勇者か魔王にならなきゃいけないみたいです。
一部投稿の時点でリクとギドのブックマーク数を超えました。
内心、複雑です。
「初めまして。私はルージュと言います」
「わたくしはトーラ。人界の守り手であり、女神ですわ」
「……魔王、バロールである」
私たちはまずお互いに名乗り合い、改めて話し合いを再スタートさせました。
場所は変わらず私の部屋です。ただ、さっきとは少し状況が異なります。
まず、女神が省エネモードです。
どういうことかというと、ご近所迷惑だったうるさい音楽をピタリと止めていただき、後光的な発光もほどほどのところで抑えていただきました。今はお互いの顔が見えるくらいです。そうです、このくらいでよいのです。
魔王にも、部屋が手狭だったので縮んでいただきました。もともとそういうことはできたようですが、箔を付けるとかでちょっと無理して元のサイズで収まっていたようです。すこぶる迷惑な話です。
いま、バロールと名乗った魔王は私の膝に乗るくらいの子犬サイズになっています。頭も一つになり、瞳もつぶらです。どこからどう見ても愛玩に適したの可愛らしい子犬でした。魔王の威厳? そんなものはゼロになったと言っていいでしょう。
もっとも、今や女神の威厳もゼロでした。どうやら女神は省エネモードになると素が出てしまうらしく、古来より伝わるブッダネハンスタイルで地面に横たわり尻を掻いています。女神どころか女として失格レベルです。表情と言葉遣いだけは一人前ですが。
今は私が一つしかないベッドに座り、女神と魔王を見下ろしている。そういう構図でした。
できれば子犬化した魔王を抱いて思うさま撫でてみたかったのですが、「我の了承なく触れることは勇者の名を捨て魔王の、あっあっやめろ、最後まで言わせあっあっあっ、やめろ!!!」と言われたので渋々手を引きました。素晴らしいもふもふでした。
さて。
話に入る前に、私が持つ女神と魔王の情報について、改めて整理する必要があるでしょう。
そう。何を隠そうこの私、二人のことを知っています。
というか、人界に住む人間で、この人たちの名前を知らないはずがないのです。
女神トーラ。
ゴードグレイス聖王国を始め、世界中の国々が国教としているトーラ神聖教において唯一神として崇められる、現存が確認されている唯一の神。
今から五百年前に人界に姿を現し、その偉大な力をもって人々を導く存在、勇者を選別し、また異世界である魔界へのゲートを開くことができる人界唯一の存在。
人界に魔物と呼ばれる怪物が現れ始めたのは今から一千五百年前。人間よりも遥かに強く凶暴な魔物たちに対して、初めて大規模な反撃と殲滅を成し遂げただけでなく、全ての元凶である魔界への遠征を成し遂げ、初代魔王を打ち倒した功績は五百年経ってなお人類史の頂点に輝いています。
その姿を直接目にした人は少ないですが、誰もが女神の声を聞いたことはあるはずです。なぜなら、新たなる勇者が選別されるたび、彼女の鈴のようなソプラノボイスは魔力の風に乗って世界中に響き渡るからです。
教義によれば、女神トーラはかつて人間と人界を創造した造物主であり、状況が許す限り、人々の成長を見守り続けた人界の守り手だと言われています。
魔王バロール。
ごく最近まで存命していた、歴史上での最後の魔王。故人。いや故犬?
同じく最後の勇者、フセオテさまとの壮絶な一騎打ちの末、相討ちになったという報せは記憶に新しい。
魔王とは魔界を率いる者が名乗る称号のようなもので、勇者に匹敵する魔力を持ち、勇者、ひいては人界そのものに強烈な敵意を抱き続けている、まさに人類の仇敵とも言える危険な存在だと言われています。
何度倒れても名前と姿を変えて蘇り、その度に過去の魔王よりも遥かにパワーアップする性質を持つと言われています。今では魔力のインフレが進み、勇者でなければまともに相対せないほどになっているらしいです。
人界に魔物を放ち、侵略戦争を仕掛けたのは初代魔王であると言われています。
噂によれば、先代である魔王バロールの咆哮を間近で聞いた者は、耳から呪われて絶命すると言われ、兵士たちから恐れられていたそうです。
なお、逐一伝聞系なのは、私自身生まれてこの方魔王なんて見た事がないからです。もし居るとすれば、それは勇者さまか、生死を賭けて最前線で立つ騎士さまだけでしょう。
とまあ、予備知識としてはこんなところでしょうか。
さて。
そんな一般常識を踏まえた上で、いま私にとって最も重要な情報を洗い出します。
そうすると、それは次の二点であることが分かります。
一つ。
一般常識的に、人界と魔界は現在戦争真っ只中であり、その中心人物である勇者と魔王は早いペースで亡くなり、代替わりが激しい存在であるということ。
一つ。
本来敵対すべき次なる勇者と魔王を選定する、女神と先代魔王の両名が、現在この私、ルージュを後継として指定していること。
となれば、聞くべきことは一つです。
「あの、どうして私なんですか?」
そう。
本来、私みたいな酒場で歌うしか能のない一般ピーポーが、あろうことか勇者に大抜擢されるなんてことは、天地がひっくり返ってもあり得ません。
それは何故か。
これまた一般常識の話になりますが、代々の勇者の選定基準というものは、なんというか、国民の意見に非常に忠実だったのです。
例えば、そう。人界での最前線に位置するハルグリア帝国に、勇猛で馳せるナンタラーという人が居たとします。
イメージしてください。
凄腕の剣士でありながら頭脳明晰、指揮能力にも優れて人に好かれ、加えて高い魔力も持つので魔法とかバカスカ打てちゃう、そんな完璧超人。それがナンタラーです。
すると、人々は口々にこう言う訳です。ナンタラーこそ勇者にふさわしい! ナンタラーこそ真の勇者だ! と。
やがてナンタラーを讃える声がハルグリア帝国内に収まらず、他国なんかにも伝播していく訳です。ハルグリア帝国にはナンタラーという大男が居るらしい。そいつは素手でグリズリーを嬲り殺し、更には王国主席に匹敵する魔法使いでもあるらしいぞ、あと嫁が十三人いるらしい、みたいな。
すると、人々の行いをしっかり見ている我らが女神です。次なる勇者を選別する際、しっかりちゃっかり選ぶのです。誰あらん、ナンタラーを。
つまり何が言いたいかというと、女神は決してテキトーに勇者を選んでいる訳ではないということです。
国を見て、人を見て、誰もが勇者にふさわしいと考える強い人。それこそが、次代として選ばれる勇者……だったのです。今までは。
あ、魔王のほうはもっとあり得ません。だって私、人間ですし。元人間の魔王とか、聞いた事ありませんし。そもそも魔界なんて、見た事ありませんし。
つまり私のこの質問は、誰もが疑問に思って当然の、至極全うなもの。これを聞かずに何を聞くの? そういう質問だったのです。
だというのに、女神も魔王も何故か沈黙を保ったまま、答えてくれません。お互いに顔を見合わせて、こちらの様子を伺う素振りさえ見せています。なんでしょう。もしかしてあなた方、実は仲がよいのでは?
そんな事を考えていると、女神のほうからスッと手が挙がりました。
それを見て思い出しました。
『すみません、ちょっと静かにして頂けますか。次に喋ったら、その方の反対勢力に付きます』
そうでした。
お互いに名乗り終えた後、私が考え込んでいる間お二人があんまりにもうるさかったので、そんなことを言いました。
確かに言いました。
無意識にとはいえ、仮にも女神と魔王に対し、なんという言い草でしょう。我ながら無礼にも程がありました。
しかしどうして女神と魔王は、こんな小娘である私の言う事を素直に聞いてくれるのでしょう? 勇者だったり魔王だったりすることと何か関係があるのでしょうか。
「……どうぞ、女神さま」
「あ、しゃべってもよろしい? あなたがわたくしに選ばれた理由、それはズバリ、あなたがこの世界の誰よりも強くなると分かったからです」
「はい?」
ちょっと仰っていることの意味が分かりませんでした。
「ピンと来ないのも無理はありません。なにせ、ついさっきまでのあなたは本当にただの町娘。魔物と戦うどころか剣すら握ったこともない、臆病で健全なひとりの少女に過ぎなかったのですから」
私は理解してるわよ、みたいな顔でフンフン頷いていますが、ブッダネハンスタイルでそれをやられては説得力以前の問題です。
「でも今のあなたは違います。あなたの魂はまさしく王の器。あなたの外側から注がれるわたくしの加護の全てを余すことなく受け止め、なお余りある器。断言いたします。いまのあなたは歴代のどの勇者よりも強い」
「あの……。それは、例えば最強とまで言われていた、あのフセオテさまよりも?」
「比較対象にすらなりません。今のあなたを100とするならば、彼は死体です」
比べる前に殺すなんてあんまりじゃないですか?
「女狐の言葉は事実だ」
ハリのあるヴァリトンボイスで魔王が言いました。
というか、先ほどの姿ではあまり違和感を感じませんでしたが、愛らしい子犬の姿で妙にダンディズム溢れる物言いをされると、なんというかこう、沸き上がってくるものがありますね。これは怒りでしょうか?
黙ってさえいれば、最高に愛らしいのに!
「種族の垣根を越えて世界を見渡したとき、おまえの魂の器はズバ抜けておった。本当に人の子かと疑うほどにな。そして思ったのだ。魔王の恨みに染め上げてしまえば、種族の違いなど些細な問題だ。歴代全ての魔王の膨大な魔力を受け止めて余りあるおまえの器であれば、今度こそ勇者どもの小細工を打ち破り、魔界に勝利をもたらすことも夢ではないとな」
「はぁ……そうなんですか?」
女神に続いて、魔王までもが器がどうとか言い出しました。
そういえば、そもそも魔王も言ってましたね。魔王の器がどうたらこうたら。
「まるで他人事のように言うのですね。あなたは自分の特異さをもっと自覚なさるべきです」
「と言われましても……具体的にどのくらい変なんですか?」
「そうですね……。現在、あなたはわたくし、女神の加護と魔王の継承、そのどちらをも完全な形で同時に受け入れ、なおかつ、信じられないことに安定しています。これはどういうことかと言うと、歴代の魔王が全員束になって襲いかかってきたとしても、訓練ひとつ受けていない今のあなたにも傷一つ付けられないくらいの魔力差があります」
「えっ」
「追加で歴代の全勇者どもが束になって斬り掛かってきたとしても、同じ結果となるであろう。ちなみに、魔族、ニンゲンに関わらず、そのレベルの魔力を個人に注がれた場合、普通に体が弾けて死ぬ。普通は」
やめてよ!!!
「そうですね。普通に魂ごと爆発四散して、余波でついでに世界も滅亡するでしょう。普通は」
普通にやめてよ!!!!!
「えっ怖っ!! ちょっ……やめてよ!!! なんてことしてくれてるの!? 私死ぬどころか、世界滅亡するところだったの!? 私の部屋から始まる世界滅亡とか勘弁だよ!!」
「安心せよ。我とてそこまで考えなしではない。我ら魔王の魂の継承であれば、魔力を注ぎ切ってなお安定すると踏んでの試みであった」
「あ……そうなの?」
「わたくしは先に薄汚い魔王に手付きにされるあなたを見て、ついカッとなって祝福しました。後悔はありません」
「やめてよ!!! ついカッとなって世界を滅ぼす女神なんて願い下げだよ!」
「済んだことですよ。無事なのですから良いではありませんか。ルージュよ、まずは落ち着くのです。わたくしの声が聞こえますね?」
「女神っぽく言っても無駄だよ!! 威厳台無しだよ!! 色んな物に裏切られた気分だよ!!」
肩で息をする私に、テヘペロスマイルで頭ゴッツンをするブッダネハンスタイルの女神を、私は生涯忘れることはないでしょう。
しかし、ここで足を止めてはなりません。なぜなら私はスタート地点にすら立っていないからです。
「ものすごく納得できないんですけど、なぜ私だったのかは分かりました」
私は女神と魔王を交互に見て、次の質問を、口にしました。
「それで――私はこれから、どうすればいいんですか?」
「それは勿論、わたくしの導きのもと魔界へと乗り込み、魔王を失った魔族残党を皆殺しにするのです!」
「当然、我らの無念と怒りを継ぎ、勇者を失ったニンゲンどもを一人残らず皆殺しにするのだ!」
「あ?」
「あ?」
いけません。再びメンチの切り合いが始まりました。
しかしどうでしょう。今や睨み合いの片割れは、つぶらな瞳の愛玩犬です。どう見ても動物の虐待現場です。憂うべき事態です。
不覚にも魔王の肩を持ちたい。そんな衝動に駆られてしまったとしても、私を罪に問うことなど誰にもできないでしょう。
いえ、しかしこれは私の責任でもあります。あんな質問をしてしまっては、こうなることなど、目に見えていたのですから。
「すみません。お二人とも、いったん落ち着いてください。ではこうしましょう。もし私が勇者になったり、魔王になったりした場合にどうなるかを教えてください。まずは女神さまから」
〜勇者になった場合〜
「世界に新たな勇者の誕生を通告した後、世界を代表してゴードグレイス王家に謁見。その後魔界へと渡り、勇者として剣を振るうことになります。まず間違いなく魔族と魔物は一匹残らず絶滅するでしょう。魔王の力がこうしてルージュに渡った以上、ルージュを妨げるものは魔界に……いえ、この世界を見渡しても存在し得ません」
「例えばですけど、私が勇者になることで魔王の魂が離れて、私の力が減ったり、新しい魔王が誕生したりはしないんですか?」
「可能性はゼロではありませんが、専門家の意見を聞いたほうが良いでしょう。駄犬よ、口を開くことを許可します」
「……」
魔王は何かを考え込んでいるようでした。別に女神の挑発にイラっとしたとか、そういう理由だけではなさそうです。
やがて魔王は諦め切ったように言いました。
「全てはおまえの決断一つになるだろう。ここからの隠し事は一切なしだ。我らの魂はその渇望が満たされぬ限り、ルージュ、おまえから離れることは絶対にない。魂の継承は既に完了し、安定してしまった。我らの記憶や恨み、怒りを女神の加護が打ち消す限り、新たな魔王が生まれることはないし、我らがおまえをコントロールする術はないだろう」
「つまりあなたの力も地位も盤石ということになるわね。その後の流れとしては、魔界全土を人界の新たな植民地とし、人界の更なる発展が約束されるでしょう。一千五百年続いた魔物との争い、そして五百年続いた魔王との争いに終止符を打ち、あまつさえそれらを単身で成し遂げたあなたの功績は、人界の王族たちですらどう報いるかに頭を悩ませるでしょう。あなたは絶対的強者の立場から安全に力を振るうだけで、金も名誉も異性も、何もかもを手に入れることができるでしょう。そしてそれは、あなたが寿命を迎えるまで安泰です。もしかすると、その膨大な魔力は不老不死さえも実現してしまうかもしれません」
なんか私の未来予想図が半端ないことになっています。
えっ。何それ現実?
「あの。まるで現実感が」
「ないでしょうね。想像もできないでしょう。ですが、女神トーラの名に置いて断言します。最低、こうなります。それほどに、あなたの魔力と勇者の地位は異質であり、盤石なのです」
「はー……すごい」
すごい。
私の貧相な語彙では、こんな感想しか出てきません。それくらい、想像の外なのです。
あ。いま誰か、私の胸をイメージしましたね。貧相かどうか、気になりますか? 有り余る魔力のせいでしょうか。第六感とも言うべき謎の知覚までも磨かれてしまったようです。
ちなみに、私の胸を貧相にイメージした殿方。あなたは将来ハゲます。断言します。間違いなく、ハゲます。これもある種の知覚です。諦めてください。
「では次に、魔王さま、お願いします」
〜魔王になった場合〜
「そこの女狐が言ったこととさほど変わらぬ。滅ぼす先が人界となり、ニンゲン、そして魔物どもは絶滅するだろう。そして二度とゲートなど開くことはない。我ら魔族にとって、人界とは災いはあっても益など一つもない場所だからだ」
「あれ? 魔物も滅ぼす事になるんですか? というか、魔物って魔族の手先ですよね?」
「なんとも白々しいことを言うな。貴様等ニンゲンはあの醜悪な魔物どもの出所を魔界だと考えているようだが、我らは人界だと考えている。魔物どもは魔族にとっても害悪なのだ。この点について、我はおまえと議論するつもりはない」
初耳でした。魔物は魔族の手先。それは私たちにとって、リンゴが地面に落ちるのと同じくらいの常識でした。
それとも、嘘をついたのでしょうか? 魔族にとって不利な情報だから。
いや。
先ほど魔王は言いました。
『ここからの隠し事は一切なしだ』と。
私は不思議と、それをすんなりと信じることができました。
見た目は子犬ですが。
「おまえは永きに渡る人界の侵略を、ニンゲンの身でありながら止めてみせた英雄として丁重に扱われるだろう。もし扱われなかったところで、問題はない。魔界では力こそが全て。遺恨などを残す愚か者は全て消し炭にすればよい」
当然とは思いますが、人界ほど、すんなりとは受け入れてもらえなさそうな気配は確かに感じます。
そんな苦々しい空気を察したのか、魔王が取り繕うように言葉を続けました。驚いてください。人界を苦しめ続けた魔王は、意外なことに空気を読む子犬だったのです。
「む……そうだな。魔界の利点を挙げるとするならば、空気や作物は圧倒的に魔界の物が美味い。これは魔族の共通認識だが、人界は汚染されすぎている。我らが人界など要らぬと言った一因もこれだ」
あ、それ聞いたことがあります。
魔界に遠征して生きて帰った兵士の話によれば、魔界の作物はどれも大きく、そして抜群に味が良いと。
私は酒場の娘なので、それなりにいい物を食べている自信がありますが、確かにちょっと魅力的です。
「ちなみに、私が魔王になった場合も、新しい勇者とか生まれないんですか?」
「駄犬の愚直さに免じて、わたくしも腹を割りましょう。生まれません。勇者とは常にたった一人、人界の民たちからの願いによって選ばれますが、その能力の実態はわたくし女神の加護にあります。わたくしの力の源は無辜な民たちの信仰ですが、例え大多数の民たちが願ったとしても、わたくしとルージュを切り離すことはできないでしょう。魔王の魂が私を離そうとしないともなれば、なおさらです」
なるほど。女神の加護と魔王の魂は、お互いに噛み付き合ってバランスを保っているみたいです。
なんだか私の体の中で、縄張り争いをされているみたいで落ち着かないですが。それにしてもいちいち一言多い女神さまですね。
「歴代魔王の恨みとか怒りとか、そういうのは大丈夫ですか?」
「問題ないと言えば嘘になるが、結果的には問題ない」
えっ。なんでしょう。とんちでしょうか?
やめて下さい。私は頭がよくないんです。
「今は女狐が抑えている我らの怒りだが、やがてニンゲンどもが数を減らし、女狐の力が弱まることを心配しているのであろう。だが問題ない。それ程までにニンゲンの数が減っているということは、それだけ我らの溜飲が下がるということだからだ。ニンゲンどもの最後の一匹まで滅ぼし尽くした時、初代魔王の盟約に則り、我らの魂もまた、天へ離される事となる」
「最後の一匹はルージュ、おまえだー的な展開はないですか? いちおう私、勇者でもあるみたいなんですが」
「人界を捨ててまで義を貫こうとするおまえに、そこまで求めんとする魂はいない」
「そうですか」
自己申告制というところに一抹の不安を覚えなくもないですが、ひとまず納得しました。
「また、態と女狐が加護を切り、ルージュを恨みと怒りで蝕むという可能性がある。が、その結果ルージュによる無分別なニンゲンどもへの殺戮が始まるであろうことを鑑みるに、やはり、問題はない。そのような選択肢を、この小賢しい女狐が取るはずがないからだ」
おっと。私がぼんやりしているところで、何らかの情報戦が始まっていたようです。バチバチやっています。ちょっと聞いていませんでしたが、ちょっと言い出せない雰囲気です。
でもまあ構いません。
ここまでで大体分かりました。
私が今後どういう選択肢を取ると、どういうことが起きるのかが。
嫌でも分かってしましました。
莫大な魔力とか、そういう実感は未だ何一つないのに。
冗談抜きに、私の決断ひとつで世界が滅ぶようです。
私が瞑目してじっと考え込んでいると、女神と魔王もまた、気配を沈めたようでした。きっと察したのだと思います。私がどんな重圧を感じていて、そしてそんな私がなんらかの答えを出そうとしていることを。
きっと私が考えていた時間は、私が思うよりずっと短いものだったのでしょう。
再び目を開いた私に、女神が問いました。
「いいの?」
もっと考えてもいい。
きっとそう言いたかったのだと思います。
しかしいいのです。私の願いと答えは単純で、揺るぎようがなくて、何があろうとも、きっと覆らないものだろうから。
私は女神と魔王を順に見て、ひとつ頷きました。
そして私は言いました。