第二章 「天翼の刻印」
約束の場所から10分程歩き、大通りから路地に入ると、今までの騒がしかった光景が嘘のように静まり返り、人がけは一切なくなった。都心には変わりないのだが、この空間はそんなところだった。そこに一軒のBarがある。「Bar NYX」(バー ニックス)。常連客しか来ない、いや、くることが出来ないこの店は、カウンターが10席、テーブル席が2卓、その他に個室が3部屋ある。個室の広さは8畳程の大きさで、2,3人なら広々と使うことが出来る。NYXは『能力者』御用達のBarである。よって客もほとんどが『能力者』。普通の人間はたどり着くことさえ出来ない。それがマスターである碓水 美影の能力でもある。能力名は「隔絶」空間に結界を作り出すことにより、外部からのあらゆる進入を遮断する能力である。『能力者』同士の情報交換も盛んに行われており、難しい案件に対してチームを組んで取り掛かるなど、賞金稼ぎのギルドの様な役割も担っている。碓水は陵人の師である神崎 修一郎の古くからの友人であり、幼い陵人を修一郎と共に見守り続けたいわば母親の様な存在だ。その為、3部屋ある個室のうちの一部屋は、陵人の為に常に空けておいてくれている。予約もいらない。代償として、碓水からの依頼は無条件で受けること。月に一度は必ず顔を出すことが義務付けられている。当初は飲食代金も要らないと言ってくれていたが、陵人はその申し出を断り、飲み食いの代金だけはきちんと払うことにしている。陵人はその個室を仕事の依頼人と会う時に使うこともあり、駿と外で飲む時には決まってNYXと決めていた。駿もこの店が気にいっている。なにせ酒も料理も抜群に美味く、芸能人である駿が人目を気にせず飲める数少ない場所であるからである。そして、マスターの碓水が美人であるということもお気に入りの理由の一つである。年齢的に言えば碓水は40歳を過ぎている。しかし、その抜群のプロポーションは今尚健在であり、大人の女の色気がムンムンとしている。顔にシワなど一つもない。スラッと伸びたた美脚を常に露出させ、豊満な胸元も谷間をもろに強調している。長い栗毛色の髪はフワフワしていて、笑顔はまるで天使のような温かい顔をしている。この天使の笑顔で「いらっしゃい」なんて言われた日にゃーどんな男だってメロメロになってしまう。
21時半。陵人と駿はNYXに到着した。扉を開けるとほぼ満席状態の店内に碓水がいた。「あら、陵人。駿。いらっしゃい。」天使の笑顔と甘い声で二人を出迎えてくれた。「今日は見ての通りいっぱいなの。部屋を使ってくれる。」申し訳なさそうに言う碓水に「構わないよ。」そう言って常連客に軽く挨拶をし、陵人の為に空けてくれている部屋に向かった。部屋に入るとすぐに碓水がやってきた。「繁盛してるじゃない」陵人が言うと「おかげさまでね。何にする?」碓水が笑顔で応える。「とりあえず生二つ。料理は任せる。」「了解。そうそう。こないだ修が顔出してくれたわよ。」「師匠が?こっちにきてるんだ」「そうみたい。近々あなたのところにも寄るって言ってたわよ。」「そっか。あの人はいつも突然来るからなー。」陵人は苦笑いだが、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。「息子が心配なのよ。」そう言う碓水の笑顔も柔らかい。「じゃあ、すぐに用意するから。駿もゆっくりしていってね。」「ありがとうございます。」駿のキラースマイルが光る。「相変わらず美人だなー碓水さんは。」駿がにやけまくった顔で言う。「もう40過ぎだけどな。昔からまったく変わってない。あんな顔してキレるとめちゃくちゃ怖いんだぞ!」陵人の顔が昔を思い出しながら青ざめる。碓水は元々MAINDSの一員であった。阿頼耶式の前総長である。現役時代の通り名は「鬼女」。美しい容姿とは裏腹に違法『能力者』を恐怖のどん底に落とし続けた最恐の女である。MAINDSを引退後、NYXを始めたが、今だに彼女を慕い、頼ってくるMAINDS関係者も少なくない。「そういやお前のお師匠さんて今なにしてるんだ?」「今はMAINDSの特別顧問をやってるよ。まぁ最近は年に数回しか会わないけどな。ここに顔出したってことは、美影さんの言うとおり近いうち会いにくるんだろう。」「そうなんだ。」そんな話をしてる間に、碓水がジョッキを二つ持って現れた。「お待たせ。料理もすぐに用意するから」「ありがとう。」ジョッキを手にして、「とりあえずお疲れー!」といつものように乾杯し、一気にビールを身体に流し込む。残暑が厳しい中歩いてきたため良く冷えたビールが死ぬほど美味かった。半分ほど一気に飲み干し、「それで、頼みってのはなんなんだ?」陵人が切り出した。「あぁ。実はお前に仕事の依頼をしたいんだ。」「依頼?」「あぁ。といっても依頼人は俺じゃない。世話になってるプロデューサーに頼まれてな。牧村 茜って知ってるだろ?」「あぁ。最近ちょくちょく見るようになったな」
牧村 茜。現在売り出し中のグラビアアイドルである。165cmと女性にしては長身にDカップの豊満かつ美しいバスト、引き締まったウエストとヒップと完璧なボディーを持ち、少女のようなあどけなさから大人な女の色気も感じさせる豊かな表情、若干22歳だが、茜は確実に日本中の男の心を鷲摑みにする何かを持っていた。「その子が今回の依頼人ってわけか?」「そういうこと。詳しい内容は聞いてないけど、何か身体に変な紋様が浮かんできちまったらしい。」「ほー。悪くないな。」陵人の口元がいやらしく歪んでいく。「わかってると思うけど仕事だからな陵人」駿がくぎを指す。「当然だ!俺はプロだぞ!」全く説得力のない崩れきった顔に駿は大きなため息をつくしかない。陵人は無類の女好きである。今までに関係をもった女は数知れず。一応仕事が片付くまでは依頼人との関係は持たないというのが陵人の真情だが、やることはしっかりやっている。以前駿にプロとしてそれはどうなんだ?と突っ込まれたことがあったが、「俺の仕事は怪異を処理することまでだ。その先は一個人として人生を桜花しているだけだ。」と妙に自信満々に言われてしまった。「まぁ、とりあえず頼むは。これが先方が指定してきた日時と場所だ」と駿は半分以上あきれた表情で紙切れを陵人に渡した。「任せておけ!お前の顔に泥を塗るようなことはしないさ。」僕、企んでます!と堂々と宣言しているような顔で陵人はその紙を受け取った。
三日後、陵人は依頼人である牧村 茜と会うため都内某所のホテルに向かっていた。ホテルに着き、ラウンジにあるカフェに行くと、そこにマネージャーの岩倉と茜が待っていた。芸能人らしく、帽子とメガネで変装しているものの、瑞々しいオーラが溢れているため、陵人はすぐに分かった。「このオーラは。まさか・・。」と何かを感じとった陵人だが、とりあえずコンタクトをとることにした。「牧村 茜さんですね?ご依頼をいただきました神崎 陵人といいます。」そう挨拶すると、「よろしくお願いします。」と深々と茜は頭を下げた。これだけでも陵人には非常に好印象だった。「ここでは何ですので、部屋を取ってあります。詳しい話はそちらで」と岩倉に促され、三人は予約してある2334号室に向かった。
客室に着き、茜と岩倉がソファーに腰掛ける。陵人はその正面に座り、切り出した。「それでは、詳しい依頼内容をお願いします。」事前に打ち合わせしていたのだろう。岩倉から詳細が伝えられた。岩倉が言うには、一週間ほど前、つまり駿から依頼を受けた四日前に、突然茜の左胸に奇妙な紋様が浮かんできたということであった。紋様の大きさは約3cmほどで、火の玉のようにも片翼のようにも見え、一見するとタトゥーのようであると。痛みなどはまったくないということだった。「ご存知の通り、この子はグラビアを中心に活動しています。時には過剰な露出をすることもありまして、来週にも撮影が入っています。場所が場所だけになんとも出来なくて。」と一通り岩倉の話を聞いた陵人は、「わかりました。とりあえずその紋様というのを見せていただけますか?」とあくまで真顔で答える。(心の中はピンクの天使が舞い踊っているが)「わかりました。茜」岩倉に促され、茜はブラウスのボタンを外し、豊満はバストが顔をだす。(キター!!!)陵人はあくまで真顔を崩さぬように全身系を両目に集中させた。岩倉の話の通り、茜の左胸に火の玉とも片翼とも言える紋様が浮かんでいた。その紋様を見た瞬間、いままで踊り転げていたピンクの天使が陵人の心の中から消え失せた。「天翼の刻印!?」そうつぶやき、「失礼します」と刻印に右手をかざす。「やはり・・。」その反応を見て、いささかの不安を覚えた茜が口を開く。「なんなんですか?これ?」その問いかけは陵人の耳には入っていなかった。(あの時感じたオーラはこれだったのか。)そう確信した陵人の口からとんでもない言葉が発せられた。「服を全て脱いでください。」「えぇ!?」岩倉と茜の声がハモる。「ちょっと待ってください!!なんでそんなことしなくちゃいけないんですか!?」と岩倉が声を張り上げる。茜も怪訝な顔をしている。「詳しい説明はあとでします。まずは彼女の身体を調べさせてください。私の考えが正しければ、彼女の身体のどかに同じような刻印が刻まれているはずです。「そんなものありません!!事前に私がチェックしましたから!」今日会ったばかりの、しかもこんな胡散臭い男に大事な茜の身体を見せるなんて絶対にしない!といわんばかりに岩倉が否定する。「出来ないのであれば私は手を引くだけです。しかし、事と次第によっては彼女の命に関わるということをお話しておきます。」陵人は冷たく言い放つ。「命に関わる!?」二人の顔が一瞬にして氷ついた。「どういうことですか!?適当な事言って、あなた茜の身体が見たいだけなんでしょ!?」不安を振り払うように岩倉は喰ってかかる。「言葉通りです。どうするかはあなだ方の判断にお任せします。」あくまで冷静に言葉を発する。沈黙が流れた。ほんの1,2分の事だが、二人にはとてつもなく長い時間に感じられた。「わかりました。脱ぎます。」沈黙を破ったのは茜だった。「茜!何言い出すの!?こんな得たいも知れない人に裸を見せるなんて!」「だってこのままじゃ何も分からないじゃない!いきなりこんな模様が浮かんできてただでさえ気持ち悪いのに。命に関わるなんて言われたら見せなきゃ仕方ないでしょ?」岩倉は黙って茜を見つめている。「それに、私この人信用できると思う。」「なんでそんなこと言えるの!?」「わからない!わからないけど・・。この人は大丈夫だと思う。」そう言って真っ直ぐに陵人を見つめる。岩倉も厳しい表情で陵人を見る。「お願いします。」そう言って茜は服を脱ぎ始めた。少しずつ茜のパーフェクトボディーが露になっていく。透き通るような白い肌、下着から開放された胸は大きさだけでなく形も極上で、なにから何まで陵人の好みと合致していた。いつも陵人なら全身でその身体を堪能するとこだが、今の陵人にはそんな想いは欠片もなかった。全ての衣類を脱ぎ、恥じらいながら胸元を両手で隠した茜は「お願いします」と小さな声で言った。岩倉はそんな茜を不安でいっぱいの表情で見つめている。「失礼します。」そう言って陵人は茜の身体を丹念に調べ始めた。全身くまなく探さなくては、茜を全裸にさせた意味はない。陵人は注意深く刻印を探した。茜は恥ずかしさからか透き通った白い肌をピンク色に染め上げていた。グラビアアイドルの茜は至近距離からの撮影もされるので、人に見られることには慣れていたが、今回はそれとは全く違う。生まれたままの姿を、まだ会って10分かそこらの男性に超至近距離から舐めるように観察されている。しかし、不思議と嫌は気持ちはしなかった。恥ずかしいという想いはあったが、陵人からは下心やいやらしい雰囲気が全く感じられない。むしろ自分のために必死になってくれているという想いが感じられた。数分にわたり陵人は茜の身体を調べ尽くした。そして「あった。」そう言って「これを見てください。」と岩倉を呼んだ。茜の右足の付け根、ちょうど陰部のすぐ下辺りに、左胸の刻印と左右対称の刻印があった。「こんなところに・・!?」岩倉は言葉を失っている。「あったんですか!?」茜も声を上げる。「えぇ。左胸の刻印と左右対象なのもが刻まれています。」そう答えると、陵人は茜の正面に立ち、印を結び、『凝』と唱えた。肉眼では捉えられない怪異や、気の流れ、『能力者』の念などをみることのできる術である。『凝』で茜を見ると、左胸の刻印と、右足の刻印が、鎖によって体内で繋がっているのが見えた。
「やはり、完全に繋がっている・・。」陵人の表情が曇る。「服を着ていただいて構いません」そう茜に告げ、陵人は腰を下ろし、思いつめた表情で考え込んでいる。服を着て、茜と岩倉は再びソファーに座り、「わかったんですか?これは何なんです!?」岩倉が焦りを隠せずに詰め寄る。「これは・・『天翼の刻印』といって、数百年に一度この世に現れる、選ばれた者の証です。「『天翼の刻印』!?選ばれたって何に!?」「ある霊穴を封印する者。解りやすく言うと・・生贄です。」「い、生贄・・!?」岩倉と茜の顔が凍りつく。「この刻印が現れた者は、その身を犠牲にし、巨大は霊穴を封じる役目を担っています。これまでにも数名の女性に現れ、皆その役目の犠牲になってきました。この刻印から完全に開放された者は、未だかつて一人もいません。」「そ、そんな・・・。」岩倉の顔からみるみる血の気が引いていく。茜は神妙な面持ちで陵人を見つめていた。「具体的に、私はどうなるんですか?」「今、あなたの体内で、二つの刻印が鎖で繋がっています。これはすでに第二段階が終了したということです。これから七日間で、二つの刻印は引き合い、一つの刻印になろうとします。そして刻印が一つになった時、天翼の使者があなたを迎えにくる。その後、あなたはその身ごと霊穴に落とされることになります。」岩倉はすでに言葉を失っていた。茜は依然神妙な面持ちのまま陵人の話を聞いていた。「私は助からないということですよね?」茜は表情を崩さずに聞いた。「残念ですが、現状あなたを救う方法はありません。」陵人は静かに答えた。「そうですか。」茜は小さく答えた。「な、何か方法はないんですか!?お願いします!!茜を助けてください!!お願いします!!」岩倉は泣きながら陵人にすがった。陵人は黙ったまま茜を見つめている。「もういいよ。」茜は岩倉に告げる。「何言ってるの!?このままじゃあなた死んじゃうのよ!?もういいわけないじゃない!!」「この人の話聞いてたでしょ?今まで一人も助かってないって。どうしたって無理なんだよ。そりゃ私だって死にたくないよ!でも、私選ばれちゃったし。きっと私がいないと大変なことが起きちゃうんだと思う。ほんとは今すぐ逃げ出しちゃいたいけどさ。私がやらなきゃいけないことなんだよ。私にしか出来ないことなんだよ。せっかくもらった大事な役目だもん。そこから逃げ出すことは私には出来ないよ。」そう言うと茜はやさしく微笑んだ。正直怖くてしかたがない。どうして自分が!?そう思う気持ちもあった。だが、茜は自分の運命を受け止めた。この短時間で目の前の世界が音を立てて崩れ去っていく中、茜は必死に現実を受け止めようとしていた。残り一週間しかない命にも関わらず、前を向いていた。目の前に迫ってくる恐怖にガタガタと足が震える。それでも目を逸らさず、懸命に前を向いている。陵人はそんな茜に心を揺さぶられた。まだ22歳という若さで、突然自分の未来を刈り取られた女の子が、懸命に自分の役目を果たそうとしている。陵人にはこの役目がどれほど重いものなのかということも解っていた。想像を絶する恐怖が茜に降り注いでいることも。そして心を決めた。この子を助ける!「時間を下さい。対策を考えます。」「え、でも助ける方法はないって・・。」「確かに現状あなたを救う方法は思いつきません。だから考えます!あなたを救う方法を!」陵人は力強い眼差しで茜を見つめた。茜はすでに自分の運命を悟り、諦めの感情を持っていたが、陵人の目をみた瞬間、そんな感情が吹き飛んだ。「この人なら、私を救ってくれるかもしれない・・!?」そう思えた。今日始めて会ったこの男に、自分の運命を預けてみようと思った。わずかな希望が見えた瞬間。茜の目から涙が溢れ、大声で泣き崩れた。一度は諦めた未来が、もしかしたら返ってくるかもしれない。嬉しかった。嬉しくて嬉しくて。そして同時に寂しさ、心細さ、恐怖心が一気に大粒の涙となって溢れ出た。岩倉は黙って茜を抱き締めた。「明日の夜また会いましょう。」そう告げ、陵人は部屋を後にした。
その足で陵人はNYXに向かった。まだ開店前であったが、碓水はすでに準備のため店にいた。「あら、こんな時間に珍しいわね。」そう言って陵人を笑顔で出迎えてくれた。「何かあったの?」グラスビールを差し出して碓水は聞いた。出されたビールを一気に飲み干すと「『天翼の刻印』の者にあった。」そう碓水に告げた。碓水の表情が曇る。「そう。つらいわね。」そういって新しいグラスにウイスキーを注いで差し出した。そのウイスキーも一気に飲み干し「助けたいんだ。」そう呟いた。「いくらあなたでもそれは無理よ。残念だけど。」碓水もこの刻印の重みを充分理解していた。「それでも助けてやりたい!」今度は力強く答える。陵人の意思の強さに碓水は一瞬言葉を失ったが、「ずいぶんと入れ込んでるのね。」とやさしく微笑んだ。「でもいい?あなたもこの刻印の重みを理解しているでしょ?この刻印から開放されたものは未だかつて一人もいない。気持ちはわかる。でもね。私たち『能力者』にも超えられない壁はあるのよ。最強の能力である『理』の力を持っていてもね。」諭すように碓水は語りかける。それでも陵人の表情は変わらない。むしろ何かふっきれたような、そんな表情をしていた。そして、「一人だけ、あの刻印から生還した人がいるだろ。」碓水の顔が再び曇る。「確かにあの人は生還したわ。でも開放されたわけじゃない。あなたも知ってるでしょ。あの人がその後どうなったか。」「わかってる。でも彼女を救う糸口はそこにしかないんだ。」「それはそうかもしれないけど・・。」「美影さん。今あの人がどこにいるのか教えてくれないか!?美影さんなら知ってるだろ!?」陵人が美影に問う。碓水は険しい表情のまま「確かに知ってるけど。あなた本気なの!?」「あぁ。頼む!」陵人は真っ直ぐ碓水を見つめる。しばしの沈黙の後、「まったく、言い出したら聞かないんだから。ホント、そういうとこ修にそっくりだわ。」そう言って肩をすくめる。しかしその表情はすでに柔らかい。そして、メモ用紙にある場所を書き、陵人に渡した。「一応私からも連絡入れとく。わかってると思うけど、相変わらず難しい人だからね。」碓水は苦笑いを浮かべている。「あぁ。俺も十年前に一度会ったっきりだけど。」陵人も苦笑いを浮かべた。翌日の夜、陵人は再び岩倉、茜と会っていた。「助かる可能性があるってホントですか!?」岩倉が声を張り上げる。「落ち着いてください。可能性があると言っても、ほんの一握りもありません。小さな欠片程度です。」「それでもゼロじゃないってことですよね!?」茜が問う。「そういうことです。明日の朝、その可能性に会ってきます。」「どうぞよろしくお願いします!」岩倉が深々と頭を下げる。「それでは。」陵人が去ろうとすると、今まで思いつめた表情で黙っていた茜が口を開いた。「私も連れて行ってください!」「えっ!?」陵人と岩倉がハモる。「何言ってるの!?こういうことはプロに任せておけばいいのよ!あなたが行っても何も出来ないんだから!」「その通りです。行った先で状況が変わるという保障は何もないんですよ?私に任せておいて下さい。」岩倉と陵人がたたみかける。しかし、「わかってる。私には何もできないことくらい。でも、これは私の問題なの!ただ黙って待ってるなんて嫌なの!お願いします!私も連れて行ってください!」茜は強い眼差しで陵人を見つめる。(この眼には弱いな・・)陵人はそう心の中で呟く。「わかりました。明日の朝迎えにきます。」「ありがとうございます!」弾けんばかりの笑顔で茜は応えた。
翌朝、陵人は車で茜の住むマンションの前に停まっていた。なぜ一緒に行くことを許したのか、陵人は考えていた。が、すぐに別の考えに変わった。「あの人の所に女連れで行くのか。何を言われるか解ったもんじゃないな・・。」これから行く先にあるのは希望か絶望か。そんな切迫した状況にも関わらず、そんなことを考えている自分が妙におかしかった。待ち合わせ時刻の5分前に茜は現れた。ジーンズにキャミソール、その上に薄手の白いシャツを羽織ったラフな姿。(やっぱり可愛い・・。)思わずそんなことを思ってしまった。「お待たせしました。お願いします。」助手席に乗り込み、茜の未来をかけた戦いに向けて、二人は走り出した。「ここからどれくらいなんですか?」最初に口を開いたのは茜だった。「ここから4時間くらいの山ん中だ。それと、これからは俺に敬語を使う必要はない。俺も使わない。俺のことは陵人でいい。」突然タメ語になった陵人に一瞬ドキッとしたが、「うん!わかった!私も茜でいいよ」「そのつもりだ。」そう言って陵人は微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、茜に電流が走った。(な、なにこの感じ!?)どうかしたか?「う、ううん!なんでもない!」初めて見た陵人の笑顔に、茜は一発で心を奪われそうになった。駿の時もそうだったが、陵人の笑顔には、男女問わず人を一発で虜にさせる力がある。その笑顔で今まで数多の女性を落としてきた。当然茜も例外ではなかった。(こ、こんな時に何ドキドキしてるのよ私!)そう自分を戒めるが、陵人の顔を直視できない。「昨日は眠れたか?」「え!?あー、うん。あんまり眠れなかったかな。」なんでもない質問にもどぎまぎしてしまう。「当然だな。この状況でぐっすり眠られていたらどうしようかと思った。」(意外と毒舌なんだ・・)そんなところも茜は無意識だが好意的に捉えていた。しばらくの沈黙が流れる。この状況を打破すべく、茜は勇気を振り絞って口を開いた。「陵人はこの仕事長いの?」「十年になる。」「そんなに!?いま何歳!?」「27。」「じゃあ17歳から仕事してるの!?学校は?」「高校も大学もちゃんと出てるよ。俺を育ててくれた師匠の教えで、世の中を知れ!ってのがあってな。」「そうなんだ。あれ、育ててくれたったってご両親は?」「5歳のときに事故で二人とも死んじまったよ。」「そうなんだ。ごめん。変なこと聞いて。」「構わねーよ。ほとんど覚えちゃいねーからな。」「5歳の時からお師匠さんと暮らしてきたの?」「あぁ。両親ともに天涯孤独だったからな。どこも引き取り手のなかった俺を養子にしてくれて、俺に『能力者』の道を示してくれた最高の人だよ。」修一郎の話をするとき、陵人の表情はとても柔らかく、温かみに満ちていた。そんな陵人の顔を見つめ、茜はさらに引き込まれていった。「そういえば、これからどこに何しに行くの?自分で行きたいって言っておいて何にも聞いてなかった。」「ある人物に会いにいく。」「ある人物??」「あぁ。『天翼の刻印』から生還した唯一の人だ。」「えぇー!?だって助かった人は一人もいないって・・・!?」「開放された者はいないと言ったんだ。命が助かるのと刻印から開放されるのとでは意味合いが全く違う。」「どういうこと??」「詳しくはその人に会ったときに教えてやるよ。」陵人の顔が真顔に戻っていた。その後何度か休憩を入れ、陵人は茜に『能力者』や能力の話をした。事前学習のようなものだ。そして出発してから四時間後。目的の山に到着した。その山は普段人が立ち入ることはめったになく、草や木が乱雑に入り混じり、野生動物が外敵に怯えることなく、自然にあるがままに暮らしていた。当然車で入っていけるわけもなく、二人は車を降り、登っていくしかない。「ここを登ってくの・・?」茜は進む前からギブアップ寸前だ。「そうだ。嫌なら引き返すか?」「い、行くよ!」まだ残暑が厳しく、山の中ということもあり、都心に比べれば気温は低いものの、歩き出せばすぐに汗だくになりそうな気候である。その上目の前には人を寄せ付けない山。そこを何の準備もせずに登っていこうというのだから、茜の気持ちはもっともだ。するとうなだれている茜を陵人はグイっと抱き寄せた。「な、何急に!?」陵人の顔が目の前に来て、別の意味で茜はクラクラしてしまう。「普通に登ったら何時間かかるかわからんだろーが。一気に行くぞ。」そう言って左腕に茜を抱えたまま印を結び、『隼』と唱えた。その瞬間茜を抱えたまま陵人は超スピードで進み始めた。地面を一蹴りすると、一瞬で数キロの山道を進んでいく。茜は唖然としながらも必死に陵人にしがみついている。あっという間に山頂付近にたどり着いた。「よし。この辺りだな。」術を解き、辺りを見渡す。茜はというと突然のことに失神寸前だった。「大丈夫か?そろそろ離れて欲しいんだが。」「ご、ごめん・・!」茜は慌てて離れる。「あそこだな。」陵人が目線を向けた先に、一軒の山小屋があった。山小屋というよりは、外国にありそうなログハウスに近い。結構洒落た外観である。「いくぞ。」まだふらつく足どりで茜は陵人の後に続く。(凄すぎてついていけないかも・・)陵人の能力を目の当りにした茜は少々弱気になっていた。扉の前で立ち止まり、大きく深呼吸をする。そして力強くノックをした。「開いてるよ。」中から若い女の声が聞こえた。「失礼します。」陵人は木製の思い扉を開けた。「よー陵人。しばらく見ないうちにすっかりいい男になったなー!」そういって笑っているのは20代前半くらいの美しい女性だった。健康的な色黒の肌に、これまた豊満な胸、身長は茜より高く、170cmはあるだろうか。長くスラッとした足には光沢さえ感じる。茜が可愛い系だとするとその女性は美人系の顔立ちである。「お久しぶりです。天美さん。」笑顔で挨拶する陵人。「昨日美影から連絡があったよ。その子が例の刻印の子かい?一緒にくるとは聞いてなかったが?」「すみません。どうしても連れていけというものですから。ほら、茜。」陵人に促され、茜も挨拶をした。「ご挨拶が遅くなりました。牧村 茜といいます。」深々と頭を下げる。「天美だ!まぁそんなとこに突っ立ってないで中に入って座りな!今お茶でも入れてやるから!」「お構いなく。それよりもご相談が!」「わかってるよ!せっかちな子だねー。久しぶりに会ったんだからお茶の一杯くらい付き合うのが礼儀ってもんだろーが!」「はい。」陵人は変わらないなといわんばかりの表情で笑っている。その笑顔を見て、茜は少し気持ちが楽になった。しかし、目の前で陵人を子ども扱いしている女性は、どう見ても陵人よりも年下。自分と同い年くらいにしかみえない。にも関わらずあのでかい態度は何なのか!?陵人も彼女に対しては頭が上がらないように見える。そんな凄い『能力者』なのか!?様々な疑問がグルグルと茜の頭を駆け巡る。「なーにぼさっとしてんだい!早くこっちにきて座りな!」陵人はすでに椅子に腰かけている。天美に促され、陵人の隣に腰掛けた。「ところでなかなか可愛い娘じゃないか。どこで引っ掛けてきたんだい!?」天美がニヤニヤと聞いてくる。「人聞きの悪いこと言わないで下さい。この子は私の依頼人ですよ。」呆れた顔で陵人は答える。(こうなると思った・・。)「まったくそんなとこまで修一郎に似たんかい!」ヒッヒと笑う天美にもはや陵人は突っ込まなかった。天美が入れてくれた紅茶はとてもいい香りがして、心地良かった。リラックス効果があるのだろうか。一口飲むと全身の疲れが溶けていくようだった。思わず茜の顔もほころぶ。「さて。」と天美が切り出した。「相談ってのはその子に現れた『天翼の刻印』のことだね?」「はい。なんとかこの子を救ってやりたいんです。力を貸してもらえませんか!?」陵人が神妙な面持ちで天美に問いかける。すかさず茜も「お願いします。」とたたみかけた。「陵人からあなたが刻印から唯一生還した人だって聞きました。助かる方法を知っていたら教えてください!」天美は茜の様子を見て、やや腑に落ちないものを感じた。「陵人。お前まさかそこから先のことは何も話してないのかい?」陵人はバツが悪そうな顔で、「はい。あなたに直接会ってから話そうと思いまして・・。」天美はタバコに火を付け、呆れたように言った。「まったく。肝心ことを話してないんじゃしょーがないじゃないか。」「すみません。ことがことだけに刺激が強過ぎるかと思ったんです。「ずいぶんとお気に入りのようだね。」天美がまたニヤつく。「あの、肝心なことって・・?」茜が思わず割って入る。「私は確かに『天翼の刻印』から生還した。しかし、その代わりに大きな代償を背負うことになった。」「大きな代償!?」「死ねない身体になったのさ。不老不死ってやつだ。」茜の顔を驚きで硬直する。「私に刻印が現れたのは今から300年以上も昔の話だ。ちょうどあんたくらいの歳だった。その頃から私の時は止まっちまってるんだよ。」天美の態度と見た目のギャップはそういうことだったのか。「でも、どうしてそんなことに・・!?」「そうだね。まずは、どうやって私が『天翼の刻印』から開放されたのかを話すとしようか。私に刻印が現れた時、私はすでに能力に目覚めていた。その能力を使ったんだ。」「天美さんの能力って?」「陵人。」天美に促され、陵人が話し出した。「天美さんの能力名は『確率』だ。あらゆる物質の存在や現象の起こりうる確率を操る能力。」「えっとー・・。どういうこと??」茜にはチンプンカンプンだった。「百聞は一見にしかずだ。」そう言って天美は目の前に置いてあるTカップに手をかざした。「今からこのカップが存在する確率を下げていく。」そう言って天美は神経を右手に集中した。すると、目の前のTカップが徐々に揺らめき始め、次第にその形が薄れていき、1分もしないうちに完全に姿を消してしまった。今の今まで目の前に存在していたカップが跡形もなく消え失せたのを見て、茜は驚きのあまり言葉を失い、目を真ん丸くして陵人に顔を向けた。「魚かお前は。」口をパクパクさせていた茜に陵人の冷静な突っ込みが入る。「これが私の能力。確率を操る力だ。この力を使い、私は『天翼の刻印』から生還した。」まだ目の前で起きた現象の整理が出来ていない茜を置いていき、天美は話を続けた。「まず一番大事なことを教えておいてやろう。この『天翼の刻印』には有効期限が存在するんだ。」「有効期限!?賞味期限みたいなものですか??」茜が真面目に質問する。「賞味期限じゃなく消費期限だな」あくまで陵人は冷静に突っ込む。「どっちでいいわ!!とにかく、そこがこの刻印から逃れる唯一のポイントだ。」「えっと、つまり・・、有効期限が過ぎれば、刻印の効力は無くなるってことですか!?」「なかなか賢いじゃないか。そういうことだ。」馬鹿にされていることにも気付かず、誉められたのとわずかな希望が見えたことで茜の顔がほころぶ。「でもどうやってその有効期限から逃げるんですか??」「まず私は能力を使い、自分自身が存在する確率を下げた。消えるか消えないかのギリギリまでね。そうすることで同時に刻印が存在する確率も下がる。やつらは刻印の強い波動を目印にやってくる。存在が薄れた刻印では見つけることが出来ないんだよ。その状態で有効期限の一週間を耐え忍んだ。やつらに見つからないよう最深の注意を払いながらね。そして、見事期限を過ぎた刻印は私の身体から消え失せた。」そこまで話すと天美はタバコに火をつけた。茜と陵人は天美の話を余すことなく聞いていた。吸った煙を勢い良く吐くと、天美は話を続けた。「見事に刻印が消えたのを確認してから、私は自分の存在確率を上げた。だが、その反動で今度は不老不死の身体になっちまったってわけさ。」感慨深げに天美は煙を吐く。「反動って??」茜が恐る恐る尋ねる。「私の能力で確率を操られたモノは、その反動で驚異的な力を発揮してしまう。一度存在の確率を下げたモノの確率を再び上げた場合、反動でその存在する力が異常に上がっちまう。逆に一度存在の確率を上げたモノの確率を再び下げたとき、その存在はもろく、はかないものになっちまうってことだ。」茜には当然チンプンカンプンだった。天美、陵人の目には茜の頭上に?マークが良く見えた。(ような気がした)「すみませんが、見せてやってもらえますか?」陵人が呆れ顔で助け船をだす。天美はさもめんどくさそーに「しょうがないねー。」今度は茜の目の前に置いてあるカップに右手をかざした。「まず、このカップの存在をギリギリまで下げる。」すると、先ほどのカップのようにカップがユラユラと揺らめき始め、徐々にその姿が消えていく。今にも消えそうなところで「この状態から今度は確率を上げていく。」するとカップの姿が徐々に戻り始め、先ほどとなんら変わらない姿に戻った。茜は元に戻ったカップをまじまじと見つめ、「どこも変わった様子はありませんけど・・??」「見た目はな。陵人。」天美に促され、陵人はカップを手に取ると、それを思いっきり床に叩きつけた。「ちょっと!!いきない何するのよ!?」驚いた茜を尻目に、陵人はカップに視線を落とす。「見てみろ。」わけが分からず、茜は言われた通りカップを見てみる。「何これ!?ヒビどころか欠けた様子も全くない!!」「これが反動の力というやつだ。これを人間に使った場合、私のような不老不死が生まれてしまう。」実例を見せられ、ようやく茜にも理解することが出来た。これが天美が『天翼の刻印』から生還し、不老不死の身体を手にした真相だった。話が一段落すると、天美はキッチンに戻り、新しいカップを二つ持ってきて、紅茶を入れなおした。陵人はここまでの話は全て知っていた。これまでのやり取りは全て茜のためだ。自分自身の運命と立ち向かっている茜には、全てを知った上で戦いに望んで欲しいと感じたからでる。入れなおした紅茶を一口飲むと、天美が切り出した。「さて、そろそろ本題に入ろうか。陵人。」「えぇ。」「お前が望んでるのはこういうことじゃないんだろ?」「はい。『天翼の刻印から』の開放。完全勝利です。この方法では試合に勝って勝負に負けたようなもの。別の方法を探さなくては。」陵人の顔が決意に燃える。「言ってくれるじゃないか。」自分は勝負に負けたとはっきり言われ、天美は口元を歪ませた。「失礼だよ陵人。」茜はハラハラしながらも割って入る。「構わないよ。事実だからね。」天美はまたヒッヒッと笑っている。当の陵人も全く気にしていない様子で話を続ける。「他に何か取っ掛かりになるようなものはありませんか?」「そうだね。強いて言うならば鎖かね。」「鎖?」「刻印が完成するまであと何日だい?」「あと五日ですが・・?」「そうか。」天美は少し考え込んでいる。「何かあるんですか!?」「この刻印は二つの刻印が鎖によって結ばれている。この鎖を断ち切ってしまえば、刻印は完成されないということだ。五日後の時点で完成されていなければ、刻印は効力を失う。」「それは本当ですか!?」陵人の顔がまるで勝利を手にしたように活気づく。「話を最後まで聞け。この刻印が天界のものであるということを忘れるな。並大抵の力では傷をつけることさえできない。しかも鎖は体内で結ばれている。そんな強大な力を人の体内で使えば、内臓はことごとく破裂。最悪の場合身体は木っ端微塵だ。まだある。鎖は断ち切られてもすぐに再生を始める。そして一度断たれた鎖は再生後より強固なものになるんだ。」茜は一瞬自分の身体が木っ端微塵になるのを想像したが、すぐにかき消した。「陵人。お前刻印を別の者に移すことは出来ないのかい?」天美が唐突に尋ねる。「この刻印に関しては無理でしょう。他の呪いの類であれば可能ですが。この刻印は天界の意思を持って現れていますから。」「私になら出来るんじゃないのかい?」「確かに過去に選ばれたあなたなら刻印も受け入れるかもしれません。ですが今度はあなたが刻印の犠牲になってしまいます。それでは完全勝利とは言えない!」「そうですよ!これ以上迷惑はかけられません!」茜も声を張り上げる。「しかし、他に手があるかい?」天美の問いかけに沈黙が流れる。しばらくの沈黙の後、陵人が何かを思いついたように顔を上げる。「天美さん。鎖が存在する確立を下げることができますか!?」「まぁ出来ない事はないと思うが・・?何をする気だい??」「やはり鎖を断ち切りましょう。」茜の脳裏に木っ端微塵の自分が再び浮かびあがる。「ちょっ、ちょっと待って!!それはさっき無理だってことになったじゃない・・?」「安心しろ。お前の中でやるわけじゃない。」「どういうことだい?」天美も陵人の考えが読めない。陵人は自信ありげな表情で天美に問う。「刻印の片翼のみを天美さんに移せば、わずかですが鎖は茜の身体から出ますよね?」天美は陵人が何を考えているのかようやく理解することができた。「なるほどな。さすがというべきかね。」天美は不敵に笑っている。が、すぐに表情を戻すと、「しかし陵人。この方法もかなりのリスクを要するぞ?本当に出来るのかい?」「いくつか準備は必要になると思いますが、やれます!」「どれくらい抑えてられる?」「丸三日くらいなら問題ないでしょう。」「まぁ鎖の長さから考えてもそれが限界だろうからな。」茜はこれまた当然二人の考えは理解できずにいる。ここまでくると茜も申し訳なさそうに質問する。「あのー・・。どういうことでしょう??」てっきりまた馬鹿にされ、呆れた顔を見せると思っていたが、意外にも陵人は茜を馬鹿にする様子もなく、真剣な面持ちで戦法を話し出した。「いいか?まず、お前の身体の刻印を半分だけ天美さんに移動させる。そうすることで、体内に埋まっている鎖がお前と天美さんを繋ぐように外に出てくる。その出てきた鎖を断ち切るんだ。そして再生が始まる前に、両側の鎖の根元を封じる。その状態で期限を過ぎることが出来れば、俺たちの完全勝利というわけだ。さほど難しくないだろ?」確かにこの方法は茜にもすぐに理解することができた。しかし、理解した今、先ほどの陵人と天美の会話が気になった。「丸三日ってさっき言ってたけど、まさか丸三日鎖を封じているつもり!?」「その通りだ。」陵人はさも当然のように答える。「そ、そんな・・。無理だよ!?丸三日も休みなしで力を使うなんて!陵人の方が死んじゃう!」茜はこんなやり方には賛成できませんと声高々と言い放った。しかしあっさりと返されてしまった。「余計な心配だな。余裕とは言わんが問題ないレベルだ。これ以上の策はない。お前は残り時間ぼけっとしてりゃーいい。」「そんなの無理だよ!陵人と天美さんが頑張ってくれてる時に何も出来ないなんて・・!」天美は冷静に割って入る。「じゃあお前さんに何かできることはあるのかい?『能力者』でもないお前に何が出来る?何もできないから陵人を頼ってきたんじゃにのかい?」茜は何も言えなかった。天美の言うとおりだったからである。自分は何も出来ない無力な存在だ。そのせいで天美や陵人を危険なことに巻き込んでしまった。茜は悔しかった。何も出来ない無力な自分に腹を立てた。そして、悔しさの涙をこぼした。そんな茜を陵人は優しく抱きしめた。茜は突然のことに涙が止まった。陵人は静かに語りかける。「お前は自分が助かることだけを考えろ。俺もお前を助けることしか考えていない。信じろ。」茜は陵人の身体に手を回し、力いっぱい抱きしめた。そしてまた大粒の涙をこぼした。最後に陵人はこう呟いた。「二人で帰ろう。」茜は黙ってうなずいた。
陵人は早速準備に取り掛かった。今回陵人は『転異』『封縛』『天剣』という術を使う。『転異』は呪いや霊障などを他の者に移し、『封縛』は怪異の動きを封じ、拘束する術である。この術は普通の怪異や『能力者』に対しては絶大な効果を示すが、今度の相手はまがりなりにも天界である。天界は気の波動が根本から違う。よって陵人の術も大きな効果は望めないのである。そのため、対天界用に術を強化しなければならない。『天剣』はもともと天界の者にも効果を発揮するよう構築しているため、このまま使うことができる。陵人は『封縛』の強化に取り掛かった。今後のことも考え、陵人は新たな術を構築することにした。いうなれば対天界用の『封縛』である。新たな術を生み出すには、まず頭の中で術のイメージを構築する。次に陵人の血液を使い、それを文字に起こす。必要なのは術の名称、発動条件、効力の三項目である。最後に起こした文字に右手をかざし、『理と成す』と唱える。文字が陵人の身体に吸収され、術の構築が完成する。陵人は対天界用の『天障封縛』を生み出した。決戦は期限の三日前。今から二日後である。それまでの時間、二人は天美のログハウスに泊まることにした。まだ時間があるため、一度戻ってもよかったが、その方がいいだろうということになった。「ちょうどいろいろ不足していたもんがあったんだ。お前たち買出しにいって来い!これから何日間かここにいるんだから必要な物もあるだろう。」天美に言われ、二人は滞在中必要なものを揃えるため、山を降りてから車で30分ほど走ったところにある街に向かった。「街に下りる前にお前に術をかけておく。有名人が男と二人で買い物しているところを見られたらまずいだろ。」そういって『擬立』を使った。人の認識を惑わす術で、他人からみるとまるで別人のように見える術である。これで堂々と二人で買い物ができる。茜はちょっとうれしかった。二人は食料や天美に頼まれていたものを手際よく購入していく。あらかた買い終えたところで、二人は休憩をとることにした。ファーストフード店に入り、ハンバーガーと飲み物を購入し、店内の座席に着く。茜は楽しそうにハンバーガーをパクついている。陵人はサクッと食べ終わると、早々に煙草に火をつけ、ハンバーガーよりも旨そうに煙を吐いた。「食欲はあるんだな」「緊張したらお腹すいちゃって。それにこんなどうとうと店内でハンバーガー食べるのなんて久しぶりだからさ!」茜がうれしそうに笑っている。「また連れて来てやるよ」「ホンとに!?やったーー♪」弾ける笑顔が光る。陵人の顔もほころぶ。命をかけた戦いの前のほんの束の間の休息を二人は楽しんでいた。二日後には茜の未来をかけた戦いが始まる。勝てるという保障は何はない。だが、大丈夫だと思っていた。何の根拠もないが、二人は勝てると確信していた。いや、勝つんだ!という強い気持ちを持っていた。束の間の休息を終えると、二人は大荷物を抱えて車に戻り、天美のログハウスへと戻った。「ずいぶん買い込んできたね。」天美は二人の抱えている大荷物を見て呆れ顔でいった。「茜はあと五日間ここに滞在することになりますからね。職業柄いろいろとお手入れが必要なんだそうです。」陵人が答えると、茜はテヘっと舌を出した。その後の二日間で、三人は綿密な打ち合わせをした。といっても茜は横に座っているだけで、ほぼ陵人と天美が喋っている。術の発動のタイミングや、不足の事態に陥った際の対処法など、事細かに作戦を立てた。それが終わると、今度は茜が喋る番である。仕事の事や、私生活の話などを楽しそうにお喋りした。茜の緊張をほぐそうと、二人も出来る限り参加した。そして、あっという間に二日が過ぎ、とうとう決戦の日が訪れた。
「いよいよだね。覚悟は出来てるかい?」天美が二人に問う。二人は黙ったまま見つめ合い、天美の問いに大きく頷いた。「よし。茜、服を脱ぎな。恐らく刻印はすでに上半身に移動しているはずだから、上着だけでいい。」「わかりました。」茜が上着を脱ぐと、刻印が丁度ヘソ下辺りまで上がってきていた。胸の刻印との長さは30cmほどである。「予定通りだね。最後にもう一度作戦を確認しておくよ。」「まず俺が刻印を天美さんの右手の掌に移します。」「そして私がその刻印を通して鎖の存在確立を下げる。」「限界まで下げたところで、『天剣』を使って鎖を切り、すぐに『天障封縛』で鎖を封じる。」茜も黙って頷いている。「よし。始めよう。」陵人は印を結び、刻印に触れると、『転移』を唱えた。刻印が印を結んでいる陵人の指に張り付く。「あ、熱い・・!」茜は陵人の印から発せられる念の熱を感じ、表情を曇らせる。陵人はそのままゆっくりと刻印をもち上げようとするが、刻印が重く、なかなか茜の身体から離れようとしない。「ぐ・・!やはりかなり重いな・・!」陵人の表情が険しくなる。全神経を集中させ、念を右手に注ぎ込む。すると次第に刻印が茜の身体から離れていく。完全に刻印が茜の身体から離れたところで、「天美さん!お願いします!」右手を前に突き出し、掌を広げて待っている天美に陵人は刻印を移動させた。「この感じ・・!懐かしいね・・!!」天美は不敵な笑みを浮かべながらも、全神経を右手に集中させた。「いくよ!」天美は鎖の存在を下げていく。といっても、天美と茜にはこの鎖は見えていない。鎖は天界の代物であるため、現世のものはいかに刻印に選ばれたものであっても、自身の能力に「見る」能力が無い限り鎖を見る事は出来ないのである。今の鎖が見えているのは『凝』を使った陵人だけだ。「いいかい!私と茜にも鎖が見えるようになったら、勝負だよ!現世の者にも見えるくらい存在が下がれば、断ち切った時の衝撃も少なくすむ!!」「わかりました!『天剣』」『天剣』はその名の通り「剣」である。陵人の能力によって具現化されたもので、日本刀のような形状をしている。この剣は怪異、つまり現世のものではないものを切る剣である。天界の力にも等しく効力を発揮するが、生身の人間を傷つけることは出来ない。陵人は天剣を構え、天美の合図を待っている。天美は全力で鎖の存在を下げていく。「さすがにしぶといじゃないか・・!」天美の額から汗が滴り落ちる。どれくらいの時間が経ったかわからない。恐らく数分のことだと思われるが、極度の緊張感から、逆にその時間が異常に長く感じられた。『天剣』を握る陵人の手も汗ばんでいる。茜に関しては天美の念を至近距離で浴びているため、疲労感が半端なく、全身汗だくになっていた。「そろそろだよ・・!」そう天美が言うと、徐々に鎖がその姿を現し始めた。刻印の鎖は太さが2cmほどで、細かい鎖が何重にも絡みあって出来ていた。「陵人・・!!これが限界だ・・!やりな!!」天美の合図で陵人は『天剣』を構え、一気に振り下ろす。「おおおおおーーーー!!!」キンッ!!という金属を切った時の音とともに『天剣』が見事に鎖を切り裂いた。具現化された鎖の破片があちこちに飛んでいく。鎖を断ち切った衝撃で、茜と天美も後方1メートルほど吹き飛ばされた。天美はなんとか体制を整え、倒れることはなかったが、茜はおもいっきり尻餅をついた。「キャーー・・!」茜の叫び声がこだまする中、陵人はすぐに『天剣』を解除し、間髪いれず鎖の封縛にとりかかる。両の手を伸ばし『天障封縛』を発動させた。すでに再生を始めていた鎖の動きが止まる。同時に天美の能力から開放された鎖は再び肉眼では捉えられなくなった。陵人は『凝』を発動させたままだったため、鎖の行方が見えている。状況が見えない茜と天美。「陵人、どうなった!?」天美が問いかける。「大丈夫です。封縛に成功しました。鎖の動きは止まっています。」陵人が冷静に答える。「そうか。まずは一安心だな。」天美が安堵の息を漏らす。茜はというと、強大な『能力者』達の攻撃的な念の影響で疲労困憊である。「大丈夫か、茜?」陵人は静かに問いかける。「うん・・。大丈夫。ちょっとお尻が痛いけど・・。」笑顔を浮かべる余裕はないが、精一杯の元気を振り絞って答えた。「そうか。よかった。」陵人はやさしく答える。「あとは残りの3日間、陵人が持ちこたえれば、我々の勝利だ!」「任せてください。必ず勝ちます!」陵人は強く答える。陵人は鎖の封縛がやりやすいよう、『天障封縛』を加工した。『玉』という術を使い、手元にバレーボールほどの念の塊を作り、そこを循環器にして鎖の封縛を行なった。「これで二人は自由に動けます。ただし、このログハウスからは出ないようにしてください。術の効力はこの建物内でしか効きません。」二人に注意事項を告げ、陵人は座禅を組み、封縛に集中した。なんとか起き上がることができた茜が陵人の側に寄る。「こんな状態で三日間も過ごすの・・!?」茜が心配そうに陵人を見つめる。「大丈夫だ。前にも言ったが、余裕とは言わんが問題ない。それよりもお前は休め。俺と天美さんの念を至近距離で浴びたんだ。身体が疲れきってるだろ?天美さん、風呂にでも入れてやってください。」「あいよ。」天美は風呂の準備をしにその場を離れる。二人きりになると、沈黙が流れた。茜は自分の為に命がけで頑張っている陵人にどう言葉をかけていいのか解らなかった。ただ側にいることしか出来なかった。「あまり近くでじろじろ見るな。気が散る。」陵人はあっさりと茜の心を打ち砕く。しかし茜はそんないつもの陵人に心から安心した。しばらくして天美が戻ってきた。「おや?お邪魔だったか?」「余計な気遣いです。」陵人があっさり答える。天美はニヤニヤしながら「風呂が沸いたよ。ゆっくり入っといで。」と茜に伝える。「でも・・・。」「俺は大丈夫だ。まだあと三日もあるんだぞ。今は休め。全てが終わってからたっぷり礼はしてもらう。」陵人はフッと微笑む。「うん!なんでも言って!!」茜は元気に答えると、よろける身体をなんとか支えながら浴室に向かった。
それから三日間、陵人は不眠不休で刻印の封縛を続けた。天美から集中が途切れるからあまり話しかけるなと言われた茜は、ただただ側にいることしかできなかったが、自分にできることはこれくらいだと、陵人の側で見守り続けた。そして運命の三日目午前0時。今まで一言も言葉を発せずに封縛を続けていた陵人に反応があった。「刻印の力が薄れていく・・。」天美もその場に駆けつける。陵人の言葉通り、徐々に鎖が短くなっていき、茜と天美の刻印も薄くなっていく。そして数分後・・。二人の刻印は完全に消滅した。刻印が消えたのと同時に天美は外に出た。辺りを注意深く確認する。使者がくる気配はない。「やったね。陵人。」天美が小さく呟く。ログハウスに戻り、「使者が来る気配はない。私たちの完全勝利だよ!」その言葉を聞き、陵人は術を解いた。「ふぅーー・・。」大きくため息を吐き、おもいっきり伸びをする。「大丈夫かい?」「えぇ。問題ありません。茜、大丈夫か?」陵人が問いかけると、茜は言葉よりも先に陵人に抱きついた。「ありがとう・・!」茜が涙声で呟く。陵人は優しく茜を抱きしめた。「無事でよかった。これで帰れるぞ。」「うん・・。一緒に帰ろう・・!」「あぁ。」二人は強く抱きしめあう。「ほらほら、あんまり無理するんじゃないよ。問題ないにしても力を酷使したことには変わりない。とりあえず今はゆっくり休みな。」天美に促され、二人はゆっくりと腕を解く。「時間も時間だしな。明日の朝出発にしよう。茜も休んでくれ。」「わかった・・!」「今風呂沸かしてやるから入ってきな!三日も入ってないんだ。気持ち悪いだろ!?」「ありがとうございます。ついでに食い物と酒をお願いできますか?」「あいよ!」天美は気持ちのいい笑顔で答えてくれた。風呂に入り、疲れをお湯の中に逃がした陵人は三日分のエネルギーを取り戻すべく、食べて、飲んで、飲んで、食べてを繰り返した。目の前で魔法のように食べ物が消えていくのを茜は口をポカンと開けたまま見つめていた。「す、すごいね・・。」「身体が取り戻そうとしているんだろうよ。」天美はタバコを吹かしながら笑っている。ひとしきり食べ終えた陵人はタバコに火をつけ、旨そうに煙を吐いた。「落ち着いたかい?」「えぇ。ごちそうさまでした。」陵人が満足気に答える。「もう大丈夫なの!?三日間全く休んでなかったのに!?」「体内に吸収したエネルギーをそのまま念に変換できるよう理を作っているからな。問題ない。」「眠くないの!?」「寝れないことはないけど、寝なくても大丈夫だ。」「そ、そうなんだ・・。能力者って凄いんだね・・。」そういってみたが、内心はいったいどんな身体してんだと呆れていた。自分のために死力を尽くしてくれた手前口には出さなかった。「お前は食べないのかい?」天美に言われ、ようやく茜は自分がまだ何も食べていないことに気付いた。だが、陵人の食いっぷりに圧倒された茜はそれだけでお腹な一杯になっていた。それでもせっかく天美が用意してくれたからと思い、少しだけ食べることにした。ホントに少しだけ・・。「しかしまーホントになんとかしちまうとはね。さすがというかなんと言うか。けど、大丈夫なのかい?末端とはいえ天界に逆らったことには変わりない。立場的にまずいんじゃないのかい?」「大丈夫ですよ。へたしたらこの件を知りもしない可能性するあるやつらですからね。ごちゃごちゃ言ってきたら逆切れしてやりますよ!」陵人は意味深な笑みを浮かべて答える。「あの、立場的にまずいってどういうことですか??」茜が心配そうに尋ねる。「陵人はね、天上理事会常任理事の一人なんだよ。」「天上理事会!?常任理事??」茜は久しぶりにチンプンカンプン顔を浮かべて見せた。「天上界にも理事会ってのがあるんだ。メンバーのほとんどが神だ。陵人は人間界で唯一の理事会メンバーなんだよ。」
「陵人、神様と知り合いなの!?てか神様ってホントにいるの!?」「お前の思い浮かべている神様とはだいぶ違うと思うけどな。神っていっても元は俺たちと同じ人間だ。」「そうなの!?」「はるか昔に俺たちのような能力者が突然変異で生まれた。それが今の神々だ。やつらはその驚異的な能力を使って天上界を造ったわけだ。そして人間界をはじめ、魔界、冥界、霊界の管理を始めた。天界ってのはいわば管理体制の総称を言うんだ。」「天界って世界があるわけじゃないってこと?」「この数日で理解力が上がったな。天界は神々が住む神界、死者の統制を司る霊界、人間外の突然変異によって生まれた者たちが住む幻獣界の三つからなりたつ管理システムの総称だ。」「魔界とか冥界っていうのは?」「魔界は人間界の闇の部分、冥界は神界の闇の部分だ。これらは二つの世界のもう一つの顔。無くすことは出来ないが、しっかりと管理、統制していかなければならない連中だからな。また枠組が違うんだ。」「へーー・・!なんか陵人ってとっても凄い人だったんだね・・!!ん・・!?てか今馬鹿にしたでしょ!?」「遅いんだよ。まぁお前にはまったく関係のない世界の話だ。お前はいままで通り芸能界で頑張ればいい。」「うん!わかってる!」茜は元気に即答してみせた。興味がないわけではなかった。ホントはもっと話を聞いてみたかった。しかし、陵人がこれ以上踏み込むなと言っているのがわかった。自分にこれ以上関わって欲しくないという想いが直感的に伝わったのだ。しかし茜は密かにまた聞けるチャンスを狙っていた。だからあえて今はこれ以上聞かないことにしたのだ。「さて、話はまとまったかい?それじゃー、今夜はとことん付き合ってもらうよ!」天美はすでに一升瓶を抱えてうずうずしていた。「相変わらず容赦ないですね。いいいでしょう!」陵人もやる気満々である。(やっぱりついていけないかも・・・)茜は目の前のバケモノ達にただただ唖然とするしかなかった。
この日の夜、陵人と天美は明け方まで飲んでいた。茜も途中までは付き合っていたが、途中で限界に達し、先に寝てしまった。「そういえば、最近『暁』の連中の動きが活発のようだね。」「えぇ。阿頼耶式も相当力を入れて捜査してますけど、中々捕らえられないようです。このままでは恐らく『時の番人』も動きだすことになるでしょうね。」「『時の番人』が!?MAINDSもいよいよ本気でやつらを潰す気になったんだね。」「いい加減鬼ごっこも飽きましたからね。」「しかし陵人、そうなるとお前も知らん顔してられないだろう?」「まぁそうなりますね・・。単独で行動する方が性にあってるんですが。」『時の番人』MAINDS最強勢力であり、最高クラスの能力者達13名で構成されている。陵人もそのメンバーの一人である。普段あまりMAINDSとは関わりを持たない陵人だが、時の番人としての召集には応じなければならない。「今のところそういった報告は受けてませんから、しばらくは大丈夫だと思いますよ。」「そうかい。まぁ暁の連中でさせお前には迂闊に手はだせんだろうが。用心することだ。」「えぇ。俺の前でちょろちょろふざけたまねしたら、その時は容赦なく皆殺しにしてやります.」凍りつくような笑みを浮かべて答える陵人に、さすがの天美も寒気を感じた。(最強の能力者か・・。)
明け方まで飲んでいた陵人は、昼前まで休むことにした。三日分の睡眠には程遠いが、陵人には十分、むしろ寝すぎたくらいだった。固まった身体をほぐしながら、陵人が寝室から降りてくると、茜はすでに荷支度を済ませ、天美とお茶を飲んでいた。「おはよー!よく眠れた?」茜の爽やかな声が届く。「あぁ。ちょっと寝すぎたな。今何時だ?」「11時過ぎだよ。」「もうそんな時間か。わりー、すぐに準備するから。天美さん、シャワー借りますよ。」気だるそうに浴室に向かう陵人に「ゆっくりでいいよ!」と茜が声をかける。15分ほどで浴室から出てくると、着替えを済ませ、天美が入れてくれた最後のお茶を味わうように飲んだ。「いろいろとお世話になりました。この借りは必ず。」「気にするな!久しぶりに私も楽しかったよ!またいつでも遊びにきな。そうだ!今度は駿って子も連れてくるといい。」「ありがとうございます。あいつも喜びますよ。美人には目がないですから。」「300歳超えたババァにもかい!?」三人の笑い声がこだます。「本当にありがとうございました。このご恩は生涯忘れません。」茜は別れにちょっとウルウルきている。「あぁ。元気でな!」「はい!天美さんも!」「私は不死身だよ!?」「そうでした。」再び三人の笑い声が響きわたる。「それじゃあ。」「あぁ!」硬い握手のあと、陵人と茜は天美のもとをあとにした。二人が見えなくなるまで天美は手を振っていた。「さて、あの二人はうまくいくのかね・・。」楽しそうにそう呟き、天美はログハウスに戻っていった。