオットーさんの傍に駆け寄って、赤を隠すなら赤の中的な感じでカモフラージュすることにしました。大丈夫、ここは浴場です。後でまとめて流せばいいんですよ。
「それにしてもツーマさん、やけに自白が早かったですね」
「お客様が実は勇者様だと知って……そして一番に私が呼ばれたとき、私は全てを悟りました。貴女は私の罪を裁くために、女神様が遣わした御使いなのだと。一時の感情で愛する夫を殺めてしまったばかりか、フレードに罪を着せようとした私を、正しく裁くために遣わされた……うっ。ううっ」
『女神さま。御使いってなんですか?』
『わたくしの意思や啓示を受けて動く人間を、そう呼ぶ人間がいます。ある意味勇者も御使いと呼べるかもしれませんね』
そういう意味では名探偵ルージュは間違いなくその御使いとやらでしょうね。なにせ台本付きです。
「じゃあどうして、さっきはあんなにフレードさんを悪し様に言ったんですか?」
「八つ当たりです。勇者様。貴女に、夫を幼馴染の男性に寝取られた妻の気持ちが分かりますか?」
「すみませんでした」
ツーマさんの心の闇は深そうでした。
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一人目の事情聴取だったにも関わらず、想定外の速さで犯人を特定してしまった訳ですが、どうやら事件はまだ解決していないようです。
『オットーを殺したのは、妻のツーマでした。その動機は、オットーとフレードが肉体関係にあった現場を目撃したこと。しかしルージュ。わたくし達はまだ、なぜ、いつからオットーとフレードが肉体関係にあったかを知る必要があるでしょう』
『えっ! そんなプライベートなトコロまで踏み込んでいいのですか!?』
『いいのです。何故ならあなたはたった今、名探偵ルージュとしてこの場にいるのです。これは事件発生時においては勇者と比肩する権力者を意味します。名探偵の推理のため。この名目がある限り、あなたはあらゆる情報を見聞きする権利を得るのです』
『やったあ! 名探偵ってスゴイ!』
『クックック。その調子で権力の味を覚えるのですよ、ルージュ……』
とまぁそんなやり取りがあり、ツーマさんにはまだ自白してしまったことを伏せてもらうようお願いし、脱衣所に戻ってもらいました。
くすんくすんと涙するツーマさんを、やはりダーディさんが慰めていました。でもダーディさんは知りません。ツーマさんを泣かせているその原因は、幼馴染の男性に悪戯してしまった実の息子にあることを……。
「ルージュ殿! 耳に入れておきたい情報がある」
ふと、アグニが真剣な表情で私の元にやってきました。
自然な仕草で屈み、私の耳元に顔を近づけました。アグニの吐息や匂いを感じます。私の乙女の部分がビンビンに来ていました。この時すぐ傍に倒れていたオットーさんについてはほとんど存在を忘れていました。
「ルージュ殿が事情聴取をしている間、オレのほうでも幾つか情報を集めた」
「情報ですか?」
「そうだ。まずツーマさんだが、ダーディさんの話では、夕飯を持ってきた際に少し様子がおかしかったそうだ。フレードさんについては、雨に濡れて体を冷やしていたのはフレードさんだったにも関わらず、なぜかオットーさんよりも早く浴場を出ている。ダーディさんについても、宿の視察のために宿泊しに来たにしては、温泉に入浴しようとしていなかった点は不自然だ。大浴場で何か起こることを知っていたか、あるいは何かを隠しているのではないだろうか?」
「あっ……はい」
アグニがなんか、物凄く探偵っぽいことを言ってる……。
「どうだろうか! 君の推理に役に立つだろうか?」
凄くキラキラとした目で私を見ている……。
「あ、ありがとうございます。アグニ。たぶん、物凄く参考になると思います」
「そうか!」
アグニは満足そうな笑顔で頷きました。
「なんのこれしきだ! オレは名探偵ルージュ殿の助手だからな!」
雇った覚え、ないんですけれど!?
なんていうことは勿論できず、私は大股でフレードさんの元へ歩いていく自称助手をただただ見送りました。
ごめんなさい、アグニ。
もう犯人、分かっちゃってるんです……。
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倒れるオットーさんに向けて、よくやった! 的なマナザシを送ってビクビクと反応するさまを楽しんでいた頃、二人目の容疑者である――というか既に容疑は晴れているのですが――フレードさんがやってきました。
フレードさんは開口一番、こんなことを言いました。
「勇者ちゃん、自白するよ。オレだ。オレがオットーを殺したんだ」
どうやらこの事件、もうひと悶着ありそうです。
本当に申し訳ありません。どうやらその6でも終わる見込みが立っておりません。もう暫くお付き合いいただければと思います。
推理もクソもない探偵パートが始まろうとしてさっそく終わりましたが、果たして皆様の推理は正解でしたでしょうか! えっ、当てさせる気あるのかって? それは……その…………今日は、いい天気ですね……?
この後もう少しだけルージュが大喜びする展開が続きますが、ノンケの諸相におかれましては、もう暫く耐えてください! ホントごめんなさい!
この話、書いていて割と楽しいです!




