第五章 天上理事会
暁との接触から一週間。十二月も半ばを過ぎ、街はクリスマスムード一色となっていた。
あちらこちらでイルミネーションが始まり、クリスマスケーキの予約だの今年のプレゼントは何にするだのと、浮き足立っている。
天童たちとの接触以降、暁が表立って動いている気配はない。
陵人はあの後、MAINDS本部へと足を運び、一件をMAINDS総帥 アルフレッド・シーカーに報告した。とりあえずいつでも動けるようにしておくよう言われただけで、時の番人の招集は一先ず見送られた。
そして陵人は普段通り依頼をこなす日々に戻り、数日が経ったある日、仕事でテレビ局を訪れた際、たまたま廊下で茜と出くわした。
「陵人―!何してんの!?こんなとこで!?」
「仕事だよ。お前はこれから収録か?」
「うん!ねー、終わったら飲みいこうよ!」
「悪いな。今日は帰りが遅くなりそうなんだ。このあと仕事が詰まってる。」
「えぇー。じゃあ次はいつ会えるの!?」
「さぁな。お前も年末は特番とかで忙しいだろうが。」
「だからこそ元気もらいたいんだよー!」
「わかったわかった。時間作るようにするよ。」
「ホントに!?約束だからねー!」
「あぁ。頑張れよ!」
「はーい!じゃあまたね!」
テレビ局の中でこんな会話してよかったのだろーかとちょっと心配になった陵人だが、業界の間では陵人は有名人だし、知り合いも茜や駿だけではないから大丈夫だろうと、構わず仕事に向かうことにした。
そしてその夜。
茜に会ったあと、陵人は計3件の依頼を片付けて帰宅した。
時計は午前二時を回っている。
風呂に入り疲れを逃がしたあと、お楽しみの晩酌をスタートさせた。
今日は金目鯛の刺身が主役である。わさび醤油と、塩の二つの味付けを用意し、高知の名酒、南を徳利に並々を注いでいく。
テーブルに並べられ、まずは脂ののった金目を塩だけでいただくと、口いっぱいに甘みが広がり、それを辛口の酒で一気に流し込む。
至福の時だ。
「さて、駿のドラマでも見るとするかな・・。」
録画してあった駿が主演しているドラマを見ようとリモコンに手を伸ばしたとき、背後に気配を感じた。陵人は警戒する様子もなく、大きなため息を吐くと、
「ミカエルか。何のようだ?」
「大天使に向かって何のようだはないだろう。それにそのため息も引っかかるな。」
「いきなり人んち上がりこんで何言ってやがる。せっかく優雅な晩酌を楽しんでたのに。」
「付き合ってあげるよ!一人じゃ寂しいだろう?」
「結構だ。とっとと帰れ。」
「まぁまぁそういわずに!」
陵人と普通に話している図々しいこの男。その正体は天上理事会常任理事の一人、大天使ミカエルである。
天上界にも軍隊が存在し、東天騎士団、西天騎士団、南天騎士団、北天騎士団の四つに分けられている。それぞれに騎士団長が存在し、その全てを統括する最高司令官が、このミカエルなのである。
当然天界での地位も高く、その実力は神とほぼ同等と言われている。
陵人とは同じ常任理事であるため、こうしてたまに下界に降りてきては上がりこんでいる。
本来、天上界の者が下界に下りてくるにはそれなりの手続きが必要であり、そう簡単には来ることが出来ないのだが、ミカエルだけは、陵人との連絡役として容認されていた。
ミカエルは慣れた様子で自分の箸とぐい呑みを用意すると、陵人の横に座って飲みはじめた。
「ったく。で、何のようだ?」
「ん?何のようだったかな。この金目メチャクチャ美味しいね陵人!」
「お前なー・・。」
「あー、思い出した!天上理事会定例会議が開かれるからそのお知らせだった!」
「普通忘れるか、そういう大事なこと・・。」
「金目の美味さにどうでもよくなっちゃったんだよ!」
「あのなー・・。しかし、もうそんな時期か。」
「一年ってホントあっという間だよねー。」
天上理事会定例会議。
毎年この時期に三日間かけて行われる会議で、神界、霊界、冥界、魔界、幻獣会、そして人間界の情勢や動向について話し合われる。問題が生じている場合、軍隊を派遣したり、然るべき処置を決定している。
というのは建て前で、実際は大規模な飲み会である。
そもそも不老不死に近い天界の者たちに、年に一回のペースで何か問題が起こるわけもない。
事実、陵人が加入する前の定例会は百年に一回あるかないかのペースで行われており、緊急時は臨時会議が開かれ、そこで対処していたのだ。
ではなぜ今は年に一回のペースで行われるようになったのか。
それは陵人の影響である。
天界の者は基本的に下界、というよりも人間界に対して口出しをしてはならないことになっている。六つの世界で一番問題が起こるとしたら人間界だ。それに口出しできないということは、ほぼやることが無いということである。つまりは暇人の集まりだ。これが理由の一つ。
そして、最大の理由は、皆陵人が好きだということ。
以前は暇を持て余している神々どもが、ちょこちょこ下界に降りてきていたのだが、陵人がそれを、
「ようもないのに降りてくるんじゃねー!」
と痛烈に批判したのだ。
いまだかつて神々にここまで言い放った人間は一人もいなかった。当然といえば当然だ。何せ相手は神なのだから。
しかし陵人は、
「神ったって元は同じ人間じゃねーか!同じ立場になった以上言いたいことは言わせてもらうぞ!文句があるなら相手してやる!」
と、初日の挨拶の時に言い放った。
神々たちはあっけにとられた。今までかなり好き放題やっても誰に何を言われることもなかった連中が、初めて怒られた。それも人間に。当然反発するものが出てきたが、陵人はマジでそいつらをコテンパンにしてやった。
以前も説明したが、天界と下界では、気の流れが根本的に違うため、どれだけ下界で力を持っていても、天界の住人には一切通用しない。
しかし、陵人の能力はそれを可能にできる。
まさか手を出されるとは思っていなかった神々は驚愕した。しかもとてつもなく強い。
理事会は陵人の意見を全面的に受け入れ、今後一切許可なく下界に降りることを禁じた。
その一方で、神々は陵人という男に非常に興味を持った。そしてその日の夜の宴会で、陵人の男気に触れ、陵人の料理を味わい、皆陵人の虜になってしまった。
それ以来、陵人と酒が飲みたいがために、神々は年に一度、定例会議という名目で宴会を開くようになったのだ。
今まで好き放題やっていた連中も、陵人に会えるならと、年に一回の飲み会のために下界に降りるのを我慢しているほどである。
「で、いつなんだ?」
「来週だよ!皆さん楽しみにしてるからね!」
「わーってるよ。」
「あ、そうそう!理事長からの伝言があったんだ!」
「バハムートから?」
「うん!塩辛を忘れないでくれって!あの人大好物だからねー!」
「そうだったな。頼んどいてやるよ。」
「喜ぶよ。しかしこの金目ホントに美味しいねー!酒との相性も最高!」
「おいコラ!お前飲み過ぎなんだよ!用が済んだらとっとと帰れ!」
「まぁまぁ!前哨戦ってことでー!」
「なんでこう天界の連中ってのは・・。」
こうして二人は朝まで飲み明かした。一週間後の前哨戦として・・。
次の日、陵人は仕事帰りにNYXへ立ち寄った。
「あら、陵人。いらっしゃい!」
「美影さん、理事会用に例の塩辛用意してもらっていいかな?来週なんだけど。」
「あー、もうそんな時期?わかったわ!」
「頼むよ!」
「了解!飲んでく?」
「じゃあ一杯だけ。」
「ちょっと待っててね!」
「あぁ。」
「そういえばあれからどう?何か動きはあった?」
「いや、しばらくは動いてこないと思うよ。忍もそんなこと言ってたからね。」
「信用できるもんですか!」
「まぁね。でも大丈夫だと思うよ。暇つぶしまでして時間稼いでくるくらいだから、まだ戦力が揃ってないのは確かだと思うし。」
「揃う前になんとかならないのかしら?」
「それができればとっくにやってるよ。」
「それもそうね。」
「まぁその間にこっちもいろいろと準備させてもらうよ。」
そして一週間後・・。
陵人は碓水から特性塩辛を大量に受け取り、全国各地から取り寄せた酒や食材を、『インフィニティー ポーチ』と呼ばれる天界の道具に詰め込んでいった。
この道具は言葉の通り無限に物を入れることが出来る袋である。
陵人は天界に昇る時には、こうして大量のお土産を持っていってやるのだ。
「さて、こんなもんかな。」
一通りお土産を詰め込んだ陵人は、天界への道を開き始めた。
「『天空航路』神界。」
陵人は一年ぶりに天界へと足を踏み入れた。
『天空航路』を抜けると、見渡す限りの大平原が広がっていた。
ここは神界。天上理事会は決まってこの神界で行われており、この神界に各界からの代表が集まる。
大平原を歩いていくと、目の前に巨大な城が見えてくる。
バロック建築を想わせる優美で壮大な建物だ。
陵人は城に向かってゆっくりと歩いていく。
出口を場内につなげることもできるのだが、陵人はこの大平原を歩いきながら、天界の風を受けるのが好きだった。
天界といっても、人間界の遥か上空にあるというわけではない。
人間界とは別の次元に存在するのだ。
そのため、風一つとってみても、人間界とはまるで違う。
天界の風は良質な気が豊富に含まれており、能力者は浴びるだけで力が回復したり、人によっては潜在的な力が上がることもある。
城の前までくると、ミカエルが入り口の前で待っていた。
「やぁ陵人!よく来たね!」
「おう。皆はもう集まってんのか?」
「あらかたね!皆さん君に早く会いたいんだよ!」
「気持ちのわりーこというんじゃねーよ。行くぞ。」
「はいはい!」
ミカエルと共に城の中へと入り、二人はまず厨房へと向かった。
「おー、陵さん!来たね!」
「久しぶりだなグリエル!ほれ!土産だ。」
「ありがとよ!手伝ってくれんだろ!?」
「会議が終わったらな!先に下ごしらえだけしといてくれ!」
「あいよ!久々にあんたの料理がみれんだなー!楽しみだー!」
「じゃああとでな!」
神界の食事関係の一切を取り仕切るグリエルに人間界から持ってきたお土産を預け、陵人はいよいよ本会議室に向かった。
「おー、陵人!やっときたか!」
本会議室にはすでに半数以上の理事たちが集まっていた。
天上理事会常任理事は、陵人を入れて計17名で構成されている。
数字に特に意味はない。今はたまたまこの人数なだけだ。
幻獣会から1名、霊界から3名、神界から12名、そして人間界から陵人1名の比率だ。
「久しぶりだな。ゼウス!」
「あぁ!会いたかったぞ!」
四大神の一人、ゼウス。ギリシャ神話においての最高神であるが、実際は天界創造メンバーの一人である。
「陵人!土産は忘れてないだろーな!?」
「もうグリエルに渡してきた!お前の第一声は毎回それだな。オーディン。」
「こちとらそれが楽しみで来てんだからよ!」
同じく四大神の一人、オーディン。北欧神話においての最高神だ。ゼウスと同じく創造メンバーの一人である。
他のメンバーもぞくぞくと陵人の回りに集まってくる。
「やぁ陵人ー!久しぶり!」
「陵人!元気そうだね!」
「お前の料理楽しみにしてるぞー!」
「あぁ!皆も変わりないようだな!」
霊界代表の閻魔、ヘル、ヌトだ。
神々と1年ぶりの挨拶を交わしていると、本会議室に3人の神が入ってきた。
「や、やぁ陵人・・。久しぶり・・。」
「あぁ。お前らも元気そうだな!」
「あ、あぁ。おかげさまでな・・。」
そういってそそくさと自分たちの席に着くこの三人。
フラカン、シン、ウッコの三人組みは、かつて陵人にコテンパンにやられたメンバーだ。
それ以来陵人には頭が上がらない。
「相変わらだずだな。あの3人も。」
陵人は苦笑いを浮かべる。
「そりゃそうだろ。あれだけぼろくそにやられたら。」
ゼウスが笑いながら答えた。
そこに新たに三人の神が現れた。
「キャー、陵人―!会いたかったー!」
そういって陵人に抱きついてきたこの女神は、四大神の一人アテナである。
「だー、いちいち抱きつくな!アテナ!」
「いいじゃない!たまにしか会えないんだからー!もっと遊びにくればいいのにー!」
「仕事で来てんだよ!ったく・・。」
「まぁまぁいいじゃないか陵人。」
そう言って入ってきたのは、四大神の一人ポセイドンと、元始天尊だ。
「二人とも久しぶり!相変わらずじじくせーなー!」
「ほっとけ!おぬしの悪態も変わらんのー陵人。」
「変わってたら嫌だろ?元さん!」
「ぬかしよるわ!」
皆で笑っているところに最後のメンバーである、シヴァ、アマテラス、テラの三人が入ってきた。
「楽しそうですねー!皆さん!」
「おー、お前ら!久しぶりだなー!」
「陵人も元気そうですね!会えて嬉しいですよ!」
この丁寧な話し方をするのはテラだ。博学で、全世界の情勢に精通している。
これで、残すは理事長のバハムートを待つだけだ。
「皆さん、それでは一先ず席に着いてお待ちください。まもなく理事長もお越しになります。」
ミカエルの一言で、皆が席に着いた。ミカエルはこの会議の司会進行を努める。
しばらく雑談していると、遂に天上理事会理事長バハムートが現れた。
雑談がピタッと止み、皆の顔に緊張が走る。
「遅くなってすまない。皆元気そうだな。」
幻獣界の王。竜王バハムート。世界最古の神であり、人間が生まれる遥か以前より生と死を司り、世界の輪廻を守ってきた。
全ての神々の父とも言える存在だ。
「皆さんお集まりいただけたようですので、これより第138回、天上理事会定例会議を始めさせていただきます。」
議案は天界が管理している魔界、冥界、人間界の情勢である。
現在魔界、冥界に目立った動きがないことから、焦点は人間界にしぼられた。
内容はもちろん暁の動きだ。
天界は先日の一件をすでに掴んでおり、今後の動きを敏感に察知していくよう陵人に言い渡した。
「敵の指導者は確か『古代種』だったな。勝算はついているのか陵人?」
バハムートが重い口を開く。
『古代種』
神々や陵人の『理』のように、世界を直接構成及び変動させることができる能力を持った者のことである。暁の天童 忍もまた、古代の強力な能力の持ち主ということだ。
「えぇ。奴の相手が出来るのは私しかいません。なんとしても抑えてみせます。」
「そうか。ならば頼んだぞ。問題は魔界や冥界と手を結ばれてしまった時だな。」
「そこなんです。魔界や冥界と手を結ばれてしまえば、人間界だけでは明らかに戦力不足です。」
「そうだな。ミカエル。こちらも準備をしておかなければならないかもしれんな。」
「はい。すでに全軍にBクラスの警戒態勢を取るように指示しています。」
「そうか。ならば引き続き魔界、冥界の動きにも注意していこう。元始。頼んだぞ。」
「承知いたしました。」
元始天尊は天界の最奥で能力の一つ『千里眼』を使い常に魔界、冥界の動きをチェックしている。
「皆も良いな?」
一同が一斉にうなずく。
「それでは、本日の会議はこれにて終了とさせていただきます。お疲れ様でした。」
会議時間はものの1時間程度。定例会議はだいたいこんなものだ。
全員すでに夜の宴会に頭が切り替わっている。
理事長ですら・・。
「陵人。」
厨房に向かおうとした陵人がバハムートに呼び止められる。
「なんですか?」
「その、例の・・、塩辛は・・?」
「もちろん用意してますよ!安心してください!」
「そうか。楽しみだ。」
子供ように嬉しそうな笑顔を浮かべるバハムートに、陵人も柔らかな表情を浮かべる。
「じゃな準備をしてきます。他に何か食べたいものありますか?」
「そうだな・・。じゃあ、甘い玉子焼きを・・。」
「わかりました!用意します!」
これまた可愛らしい笑顔を浮かべるバハムート。この時の顔は威厳など全く感じられない。
「陵人!私はいつもの天ぷらが食べたいな!」
便乗してきたのはアマテラスだ。
「あー、納豆の天ぷらだな!」
「そうそう!あれが食べたくて食べたくて!」
「わかったよ。他に食べたいものがある奴はいってくれ!」
その一言でわらわらと陵人の回りに神々が群がってきた。
「私はぶり大根が食べたい!」
「俺はもつ煮がいい!」
「わしはやっぱり刺身がいいのう!」
全員いいたい放題言ってくるが、そのどれもが日本食というのがまた面白い。
群集に混ざれず、自分たちの席でちらちらとこちらを見ているフラカン、シン、ウッコに陵人が声を掛ける。
「おい、お前らも何か食べたいものあるか?」
突然声をかけられてビックリした三人だったが、ぼそぼそと申し訳なさそうに、
「じゃ、じゃあ里芋の煮っ転がしを・・。」
「わ、私は金目の煮付け・・。」
「金平ごぼう・・。」
「里芋の煮っ転がしに金目の煮付けに金平ごぼうだな!作ってやるよ!」
三人に幸せそうな笑顔が浮かぶ。
その三人を見て、他の神々たちにも笑顔がこぼれた。
「よし!じゃあ行ってくるわ!」
「頼んだぞー!」
「あー、早く食べたいなー!」
陵人は神々に見送られ、いざ厨房へ。
厨房では会議の間にグリエルが食材の下準備をしていてくれた。
「おー、会議は終わったかい陵さん!んじゃ頼むよ!あらかた仕込みは済ませておいたから!」
「サンキューグリエル!んじゃいっちょやるかー!」
陵人はグリエルと協力して次々と料理を作っていった。
約20名分の料理ともなるとかなりの量になる。
二人は息の合ったコンビネーションで、2時間で仕上げた。
「よし!とりあえずこんなもんだろ!おい、運んでくれ!」
控えていた天使たちに料理を運ばせ、陵人も宴会場へと向かった。
「準備ができたぞー!」
威勢よく入ってきた陵人に神々たちは拍手喝采で迎えた。
「待ってましたー!」
次々と運ばれていく料理に、神々たちは目をキラキラさせて生唾を飲んでいる。
一通りの料理と酒が用意され、陵人も席につく。
「足りないものがあったら言ってくれ!んじゃ、派手に行くぞー!」
「おーー!カンパーーイ!!」
陵人の音頭で宴が開始された。
皆一斉に料理に手を伸ばす。
「これこれ!かーー!たまんねーなー!」
「う、美味すぎる・・!」
「この日のために生きてるようなもんだからなー!幸せだー!」
皆待ちに待った陵人の手料理に歓声を上げている。
バハムートも目の前に並べられた好物に目をキラキラさせていた。
碓水特性の塩辛を一切れ口に入れ、味を噛み締めたあと、一気に日本酒を放り込む。
そして一言、
「美味い・・。」
まさに至福の顔だ。陵人はその顔を見て、自然と笑顔がこぼれた。
「ところで陵人。彼女とは上手くいってるの?」
唐突にミカエルが仕掛けてきた。
陵人はあまりに突然の攻撃に思わずむせてしまった。
「な、いきなり何言い出すんだテメーは・・!?」
「確か、茜ちゃんだっけ?可愛いらしいじゃない!」
「なにー!?陵人女が出来たのか!?」
「ちょっとー、聞いてないわよー!」
神々が一斉に食いついてきた。
「そんなんじゃねーっての!」
「隠すところがなお怪しいねー!」
「テメーミカエル!いい加減にしろよ!」
「いいじゃないか陵人。お前もそろそろ身を固めたら。」
「適当なこと言ってんじゃねーよドン!」
ドンとはポセイドンのことだ。陵人は神にさえあだ名を付ける。
「なんなら今度連れてこいよ陵人!」
「シヴァ・・!テメー!」
「いいですよね!?理事長?」
「陵人の身内なら構わんぞ。幻獣界にも招待しよう。」
「な・・!バハムートまでそんなことを・・!」
神々が一斉に大笑いする。陵人を攻められる機会などめったにないことだけに、皆の食いつきも半端なかった。
しばらくその話題で引っ張られ、その後は次々と話題が変わっていった。
皆と盛り上がりながら楽しく酒を飲んでいると、ふとバハムートが視界に入った。
何故かバハムートは回りをチラチラ見ているだけで、あまり酒が進んでいない。
よくみると、バハムートの小鉢に入っていた塩辛がなくなっている。
バハムートは会議や厳粛な場では威厳があり、たいへん大きな存在なのだが、舞台から降りたとたん、口数の少ないシャイボーイに変身する。
自分の塩辛がなくなっても、給仕の天使に声をかけることすら出来ないのだ。
見かねた陵人は、神々を残し、バハムートのもとにやってくると、壷から塩辛を取り出し、小鉢に入れてやった。
「ありがとう。」
嬉しそうに礼を言うバハムート。
「いえ。他に何か召し上がりますか?」
「いや、大丈夫だ。私のことは気にしないでくれ。」
「遠慮しないでください。何か暖かいものでもいかがですか?」
「そ、そうか?じゃ、じゃあ、向こうにおいてあった奴がいいな。」
「あー、もつ煮ですね?分かりました。すぐに暖かくしてもってきます!」
「すまんな。」
いったん席を外し、厨房に向かった陵人は、もつ煮を暖め直し、味を整えてからバハムートに持ってきた。
「どうぞ、召し上がってください!お好みでこの七味をかけると美味しいですよ!」
「そうか。これをかけるんだな?これくらいでいいか?」
「えぇ!味を見てください!」
バハムートがもつを一切れ口に運ぶ。
味を噛み締めてから、酒を口に運んだ。なんとも言えない奥深い味わいにバハムートはただ一言、
「美味い。」
陵人にはそれで十分だった。
バハムートの隣の席に座り、陵人も飲みはじめた。
「お前は不思議な男だな、陵人。」
「そうですか?俺からしたらここにいる皆のほうがよっぽど不思議な連中に見えますけど。」
「お前が来る前はこうして酒を飲みながらくだらない話で盛り上がることなどなかった。皆長すぎる人生に飽き飽きしていたのだよ。人間のように夢や希望を持つことも、大した楽しみもなく、ただ時が流れていくだけ。何の意味もなく毎日が無駄に過ぎていった。」
「まぁ神なんてそんなものでしょう。」
「お前が来てからはがらっと変わった。皆に生きがいが生まれた。お前と会うため、お前と酒を飲むため、お前と戦い、腕を磨きたいと思うものもいる。
お前は皆に生きる目的と夢を与えてくれた。皆お前には心から感謝しているよ。私も含めてな。」
「やめてくださいよ。俺はただ、こうして皆で楽しく酒が飲みたいだけです。人間だろうが神だろうが天使だろうが、そんなもん何の意味もない。一緒にいて楽しいかどうか。それだけです。」
「そんなお前に皆引かれているのであろうな。」
「どうですかね。」
その後も宴会は大いに盛り上がり、初日の定例飲み会は幕を閉じた。
翌日、初日同様会議は一時間で終了し、陵人は闘技場にきていた。
二日目の今日は、天界軍の各騎士団長との戦闘訓練が行われる。
格騎士団長はこの日のために、日々腕を磨いているといってもいい。陵人に勝つために。
「本日はよろしくお願いします。陵人様!」
挨拶をしてきたのは北天騎士団長 イオス・ディスケンスだ。
「久しぶりだなイオス。子供は元気か?」
「はい。おかげさまで!今度会ってやってください!」
「あぁ!他の連中はどうした?」
「まもなく来るかと。皆ギリギリまで鍛錬しているはずですから。」
「気合い入ってんなー!」
「当然です。皆この日のために厳しい鍛錬をしているのですから。」
イオスと話をしていると、そこに残りの三名が到着した。
東天騎士団長 ジャック・ストーム、西天騎士団長 ウィリアム・レッド、
南天騎士団長 アイザック・ガンツ。
「皆元気そうだな!」
「この日が来るのをどれだか待ちわびたことか!覚悟してもらぜ!陵さん!」
ジャックの威勢が轟く。
「全力でぶつからせてもらいますよ!」
「あぁ!」
ウィリアムも闘志をむき出しにしている。
「必ずあなたを倒してみせます!」
「上等だ!」
アイザックも負けてはいない。
「さて、全員揃ったところで始めましょうか!」
「あぁ!」
5人は闘技場の中へと入っていった。
各々身体をほぐし、精神と集中させていく。
「さて、今日はどうする?いつもの感じで一人ずつか?」
「そうですね。それでお願いします。」
「わかった。誰から来る?」
「もちろん俺からだ!いいだろ?」
真っ先に名乗り出たのは東天騎士団長ジャックだ。
「構いませんよ。」
「よっしゃ!」
「いつでもいいぞ。どっからでもかかってこい!」
ジャックは大きく深呼吸し、精神を集中する。
初めて陵人にあった五年前、完膚なきまでに叩きのめされて以来、ずっと陵人を目標に必死で鍛錬を続けてきた。
ジャックだけではない。他の三人も同じ気持ちで鍛錬を続けてきた。
(かなり腕を上げたようだな・・。こっちも本気で行くか・・。)
「『月影』」
陵人は戦う前から封刻を解き、戦いに挑む。
深く息を吐いたジャックの目つきが変わった。
「行くぜ・・!」
遂に鍛錬の成果を見せる戦いが始まった。
ジャックは真っ向から陵人に突っ込んでいった。
陵人の顔面目がけて拳を繰り出していく。
陵人もそれに応え、避けることなく拳を繰り出した。
二人の拳が激突し、辺りに激しい衝撃波が生まれる。
二人は拳を激突させながら、笑っていた。
次の瞬間二人は瞬時に間合いとる。
「お、始まったなー!」
闘技場の見物席では、神々たちが試合を見守っていた。
「さて、今年はどうなるかな?」
二人は間合いを取っては攻撃をしかけ、激しい打ち合いのあと、再び間合いを取るというパターンを繰り返していた。
お互い相手の出方を窺っているのだ。
陵人は拳を交えながら思った。
(スピード、パワー共に1年前とは比べ物にならんな。よく鍛錬されている。)
数回このパターンを繰り返すと、先にジャックが動いた。
「そろそろ本気で行かせてもらうぜ!!『バーストフォーゼ』!」
ジャックが能力を開放した。ジャックの能力は自らの肉体に気を充満させ、パワー、スピードを何倍にも膨れ上げることが出来る。
見る見るジャックの身体が膨れ上がり、筋肉が盛り上がっていく。
あっという間に約二倍の大きさになった。
前回戦った轟と同系の能力だが、質は比べものにならない。
「行くぞ!!『バーストクラッシュ』!」
ジャックはその巨大な拳を一気に前を振り出す。
その衝撃により、大砲のような衝撃波が陵人目がけて発射された。
陵人は瞬時に上空に避ける。
しかしジャックは上空の陵人目がけて『バーストクラッシュ』を連打してくる。
無数の大砲が陵人に襲い掛かった。
さすがにすべてを避けることはできない陵人は真っ向から勝負を仕掛けた。
「『虚空乱撃』!」
ジャックの大砲とほぼ同等の威力の衝撃波の乱打を打ち返し、『バーストクラッシュ』は相殺される。しかし、そこにジャックの姿はなかった。
次に瞬間、陵人は背後に強烈な気配を感じる。
「もらったー!!」
ジャックは渾身の一撃を陵人に叩き込んだ。
陵人はガードもろとも闘技場の端まで吹っ飛ばされてしまった。
「よっしゃー!初めてクリーンヒットしたぜ!」
バラバラと外壁が崩れ落ちる中、立ち上がった陵人には笑みがこぼれている。
「やってくれんじゃねーか・・。お返しにいいもん見せてやるよ・・!」
「何!?」
陵人の身体から強烈な気が溢れ出していく。そして鍵となる術と共に、押さえ込んでいた気を一気に放出させた。
「第二形態ってやつだ・・!『煉獄』!」
陵人は第二の封結を開放した。
「な、なんだと・・!?」
『煉獄』を発動させた陵人は、ついさっきまでとはまるで別人のようだった。
荒々しく闘志をむき出しにし、全身から強大な気がとめど無く溢れ出している。
「行くぞ・・!」
そう言った瞬間、ジャックは遥か後方に吹っ飛ばされていた。
何が起きたか分からないまま、腹部に強烈な痛みを感じる。
「な・・!?」
なんとか壁への激突は避け、体制を整えることができた。
しかし、さらに次に瞬間にはもう自分の身体は外壁にめり込まれていた。
腹部にはさらに強烈な痛みが走っている。
「ぐはっ・・!」
激痛に膝をつくジャック。目の前には陵人が立っている。
「どうした?もう終わりか?」
余裕の笑みで見下す陵人。
ジャックも黙ってはいない。
「ん、んなわけねーだろー・・!!」
目の前の陵人にありったけの力を込めて拳を繰り出す。
が、その渾身の一撃を陵人は片手で受け止めた。
「な・・!?バカな・・。」
「終わりだ。ジャック。」
陵人は巨大なジャックの身体を片手でいとも簡単に上空へと放り投げた。
ジャックはなすすべなく舞い上がる。
陵人は舞い上がったジャックに右手をかざし、詠唱なしで強力な衝撃波を放った。
ジャックは観客席に吹っ飛ばされ、そのまま動かなくなった。
「さて、次はどいつだ・・?」
陵人はすでに残りの三人に視線を向けられている。
「私が行きます。」
名乗り出たのは西天騎士団長 ウィリアム・レッドだ。
「ウィルか。来い。」
ウィリアムは愛刀のブラッディー・マミーを抜いた。その名の通り赤黒い刀身をした剣だ。
天使の剣というよりは悪魔が持つ魔剣のような形状をしている。
「相変わらず気味の悪い剣だな。『天剣』」
陵人も『天剣』を呼び出す。しかし、以前使用した『天剣』とは形状が違う。
『天剣』は封結を解くごとにその形状も変化するのだ。
『煉獄』を開放した時の『天剣』は通常時の二倍の大きさで、柄にはゴツゴツとした装飾が施されている。
「行きます!」
ウィリアムの強みはスピードと多彩な技の数々である。力はジャックよりも大分劣るが、スピードはジャックを遥かに凌ぐ。
初撃はウィリアム。高速で陵人に切りつける。
しかし、『煉獄』を開放した陵人にはその自慢のスピードは通用しない。
あっさり払われると、逆に切りつけられてしまい、なんと真っ二つにされてしまった。
が、真っ二つに分かれたウィリアムの身体が瞬時に赤黒い薔薇に変化し、陵人に襲い掛かってきた。
「『ブラッディーローズ』」
ウィリアム本体は陵人の背後に回っていた。
「舐めたマネを・・!『風神演舞』!」
陵人の周囲を巨大な竜巻が覆い尽くし、『ブラッディーローズ』を弾き飛ばす。
体勢を整え、ウィリアムに向かって一直線に切り込む。
が、ウィリアムは直前で再び薔薇と化す。
「ちょこまかと・・!」
陵人はウィリアムの姿を追う。
そこに新たな攻撃が仕掛けられた。
「『クロスロード』」
十字の赤黒い斬撃が繰り出された。
「こざかしい!『十字の鉄槌』」
同様の術を繰り出し『クロスロード』を相殺する。
「さすがに通用しませんか。ならば・・!」
ウィリアムはブラッディ―・マミーを構えると、徐々に剣がその姿を崩し、さらにウィリアムの身体までもが漆黒の薔薇へと変化していった。
数万に及ぶウィリアムの薔薇が陵人を取り囲む。
「これは・・。」
「『エターナルローズ』あなたのために編み出した技ですよ。」
薔薇の一つひとつからウィリアムの声がする。
「この漆黒の薔薇の一つひとつが全て私自身なのです。周囲の薔薇を蹴散らしても何の意味もありませんよ。」
「なかなか派手なもん作ったじゃないか。」
「行きます・・!」
数万の薔薇が一斉に陵人目掛けて襲い掛かる。
さすがの陵人も避けきることが出来ず、身体が徐々に刻まれていく。
「ちっ・・!『風神演舞』!」
薔薇は一度は竜巻で吹き飛ばされるが、すぐに陵人の周囲を取り囲んでしまう。
「しつこい野郎だ。いいだろう!死んでも文句言うんじゃねーぞ・・!」
陵人は天剣を地面に突き刺し、両の掌を強く打ち合わせた。
「燃え尽きろ!『炎帝 火竜の豪放』!」
陵人の身体から巨大な火竜が姿を現し、雄叫びと共に凄まじい炎を吐き散らす。
「な、なんだと・・!?」
『エターナルローズ』は次々とその凄まじい炎で灰になっていく。
「ぐっ、ぐあーー!!」
陵人は一枚の薔薇だけを残し、全てを焼き尽くした。
一枚残った薔薇の花びらは、ゆらゆらと揺れ落ちながら、ウィリアムへと戻っていく。
強烈な炎で焼かれたウィリアムは大きなダメージを受け、地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「ふぅー。さて、次はどっちだ?」
「俺が行かせてもらいます!」
南天騎士団長 アイザック・ガンツだ。
アイザックの武器は『パラディンランス』という槍である。
長さにして3メートルはあるであろう巨大な槍を軽々と振り回す。
「行きます!『サンダークラッシュ』!」
アイザックは槍の先端に巨大な雷の塊を作り出し、陵人目掛けて投げ放った。
陵人はその雷を余裕で避けるが、次の瞬間塊が数千の個体に砕け散り、その一つが陵人に直撃してしまった。
「し、しまっ・・!くっ・・がぁ・・!」
普通の人間なら一瞬で黒こげになってしまうほどの電圧をもろにくらってしまった陵人は、その場に崩れ落ちる。
だが、この程度の電圧では陵人に致命的なダメージを与えることは出来ない。
「な、舐めたマネを・・。」
陵人は直ぐに起き上がろうとするが、なぜか身体が思い通りに動いてくれない。
「な、なんだと・・!?」
「無駄ですよーー!」
その間にアイザックが陵人目掛けて突っ込んでくる。
避けることも出来ず、また咄嗟のことで術も発動することが出来なかったため、陵人はアイザックの一撃をまともに喰らってしまい、勢いよく吹っ飛ぶ。
「おぉーー!!」
見物席の神々もどよめく。
吹っ飛ばされた陵人はすぐに立ち上がるが、やはり身体の様子がおかしい。
「これは、まさか・・!?」
「気付きましたか?そうです。あなたの身体の回路をメチャクチャにしたんですよ!」
「やはりそうか・・。」
陵人が先ほど受けた『サンダークラッシュ』は人体の運動機能に直接ダメージを与え、本来繋がっている回路をメチャクチャに書き換えてしまうことができる。
つまり、陵人が右手を動かそうとすれば左足が動き、左手を動かそうとすれば目が閉じてしまうというように、自らの意思とはまるで違う箇所が動いてしまうのだ。
「なるほどな・・。なかなか面白い感覚だ。」
「効果は一時的ですけどね。この戦いの間は元には戻らない!さぁ、どうします!?」
アイザックは既に勝利を確信したような笑みを浮かべている。
さすがの陵人も満足に身体を動かすことができなければ、大したことは出来ないという計算だろう。
しかし、アイザックの予想とはうらはらに、陵人は興味深そうに自分の身体を動かしている。
「それでは、止めと行きましょう・・!急所は外して差し上げますよ・・!」
アイザックは全身の気を高め、槍全体に電流を流し込んでいく。
「これで終わりです!『サンダートラスト』!」
突きの構えで陵人に突っ込んでいく。そして躊躇なく陵人の身体を串刺しにした。
「や、やった・・!遂にやったぞ・・!」
「何をやったんだ??」
槍の先端は壁に突き刺さっており、そこに陵人の姿はない。
「そ、そんな馬鹿な・・!?」
次の瞬間陵人はアイザックの目前に現れた。
「甘いんだよ!馬鹿が・・!」
アイザックの顔面目がけて強烈な蹴りが叩き込まれる。
無防備のまま陵人の蹴りを喰らったアイザックは一気に反対方向の壁まで吹っ飛ばされた。
「な・・ど・・どう・・して・・!?」
「確かに面白い技だ。現に今も感覚は戻っていない。だが、この程度俺には大した意味を持たない。俺は完全に自分の身体を支配しているからな。ちょっとくらい回路が変わったところですぐに修正できるんだよ。」
「そ・・そん・・な・・。」
アイザックの意識はここで途切れた。
残すは北天騎士団長 イオス・ディスケンスのみ。
「やっぱりお前がトリなんだなー。イオス!」
「えぇ。さすがですね陵人様。彼らはこの1年で相当なレベルアップを果たしたというのに。」
「確かにな。だが、この程度ではまだまだ俺に遠く及ばんさ。」
「そのようですね。それでは、私も胸をお借りします!」
「あぁ。来い!」
イオスは愛刀の『オルファ』を抜いた。陵人も再び『天剣』を構える。
「行きます・・!」
イオスもまた、真正面から突っ込んでいく。
しかし、今までの三人とは、スピードも身のこなしも段違いだ。
陵人と互角に剣を交えている。
二人の華麗な舞が繰り広げられる。
「相変わらずいい太刀筋だなーあいつは。」
「えぇ。剣の腕なら私とも大差ありませんからね。」
見物席のオーディンとミカエルが二人の戦いを興味深く観戦している。
「また腕を上げたなーイオス!」
「陵人様も相変わらずですね!」
二人は剣を交えながら互いの実力を確かめ合い、賞賛した。
数分にわたり攻防が繰り広げられた後、二人は一度間合いをとった。
「やはり剣技だけではラチがあきませんね。」
「そうだな。どうする?」
「もちろん仕掛けさせてもらいますよ。私もこの一年間あなたを倒すことを目標に鍛錬を積んできたのですから。」
「ほう。それは楽しみだ。」
「『スターダスト』」
イオスの右手から無数の小さなガラス片のようなものが勢いよく飛び出し、陵人の回りを取り囲んでいく。
この欠片は体内に吸い込むと、内側から身体を刻んでいき、最後には内臓全てを切り刻む。
一粒でも欠片を吸い込んだら終わりだ。
が、陵人は冷静だった。この技は昨年も見ているからである。当然対処方もわかっている。
陵人は『風穴』というブラックホールのようにあらゆるものを吸い込んでしまう穴を生み出した。そこに『スターダスト』が次々に吸い込まれていく。
「この技が通用しないことはわかっているはずだろう?」
「えぇ。とりあえずおさらいをと思いまして。本番はこれからです。」
「本番だと?」
「えぇ。」
イオスは剣を鞘に戻し、両手を広げて精神を集中させた。
「『スペースワールド』!」
陵人の周囲に真っ黒なドーム状の世界が広がっていく。
「な、なんだ・・?」
あっという間に陵人は闇の世界に引き込まれてしまった。
「聞こえますか?」
「あぁ。なんなんだこりゃ?」
「私の力で作りだした宇宙空間ですよ。その中からは一切外部に攻撃をしかけることは出来ません。当然外に出ることも不可能です。ためしに何か攻撃をしてみてください。」
イオスに言われ、陵人は天上目がけて『赤爆』を打ってみた。
が、ドームには全く変化はない。
「どうですか?」
「確かにビクともしねーな。で、こんなとこに閉じ込めて何しようってんだ?」
「もちろんあなたを倒すに決まってるじゃないですか。このドームは、外からなら攻撃を加えることが出来るんですよ。こんな風にね!『スターダスト』」
ドーム内にどこからともなく『スターダスト』が入り込んでくる。一瞬でドームの天上に欠片が散りばめられ、まるで満点の星空のように美しい情景を生み出した。
しかし、その美しさとはうらはらに、この密閉された空間では死の欠片と化す。
「ずいぶんえげつねーことしてくれんんじゃねーか・・。『風穴』!」
『風穴』により『スターダスト』は再びかき消される。
「あくまで例ですよ。私が言ってる攻撃はこっちですから。」
イオスの話が終わったと同時に鋭い斬撃が陵人の左肩を切りつけた。
「どうですか?全く気付かなかったでしょ?」
確かに陵人は切りつけられるまで攻撃されたことに全く気付くことが出来なかった。
「なるほど。これでじわじわなぶっていこうってか・・?」
「えぇ。あなたの体力が奪われるまでですが。その後は、このドームごとあなたを押しつぶします。」
「まぁ、そうなるわな。さて、どうしたもんか・・。」
「悪いですが考える暇は与えませんよ。」
イオスは次々に斬撃を繰り出していく。
陵人はなすすべなく攻撃を受け続ける。
しかし、限界が訪れるのは早かった。
体力の限界ではない。我慢の限界である。
「ちょ、調子に・・、乗るんじゃ・・ねーー!!」
遂に陵人が切れた。
「つけあがりやがって!!上等だコラっ!!」
陵人の気がドンドン上がっていく。
絶対的に有利な立場にいたイオスが危機を感じるほどに。
「何もさせませんよ!このまま終わりにします!『クローズ』!」
イオスが『スペースワールド』を閉じ始めた。じわじわとドームが小さくなっていく。
「無駄だ!後悔させてやるよ!『大いなる航海』!」
陵人は地面に両手をつけると、その下から巨大な帆船が姿を現し始めた。
帆船が押し迫るドームと激しく衝突する。突き破ろうとする力と押さえ込む力。
「く、なんて力だ・・!」
イオスは全力でドームを閉じていこうとするが、突き破る力が強く、思うようにいかない。
陵人の力はなおも上がり続け、ついにはドームに亀裂が生じ始めた。
「だ、ダメだ・・!抑えきれない・・!」
「無駄だって言ってんだろーがーー!!」
その雄叫びと共に陵人の船はドームを突き破り、『スペースワールド』は完全に崩壊した。
その衝撃でイオスは外壁まで吹っ飛ばされてしまった。
陵人は船の甲板に立ち、まるで海賊船の船長のようだ。
「ずいぶんやってくれたじゃねーか!覚悟はできてんだろーな!」
「く、くそっ・・!ここで終わるわけにはいかない・・!」
「まだあがくか。いいだろう!これで終わりにしてやる!『大いなる航海 発動』」
船の先端に備え付けられた巨大な大砲がイオスに照準を合わせる。
イオスもまた最後の力を振り絞り、剣を構えた。
「これで終わりにしましょう。『ライトニング』!」
剣の先端にエネルギーの塊を作り出した。
「行くぞ!『砲撃』!」
大砲から凄まじいエネルギー弾が放たれた。
「おぉーー!!」
同時にイオスも『ライトニング』を放つ。
二つの強力なエネルギー弾が衝突する。
均衡しているかに見えたが、やはり陵人の力が勝っていた。イオスの『ライトニング』はどんどん押されていく。
残された力を全て注ぎ込み、懸命に耐えるイオスだが、限界は確実に近づいていた。
「く、く・・そ・・!」
「終わりだ。」
陵人は吐き捨てるように言い放ち、一気にパワーを上げた。
砲撃は『ライトニング』ごとイオスを飲み込み、決着がついた。
陵人は『大いなる航海』を解き、上空からゆっくりと降りてきた。
イオスはもはや立ち上がる気力もなく、なんとか一命を取り留めたというくらいのダメージを負っていた。
「ちょっとやりすぎたか・・。ミカエル、手を貸してくれ!」
「はいはい。」
「結局例年通りの結果か。おい、誰か救護班を呼んで来い!」
オーディンが控えていた天使に命ずる。
「また派手にやりましたねー。」
「つい熱くなっちまってな。」
「中々楽しそうでしたよ!」
「あぁ!来年が楽しみだ!」
こうして今年の訓練は、陵人の圧勝で終了した。
瀕死の重傷を負った4人はすぐさま救護班によって治療され、夜にはなんとか動けるようになるだろうということだったので、宴会に出席することを許可された。
今日のネタはやはりコテンパンにのされた4人だった。
「しかし陵人も容赦ねーなー!イオスなんて生きてるのが不思議なくらいだったしよー!」
「本気でやらねーと意味がないだろーが!まぁ多少ムキになったとこはあったけどよ・・。」
「大人げないのー。」
「何千年も生きてるじじいに言われたかねーよ!」
わいわい盛り上がっていると、治療を終えた騎士団長たちが宴会場に姿を現した。
「おー、お前ら!もう動いていいのか?」
「えぇ!おかげさまで。」
「そうか!」
陵人が安堵の表情を浮かべる。やはりちょっとやりすぎた感があったのだろう。
「まだ体中ギシギシですけどね。」
アイザックが爽快な笑顔を見せる。
「そりゃそーだろ!あんだけ派手にやられたら!フラカンたちん時は丸一日動けなかったもんなー!」
フラカン、シン、ウッコの三人は顔を青くして大きくうなずいた。お前たちの痛みはよーく分かると・・。
「あん時はマジで殺す気だったからなー!『黒牙』まで解放してたしよ!」
『黒牙』とは、三つ目の封刻のことである。
「しかし、今回は自信があったんですけどね。」
イオスが感慨深げに漏らす。
「甘いんだよ。お前ら今日それぞれ新技を出してきたけど、どれも完璧に使いこなせてなかったじゃねーか。」
「確かに。一応完成はさせていたんですが。」
「あれじゃ完成とは言えねーよ。」
「厳しいですねー。」
「たりめーだ。」
「しかし、来年こそは必ず!」
「あぁ。楽しみにしてるぞ!よし!飲むか!」
「はい!」
騎士団長たちが加わり、宴会は昨日よりもさらに盛り上がった。
いよいよ明日は最終日。ちなみに明日は会議も訓練も予定されていない。
明日の予定。それは・・。
皆でピクニックだった。
翌日、朝から陵人はグリエルと共に厨房にいた。今日のピクニックの弁当を作っているのだ。
しかし、何故に定例会議でピクニックなのか。
それは4年前。以外にも理事長であるバハムートの一言から始まった。
「たまには皆で外に出て、昼間から飲んでみたいものだな。」
この一言をきっかけに、毎年最終日には皆で出かけ、昼間からどんちゃん騒ぎをするのがお決まりになったのだ。
陵人は皆のために毎年こうして弁当を作ってやる。
人間界から米をどっさり持ってきておにぎりを作り、から揚げやバハムートも大好物の玉子焼き、その他にも煮付けやらちらし寿司など、色も鮮やか超豪勢な特性弁当だ。
「陵人ー、お弁当できたー??」
待っていられずアテナが様子を窺いにきた。
「もうすぐだ。皆は集まってるか?」
「もうとっくに全員集合してるよー!理事長なんて朝ごはん抜いて待ってるんだから!」
「そ、そうか・・。すぐに行くから!」
「はーい!」
陵人は大急ぎで弁当を仕上げ、神々のもとへ急いだ。
「待たせたな!んじゃ行くか!」
「おおーー!!」
陵人と神々は一斉に歩き出し、30分ほどで到着する丘の上で宴会の準備を始めた。
椅子やテーブルは使わず、茣蓙やシートを敷くだけの簡単な準備を、皆楽しそうに行っている。
そして、朝早くから陵人が丹精込めて作った弁当がオープンされると、一斉に歓声が上がった。
バハムートは目をキラキラさせて、
「玉子焼きもある。」
と嬉しそうに呟いた。
「よし!じゃあ皆準備はいいか?」
それぞれ酒を用意し、陵人の合図を待っている。完全に遠足にきた先生と生徒のようだ。
「最終日―、カンパーイ!!」
盛大に宴会がスタートした。
皆それぞれ陵人の作った弁当を美味そうにほうばる。
わいわいと賑やかに宴会は進む中、シンがバハムートの前に置かれた玉子焼きに手を伸ばそうとした。
バハムートは大好きな玉子焼きが目の前でさらわれようとしているのを、驚愕の顔でただただ見ているしかなかった。
その時、陵人からするどい一喝が入った。
「シン!それはバハムートの玉子焼きだ。手―出すんじゃねー・・!!」
「は、はい!すみません!!」
シンは条件反射で思わず背筋を伸ばして謝ってしまった。
バハムートは大好きな玉子焼きが守られると、陵人に向かってにっこりと微笑んだ。
「ほんと陵人にはかなわねーなー!」
神々が皆大笑いする。
こうして最終日の宴会は笑い声が耐えぬまま、何時間も続いていき、いよいよ終わりの時が近づいた。
最終日は夜の部は行われず、このまま解散となる。
神々はみな満足そうな笑みを浮かべながら城へと戻っていく。反面、これで楽しい時間も終わってしまったという寂しさも皆背中に抱えていた。
「じゃあ、俺は行くわ!」
城の前で陵人は皆に挨拶をする。
「楽しかったぞ陵人!また来年な!」
「あぁ!」
「陵人。人間界を頼んだぞ。」
最後の最後でバハムートに威厳が戻った。
「はい。お任せを!」
「何かあったらいつでもこい!必ず力になる!」
「神の力なんて借りるかよ!」
そう言いつつ、陵人はオーディンと堅い握手を交わした。
陵人はその後一人ひとりに挨拶をし、『天空航路』を通って人間界に帰っていった。
残された神々は、皆来年の定例会議を生きがいに、精一杯やっていこうと心に近い、第138回、天上理事会定例会議は無事終了した。
しかし、この半年後、彼らは再び顔を合わせることになる。臨時会議の招集によって・・・。