くろねこいっぴき。
私が育った場所は養護施設だった。
生まれてすぐに両親が事故死し、普通だったら親戚に引き取られるはずだけど、その両親も何の縁か―――私と同じ施設の『向日葵園』の出身者だった。
つまり、天涯孤独というワケだ。
『向日葵園』とは親のいない子やワケあって親と一緒に暮らせない子が集まる施設。
園長は少しばかり癖のある人だが、とてもいい人で、皆からは愛称の『くまちゃん』で呼ばれている。
ほかの職員も皆、親身になって私たちに接してくれる。また、他の子ども達も、仲良くて喧嘩などもめったに無かった。
多分、私は恵まれているのだろう。
だけど……自分の居場所が無いと考えてしまう。
そんな漠然とした不安を感じながら、毎日をただくらげの様にふわふわと過ごしていた。
「紗亜音ちゃん!おはよぉ」
「ん…由梨菜か。おはよさん。」
「紗亜音ちゃんは、もう昼なのに眠そうだね…。学校はどうしたの?」
「眠かったからサボった。職員さんは朝からチビたちのお世話で大変だねぇ」
「サボったって…。留年はしちゃダメよぉ?チビちゃんたちより紗亜音ちゃんのお世話のほうが大変だわ。起きたなら早く学校に行きなさい?まだ間に合うわよ。」
とか言いながら、私の朝食兼昼食を準備してくれる。長年ここの職員をしているだけあって、動きが素早い。
昨日の残りのカレーと手で千切ったレタスとトマトのサラダをちゃちゃっと食べ終えて、のろのろと学校指定の制服に着替える。
白のブラウスに赤チェックのスカートを折り曲げて、短めにする。
そしてそのまま暖かいピンクのカーディガンを着て、最後にブレザーを羽織れば学校指定の制服に着替え終わる。
髪は長めだから少しだけ緩く巻く。皆は茶パツとか金に染めてるけど、私は生まれつき髪が以上に黒い。漆黒…というのだろうか。それはそれでお気に入りなので染めようとは思わない。
そうこうする内にいつのまにか5限が始まる時間になっていた。学校までは徒歩で10分くらいなので、多分間に合うだろう。お気に入りのスニーカーを履き、大きなドアを開きながら
「いってきます…」
と、小さく呟く。
『向日葵園』から出てゆっくり歩いていると、花に水をやっている園長に出くわした。
「おや?紗亜音じゃないか。また寝てたのか?寝る子は育つと言うが、お前は身長も頭も胸も育たんなぁ!」
そう言い、ガハハと豪快に笑う。
自分が気にしている事を人に言われるのは、この私でさえ、イラってくるから不思議だよ。
「……くまちゃん。右から四段目の引き出しに入っていた、イケナイ雑誌は由梨菜に渡しておいてもいいのかなぁ?」
にっこりと微笑みながら園長に問う。
園長は、でかい巨体に冷や汗を掻きながら「…さぁ~て、次は何だったけなぁ?」と言いながら逃げ出した。
少しだけ冷めた目で園長を見送った後、紗亜音は再び歩きだし、学校に向かう。




