新たな暮らし
処罰が言い渡された後、私は正直ホッとしていた。
重労働が課せられたわけでもなく、体罰を受けることもない。
平民とはなってしまったがリーナと結婚も出来たし住まいの心配もないのだ。
ケーノ大平原に追放したディボラたち令嬢5人も一ヶ月と少しを楽しげに過ごしていたのだ。
あいつらでも暮らしていけるんだ。
きっとどうとでもなる。
本気でそう思っていた。
換金出来そうな宝石類を持って出たかったが王子として得た装飾品の持ち出しは禁じられた。
許されたのは渡された鞄に詰められるだけの衣服のみ。
しかも自分で詰めろという。
服など畳んだ事などないのにと困ったが仕方がないので私はお気に入りの物からとりあえず詰めた。
シワになりそうだったがとりあえず入れるしかない。
ファミー伯爵家のタウンハウスへリーナを迎えに行くと折角結婚出来たのにもの凄く機嫌が悪かった。
折角のお揃いの鞄にも文句ばかりだ。
しかも父上の遣いで女騎士がいて好きに荷造り出来なかったとずっと愚痴を言っている。
新しい住まいはケーノ大平原に面した国境の街の隣にある王家直轄領にあった。
いわゆる鉱業都市で中々の賑わいだ。
鉄鉱石とエメラルドの鉱山があったはず。
確か以前ディボラと視察に来た時リーナへの土産にブローチを買った所だな。
住まいは鉄鉱石の鉱山からほど近く、お世辞にもキレイとも広いとも言えなかった。
それでもこの辺りでは二人暮らしには広めの家族サイズだという。
台所付きの食堂に狭いクローゼットがあるベッドでいっぱいになってる部屋が一つだけ…。
2部屋あっても私の私室のベッドルームくらいしかない気がする。
しかし家にトイレとシャワースペースの両方があるのは比較的贅沢な住まいらしい。
そして御者が帰って気付いたんだ。
私も、リーナも、使用人がいなければ何も出来ないんだと。
到着してすぐ、疲れたからお茶にしようと声をかけたが誰も用意してくれる者が居らず飲めなかった。
そもそも茶葉すらどこにあるか分からない。
家の中にあるのかすら…。
途方にくれていると従者をしてくれていたウィルが来た。
「なんだ!使用人はあとから来るなんて知らなかったよ。もう…困ってたんだ」
「遅すぎて有り得ないわ!何考えてるの!?」
私は助かったと思ったがリーナはもの凄く怒っている。
すぐ謝れと目で訴えたが申し訳無さそうにウィルは信じられない事を言った。
「セドム様…私は男爵令息です…。ここにいる3人の中で唯一の貴族です…。もう命令に従うことは出来ません…」
リーナは激昂しすぎて言葉も出なかったらしい。
寝室へ閉じ籠もってしまった。
「命令が聞けないなら何しに来たんだ?」
「あの…このままではセドム様が死んでしまってもおかしくないのではと思いまして…。侍従をされていたナヤード様にご協力頂いて当面の生活の仕方などをお教えしに来ました。他の者も平民の生活について調べていて今マニュアルを作っています。我々から最後の奉仕です…」
そうしてまずお茶を飲むには茶葉を買いに行かねばならないこと、ベッドなどの家具や食器などの生活用品はディボラの温情で揃えられる事になったことを伝えられた。
「ディボラが?」
「はい…食材を買えば一先ず生活出来るような状態にしてやれと…」
「そうか…ディボラも追放生活はホテルで暮らしてたからかな。同じにしようと思ったか。で、お金は?」
「それは働いて稼いで下さい。平民の1ヶ月分の平均とされている生活費は渡されていますよね?」
「あれが1ヶ月分だと!?」
私の驚きをよそにウィルはため息をついている。
「ディボラ様たちはその額のお金すら持っていくことを許されなかったではありませんか…」
そうは言うがあいつらは隠して持って行ったに決まっている。
私の不服に気付いてか否か、ウィルは鍋の使い方や洗い方、火の付け方、風呂の入り方、他の家の物の使い方を次々に説明していった。
そして私の持って出た衣服を見てもため息を吐きやがった。
「こんなもの…何処へ来て行かれるのですか…。せめてもっと価値の高い衣服を選ばれていれば…」
そうして一番豪華なジャケットを片手に何処かへ連れて行かれたと思ったら質屋だった。
何か交渉し、生活費だと渡された金額に近いお金と交換されるジャケット…そこそこのお気に入りだったのだが…。
「何故こんな事をしなければならないんだ!」
私が憤慨して文句を言うがウィルは服屋に行き平民に一般的だという服を数組と下着を購入してしまった。
「当分着心地に慣れないでしょうが肌着をお持ちでないので諦めてこれらを着て下さい。仕事が決まらずお金に困ったら残りの服を先程のようにお金に変えて下さいね。買い物の仕方もお分かりになられましたね?」
そうしてパンや果物などそのまま食べられる物と茶葉を買い、家に戻った。
郵便受けには分厚いファイルが2冊も届いている。
それを私に渡し、ウィルは少し涙ぐむ。
「これでお会いするのも最後です…。どうかお元気で…。今までありがとうございました」
ウィルの去り方は私がこれから辛い思いをするとでも言いたげで急に不安に駆られた。
しかし気を取り直し、処罰にしては軽かったのだと言い聞かせる。
ファイルを見ながらお茶を淹れ、リーナを呼んだ。
お腹が空いていたのか出てきてくれたが一言「まずい」と言ったきり話してくれなかった。
私達の初夜は、こうして迎えられることなく終わった。




