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第3話 かつて私たちは

 しとしとと雨が降り続いている。

 まるで季節が死んだように、どこか肌寒い日が永遠と続いていた。


 この世界は、かつての神話のように滅んでいくのだ。

 いいや、花神の力を継ぐ存在と姫の生まれ変わりが再び出逢い、黒き邪神を打ち倒すことができれば。再び神々との橋渡しとなり、この世界を取り戻しさえしてくれれば。


 希望を捨てきれない人々は、自分勝手な願いだけを彼らに捧げた。

 神殿に仕える聖女たちも同じく、救いだけを神々に求めた。


 相手の事情すら鑑みない祈りは、天にすら届かない。

 黒雲の中で、(いかずち)が音を立てた。


「私が、橋渡しの姫の生まれ変わり? なら、今朝の夢は……っ」

「おや。私たちが幸せだったころの思い出でも見ましたか? あの日々は良かった。美しい花畑で過ごす日々は幸せだった」


 雷鳴がわずかに聞こえる屋敷の一室で、リメリィーアルデは三度目を見開いている。


 今日はとんだ一日だ。

 地獄のような戦場から生き残り七年。すべてを失い、姿を偽ってでも新しい場所で生き、彼女は今日で十七歳を迎えた。


 かつての母国で言う、成人年齢だ。これからは大人として、目立たず騒がず、それでも誰かの傍で幸せに生きていきたいと考えていた。

 それが、花神と姫の幸せな恋模様を夢に見て、さらにその花神の力を継ぐ同郷の青年と再会して、さらにさらに、リメリィーアルデこそが人と神との橋渡しを務めた姫の生まれ変わりだなんて。


 情報量の多さに、目眩を覚える。


「大丈夫ですか? 急なことで心が追いつかない部分もございましょう。しかし、あやつの元にだけは、置いておくわけにいかなかったのです。もう二度とあなたを失いたくなかった。あの戦争であなたを救えず、一度失くした姫と再び巡り合えた奇跡。もうあんな思いはしたくない」


 すると、思わず目元を押さえる彼女に、ルルディエも眉根を寄せて呟いた。


 彼はかつての母国エレリアで、少年騎士団に属していた。

 所謂(いわゆる)騎士団の予備軍であったものの、王族を守るために奮闘していたことは間違いない。


 そして七年前に起きた戦争。

 戦争と言うよりは、隣に位置する大国からの一方的な蹂躙に近い戦いだった。

 何もかも奪われ、何も守れずいたルルディエの目の前にしかし、敵に追われた王女・リメリィーアルデが映る。


 気力を奮い立たせ、その敵を切り伏せたあの瞬間が、一瞬の逢瀬。

 傍に抱き寄せ、守ることも叶わないまま、また失くしたのだと、思っていた。


「ルルディエ様。あなたは一体、何から私を守ろうとしているのですか? まさか、神話通り邪神が狙ってくるとでも?」


 そしてつい最近だ。王都郊外の図書館で神話を教えているリメリィーアルデを目にしたのは。


 彼女は姿を偽り、子供たちに囲まれていた。

 男装などしていても、彼女のことはすぐに分かった。


 歓喜すると同時に、強い不安を覚える。

 傍に()()()がいたからだ。

 いつだって二人を阻む、最大の敵。


「そうです。邪神ゴルウズは今なお世界の破滅を目論んでいます。それには神々――特に豊穣と生命を司る花神と再生の力を持つ姫は邪魔な存在。奴はいつだって姫の傍にいて、命を奪い取る機を模索しているのです」

「!」

「また少々あなたを混乱させてしまうかもしれませんが、お聞き願えますか?」


 一気に語り、ふと息を吐いたルルディエは、初めて陰のある微笑みを見せた。

 彼は花神の力だけでなく、記憶も継ぐと言っていた。

 大切な人を失くした喪失感や苦しみもまた、胸の内に抱いているのだろう。


 思わず(まなじり)を下げたリメリィーアルデは、覚悟を決めた後で頷いた。


「ありがとうございます。実は、橋渡しの姫が生まれ変わるのは、今回が初めてではありません。あなたは三度目の生まれ変わり。私は過去三回、姫を救えなかった記憶も持っています」

「さ……」


 そう告げた彼の表情は硬かった。

 口ぶりから、よほどの感情を抱いているのだと感じていたが、大切な人を三度も救えなかったなんて。彼が強行に(はし)り、リメリィーアルデを攫ってきたこともなぜだか納得できてしまう。


 だが、それがすべて邪神の仕業だと言う証拠はあるのだろうか。

 世界から恵みを消し、破滅へ(いざな)うために邪神は姫を殺し続け、花神を闇に堕とし続けていると言うのだろうか。


「ええ。邪神もまた最高神レオゲルト様を始めとする神々の制裁を受け、今は私と同じく、力を継ぐ者がいるだけですが……」


 思わず問いかけるリメリィーアルデに、ルルディエは大きく頷いた。

 そして苦しげな顔で彼女を見つめ、口を開く。


「邪神の力を継ぐ者は、決まって同じ色を持っているのです。私が花神とよく似た顔立ちをしているように。ゴルウズの力を継ぐ者は奴と同じ黒髪に、血のような赤い瞳をしている。そしていつの間にか姫の傍にいて、殺してしまう。……いたでしょう、あなたの近くにも」

「……!」


 言われた途端、リメリィーアルデの頭は真っ白になった。

 確かに彼女の近くにはひとりいる。珍しい黒髪に、ガーネットのような瞳をした青年が。


 つい先程まで傍にいて、これからも一緒にいるのだと思っていた。


「で、デイヴィッツが邪神の力を継ぐ者だと言うの!? 私は、彼と七年一緒にいるのよ。危機を感じたことなんてない。彼は優しくて妹想いの素敵な人。私の大事な人なのよ!」


 あまりにも信じがたい話に、思わず声が裏返った。


「すみません。しかしそれは、奴がまだ力と記憶を取り戻していないだけなのです」

「……っ」

「邪神はあなたが力に目覚める十七歳を境に、力と記憶を取り戻します。どうにも性格の悪い奴は、蕾ではなく咲いた花を手折るのが好きらしく、再生の力を持たないあなたに手を出そうとはしない。しかし、その時を境に過去二回、姫の命は長くは持ちませんでした」


 悲しみと申し訳なさを合わせた声音で、ルルディエは語る。

 弱り切った世界に恵みをもたらすためには、花神と姫、二人の力が必要不可欠だった。だがその道を阻む邪神は、様々な力を使い、二人の仲を引き裂き続けた。


 今回もあの男は近く力に目覚め、リメリィーアルデの命を狙うだろう。

 それだけは何としても避けなければならないと、ルルディエは無理にでも彼女を連れてきた。


 守りたかったのだ。今度こそ。


「さ、再生の力。そんなものが本当に……。デイヴィッツが、邪神……?」

「すみません。私が、あなたとあいつが出会う前に、あなたを救えていたら。こうはならなかったかもしれないのに」


 ショックで呆然とする彼女に、ルルディエは立ち上がると、彼女の隣に腰かけて抱き寄せた。


 邪神はいつだって邪魔をする。いつだって悲しませる。

 目を閉じる彼女を抱きしめ、口づける。


 花瓶に活けられた硬い蕾が、萎れた花が、二人の力を受けて満開に花開いた。


 もう彼女の力は目覚めているのだ。


(今度こそ、この負の輪廻を断ち切る。邪神を葬り、あなたを守る。誓います。必ず)




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