影
思わず眼を覆いたくなるような残虐な光景に私は絶句していた。終電間近の地下鉄ホーム。鉄の塊の下で肉片と化した老人――その断末魔の叫びを聞いていたのは私とたった一人の少女だけだった。
私は震えていた。線路の上、鮮血に塗れた人の残骸を醒めた目で見下ろす少女の平静さを怖れたていたからだ。まだ中学生らしき少女は、その後、黙然とホームから立ち去った。
私は見ていたのだ。
その髪の長い少女が、老人を突き落す瞬間を。
少女は美しかった。スカートから伸びた白い足。すらっと伸びた背筋。冷酷さと美しさを兼ね備えた少女に私は心奪われてしまった。
本来ならば、警察に彼女を付き出すのが、私の役目だろうが、私は敢えてそうしなかった。警察に言えば彼女に会えなくなるからだ。
私は毎日のように少女をつけた。いつかは彼女が振り向いてくれるのではないか。そんな微かな希望を抱いていた。私は彼女がホームに現れる時間を調べ上げた。偶然を装い、少女に声を掛けるチャンスを伺っていたのだ。
そして審判の日が訪れた。
私はその日、いつものように駅のホームで彼女を待ち伏せていた。ホームに接近する電車の轟音に気を取られていた私は、背後に迫りくる何者かの影に気づく事が出来なかったのだ。
一瞬だった。何者かが、私の背中をポンっと突いた。
バランスを崩した私は、最期の力を振り絞り、私を突き落した者の顔を見てやろうと躰を捻った。
そこには、私が恋焦がれていた少女がいた。嘲るような冷たい眼差し――その時、私はようやく悟ったのだった。
彼女が突き落したあの老人はストーカーだったのだと……
甲高い金属音がホームに鳴り響いた。