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ある日、女神と魔王が部屋にやってきました。

※2015/10/30

年齢に大嘘があったので修正しました。

16歳→14歳

 この世界のどこかで、女神が言いました。


「勇者よ。新たなる救世の勇者よ。わたくしの声が聞こえますね?」


 女神は、それはそれは女神っぽい女神でした。

 まず半透明でした。宙に浮いていました。神々しく光輝いていました。それっぽく目なんかも閉じたりしていて、むやみやたらと荘厳な感じの音楽も鳴り響いていました。明らかに過剰な演出効果でした。

 あと、イラッとするほど美人でした。薄絹のようなぺらっぺらな衣装に身を包み、惜しげもなく晒されるセクシーダイナマイトにも、同じ女としては舌打ちを禁じえませんでした。


 それと同時刻、これまた世界のどこかで、魔王が言いました。


「下賎なるニンゲンにして類稀なる強靭な魂を持つ者よ。『魔王の器』に相応しき者よ」


 魔王は、それはそれは魔王っぽい魔王でした。

 まず犬でした。ただの犬ではありません。とても黒くて巨大で獰猛そうで、私の頭なんてスナック感覚でツマめそうな、そういう犬でした。しかも頭が三つありました。

 邪悪で禍々しい感じの、圧倒的な魔力のオーラを纏っていました。さすが魔王ともなるとオーラの格も違いました。部屋の中を飛んでいた羽虫がオーラに触れて落ちました。明らかに過剰な殺虫効果でした。

 あと、幾つもの魂っぽい何かが魔王の周りをぐるぐる漂っていました。それらは口々に「殺せ!」だの「滅ぼせ!」だの言っては獣くさい息を吐きかけていきます。これはこれでイラっとくる仕打ちでした。


 世界のどこかで、女神が言いました。


「新たなる勇者よ。世界はいま、危機に瀕しています。地上には未だ魔物の影が蔓延り、人々を脅かし続けています。魔界では虎視眈々と魔族が牙を研いでおり、そして今、次代の魔王の復活という、最大の危機に瀕しているのです」


 また、魔王もどこかで言いました。


「我ら魔王の恨みを、無念を、そして尽きる事無き怒りを継承する者よ。我らが魂と記憶、そして魔力の全てを継承し、新たな魔王となる者よ。無辜の民を殺された我らの憤怒を、思い出せ! 突如魔界へと押し入り、多くの同胞を討った憎き勇者を殺せ! 奴らの愚かさの代償として人界を滅ぼし、犠牲となった魔族の慰めとするのだ!」


 女神は言いました。


「ご存知の通り、人界の仇敵たる魔王は、代を重ねるごとに強大に、そして凶悪な進化を遂げています。此度の魔王の力は過去に例を見ないほど強く恐ろしいものになるでしょう。しかし、恐れることはありません。魔王の存在に抗い、迎え撃ち、これを滅ぼすことができる唯一の存在。それがわたくし、女神トーラに選ばれし勇者、つまり、あなたなのです」


 負けじと魔王も言いました。


「勇者の力など、本来ならば我ら魔王の足元にも及ばぬ。ゴミ虫どもを寄せ集め、女神とやらが無限に蘇生させ、なんとかバランスを保っているに過ぎん。だが、我らの力を他ならぬおまえが受け継いだとき、お前は全てを手に入れるだろう。地位、名誉、金、何もかもが全て思いのままだ。誰を生かすも殺すも自由だ。何を食うも、誰を犯すも自由だ。おまえに課せられるものはただ一つ。我らの恨みを、怒りを正しく継承し、今度こそ圧倒的な力で勇者どもを最後の一匹まで狩り尽くし、嬲り殺しにする事のみだ!」


 重ねるように、女神が言いました。


「勇者は魔王とガチでやりあえる魔力も勿論ですが、勇者になることで得られる人界での権力も見逃せないポイントでしょう。まず、各王家とトーラ神聖教会は私の名前を出せば基本顔パスです。わたくしの名の下やりたい放題ができるでしょう。転移呪文などを教われば旅行し放題ですし、万一の時の蘇生に関しても充実した保障が受けられます。イケメンのPTメンバーも選り取り見取りです。魔王さえサクッと倒してしまえば、英雄待遇で逆ハーレムを作って悠々自適な生活が待っているのです。あなたならばそれができるのです。勇者よ、迷うことなど何一つありません。わたくしの手を取るのです」


 女神の品格ってなんだろう。そう思えるくらい危ういところまで女神は攻めました。キャラ崩壊も辞さない。そういう覚悟でした。

 そしてとうとう魔王がキレました。


「貴様ああ! 黙って聞いていれば薄汚い口で勇者勇者と喚きおって! 魔王をサクッと倒すだと!? 生きて帰って悠々自適だと!? 過去四百年に渡り我らに踏み潰され続け、なんとか相討ちを取れる程度のゴミ虫どもがよく言った! 貴様には力も大義も矜持すらもない! ニンゲンのみならず、我が次代の魔王までも甘言で誑かすつもりか!」


 どんな包丁よりも切れ味がよさそうな犬歯を剥き出しにして、魔王が吼えるように女神に食ってかかりました。それはそれは恐ろしい形相で、予めトイレに行っていなければ失禁間違いなしでした。

 対する女神は澄まし顔でした。


「我が魔王? これは異な事を。彼女はれっきとした人間であり、ここは人界。そして彼女はわたくしに選ばれた救世の勇者なのです。小汚い魔界の犬如きが立ち入っていい領域ではありません。分かったら、さっさと全ての魔力と財産を置いて魔界にでも逃げ帰るとよいでしょう」

「逃げ帰れだと? こちらの台詞だ女狐が! 貴様が現れたその瞬間から、既に歴代の魔王の魂たちによる継承と蹂躙は始まっているのだ! 例え元ニンゲンであろうと、やがて恨みと怒りに支配され、勇者とニンゲンどもに仇為すこと以外に考えられなくなるだろう。この俺がそうだったようにな!」

「矮小なる駄犬に一つだけ教えて差し上げましょう。救世の勇者たる彼女は既にわたくし、女神の庇護下にあります。わたくしの加護が届く限り、勇者へのバッドステータスの一切は認めません。つまり」

「なっ、貴様! 我らの継承さえも邪魔立てするつもりか!? だがそれも無駄な行いだ! この娘は必ずや新たなる魔王となり、貴様らニンゲンを見限るだろう! 羽虫の如く幾度も骨身を磨り潰され、焼かれ、刺され、抉られ、裂かれ、それでも死ぬ事すら許されぬ、そのような役目を誰が望んで得るものか!」

「騙されてはなりません。全ては魔王の甘言。魔物を使い人界に厄災をもたらし、多くの犠牲を生み出してきた諸悪の根元、それこそが魔王なのです。そしてあなたは人類。人界の子。わたくしの導きのもと、勇者となって立ち上がり、全ての争いを根絶し、魔王を降し、お金をがっぽり稼ぐことこそが史上にして至高の使命なのです。あなたは勇者なのです」

「戯言ばかりほざくなよ女狐が! 争いを止める方法などただ一つ、そこの女狐と勇者の首を並べ、我ら魔族に牙を向けた愚かさを思い知らせ、血の代償をニンゲンどもに贖わせる他にない! 生き残るニンゲンはおまえだ、おまえだけなのだ! 世界で最も強靭な魂の器を持ち、我らの魂を継承し、歴代最強となる素質を持つおまえこそが、魔王なのだ!」

「いいえ、あなたは勇者です」

「違う! おまえは魔王だ!」

「あ?」

「あ?」


 暫く言い争っていた女神と魔王は、やがてお互いを熱く見つめ合いました。互いの健闘を讃え合うような空気は一切ありませんでした。どう見ても悪意を剥き出しにしてメンチを切りあっていました。

 私を取り囲んでぐるぐるしていた歴代魔王の魂っぽいものは、私にもメンチを切ったり舌打ちしたりしながら魔王のオーラに吸収されていきました。

 荘厳だった女神の音楽はいつの間にか激しい戦闘中のようなそれに変わっていました。女神の内面を如実に表しているっぽいその音楽からは、淑女っぽさとか清純さとか、そういった要素は微塵も感じられませんでした。女神がしてはならないような表情もしていました。

 女神と魔王の間にはバチバチと閃光が飛び交い、まさしく一触即発でした。ある意味二人の世界とも言えました。間違いなくここは、いま、世界の中心であるといっても過言ではないのでしょう。すごく、迷惑な話ではあるのですが。


 さて。

 そろそろ自己紹介が必要なのではないかと思います。

 私の名前はルージュ。苗字はありません。ただのルージュです。

 レイライン辺境伯領、エイピア生まれのエイピア育ち。今年で14歳になる、酒場の一人娘。歌と記憶力にはちょっぴり自信がありますが、取り柄といえばそのくらいの、どこにでもいるような町娘。それが私です。

 案外早く終わってしまいました。まあ、たかが町娘のパーソナルデータなど所詮この程度でしょう。

 ここは酒場の二階にある私の部屋です。ベッドと机と小さな窓くらいしかない狭い部屋だけれど、私にとってはとても大切な小さなお城です。

 時刻は真夜中。普段であればランプの小さな灯りがせいぜいの空間ですが、今は女神の後光でそれはそれはえらい光量になっています。でも不思議と眩しくありません。これも女神クオリティでしょうか。


 話が逸れました。

 狭い部屋と言いましたが、実はいま、体感的に更に部屋が狭くなっています。

 お客様がおいでになっているからです。

 それも二名もです。

 特に招いた訳でもないのにです。

 この様子だと示し合わせた訳でもないようです。

 さらに不思議なことに、お二人はこう名乗りました。

 女神と魔王だと。

 何かの冗談でしょうか?

 しかし残念なことに、女神はあまりにも女神女神としていて、魔王もまた、あまりにも魔王魔王しい感じでした。

 魔王など、この狭い部屋に無理に現れたものだから、部屋の色々なところに挟まり、詰まっていました。まさしくぎゅうぎゅう詰めでした。そんな状態で器用に女神と睨み合っていました。少しだけかわいいと思ってしまいましたが、きっと気が動転しているだけでしょう。

 そういう目で見てみると、魔王の黒く艶やかな毛並みは実にもっふもふでした。触ってもいいものでしょうか。後にこの部屋の抜け毛の始末をするのが私であろうことを考えれば、そのくらいの役得は許されるような気がします。


 話が逸れました。

 あまりの脱線率です。これはもう覚悟を決めて、現実逃避せず、事実と向き合ったほうが良いのかもしれません。

 あまり認めたくはないことなのですが。

 私、ルージュはたったいま。

 勇者か魔王のどちらかになれと、二択を迫られております。

 なぜ単なる町娘の私が、と思いますが、そんな場合ではなさそうです。

 そして今、どちらかを選ばないことには、収拾がつかないであろう事も明白でした。

 ここは仮にも街中です。誰もが寝静まった深夜です。そんな中で、女神と魔王がタイマン張って暴れたりしたらどうなるでしょうか。

 きっとあんなことやこんなことになるに違いありません。

 私は今にも雷を落としかねない険悪な表情の女神と、今にも炎を吐きかねない凶悪な面相の魔王を見比べて、まずこれだけは言わねばならない事を言いました。

 覚悟を決めて、言いました。


「女神さま、魔王さま」

「なによ!?」

「なんだ!?」


「女神さま、今は真夜中です。音楽を止めて光量を落としてください。

 魔王さま、部屋がミシミシいっています。できれば縮んでください」

「「はい」」


 存外聞き分けの良い女神と魔王で助かりました。


 私はしゅんとする女神と魔王を見て、なんだかやれる気がしてきました。

 状況は未だに飲み込めませんが、とりあえず、まずは私の愛するエイピアの街を、女神と魔王の魔の手から守ってみたいと思います。

 私は再び覚悟を決めて、女神と魔王と向き合いました。

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