ねこ、ねこ、ねこねこねこーん
「猫さんこんにちは」
「人間さんこんばんは」
「猫さんは今何をしているのですか」
「ネコろんでいます」
「……」
「……」
「猫さんは気楽でいいですねえ」
「人間さん、人間さん、ちょっといいですか」
「何ですか」
「実を言うと私は人間なのです」
「ははは、御冗談を。あなたはどこからどう見ても猫ではないですか」
「いいえ、私から見たら私は人間であなたが猫なのです」
「猫さん、からかうのはよしてくださいな」
「じゃあ質問です。なぜ人間のあなたが猫の私とお話ができるのだと思いますか」
「それは……」
「実は私があなたのわかるような言葉で話しているからなのです。つまり、人間の私が猫語で喋っているからなのですよ」
「そんな……僕が猫だなんて……」
「だけど気にする必要はありません」
私たちはこうしてお話ができるのですから、これからもきっとうまくやっていけます。
「猫さん……いや、人間さん……」
―
―
「……と、いうように考えを改めればもう少し猫さんとうまくやっていけると思うんだ」
「却下」
感情の無い声でそう言ったのはチカちゃんだ。
チカちゃんの腕の中でアクビをしているのが我が家の飼い猫の「猫さん」だ。
「いい考えだと思うのだけれど」
「他力本願じゃないですか。それならむしろ私たちが猫語を習得する努力をすべきです」
そうは言ってみても人類がその足で葦をへし折ってからはや2000年いや、3000……4000……とにかくすごく長い時間が経っているが、未だに人類は猫語の解読ができていないのだ。
俺がこの猫さんを抱きしめることはあっても猫さんが俺を抱きしめてくれることはないのだ、体格差的に。
「ねこ、ねこ、ねこねこねこーん」
ふと気がつくとチカちゃんは猫さんに向かって呪文を唱えていた。
「何やっているの」
「猫語を話しているのです」
少し解説してみよう。この一個下の後輩のチカちゃんは猫さんのことを大変気に入っている。さらに付け加えてみるとチカちゃんは超がつくほど頭の良い女の子だった。ひょっとすると彼女は独自に猫語を習得していたのかもしれない。
と、思ったがそんなわけねえや。
「正気の沙汰とは思えないのだけれど」
「私は正気か狂気で言ったらニュートラルです」
「だってそれじゃあ人間に向かって『ひとひとひとーん』と言っているようなものじゃないか」
「何ですか。ケチをつける気ですか」
「それに『ねこ』は日本語じゃないか」
「何を言っているのですか、『ねこ』はもともと猫語からの輸入語ですよ」
「そんな話聞いたことがないね」
「ほら、Americaのことを日本語でアメリカと言いますよね、それと同じです」
「はん、じゃあCATとか……CATとかはどうなのさ」
「人語には日本語と英語がありますよね、猫語にも日本猫語と英猫語があるのです。猫も世界中にいますからね」
「ビヨンドマイヘッド!」
これは何を言っても仕方がないだろうと思い、俺はコタツで丸くなることにした。コタツは猫のものではない、人の造りしものだ。
「にゃあ、にゃにゃにゃにゃあにゃ」
―ミャーオ
「にゃおにゅあ、にゅにゅにゅ」
―ミャーオ
寝入る寸前までチカちゃんと猫さんの「楽しい猫語会話」が聞こえていた。
―
―
「にゃあ」
―んん
「にゃーにゃ」
「…ん、うにゃあ」
その声に揺すられて目を開けるとチカちゃんがいた。
「にゅあ」
何かを訴えている。
「うにゅう」
何かを訴えるなら日本語で訴えてほしい、そう思って口を開こうとした。
「にゃに……」
思わず口をつぐむ。確かに違和感がした。まさか俺は本当に猫だったのではなかろうか。ほら見ろ、俺の考えた通りだ。
「にゃーにゃ」
チカちゃんは困った顔で必死に話しかけてくる。
―ミャーオ
猫さんは楽しそうに笑っている。
わかる、わかるぞ、猫語が。「ねえ、コタツで寝ると風邪ひくよ。さっさと起きてください」「そーだよ」と言っているに違いない。
……ならば、俺も猫語で返す。
「にゃ、にゃおななう」
「にゃーう、なにょい」
―ミャーオ
「にゃーにゃい、にゅにゅねにゅにゅえ」
「にょにい、ぬぬぬぬ」
―ミャーオ
「にゃーねれにょっねにい、にいにいにゅいにゅう。にゃなにゃなにゃなにゃな」
「……いつまで続けるんですか」
「……にゃに」
―ミャーオ
―チカちゃんは事情を説明してくれた。
「……と、いうように成果が上がるか否かに関わらず、猫語を話す努力を態度で示せばもう少し猫さんとうまくやっていけると思うのですが」
「却下」
「にゃあ……」
チカちゃんは猫撫で声でうなだれてしまったので俺はまたコタツで丸くなった。
―ミギャア
おっと、先客がいたようだにゃ。
―END
これも年末に書いた話です。まじでどうでもいい話です。チカちゃんは俺の妹。