ラスタの森にお邪魔しています。
前回のあらすじ
領主さまの依頼を受けて、ラスタの森に潜む三つ目狼のボスを退治することになりました。
ラスタの森。
エイピアがオムアン湖の恵みを受けて成長した町と言うのであれば、リエリアはラスタの森の恵みを受けて成長した町と言えるでしょう。
上質な木材が採れる伐採地として、野生の果物が採れる天然の果樹園として、そしてそれらを糧に育った獣たちを狩る狩り場として。
ラスタの森は様々な恵みを、リエリアの住民たちに分け与えています。
この森の木材は質が良い。そう聞いて、木こりや職人たちが集まった。
この森の獣は高く売れる。そう聞いて、狩人や冒険者たちが集まった。
そして彼らを食べさせるだけの恵みもまた、ラスタの森の中にあった。
遥か昔から、そうやってリエリアの町は大きくなっていった。リエリアで生まれ育ったというあの老齢の執事さんは、そう言っていました。
そんな森の中を、私とアグニは二人並んで歩いていました。
現在歩いているのは、ラスタの森の北側。伐採地へ向かうために均された道。
三つ目狼が現れて、木こりが襲われたという道でした。
「それにしても、なんだかあまり森って感じしませんね」
私はきょろきょろと周りの景色を楽しみながら、そんなことを言いました。
私は今日、生まれて初めて森の中に足を踏み入れました。
酒場に生まれた町娘が持っていた森という場所に対するイメージは、木がいっぱいある場所というものでした。
ですが、勇者として一匹の魔物と向き合った私には、一日や二日ではとても払拭できない強烈なイメージが焼き付いていました。
それは、自然というものでした。
人類未踏の地。
獣たちの王国。
常に感じられる脅威。命の危険。
いつ何が現れて、どこから襲ってくるか分からないという恐怖。
そして、立ち止まったままでは決して見えてこなかった、木々に隠れた向こう側を感じられる場所。
それが私、ルージュが女神の森を心で感じて得たイメージでした。
しかし。
「ハハハ! すまん! そうだな。この辺りはリエリアの住人にすれば、未開の森ではなく職場にあたる訳だからな」
アグニは少し笑うと、そんな事を言いました。
そう。
私たちが歩いているのは、人によってある程度均された道。
坂道の要所要所で階段があり、時には落下防止の手すりがある道。
寝泊まり用の小屋までありました。
有り体に言えば、どこまで行っても人の気配がありました。
「人の通らない、道なき森の中を歩くんじゃなかったんですか?」
私はアグニに笑われたのを不満に感じて、つい少しぶうたれて、そんな事を言ってしまいました。
分かっています。これは別にアグニが悪い訳ではないと。当然、領主さまが悪い訳でも、ましてや女神が悪い訳でもありません。
それに、人の気配に満ちたラスタの森が悪い場所かというと、決してそうではありません。想像と異なるからこそ新しくて、色鮮やかで、あのとき立ち止まったままじゃなくて良かったと、私に感じさせてくれるのですから。
ただ、なんと言いますか。
ちょっとした一方的な憧れの気持ちが、現実を前に行き場がなくなるといいますか。
我ながらめんどくさい女だなと思うんですけれど。
例えば、そう。これは絶対の絆と体で結ばれていると信じていた騎士団長と副団長に、それぞれ別の女性の恋人がいると知ってしまった時の感情に近いです。
あの時は本当に気が狂うかと思いました。どうしてそこで女が出てくるんですかと。お二人はあんなに毎日剣と剣をぶつけ合っていたじゃないですかと!
見つめ合う、騎士団長と副団長!
飛び散る、汗と騎士団長!
迸る、情熱と副団長!
そう、だったじゃないですかと!
しかし、恋とは本来自由なものです。自由で、だからこそ不自由で、誰にも制御することなんてできない神聖なものです。
誰が悪い訳でもないんです。でも、それでも私はこう言ってしまうんです。
信じていたのに!
「そう言わないでくれ。それに我々の目的は道に沿って歩くことじゃない。恐らく伐採地のさらに奥に潜んでいると思われる、魔物のボスを討つことなのだから」
そんな私に、アグニは気を遣うように言ってくれるんです。本当に、アグニってば優しい騎士さまですね。きっとアグニと結ばれる男性はさぞ幸せになることでしょう。
悪いのは私。期待していた私。
それに、アグニは言ってくれました。
この伐採地へと続く道の向こう側にも、まだ新しい景色が待っているんだって。
私は心の中だけでアグニに感謝しながら、彼の話に乗りました。
「職場ですか」
「そうだ。彼らは日常的に森に入って、そして当たり前のように帰っていく。行き来しやすくするため、色々と手を加えるのは当たり前のことだ」
なるほど。確かにいま歩いている道は、まるで町中にいるのと同じに感じるほど、歩きやすい道でした。
一歩を踏み出すごとに、足の裏でリエリアの人たちの息づかいを感じるかのようでした。
私は、よしと気分を入れ替えて、ラスタの森でしか出会えない景色と音に熱中することにしました。
ラスタの森は、まさに宝庫でした。
本物の木々のざわめき。本物の獣の遠吠え。
意外にも涼しいと感じる森の中を歩きながら、アグニにあれこれと質問をしていました。
あの木はなんという木ですか。
あの鳥はなんという名前ですか。
あの果物はどんな味がするんですか。
道に埋まっている丸太はなんですか。
あの高い所に貼ってある網はなんですか。
あちこちを指差しながら矢継ぎ早に繰り出される私の質問に、アグニは嫌な顔一つせず、一つひとつ丁寧に答えてくれました。
気分は観光でした。
アグニは中身によらず博識でした。中にはアグニの分からないこともありましたが、私と一緒に首をひねって疑問に思ってくれました。そして私たちは、あれこれと想像の話をして盛り上がりました。
知識の量は、興味の証。
そこには人々の営みに対して真摯に向き合う、一人の騎士さまの姿がありました。
また一つ、私はアグニの事を知れたような気がして、なんだか嬉しくなりました。
そんなアグニと並んで歩いているうちに、影響されたのでしょう。私はだんだんと、このラスタの森の事が好きになってきました。
体は軽いし、空気も美味しい!
『美しい森ですね』
私の気分を感じてか、女神も私に同意するように言いました。
『リエリアの民が、この森を心から愛しているという感情が伝わってきます。彼らの暮らしと自然が調和した、とても美しい景色です。勇者として、彼らとこの森を守る価値は充分にあるでしょう』
私はうんうんと頷いて、女神に同意しました。
今回の魔物退治にも、俄然やる気が入るというものです!
しかし、魔王はこんなことを言いました。
『この森が美しいだと? 人間どもに好き放題荒らされた、ゴミにまみれたこの森がか? 笑わせてくれる。ゴミを見慣れ過ぎて目が腐ったか?』
それはまるで、私と女神を嘲るような物言いでした。
『ゴミ? いったいどこにゴミが落ちているというのですか?』
『ハ! 話にならん』
『あ?』
『あ?』
一転、険悪になる女神と魔王。あの、仲がいいのは分かるんですが、私の頭の中でメンチを切り合うのはやめてください。
私は何となく喜びに水を差されたような気分になって、落ち込みそうになる気持ちを吐き出すために、ため息を一つつきました。
そのときふと、私の目に一本の木が映りました。
その木は倒される寸前の状態で、私のすぐ目の前にありました。
木の幹には大きく打ち込まれた斧や飛び散った木片がそのままに放置されていて、きっとこの木を倒そうとしているその時に、三つ目狼から逃げ出したのだと直感しました。
私は傷つけられ、そして放置された木とその周りを見て、ふと炎の燕亭の惨状に重なって見えたような気がして、なぜか胸が締め付けられるようでした。
木の側には、打ち込まれた斧よりも一回り小さい斧や、ナイフ、ロープ、リュックサック、他にも色々なものが点々と置いてありました。
お弁当の包みだったり。
土で汚れた軍手だったり。
言い方を変えれば、それらは放置されていました。
私の目には、それらはリエリアに住む人々の仕事道具であり、人々の営みの一部、あるいはそのものであるかのように思えていました。
ですが魔王の目には、あれらが一体どのように映ったのでしょうか。
@
三十分後。
私とアグニは整備された道の最果てへと到着しました。
つまりここが伐採地の最奥で、人の手の入った森の一番奥。
「ルージュ殿、ここから先は道なき道を通る。お待ちかねの獣道だ」
それは開拓された人々の職場としての森が終わり、人々が踏み入らない獣たちの森の始まりを意味していました。
ニヤリと笑うアグニの顔を、私は待ち侘びたという思いで見上げ、頷きました。
「そう言えば、ここまで魔物は出てきませんでしたね」
「ああ。この辺りまでは人間のテリトリーだから、奴らも警戒しているのかもしれない。だが、ここから先は本番だ。気を引き締めていこう」
そう言って、アグニはスラリと背中の両手剣を抜きました。
それは私がスライムその他を一刀両断した両手剣。ツーハンデッドソード。今は諸事情によりちょっぴり勇者的プレミアのついた、あらゆる意味での偽聖剣でした。
それを抜いたアグニから漂う空気が、ピリッとしたものに変わったような錯覚を覚えました。これも勇者的第六感というやつでしょうか。
ここから先は、いつ何が襲って来てもおかしくはない、獣のテリトリー。本物の森。それを否が応でも意識させられる空気でした。
そしてふと、私はアグニの剣を見て気付きました。
「……あれ。そう言えば、私の武器は?」
前回では私はアグニの剣を借りてスライムと戦いましたが、その剣をアグニが使うとなると、つまり私の剣がありません。
無手です。
手ぶらです。
胸、腰、背中、太もも、どこを叩いても武器は出てきません。
血の気が引きました。
「た、大変です! アグニ! 私手ぶらです! 武器を持ってません! そうですよ! まず武器ですよ! アグニ、服とか虫除けの前になんで武器を買いに行かなかったんですか!?」
私は慌てて叫ぶようにして言いました。
しかしアグニの表情は穏やかでした。なんですか、その優しい目は。やめて! そんな目で見ないで!
えっ……素手? まさか、素手ですか? スライム戦の次は、素手で魔物の狼とのガチバトルですか? それは乙女にはちょっとハードルが高すぎます!
それでも、また女神のあの音楽を聞けばなんとかなってしまいそうな予感はあるのですが、それにしたってもうちょっと女の子の扱いというものがあるのではないでしょうか? 絵的にどうなんですか?
それとも、アグニはうっかり屋さんなんですか? 本番で失敗してしまうタイプなんですか? そういう属性は………………悪くないですね。
大丈夫ですよアグニ。私たちはあなたを受け入れます。私たちの楽園、薔薇の花園では、例えどれほどのうっかり屋さんだとしても、そこに入れ間違う穴などありはしないのですから……。
「君も薄々感づいているとは思うが」
はい。
「今回はオレ一人で戦う」
そんなこったろうとは思っていました。
「それは……その。危ないからですか?」
「そうだ!」
「森が?」
「そうだ!」
澄み切った曇り無きマナコで言い切られました。
せめて欠片の罪悪感でも感じてほしいと思うのは私のワガママでしょうか。
「オレが武器屋に立ち寄らなかったのは、万が一にも君に武器を持たれては困るからだ。我々の受けた依頼は魔物の討伐であって森林伐採ではないからな!
と言う訳で、今回はオレに全部任せてくれ」
「はあ……。それはいいんですけど、じゃあなんで私を連れて来たんですか?」
「実戦を見るだけでも、良い経験になるからだ。ルージュ殿、君には実戦の経験がまだまだ少ない。この四方を森に囲まれたフィールドで、オレがどのように戦い、どのように君を守るか。それを君自身の目で見て、経験してほしい」
「ふむふむ」
「後は、そうだな。単純に、勇者として受けた初の魔物討伐依頼に君が参加していないというのは醜聞だし、それに……君はどうせ、着いてきたがっただろう?」
流石はアグニです。お見通しですね。
理解されてるなーと思ったとき、私の中に浮かんだ感情は、恥ずかしさではなく嬉しさでした。
短い付き合いですが、アグニは勇者として、人としての私をよく見てくれていると感じました。
例えそれがお仕事だからだとしても、私にはそれが嬉しい。
だから私は、元気よく答えました。
「分かりました! 刮目します!」
「うむ! その意気だ!」
私たち二人は、エイオーと拳を突き上げて、深い深い森の奥へと進みました。
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「オレの作戦はこうだ」
率先して獣道を切り開きながら、アグニは本日の作戦を教えてくれました。
「三つ目狼は三匹から四匹の小規模なグループを作って狩りをする。狩りの対象となるのは主に我々人間で、稀に獣たちだ。今回、オレたちは囮として森に入る」
私はアグニの作ってくれた道を、時にまっすぐ、時に屈んで後を追いました。
「奴らは木々に隠れての奇襲を得意とする。いつどこから襲ってくるか分からないから注意が必要だ。
せっかくなので、同時に敵の気配を読む訓練もしよう。オレがどうやって気配を読むか、そしてどう三つ目狼を迎え撃つか。そこにも注意してみてほしい」
「はい、分かりました!」
私は油断なく、辺りを見回しました。
「あっ! 今あそこで何か動きました!」
「うむ。今のは風だ」
「あっ! 今そこになにかが!」
「うむ。今の風で果物が落ちたようだな」
「あっ! あの果物美味しs」
「ルージュ殿。少し静かにしてくれ」
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一時間後。
「ねえアグニ」
「なんだ?」
「私たち、結構歩きましたよね」
「ああ。結構歩いたな」
私たちは相変わらず、森の中を歩いていました。
時に草むらを払い、時に枝葉を切り落とし、三つ目狼の痕跡を追って歩いていました。
ひたすら歩いていました。
「三つ目狼、襲ってきませんね」
「そうだな」
「魔物どころか、獣一匹見かけないんですけど」
「そうだな」
「どうするんですか?」
「うむ…………。もう少し歩こう」
「はい」
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さらに三十分後。
「……」
「……」
ザッザッザッ
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さらにさらに三十分後。
「フン♪ フン♪ フフンフーンフン♪」
「……」
ザッザッザッ
@
おまけに三十分後。
「フン♪ フン♪ フフンフンフフン♪ フンフンフフフンフフンフーンフン♪」
「……」
ザッザッザッ
@
そして三十分後。
「アグニ」
「なんだ?」
「森が終わっちゃいました」
「そうだな」
私たちはラスタの森を抜けて、その反対側に来ていました。
ラスタの森を抜けた先には大きな街道が伸びていて、その道の先にはうっすらと別の町が見えました。
森の中では遮られていた太陽の光が眩しい。
森に入る時には東の地平線に名残惜しそうだった太陽は、とっくに空に昇りきっていました。
私とアグニはしばし立ち止まり、太陽の光を目一杯に浴びました。
その間、私たちは無防備な背中を森に晒していました。
しかし、獣たちが私たちを襲ってくることはありませんでした。
魔物も、私たちを襲ってくることはありませんでした。
森に入って長いこと長いこと歩いてきましたが、獣も魔物も私たちを襲ってくることはありませんでした。
一度も、ありませんでした。
血の一滴の曇りもないアグニの偽聖剣が、これ以上なく切なく光り輝いていました。
「ルージュ殿」
「はい」
やがてアグニが私の目を見て言いました。
「取りあえず、昼食にしよう」
「はい」
私はこくりと頷いて、それに賛成しました。
私たちは森の側で、執事さんに用意してもらったお弁当を食べながら、じっと森のほうを見つめていました。
野菜やハムがたっぷり詰まった、色鮮やかでとても美味しいサンドイッチでした。
私はサンドイッチの匂いを、それとなく手のひらで扇いで森へと漂わせてみました。思いのほか強い突風が木々を揺らしました。獣も魔物も姿を現す事はありませんでした。
少しもったいないですが、ハムのかけらを少しだけ千切って、森のほうへと投げました。やっぱり獣も魔物も姿を現す事はありませんでした。
私たちはこれでもかというほど無防備にくつろいで休憩して、足と体を休ませました。それでもやっぱり獣も魔物も姿を現す事はありませんでした。
そして昇りきった太陽が僅かに下る兆しを見せたとき、芝生の上に寝転がっていたアグニが起き上がって言いました。
「ルージュ殿」
「はい」
「これは、あくまでもオレの推測に過ぎないのだが」
「なんでしょうか」
「魔物も獣も、君の魔力に怯えて逃げているのではないだろうか?」
アグニは私の目をまっすぐ見つめて言いました。
アグニの瞳は澄み切っていました。
私はすっと目をそらして、じっと自分の両手を見つめました。
もやもやとした灰色の魔力が体から噴き出しては循環していました。
それはまるでおとぎ話に出てくるイヤッサー人のようでした。
私は静かに瞑目して、アグニの言葉を胸の中で反すうしました。
そして言いました。
「きっと気のせいで」
「ルージュ殿」
「……気のせ」
「ルージュ殿」
「……」
『女神さま!』
『どう見てもあなたの魔力に怯えて逃げていますね』
『バロール!』
『どう見てもおまえの魔力に怯えて逃げているではないか』
味方はどこにもいませんでした。
「……わ、私がやりました」
「そうか」
「あの。わざとじゃ、ないですよ?」
「そうか」
「……あの。私、いったいどうすれば」
「ルージュ殿」
アグニはがっしと私の肩を両手で掴みました。あっ。力強い……。
「やむを得ん。オレが君をおぶる。だから君は……」
「私は……?」
「全力で力を抜いて、魔力を抑えてくれ」
その後色々な試行錯誤の末、私はバロールの背中に乗って全力で脱力することになりました。
流石にアグニの背中に胸を押し付けさせられたり、私のおしりをがっしりホールドされた時には悲鳴とか手とかが出てしまいました。戦闘中だからとか、そういうのは関係ないんです。むんずと掴まれたことが問題なんです。
女神からはもう少し自制するよう求められましたが、私が乙女である以上は無理でした。代わりに魔力はギュンギュン提供しました。
かくして、先行して一人で戦うアグニと、ひたすらにリラックスしながら魔王に乗って後をついていく私という構図が誕生しました。
幸いなことに、私が死力を尽くして脱力したところ、すぐに三つ目狼が現れました。
私はそれらの魔物ときちんと対峙するどころか、ロクに見ることすらしないまま、ばっさばっさとアグニに退治される音だけをぼんやりと聞いていました。
当たり前ですが、アグニの戦闘シーンなんてまったく見れませんでした。だって私、基本的に毛並みに顔を埋めるか真横しか見てませんでしたからね。経験も何もあったものではありませんでした。
ですが私は今回の依頼で、例え周囲に魔物が現れたり血しぶきが乱舞したりしても、全身脱力してリラックスするという鋼のハートを手に入れることができました。ある意味においては、強靭なメンタルを鍛えるという訓練にはなり得たようでした。
そしてアグニは強い騎士でした。アグニは自分で言った通りに私とバロールに指一本触れさせることなく、四方から遅い来る三つ目狼たちを一匹残らず切り伏せていきました。
私はアグニに守られ、バロールに守られながら、ほんの僅かな身の危険も感じることなく、私自身は決して何もすることなく、それどころか指一本動かすなと厳命されたまま、生まれて初めての魔物討伐依頼を完了しようとしていました。
我ながら、これでいいのかなあ、私勇者やれてるのかなあ、というか私結局要らなくないですか? 等と身も蓋もないことを考えていた、その時でした。
ラスタの森の奥から、大きな大きな悲鳴の声が上がりました。
ピクニック回でした。
 




