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最近、アグニがウザいです。

※この時間は『女神は見た! 湯煙温泉宿殺人事件』をお送りする予定でしたが

アグニ独白からのルージュの語りがそこそこ長くなってしまったため分割します。

次回予告に定評のない筆者でごめんなさい。

 皆さんこんにちは。勇者兼魔王をやっております、ルージュです。

 突然ですが、最近アグニがウザいです。


「ルージュ殿! 腹は減っていないだろうか?」

「ルージュ殿! 喉は渇いていないだろうか?」

「ルージュ殿! 体は疲れていないだろうか?」

「ルージュ殿! いつでも眠ってくれて構わないぞ!」

「ルージュ殿! ルージュ殿! ルージュ殿!」


 こんな調子です。

 リエリアの町を出た頃から、なぜかアグニは積極的にあれこれと私の面倒を見ようとしてきます。

 最初の頃こそ、なんだかよく分からないけどありがたいなー、過保護な騎士さまみたい、ちょっと萌えるわー、なんて余裕ぶっていましたがいい加減そろそろ辛いです。過保護な騎士さまみたいなんじゃなくて、これはもう紛れもなく過保護な騎士さまです。

 と言うより犬化が悪化しています。

 ラスタの森ではちょっと頼りになる騎士さまなアグニを見ていたので錯覚してしまいましたが、忘れていました。そう、アグニは女神が認める犬キャラだったのです。

 それにしてもなんという忠犬ぶりでしょうか。私は勇者や魔王にはなるかもしれませんが、人の飼い主になる気はあまりないので、こういったアグニの態度には気疲れしてしまいます。

 気を遣われる側も実は気を遣っているって本当ですね。

 しかし、いったい何が彼をこうまで駆り立てるのでしょうか。

 聞くところによれば、先代勇者のフセオテさまのパーティメンバーだったアグニも、このように従者……というか忠犬のような振る舞いをしていたと女神は言っていました。

 フセオテさまがアグニをこのように調教したのでしょうか?

 興奮してきます。


「ルージュ殿。さ、これを」

「ありがとうございます」


 アグニがそっと綺麗な布を差し出してくれました。私はそっと鼻血を吹きました。アグニもだんだんと私の扱いに慣れてきている。そんな気がします。

 そう言えば、勇者フセオテさまと言えば先代魔王のバロールと一騎打ちを果たし、これを見事相打ちにまで持ち込んだ勇者さまでもあります。

 つくづく犬に縁がある勇者さまですね。犬っぽい生物に対して特殊な効果を発揮するスキルでも持っていたのでしょうか?

 私の勇者的第六感は、おそらくフセオテさまのお名前に秘密があるのではないかと見ています。


 さて。

 アグニがこうまで変化した理由についてですが。

 私が思うに、例の赤スライムの件が怪しいと考えています。

 あの一件では私を守るなんて言っておきながら、割とアッサリやられてしまいそうになっていたので、色々と騎士としての沽券的な何かに関わると踏んだのでしょう。

 それにしたってこのあからさまなポイント稼ぎもどうかと思いますが。

 ともあれ、私にとってアグニは私を守ってくれる頼れる騎士であり、人界観光における案内人のような存在です。

 いつか隙を見て王都から脱走し、魔界に旅立つその日までは、可能な限りアグニに頼って、甘えたいと考えています。

 そう思い、私はアグニを安心させるためにこんなことを言ってみました。


「アグニ」

「なんだ?」

「あのですね。アグニはとても頼りになる騎士だと、私は思いますよ?」

「そうか!」


 その時のアグニの笑顔ときたら、報われた! と言わんばかりにペカーと輝く金色笑顔でした。よしよし。これで少しは満たされてくれればよいのですが。


 その日の晩、アグニは三倍マシのウザさを発揮して私を蹂躙しました。違うそうじゃない。間違えた。これは逆効果だ。私は二度とアグニを誉めるのは止めようと堅く心に誓いました。


 テイクツー。

 次に私が思い浮かべたのは、あのだらしなく頬をピンク色に染めた初々しい感じのアグニの顔でした。

 うん。

 これは、もしかしてアレでしょうか。

 我ながら自意識過剰だと思われそうなのでイヤなのですが。

 もしかしてアグニは私に意識などしちゃっているのでしょうか?

 いやまさか。あれほどまでに「オレが君を襲うなど百パーありえない!」なんて豪語しちゃう変態騎士さまが……むう……今思い出しても腹が立ちますね……。

 しかし確か、常連の冒険者さんたちが昔、お店でこんなことを話していました。


『例えばダンジョン内だとかに代表される危険な場所ってえのは、こう、デフォで心臓がドキドキするだろう? そんな環境でちょっと良い所を見せられたりすると、その胸のドキドキを恋と勘違いする奴が出てくるんだ。冒険者のパーティでデキてる奴が多いのはこのせいなんじゃねえかって噂もあるぐらいだ。確か王都のお偉いさんが名前をつけていたハズだぜ。ええっと、確か、『ダンジョン効果』とか言ったっけな?』


 ダンジョン効果。

 これではないでしょうか。

 私はつい最近、非常にドキドキした事件について深い心当たりがあります。

 やっぱり赤スライムの件ですね。

 あの時は、確かに私も実にドキドキしていたのを覚えています。ですが別にアグニに対してそういった感情は特に湧いてきませんでした。効能には個人差がある系のものでしょうか。

 しかし、もしかしたらアグニは私に対し、何らかのドキドキ効果を醸しだしてしまったのかもしれません。

 だとしたら。

 どうしましょう。

 私、こうして無防備にアグニに背中を任せていてもいいのでしょうか?

 私を守り導く役目の騎士さまが、私を襲う狼人間になったりしないでしょうか?

 不安です。

 何が不安かって、アグニの身が心配です。

 その秘密は女神の加護にあります。

 はた迷惑なことに我らが人界の女神トーラさまは、どうやら頼んでもいないのに私の大切なデリケートゾーンを聖域かつ聖盾かつ聖剣な感じの破壊的なデンジャーゾーンへと魔改造してしまったらしいのです。

 例えるならば悪意に満ちた鉛筆削りです。

 あらゆる遺跡に潜むトラップをM字開脚で切り抜けるという噂の希代の冒険者、インリーン・オブ・ジョーンズ氏もびっくりのデストラップと言えるでしょう。

 そして恐ろしいことに、この女神は常に本気なのです。

 私が勇者の身である限り、旅先で出会うオトナで一夜やアヤマチであるとか、大恋愛の果てのロマンスだとか、そういったラブ的要素は微塵も期待できません。

 もしそんな展開を許してしまった場合、男性の股間を舞台にしたスプラッタな感じの血みどろサスペンスが繰り広げられるに違いありません。

 そしてそれは私に襲い掛かる暴漢であったり、不埒者であったり、場合によってはこのアグニでさえも例外ではないのです。

 もし万が一、アグニが誤って私に欲情でもしてしまった場合、いったいどうなってしまうのか?

 股間がザクロのように爆ぜて悶絶するアグニの姿が脳裏に浮かびました。

 血の気が引きました。

 そんな無惨な死を遂げた近衛騎士の傍らに佇む町娘を、人々はどう評価するでしょうか。

 騎士を残虐な方法で殺害した勇者と誹られるでしょうか。

 それとも騎士を篭絡し罠にかけた不埒な町娘と誹られるでしょうか。

 どちらにせよ、残念な未来しか予想できません。

 勇者か魔王かなんて、選べる状況ではなくなります。

 魔王一択です。

 選択の余地なく、誇張なしに世界が一つ滅びます。

 それだけは避けなくてはなりません。

 そうなってしまう前に、私は早急に手を打たねばなりません。

 愛する家族が住むエイピアのためにも、愛すべき人界の未来のためにも……!


 という訳で、私はアグニに背中を預けて、すぴすぴと寝たフリなんかをして見ることにしました。

 時刻は昼。暖かい日差しの中で昼食の干し肉を食べたばかりで、ちょうど心地よい眠気に包まれている時間帯です。

 私の演技は自然体そのものだったと思います。日頃さんざん力を抜く練習をさせられていますからね。適切な力を込めて魔物を倒すことよりも寝たフリが得意な勇者というのは、我ながらどうかとも思いますが。

 さて。

 私が眠りについた事に(フリですが)気付いたアグニが、少しだけ馬の速度を緩めました。

 ゆりかごに揺られているような、心地よい振動です。

 いけません。これはガチで眠くなります。アグニは日頃、私が眠るたびにこうして気遣ってくれているのでしょうか?

 こういった優しさは、なんと言うか、素直に嬉しいのですが、照れますね……。


「……」


 無言の時間が続きます。

 アグニは右手で手綱を握り、左手を弱く握って私のお腹辺りを抱えるようにして支えてくれています。

 いつもの体勢です。

 お腹と背中と頭の後ろでアグニの熱を感じる、いつもの体勢です。

 この体勢ですと、アグニの左手は実は割とフリーです。

 『騎乗』スキルによって馬の扱いがとても上手なアグニは、実のところ常に私を支え続けなくても私を馬から落とさないだけの技量があります。

 つまりフリーです。

 そしてアグニのフリーな左手のすぐ上には、私の今後の成長に期待大なお胸があったり、すぐ下には女神に祝福されてしまった恐るべき魔境に至る罠があったりします。

 無防備な状態でそこにあります。

 アグニの気まぐれ次第で、触れてしまえるところにあります。


「……」


 恥ずかしい……。

 私は何もしていないのに、なぜかこう、猛烈に恥ずかしい気持ちが襲ってきました。

 普段眠っているときには特に意識なんてしていなかったのに、私はこんなにも恥ずかしいことをアグニの前でしていたんですね……。

 こうして寝たフリをしてみて初めて気付きました。


「……」


 それにしても、アグニはぴくりとも動きませんね。

 目を閉じているので、アグニの様子がちっとも分かりません。

 ただ、アグニのフリーな左手は相変わらず私のお腹の辺りにあって、私に触れるか触れないかぐらいの所にあるのだけが分かります。

 なんだかもどかしい。

 やっぱりアグニは私なんかに懸想した訳じゃなく、もっと別の何かに駆られてあんな行動をとっているのでしょうか?

 やっぱり私の自意識過剰的な嬉し恥ずかし乙女の誤解だったのでしょうか。

 だとすれば、これは。

 なんでしょうね。

 別に好きでもない男性の腕の中で偽って寝たフリなんかをして、触るの? 触らないの? どっち! みたいなことをウズウズした気持ちでやり続けている私っていったい。

 というかこれただの痴女じゃないですか!

 違います! 私はそういうのではありません!

 生娘に何やらすんですか!


『……女神さま』

『なんですか?』


 女神は半笑いでした。


『……バロール』

『なんだ?』


 魔王も半笑いでした。というかなんでこの人たち笑ってるんですか? 腹が立ちますね!


『アグニはいま、どんな様子ですか?』


 そう。実は私には目を閉じていたとしても、アグニの様子を窺い知る方法があるではないですか。

 精神体として人目につかずに行動できる優秀な斥候が二人も!

 その名も女神トーラと魔王バロールですよ!

 この二人に任せてしまえば、私はこうして寝たフリを継続しながらも、アグニがいま何を見て何をしようとしているかがまるっとさくっとお見通しになる訳です!

 世界広しといえど、かの女神さまと魔王さまの両名を目と耳の代わりにした町娘は私が史上初でしょう。

 さてさて、お二人の答えはというと、


『ぷぷっ……安心するのですルージュ。アグニの振る舞いはまさに、ぷっ。紳士そのもの。安らかに眠りに付く少女に一瞥もくれること、ぷぷっ。なく、ただ前だけを見て馬を走らせていますフフフフ』

『ククッ……騙されるなよルージュ。この男はまさに、クッ、まさに獲物を前にした狼のような獣欲を湛えた眼差しでクハハハハ、ンン! お前の貧相な胸や脚をじろじろと見つめているぞクハハハハ』


 取りあえず魔王はあとでぶっ飛ばします。

 というかやっぱりあなたたち実は仲良しですね?


『そんな訳ないでしょう? こんな駄犬と!』

『そんな訳ないだろう? こんな女狐と!』


 あなたたちはご自分の立場と言うものをもっと弁えるべきです。

 しかし困りました。お二人の情報が偏り過ぎていてまったくアテになりません。

 考えてみればそれも当然かもしれません。

 もし仮に、私が誤って無実のアグニをぶっ飛ばすなりしてしまった時、きっとアグニは激怒して、やっぱり勇者継続の道は遠くなるでしょう。

 そうなると喜ぶのは魔王です。だから、魔王はアグニを悪し様に言って私を陥れようとするでしょう。

 対して女神は、間違ってもそうならないように私を誘導しようとするでしょう。

 もしアグニがいやらしい目で私を見たり、私の体に触れるかどうかのところで手をワキワキさせていたとしても、見て見ぬ振りをして穏便に済ませようとするでしょう。

 なんということでしょう。

 やっぱりアテになりません。

 これが女神と魔王を斥候代わりに使おうとした私への罰でしょうか。


「……」


 万策尽きました。

 私は諦めて、こっそりと目を開けてみる事にしました。

 大丈夫。

 すぐに開けてすぐに閉じればきっとバレません。

 ちょっとアグニの表情を確認するだけです。

 こうやって、一瞬だけ目を開けて。

 アグニと目が合いました。


「おはよう、ルージュ殿」


 間髪入れずに言われました。

 アグニはニヤニヤとしていました。

 ぼっと顔が熱くなりました。

 女神と魔王は大爆笑していました。取りあえず魔王はマジあとでぶっ飛ばします。


「あの。あの。あの。なんで?」

「寝たフリをするのなら、次からは魔力量に気をつけたほうがいい」


 にっこり笑顔のアグニはそんな事を言いました。

 魔力………………はっ!!!

 魔力!!!


『ちょっと! 女神さま! バロール! あなたたち気付いてましたね!?』

『『アーッハッハッハッハッハッハッハ!!!』』


 やっぱりそうだ!

 アグニは寝たフリしてる私にずっと気付いてて!

 私がそれに気付いてないことを女神も魔王も気付いてて!

 ずっとそれを黙って私をからかって遊んで!

 あーもう! あーもう!

 ああああああああああもおおおおおおおおおおおおおお!

 女神も魔王もアグニもみんな嫌いだー!!!

ルージュのこういった悪戯じみた行動を、ルージュらしいと捉えることができるようになったのがアグニの変化ということで。


次こそ殺人事件やります。たぶん。

あ、10万文字越えました。

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