くろねこごひき。
―――2週間後。
銀の鈴が付いた首輪を拾った日から、毎日あの謎の夢を見るようになった。
首輪の持ち主は未だ見つからないまま。
謎の夢は日に日に鮮明になっていく。
……なんなんだろ、この夢。
不思議だなぁと呑気に考えていた。
学校が終わり、気分を変えたいからという理由でいつもと違う道を歩いている。
いつもは遠回りをして『向日葵園』へ帰っていたが、今日は近道の方を通っていく。
皆はこの道を使わずわざわざ遠回りをして帰っている。
それは、紗亜音が今通っている森に伝えられている言い伝えが原因だろう。
紗亜音も昔、園長から聞いたことがあった。
――――『いいかい、紗亜音。あの森は絶対に通ってはいけないよ。』
園長は紗亜音を腕に抱きながら、優しく諭す。言っている意味がよく分からず紗亜音は、不思議そうに問う。
『くまちゃん、何でなの?』
こくんっ、と首を傾げながら問う愛らしい紗亜音を、園長は愛おしそうに眺める。
『そこはね、《神隠しの森》と呼ばれているんだ。』
『かみかくしのもり?』
『あぁ、昔からその森に迷い込んだ者は帰って来なかったんだ。他の人は迷信だ、と言うかもしれないがね。……俺はただの戯言じゃないと思うんだよ。』
悲しげに笑う園長を紗亜音はなんとなく聞いちゃいけない事、と判断した。幼いながらに人の顔色を窺ってきながら生きてきた紗亜音にとっては造作もないことだった。――――
……そういえば今までくまちゃんに入るなって言われてたから入らなかったけど、ここってそんな風には見えないよね。
周りの景色は至って穏やかなものだった。昼特有の淡い光が木々の隙間から差し込んでいる。
今まであまり人が入って来なかったのか森は天然の自然が今も残っている。
ふと、何所からか猫の鳴き声が聞こえてくる。気になった紗亜音は歩みを止め、耳を澄ます。
……あそこ?
聞こえてきた方に顔を向けると猫が一匹、木から降りられなくなっていた。猫は必至そうに助けを求め声を上げている。
助けようと思い気に近づいてみる。そこまで高くはないものの、よじ登る必要はありそうだ。
……木登りたくさんしてて良かったなぁ。こんな日に役に立つとは。
手前にある一番頑丈そうな枝に手をかけ、一気に体重を上に持ち上げる。そのまま猫に一番近い丈夫な枝を探す。
……あれかぁ。ちょっと細いな。折れなきゃいいけど。
すこし頼りなさげな枝に手をかけ目の前にいる猫に手を伸ばす。
「猫ちゃぁーん。おいでおいで。……そうそう。怖がらずにね?」
解るはずもないのに紗亜音は優しく猫に言い聞かせる。
その声に安心したのか、猫が細い枝を揺らしながら歩み寄ってくる。
片手で枝を掴みながら、もう片方の手でそっと猫を抱き上げる。そのまま自分も落ちないように少しずつ枝を降りていく。
腕の中にいる猫が不安げに鳴く。
落ち着かせようと、再び猫に優しく話しかける。
「大丈夫だよ。この一本でもう地面だからね?」
そう言った瞬間、ずるっと足が滑るのを感じた。
――危ない!
そう思った時には時遅く、既に紗亜音の足は宙に浮いていた。そのまま体が地面に打ち付けられそうになる時、腕の中にいる猫の存在を思い出した。
この子だけでも助けなきゃ、という思いから、猫が地面に打ち付けられないように必死に体を捻る。
それが功をなしたのか、猫は地面に打たれずにすんだ。
だが、紗亜音は頭をひどく打ち付けてしまった。
薄れ行く意識の中で、この猫夢の中の猫にそっくりだし同じ首輪もしてる……と思った瞬間。
意識がふっ、と途切れるのを感じた。