表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/85

女神は見た! 湯煙温泉宿殺人事件 その4

前回のあらすじ。


そんな……まさか、オットーさんが……オットーさんが……!


※注意

このエピソードには一部、BLを含むけっこうキツイ性的な表現や、どうしようもない変態が含まれております。

もし苦手な方は、恐れ入りますが第24部「マツコベ村に行きました。」までスキップしてください。

 私たち四人はオットーさんの遺体から離れ、脱衣所へと引き返しています。

 四人というのは、私、ツーマさん、ダーディさん、フレードさんの四人です。

 アグニだけは大浴場に残ってオットーさんの検死を行っています。勿論専門というわけではないのですが、人の死に多く触れる職業ですので、ある程度のことはできるのだとか。

 それでも顔を見て名前を知って、少なくない会話を交わした相手の検死をする。

 それが必要だと分かってはいても、辛い作業には違いありません。

 ましてやそれが夫や幼馴染み、または実の息子という間柄だとすれば、その心労は私には想像することもできません。

 その役割を自ら進んで買って出たアグニに対し、ダーディさんもフレードさんも、ただただ感謝だけを伝えていました。


 脱衣所では、真っ赤になった手のひらを拭おうともせずにひたすら泣き続けるツーマさんを、ダーディさんが慰めていました。ダーディさんも実の息子を亡くしたばかりだというのに、ツーマさんのために気丈に振る舞っています。強く握り締められた拳から流れる血が、それを物語っていました。

 フレードさんはと言うと、二人からは少し離れたところで顔を真っ青にしながら震えていました。無理もありません。ツーマさんの話が正しければ、オットーさんとフレードさんは幼馴染み同士だったのですから。

 みんなが一様にショックを隠しきれない中、さて私はと言いますと、彼らからもう少し離れたところで女神との会話に勤しんでいました。

 重要な要件でした。


『女神さま』

『なんでしょうか、ルージュ』

『私、人の……死体を、実際に見たのはこれが初めてなのですが』

『えっ』


 なんですかそのリアクションは。私は死体という言葉を口にするだけでも心苦しい純情乙女ですよ。

 いえ、今はいいです。何せ事態は急を要するのですから。


『女神さまは、前に私が死んでも蘇生については充実保証って言っていたじゃないですか』

『ええ。確かに言いました』


 私と女神が初めて出会った日のことですね。

 蘇生に関することだけじゃなくて、イケメンハーレムがどうとか教団でやりたい放題とか言っていた気もしますが、今はさておき。


『と言う事は、もしかして女神さまは、死んだ人を生き返らせることができるのではないですか……?』


 ごくりと。

 緊張の面持ちで、私は女神にそれを訊ねました。


 これはある種の賭けでした。

 如何に人界を守護する唯一の神、女神トーラと言えど、できることとできないことがあるかもしれません。

 また、もし仮にできたとしても、私のワガママのような感情で人を生き返らせてよいのかも分かりません。

 人の命を個人の意思で弄ぼうとする行いについて、その覚悟について、私はまだそれを飲み込むことができるほどの倫理観を持ち合わせてはいないでしょうから。

 だからこれは賭けであり、女神に軽蔑されるかもしれないという私の覚悟を孕んだ言葉だったのです。

 ですが、


『えっ、なにを今更』


 私の覚悟は女神のおみ足でぐりぐりと踏みにじられたように感じます。


『えっ。今更ってなんですか?』

『いえ、なんでもありません。ルージュ。あなたは歴代で最も残酷な勇者であるかもしれません』

『不吉なことを言わないでください!』


 ただでさえ魔王候補なんですから!


『それはさておきルージュ。わたくしの力とあなたの魔力を合わせれば、対象が人界に住まう人である限り蘇生させることは可能です』

『本当ですか!』


 朗報です!

 流石は女神。こと人界において、彼女に不可能なんて文字は存在しないのかもしれません。

 これを事前に聞くことができてよかったです。私はアグニに守られたいし、私もアグニを守り抜くつもりですが、いざという時にも落ち着いて対処ができそうです。心構えってやつですね。

 さて、ということはですよ。

 ついさっき死体で発見されてしまったオットーさんですが、彼をいますぐ生き返らせてあげれば事件は解決なのではないでしょうか?

 そう提案しようと私の言葉を遮ったのは、女神恒例の衝撃発言でした。


『実はアグニの検死が終わった時点で、オットーは蘇生済みです』

『えっ』


 既に事件は解決してました。


  @


 こっそりと大浴場を覗き見ると、倒れるオットーさん(全裸でしたが、今はシーツがかけられています)と浴衣姿で床を調べるアグニの姿がありました。四つん這いでこちらにお尻を向けている様は、オットーさんが蘇生済みだと分かっているからこそ、安心して眼福だと思うことができました。


『もうオットーさんは生き返っているんですよね』

『ええ。肉体の損傷も完治しています。今の彼は病気どころか怪我一つない健康体そのものです』

『じゃあなんでオットーさんはまだ死んだフリをしているんですか?』


 勇者アイを凝らしてよく見ると、オットーさんを覆うシーツは緩やかに上下していました。どうやら生き返っているのは間違いないようです。

 でも、どうしてすぐに起き上がって、生きていることをツーマさんに伝えないんでしょうか?

 今もツーマさんは、聞いているこちらの胸も痛くなるほど、あんなに泣いているのに……。

 というか、アグニもどうして気付かないんですかね。綺麗な緋色の瞳ですが、案外節穴なんでしょうか。


『それはこの事件を解決するためですよ、ルージュ』


 女神は謎かけのようなことを言いました。

 私は咄嗟にその意図を掴むことができませんでした。どういうことでしょうか?


『でも、オットーさんはもう生き返ったんですよね? なら、事件は解決したんじゃないですか? それなのにまだ死んだフリをしていて、これから事件を解決するってどういうことですか?』

『いい機会です、ルージュ』


 その時、かつて一度だけ見た女神の美しい銀髪が翻る幻想を見た気がしました。

 それは女神による不敵な宣言でした。


『女神として予言しましょう。この後、真っ先にあなたの容疑は晴れるでしょう。そしてあなたにはわたくしの名代となってこの事件の真相を解明するのです。

 その時、なぜわたくしがオットーに死体を演じさせたか、その理由が明らかとなるでしょう。

 クックック。そしてわたくしの鮮やかなる推理によってこの事件は真なる解決へと導かれ、全ての登場人物には幸福をもたらし、そしてわたくしの評価は上がることでしょう。

 おっと、もうわたくしの邪魔はできませんよ駄犬! なぜならルージュも、このオットーなる男の蘇生を望んでいたのですからね! アハハハハ! アーッハッハッハッハ!』



 こうしてオットーさんを襲った悲劇的な殺人事件は、人界の女神トーラの手によって好感度という名のポイント稼ぎの場へと突如変貌を遂げました。

 誰もが重く沈んだ空気に囚われる中でただ一人私だけが、ツーマさんの嗚咽と女神の哄笑が頭の内で混ざり合った何とも言えないカオスに取り残されていました。

 ハンパない台無し感に包まれていました。

 というか女神は人の心が読めるような節があります。つい昨日もアグニの内心をばしんばしんと見抜いていたのは他ならぬ女神です。

 既に事件解決までの筋道を立ててさえいるような口ぶりですし、間違いなく女神は今回の事件の真相や犯人にも目処がついているのでしょう。

 解答編から読まれる推理小説も真っ青な事態でした。


 ……これって、本当に推理って呼んでいいのかなぁ……。


 生まれて初めて遭遇した殺人事件という悲劇から、私は早くも、先ほどまでとは違う意味で逃げ出したい気持ちでいっぱいになりました。


 魔王……魔王。私が悪かったです。だから。

 だから、はやく帰ってきてえ……。


  @


 被害者であるオットーさんを最後に目撃したのは、オットーさんと共に大浴場で汗を流していたフレードさんでした。

 たわいのない会話をしたあと、先に大浴場を出たのはフレードさん。その時オットーさんは湯船に肩まで浸かって寛いでいたと言います。

 フレードさんは脱衣所を出たあと、ツーマさんの案内で部屋へと案内され、疲れからかそのまま寝落ちしたとの証言。

 一方ツーマさんはダーディさんに食事を用意するなどして働いていましたが、いつまで経っても大浴場から戻らないオットーさんを不審に思い浴場を覗いたところ、倒れているオットーさんの姿を発見。

 そして思わず悲鳴を上げて、今に至ります。


「事件現場はここ、大浴場のほぼ中央だ。額に殴られたような痕があるが、直接的な死因は後頭部を床石に打ち付けたことによる頭部外傷だ。暴れたりのたうち回った形跡がないことから、恐らく即死か最初の一撃で意識を失ったと思われる。近くに血液が付着した桶が転がっていたことから推測するに、恐らくオットーさんは前方から何者かに殴りつけられた際、足を滑らせて転倒。その際に頭を強く打ち、そのまま帰らぬ人となった可能性が高い」

「うっ、ううっ、オットー……」

「ツーマさん……」


 現在どういう状況かと言いますと、検死と現場検証を終えたアグニが全員を集めて状況の説明を行っているところです。

 アグニの淡々とした説明を聞きながら、再び泣き崩れるツーマさん。

 なるべく私情を挟まないためでしょう。薄情と思えるほどに冷静な口調を心がけているアグニでしたが、既にオットーさんが帰ってきていることを知っている身としては複雑な心境でした。


「そしてオットーさんを殺害した犯人だが、オレはこの中にいる誰かだと考えています」

「その根拠をお聞かせ願えますか?」


 そう断定したアグニを睨みつけるように言ったのは、ダーディさんでした。

 アグニは頷いて答えます。


「この大雨です。フレードさんの証言が正しければホワイトタブとこの宿は大雨によって隔離されており、誰も出入りすることができません。オレはこの辺りの土地に詳しくはないのですが、この大雨の中橋を渡らずにオールドウッドまで辿り着くことのできる町人はいますか?」

「……いや、いない。住居どころか商店一つない……。ここに来るまで、俺は誰ともすれ違わなかった……」


 青ざめたフレードさんが震える声で答えます。


「しかし事故という可能性もある」

「そんなはずがありません!」


 突然、叫ぶようにしてダーディさんの言葉を遮ったのは、意外なことにツーマさんでした。

 ツーマさんの表情は強い怒りに歪んでいました。


「オットーが、主人がよりにもよってこの場所で、オールドウッドで足を滑らせるだなんて、そんなことあるはずがありません!」

「ツーマさん落ち着いて」

「貴方が!!」


 ツーマさんの右腕が突如跳ね上がりました。

 その手は人差し指を除いて固く握り締められており、唯一ぴんとまっすぐ延ばされた指先は、迷いなく一人の人物を指差していました。

 真っ青な顔で驚きを露わにする、フレードさんを。


「貴方が、オットーを殺したんでしょう……? フレード……」


  @


 ツーマさん。

 被害者であるオットーさんの幼馴染みであり、妻の関係。

 小さな温泉宿オールドウッドの女将であり、オットーさんと二人で宿を切り盛りしていた。

 事件当日はオットーさんを発見するまでの間働き続けており、遺体となったオットーさんの第一発見者でもある。

 とても仕事熱心な人で、心からのおもてなしと笑顔が印象的なほんわか系美人。料理がとてもうまい。


 ダーディさん。

 被害者であるオットーさんの実の父上であり、温泉宿オールドウッドのオーナー。

 経営からは既に身を引いているが、一人の宿泊客として宿の質が下がっていないかを確認するために宿泊していた。

 事件が発覚するまでの間、ほとんどの時間を部屋で一人過ごしていた。

 フレードさんが大浴場から出た後、ツーマさんが食事を持ってきた際にダーディさんと部屋で会っており、互いの証言は一致している。

 事件発覚時は宿泊客の中で唯一起床しており、誰よりも早く大浴場へと駆けつけた。

 本音と建前、仕事とプライベートをきっちりと分けたがるタイプの老紳士。


 フレードさん。

 被害者であるオットーさん、ならびにオットーさんの妻であるツーマさんとは幼馴染みの関係。

 ホワイトタブに店を構える商人の家に生まれ、オットーさんとツーマさんが結婚して宿を継いでからは疎遠となっていた。

 事件当日、大雨によって町と宿が行き来できなくなったことを伝えるため、びしょ濡れになりながらもオールドウッドを訪問。その後大浴場でオットーさんと共に入浴した後オットーさんを残して部屋に戻り、眠りについた。

 ツーマさんの悲鳴によって起こされ、慌てて大浴場へと駆けつけた所、遺体となったオットーさんと泣き崩れるツーマさん、そして立ち尽くすダーディさんを発見した。

 一件チャラい風貌のお兄さんに見えるが、何かにつけて縁をオットーさんたちとの縁を繋ごうとする情に厚い人。


「本当に、この中にオットーさんを殴った犯人がいるのでしょうか……?」


 私は一人大浴場へと足を踏み入れ、容疑者となった三名について考えを纏めていました。

 当然、アグニが犯人だとは思っていません。これは女神のお墨付きです。また、後述する理由によって、私とアグニは既に容疑者から除外されています。


 一人と言いましたが、女神と魔王を除けばもう一人います。未だ大浴場の中央で倒れ臥している、シーツを被った全裸のオットーさんです。


「オットーさん、今なら誰もいませんよ」

「……」


 オットーさんは動きませんでした。


「ツーマさん、あんなに泣いてますよ」


 ぴくぴくっ。

 オットーさんが少し反応しました。


「起きてあげなくていいんですか?」


 ぴくぴくぴくっ。


「ずっと寝てると体を冷やしますよ?」

『そこまでですよルージュ』


 止められました。


『オットーにも死体の真似るだけの理由があるのです。今はそっとしておくのが優しさと言うものでしょう』

『むう……。女神さま。念のため、これだけは聞いておきたいのですが』

『なんでしょうか? ネタバレ以外のことであれば、なんでもお答えいたしましょう』


 ネタバレて。


『この事件って、本当に女神さまは関わっていないんですよね?』

『それはどういう意味です?』

『私には、ツーマさんにもダーディさんにもフレードさんにもオットーさんを殺さないといけないような理由が見つかりません。さっき女神さまは評価が云々みたいなことを言ってましたが、まさか女神さま、誰かをそそのかして事件を起こさせたりしてませんよね?』

『何を馬鹿なことを。いいですかルージュ。人間とは、一見して仲が良さそうに振る舞い、さもお互いを分かり合ったかのように笑顔で酒を飲み交わす裏で、常に表面上には決して現れない幾つもの黒々とした感情を抱えながら生きている生き物なのです。彼らは時に私欲で、時に衝動で、時に何の意味もなく同胞を裏切り、傷つけ、争い、殺し合う生き物なのです。それは人間を人間足らしめる精神の在り方から生まれる闘争であり、わたくしの存在はそれに何一つ関与することはありません。女神トーラの名においてここに断言します。彼らは勝手に争い、そして勝手に殺したのです。そしてわたくしはそれを最大限利用すべく、この場にいるのです』


 人間ってひどく悲しい生き物だったんですね。

 魔族の人たちはこんな私たちを見ていったい何を思って戦っていたんでしょうか。

 魔王は私に何も答えてくれません。

 ダメです魔王。私には魔王がいないと、女神はいつまでもつけあがるに違いありません。

 早く戻ってきてください! お願いですから!


『それよりも探偵パートですよ、ルージュ。これからアグニによって、容疑者たちが一人ずつ大浴場へと送られてきます。そこであなたはわたくしの言う通りに彼らに質問を投げかけ、オットーと共にその答えを聞きなさい。そこで全ては明らかになるでしょう』

「失礼します」


 その時、大浴場の引き戸から最初に現れたのは、憔悴しきった表情のツーマさんでした。


  @


 それはツーマさんがフレードさんを告発してから暫くの時間が経ち、誰もが落ち着きを取り戻した頃でした。

 事態を動かしたのはやはりアグニでした。


「まず、ルージュ殿は犯人ではないと考えられる」


 突然名前の挙がった私の肩はびくりと跳ね上がり、ダーディさんとフレードさんは濁った瞳でアグニを睨みつけました。

 どうしてそんなことが分かる。

 彼らの表情は、そんな意思を秘めていました。

 しかしアグニは無言のプレッシャーに圧されることなく、ハッキリとした口調でその根拠を述べました。


「オレがそう考えた理由だが、それはオットーさんが殴られた現場が大浴場の中だったからだ。ルージュ殿はこの宿の温泉が混浴であることを知らず、またルージュ殿が知らなかったことをオットーさんも知っている。そんな時、突然浴場に現れたルージュ殿を、オットーさんがただ黙って出迎えるだろうか? 何の衣服も身につけず、無防備に、真正面から。ましてやルージュ殿はこのように、一目で異常と分かる魔力を持っている。オレだったら間違いなく大声を上げて誰何するだろう」

「うむ……言われてみれば確かに」

「ああ、そうだよな……。風呂入ってる最中にこの子がいきなり桶持って近づいてきたら、俺だったら絶対逃げるか叫ぶかするわ」


 酷い言われようでした。


「第一動機がない。オレとルージュ殿は昨日初めてホワイトタブを訪れた。宿泊する宿についてはルージュ殿と一悶着あったが、最終的に宿に不満はなかった」

「そうです! ご飯も温泉も景色も最高でした!」

「……ふふっ。ありがとう、ございます」


 よかった。ツーマさんが少しだけ笑ってくれました。ダーディさんも何やらホッとした様子です。


「そしてこれがルージュ殿が卑劣なる殺人犯などではないことの最たる理由だが、彼女は勇者だ」

「えっ?」

「今、なんと?」

「だから勇者だ。彼女は新たな勇者ルージュ殿だ。女神の啓示は貴方がたにも届いているはずだ」


 暫く間を置いて、悲鳴のような絶叫が脱衣所を包みました。



 こういった経緯を得て、女神の予言の通り、私の疑いは真っ先に晴れることになりました。当然私はオットーさんを殴ってなんかいません。無実です。無実の勇者兼魔王です。

 そして次に、アグニの疑いが晴れました。理由としては、主に私の証言が元になっています。オットーさんたちと別れた私とアグニはその後ずっと同じ部屋にいました。言わばお互いがお互いのアリバイを証明していたのです。

 先に寝たのはアグニで、後に起きたのもアグニでした。唯一考えられる可能性は私が寝静まった後にアグニが部屋を抜け出すというものですが、やはりアグニには動機がないことと王国の近衛騎士という身分であること、更には私が女神を代弁する形で無実を保証する形で、疑いは晴れることになりました。


 残るは三名。ツーマさん、ダーディさん、そしてフレードさんです。


 あまり考えたくはないことですが、彼らにはそれぞれ一人になった時間があり、誰もが犯行可能な時間がありました。

 そして動機についてですが、この中でたった一人だけオットーさんを殺す動機があるとして告発された人物がいました。

 フレードさんでした。

 ツーマさんはフレードさんを指差し、こう告発しました。

 「彼はずっと。ホワイトタブの宿を継ぎ、幼馴染みだったフレードを出し抜き、私を娶ったオットーを妬んでいたに違いない」と。

 それに反論したのは意外にもダーディさんでした。

 「それを決めつけてはならない。事故の可能性だってあるはずだ。より具体的な調査をするべきだ」と。

 対してツーマさんは、「どうして彼をかばうのですか! それとも、お義父さんが殺したとでも言うのですか!」と叫んで返しました。あのおっとりとした笑顔が素敵だったツーマさんからは、想像もできなかったヒステリックな姿でした。

 そしてその間、フレードさんは顔を真っ青にしてうつむいたまま、ただ一言も言葉を発しませんでした。


 事態は混迷を深めていました。

 フレードさんを告発するツーマさん。

 それを諌めようとするダーディさん。

 唇を噛み締め、耐えるようにうつむくフレードさん。

 落ち着くよう何度も求めるアグニ。

 自分の意見を通そうと誰もが声を荒げる中、女神が私へ下した指示はあまりにもあんまりなものでした。


『本当に、そんなことを言わないといけないんですか!?』

『よく見るのです、ルージュ。彼らはいま拠るべき標を失い、迷える子羊のようです。彼らの混乱を修め、事態を解決へと導くことができるのはこの中で無実が確定しているあなた。すなわちルージュ。あなたしかおりません』

『それならアグニでもいいような……』

『検死や現場検証を担当したアグニの役割はあくまでも衛兵であって探偵ではありません。彼らが求めているのは絶対的に正しいと信じられる名探偵の存在。すなわち、わたくしの祝福を受けた勇者しかおりません。腹を括るのです。覚悟を決めるのです。これこそがあなたがたの誰もが幸福へと至れる唯一の筋道なのです』

『だからといって、もう少し言い方というものがあるのではないでしょうか!』

『ツカミを制するものが、世界を制するのです! 決め台詞のない名探偵など路傍のゴミクズと同じ! インパクトなき探偵の推理など一瞬で説得力を失い、その後の懐疑的な印象を拭うこと能わず! 恥ずかしがらずに言うのです! 物事は勢いです! 結果は後からついてきます! 商機と見たら乗るのです! 今です!!』

「あああああああの、ちょっと皆さん!」


 半ばヤケクソから発せられた私の声は、酒場の歌姫として多少鍛えられていた喉を通り、存外大きな声となって場を支配しました。

 雨と雷を生み出す嵐の中にあって、シーンという音が聞こえてきそうな静寂。

 四対の、ナニ? という視線が私を射抜きました。

 退路はありませんでした。

 魔王が、魔王が女神を止めてくれないからだ!

 私は頭の中で魔王に八つ当たりをしながら、女神の用意した台本どおりに、それを頭の中で読み上げました。


「あああ、ある時はフルコン拳法で冒険者を倒す酒場で働く町娘!」


 その時、ガコンという謎の効果音と共に私にスポットライトが降りました。

 女神による余計な演出でした。

 聞いていませんでした。

 泣きたくなりました。

 しかし、やはり私に退路はありませんでした。


「ままままたある時は、偽聖剣の素振りひとつで竜王さえも一刀両断する駆け出し勇者!」

「偽聖剣……?」


 ごめんなさいアグニ! 今はそこに突っ込まないでください!

 心の中で涙を流す私を尻目に、再びガコンという効果音と共にスポットライトの光が切り替わりました。光源的な意味でです。これまた憎い演出でした。憎しみしかありませんでした。


「しかしてその正体は!」

「し、正体は?」


 ごくりと、フレードさんが何故か食いついてきました。

 謎のドラムロールが追随してきました。

 恥ずかしくて死にそうでした。

 これでまた目覚めてしまったら、女神のせいですからね!!


「誰も欺くことのできない女神トーラの目と耳を駆使して、あらゆる事件をお金で解決! 頭脳は小娘、魔力は勇者! って、うっさいわーーー!!」


 誰もがポカンとする中、謎の爆発音と共に、ヤケクソじみた勢いだけで私は言いました。

 言い放ちました。



「私は名探偵ルージュ!! たった一つの真実はあっ……金で、買えるっっ!!!」



 こうして。

 深い深い悲しみと後悔、女神への恨み辛み、そして何故だかただ一人感動の涙を流すアグニの拍手の音を聞きながら。

 私こと名探偵ルージュによる、真犯人を見つけ出すためのヤラセ感溢れる推理パートが、始まってしまったのでした。


ごめんなさい、その6まで行くかも……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ