表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/85

リエリアの町に着きました。

前回のあらすじ


エイピアの町を出て、まずはリエリアに向かうことになりました。

「ずぇあっ!」


 ざくんっ。


「ふわあぁっふ」


 だらだら。


「りぇええい!」


 ざざくんっ。


「んぬぅー」


 のびのび。


「ちぇああああっ!!」


 ばっさばっさ。


「あ゛~~~」


 ぽりぽり。


「なあルージュ殿」

「なんですか?」

「俺は君が魔力のコントロールを覚えつつあることを、とても喜ばしく思う」

「まだほんのちょっぴりですけどね」

「うむ! それは良いんだ。何事も練習だからな。だが」

「だが?」

「なんだ。その気の抜けるような声は必要だろうか? 先ほどからイマイチ気合が入らないんだ」

「すみません、なんかこういう声出してないと脱力してるって感じしなくて……あっ」


 私がうっかり気を緩めた途端、また体の奥から灰色の魔力が湧き出てしまいました。


「あっあっ。あぁあ~! 出ちゃう!」

「ああ、しまった。また奴らの気配が遠ざかってしまった」

「うう、すみません」

「いや! 今のはオレが悪かった。すまない! 君はそのまま、脱力に勤めてくれ」

「はいぃ」


 私は再び全身の力を抜いて、脱力することに努めました。

 リラーックス。リラーックス……。

 するとどうでしょう。私のやる気とか気の張り詰め方とか、なんかそういうものとは反比例するように、私から溢れる灰色の魔力は少しずつ収まっていくのです。


「よし。このまま移動して索敵しよう」

「うあぁぁぁぁい」

「…………」


 こんな体勢から、失礼します。

 いま、私たちはリエリアの北にある、ラスタの森に来ています。

 私たちの前方を歩くのは、アグニです。皮鎧を着て偽聖剣を持って、油断なく周囲を警戒しています。その周りにはついさっき切り伏せたばかりの三つ目狼が数匹、ぐったりと横たわっています。

 後ろから続くのは魔王です。

 実体化した魔王です。

 ぬいぐるみ状態から復活した魔王です。

 別に魂から蘇生したという訳ではないので、ちょっと表現に困ってしまいますね。

 そしてサイズもちょっぴりいつもと違います。今の魔王は子犬サイズではなく、私を乗せて歩けるくらいの大型犬サイズです。

 この、私を乗せて歩けるってところがポイントです。

 何故なら、たった今私は魔王の背中に乗っているからです。

 それも、ただ乗っているという表現に収まるレベルではありません。

 だらだらと寝そべっています。

 木の枝の上のナマケザル、と言えば伝わるでしょうか。

 あんな感じで全身から力を抜いて、両手両足をぷらぷらさせながら、魔王のもふもふ毛皮に体の全てを委ねています。

 たれルージュです。

 今、私はまさにそういう感じでした。


 さて。

 では私がどうしてアグニ一人を働かせながらも、獣たちが襲いかかってくる危険な森の中でたれているのか。

 それを説明するには、まず私たちがリエリアの町に到着する少し前まで遡らなくてはなりません。


  @


 魔王復活の兆しは、ふとした雑談から起こりました。


「ところで、ルージュ殿のレベルはいったい幾つなんだ?」

「ふえぇ?」


 つい先ほど昼食のための休憩を取って、再びリエリアに繋がる街道をひた走っている時の事でした。

 私はイケメン騎士さまの厚い、でもそこまで筋肉質ではない程よい感じの胸板に、後頭部から背中から全てを委ねる恋する乙女の姿勢で答えました。

 まぁ姿勢がそうだとしても、私は恋していない乙女のほうでした。乙女である点に関しては、譲れませんでした。

 ちなみにどうして全てを委ねているのかというと、アグニは私に興味のない真性の熟女趣味であるということと、こうしているとなんとなく溢れ出る魔力が抑えられることが分かったからでした。

 アグニが言うには、私がスライムを斬るときの魔力はもっと凄かったみたいです。そこでアグニは言いました。


「君が気合いを入れると魔力が上がったように見える。なら、いっそ気を抜いてみたらどうだ?」


 それで実際やってみたら意外とイケたという訳でした。なんか私が寝てるときとかも、魔力が控えめになってたらしいです。

 こうして私は脱力しきった私をいい感じで支えてくれるアグニという名の背もたれを、そしてアグニは最低限の視界を確保しました。


「君のレベルだ。初戦にも関わらず、あれほどの剣を振るったのだ。あの冒険者たちに鍛えられて生きてきたのだろう? いったいどれほどの鍛錬を積めば、その若さでそれほどの高みに至ることができるのか……オレには想像もつかない!」


 うむうむと一人納得しているアグニでしたが、私はちょっと彼の言っていることが分かりませんでした。


『あの、女神さま。どうしてアグニは、私のレベルが高いと勘違いしているんでしょうか? 私、一応勇者なんですよね?』


 私は頭の中の女神に聞きました。

 あの音の魔法を聴いてから、私はなんとなく女神や魔王と頭の中だけで会話ができるようになっていました。


『それは彼が勇者というものをよく知っているからでしょう。これは人界ではあまり伝えられていないようですが、勇者になったからといって、その者が劇的に強くなる訳ではありません。その者の元々のレベルに強く依存するのです』

『そうなんですか?』

『そうなのです。分かりやすく言うと、勇者は一般人と比べ、およそ10倍のレベルに匹敵する力を持ちます。

 レベル1の勇者とレベル10の一般人がほぼ同等の強さになります。そしてレベル10の者が勇者になったとき、その者はおよそレベル100に等しい実力を持ちます

 低レベルの勇者はせいぜい毛の生えた一般人。しかし、高レベルの勇者は魔王へと届く存在。それが、勇者なのです』


 相変わらず表現が過激な女神ですね。

 そういえば、確かバルドさんがレベル20ちょっとでしたね。

 それにしてもレベル100て。雲の上のようなお話ですね。


『勇者フセオテはレベル58でした』


 雲の上どころではないですね。

 というか、そんな人と渡り合ったんですね、魔王は。


『なんとなく分かりました。アグニは、私が最低でもレベル58以上あると思ってるんですね?』

『普通はそう考えるでしょう。あなたの魔力はフセオテとは比べ物になりません』

「でも、私はレベル1なんですけどね」

「は?」

「あっ、待ってください。……あっ、すみません、嘘です。レベル4でした。私、レベルが上がってました! たぶん、昨日のアレです!」


 改めて確認してみたら、なんと、私レベルが上がってました!

 やった! なんか実感湧かないけど、やった!

 そうですよ! 私昨日オムアン湖でスライム倒したじゃないですか!

 人生初の魔物討伐ですよ! そりゃレベルだって上がりますよ!

 うわっ! 嬉しい!


「いや、待ってくれ。レベル4?」

「はい! 三つも上がりました!」

「…………そうか。それは、喜ばしいな」

「はい!」


 ただの町娘だった私がレベルを上げるなんて、まるで夢物語です。

 どうせ外に出ないし興味ないし、みたいなことを考えてましたけど、やっぱり嬉しい。


『ところで、レベルが上がったってことは、私は昨日より強くなったんですか?』

『いいえ。対して変化はないでしょう』

『あれ。でもさっき』

『勇者のレベルが上がると、わたくしの加護を受け入れる器がちょっぴり広がるのです。既にわたくしの加護を一滴残らず飲み干しているあなたにとっては、レベル1だろうとレベル100だろうと瑣末な差です。誤差です』


 そうなんですか。

 なんか、レベルが三つも上がった喜びが霧散してしまいました。

 誤差て。

 しょんぼりしてしまう私ですが、アグニもアグニで何やら深刻そうな顔つきです。何か難しいことを考えている気配がします。

 アグニはイケメン騎士さまなので、こういった仕草がすごく絵になるのですが、どうしてでしょう。妄想のネタにはなるのに、私の乙女の部分がちっともトキメキませんでした。中身が変態の犬だと知っているからでしょうか。

 まぁでも、私はそういう部分もあわせてアグニの味だなって思います。年の若い乙女に欲情しない変態だという情報も、むしろ私たちにとっては朗報。ある意味垂涎のご褒美なのですから。

 だから、私は出会って間もないアグニの胸の中で、こんなにもリラックスできるのかもしれませんね。アグニは体温が高いので、ぽかぽかして気持ちいいです。なんだかいい匂いもしますし。

 そんなとき、私の腕の中で、何かがもぞりと動きました。

 何かというか、ぬいぐるみでした。

 失礼、間違えました。魔王でした。


『レベル4だと?』

『バロール?』

『レベル4。ルージュ、いまおまえは、そう言ったのか?』

『はい』


 びっくりしました。あれほど声を書けても無反応だったのに。

 もうトラウマは乗り越えられたのでしょうか? 流石は魔王です。


『そうか。そうだったか。……ククク』


 あっ、これやっぱりダメなやつかもしれません。


『あのねバロール。世の中って、辛い事もいっぱいあるけれども』

『エミルは生きている』

『えっ』


 私の渾身のいい話をキャンセルして魔王は続けました。


『あのエミルを叩き斬って、たかがレベル4などで収まるものか! エミルは絶対、生きている! 生きているぞ!』


 魔王の瞳には生気が戻っていました。爛々と希望に輝いていました。

 私にはよく分からない理屈でしたが、どうやら魔王は魔王なりに、親友の生存を確信したようでした。


『ルージュ!』

『は、はい』

『人界の用とやらを終わらせたら、一刻も早くあの湖に戻るぞ!』

『はい。私もそうしようと思ってました』

『ああ! 今度こそエミルを迎えに行くんだ!』


 何はともあれ、魔王が元気を取り戻してくれたことが嬉しい。

 元気で不遜でちょっぴり涙もろい。短い付き合いですが、私にとっての魔王バロールとはそういう人なのですから。

 やっぱり元気でいてくれたほうが魔王らしいと思いますし、安心できます。


『チッ』


 そして女神もまた、それでこそ女神でした。


  @


 私たちがリエリアの町に到着したのは、日が暮れかける夕暮れ時でした。

 外の景色を楽しみたかったので、アグニにはゆっくり走ってほしいとお願いしたいのですが、アグニ的にはこれでもかなりゆっくりと馬を走らせたつもりだそうです。私も別に野宿がしたかった訳ではないので、特に異論はありません。


 私たちはまず駐屯騎士団の厩を訪れ、馬を預けました。

 私が厩に近づいたところ、馬たちが恐慌状態に陥ったので私は遠くでお留守番です。

 馬だけではなく、一部の職員も私を見て慌てふためいていました。私の勇者アイは見逃しませんでした。

 私たちを乗せてくれた馬はクタクタでした。無理もありません。いかに意識高い系の馬とはいえ、人間を二人も乗せて、この二日間でエイピアとリエリアの町を往復したのですから。

 力を出し尽くした馬はまるで生まれたての子鹿のような足取りで厩へと引かれていきましたが、その後ろ姿にはやり切ったという男の勲章が現れていました。私とアグニは敬礼で彼を送りました。ゆっくり休んでください。

 その後、私たちは町の中央にある領主さまのお屋敷を訊ねて、執事さんにエイピアで領主さまに書いてもらった書状を渡しました。


「リエリアでの宿と、依頼の魔物討伐について便宜を図るように……ですか」


 そんなことが手短に書いてある書状でした。


 今回、私たちがまっすぐ王都へ向かわずリエリアに立ち寄ったのは、領主さまの依頼があったからです。

 意識の高い馬を私たちに譲る代わりに、リエリアで今問題になっている魔物を討伐する。

 そしてその依頼が果たされるまでは、領主さまのお屋敷で衣食住のお世話をお願いする、という話になっていたのです。

 執事さんはすぐに了解して、私たちをお屋敷に案内してくれました。

 その晩、私たちはかなり美味しいものを食べて、生まれて初めて見るほどの大きな浴槽で湯浴みをして、びっくりするほど柔らかい羽毛のベッドで寝ました。

 何もかもが元町娘には刺激が高すぎる体験でした。領主さまの生活って凄い……。


 翌日。

 私とアグニは領主さまのお屋敷で、冒険者ギルドの支部長をやっている人に会いました。

 チャップさんという名前の男の人でした。

 支部長というのは町の中にいる冒険者ギルドの人の中だとかなり偉い立場の人らしいのですが、アグニは冒険者じゃなくて王国の騎士ですし、私に至っては平民かつ、周りをどん引きさせること間違いなしの魔力だだ漏れ娘です。

 流石に冒険者ギルドに乗り込むのはマズいだろうということで、こうしてわざわざ支部長さまにご足労いただいたという次第でした。執事さんの気遣いに痛み入ります。


「いやあ、あの、ハハハ。こちらの勇者様、ですか。ハハ。なんと言いますか、その、凄い……ですね?」


 かくいうチャップさんもどん引きしていました。この扱いは未だに慣れません。


「私、力抜いたほうがいいですかね?」

「いや。あれは女性があまり人前で取るべき姿ではないと思うが?」


 私は知らず知らずのうちに、かなり恥ずかしい一面までアグニに見せてしまっていたようです。でも仕方がありません。アグニ椅子の座り心地ときたら、馬上にも関わらずうたた寝不可避なレベルなのですから。


 それはさておき。


 魔物の討伐依頼について、私たちはチャップさんから話を聞きました。

 かいつまみますと、こうです。

 リエリアの町はエイピアよりも一回り大きい農林の町です。

 町の北から東を『ラスタの森』という名前の森に囲まれていて、曰く「リエリアは冒険者よりも木こりが強い」ことで有名だとか。

 バルドさんがリエリアに来たら影薄くなりそうですね。

 さて。つい最近、ラスタの森の北側にとある魔物が現れるようになりました。

 三つ目狼。

 ボスを中心としたコミュニティーを作る魔物で、数匹の群れで人間を襲う、大きな狼の魔物です。

 どこからともなく現れたこの魔物たちのせいで、いま北の森には誰も踏み込めないのだとか。

 三つ目狼自体は特に強い魔物ではないのですが、群れに囲まれた三つ目狼の討伐はリスクが高く、今のリエリアにはこの依頼をこなせる冒険者がいないという話でした。

 今はまだ東側の森が手つかずですが、三つ目狼を放置してテリトリーを広げられた場合、更にボスを討つのが難しくなります。

 一刻も早く、ボスを討伐する必要がありました。


「討伐対象は当然、三つ目狼のボスです。ボスさえ倒してしまえば、後の事は町の冒険者でどうにかできます。お願いします! 勇者様、どうか、リエリアの町をお救いください!」

「ああ! 任せてくれ!」


 なぜか大きく頷いたのはアグニでした。私もできればアグニに勇者を代わってほしいです。


  @


「さて! 我々はこれから北の森に入る訳だが、ルージュ殿!」

「はい! なんでしょうか!」

「君は森の中に入ったことはあるか?」

「はい! ありません!」

「そうか! では教えよう。森に入るためには、欠かしてはならない準備が二つある!」

「準備ですか!」

「そうだ! まず一つは厚手の服を着て、丈夫な靴を履くことだ。これから我々はあまり人が通らない道なき森の中を歩く。当然足場は悪い。木々の枝葉を搔き分けて進む必要もあるだろう。このとき素手だったり、半袖の服を着ていたりすると、あっという間にあちこち傷だらけになる」

「痛いのは嫌です!」

「ああ! なのできちんと服装を整えてから行く。もう一つはこれだ」

「それはなんですか?」

「虫除けのマジックアイテムだ! 森の中には当然、人里とは比べ物にならない数の虫がいる。中には恐ろしい病を運ぶ虫もいるだろう。どの虫がいつ、どんな恐ろしい病を運んでくるか分からないから、森で働く人々はこういったマジックアイテムで身を守るんだ! この手のアイテムは、こういった森に近い大きな町では必ず売っているから覚えておくんだぞ」

「はい! アグニ先生!」

「うむ! では早速、このマジックアイテムの使い方を説明しよう」

「その前に先生!」

「なんだ!」

「私、たぶん虫除けは要らないと思います」

「ルージュ殿。確かに君はとても素晴らしい勇者だ。だが、それは慢心だ。近づいてくる羽虫の一匹いっぴきを全て迎撃することなんて不可能だ。例えどれほどの武を積んだ人間であっても、虫さされを防ぐことはできない」

「いえ、そうではなくてですね」


 私は足下に落ちていた羽虫の死骸を拾って、アグニに見せました。


「だだ漏れになってる私の魔力ですが、たぶん殺虫効果が付いてます。なので、私を刺せる虫はいません」


 ここはリエリア。森に囲まれた農林の町。

 例え町中といえど、虫の発生率はエイピアの比ではありません。

 そして私の足下には、そうと知らずに近寄って来た無数の虫たちが折り重なるようにして死んでいました。まさに死屍累々でした。

 私の……というか魔王の魔力の犠牲者たちでした。


「あと、私の肌は鉄より丈夫だから、あまり旅費を無駄遣いするなって女神さまが言っています」


 私は女神の言葉をそのままそっくりアグニに伝えました。

 アグニは私の腕に目をやりました。半袖なので、二の腕がチラリしています。

 自分で言うのもなんですが、虫さされ一つない、自慢の綺麗な肌です。

 そんな私の腕を見つめながら、アグニはおもむろに長袖の袖をまくって、その下にできていた虫さされの痕をポリポリ掻きながら言いました。

 また一匹、私の足下に羽虫が落ちました。


「そうか!」

「はい!」


 こうして私たちはラスタの森に入りました。

キャラ紹介と章管理に挑戦してみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ