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夜明けを待つ 04

 卓上ランプが一つだけ持ち込まれた会議室。

 いつもと比べて閑散としたその部屋で、グレイは柔らかな笑みを見せる女と向き合っていた。


「……それで北に現れたあの巨大な光の壁は、君が作り出したもので間違いないんだね?」

「ええ。驚かせてしまったことは謝罪します。しかし、緊急事態でしたから、ある程度は割り切っていただけると助かります」

「いや、あれがなければ西部の現状はもっと悲惨になっていたのは間違いない。僕らに打つ手はなかった。君のやったことを責める気は僕個人としてはないよ。だけど、」


 大きく息を吐いて目を閉じ、再び開いた彼は為政者としての顔になる。相手の僅かな反応すらも見逃さないよう、その目をじっと見つめて口を開く。


「北も西も、既に多くの人々があの光の壁を見ている。噂だってもう大きく広まっているだろう。今の時勢であれば尚更だ。そしてこの地に魔術士がいるとなれば、魔術を手中に収めようとしているウトラのような国はどんな手段を取るか分からない。他の街も現実的に魔術士の脅威を認識し始めるだろう。——改めて聞こう。君は一体、何を考えている? 君であれば、争いを止めるためにもっと穏便な方法も取れたんじゃないか? 今までその正体を隠していたというのに、何を目的にこんな大々的な行動を取ったんだ?」


 警戒。そして疑念。その二つを滲ませたグレイの問いに、彼女——ルベーニアはより笑みを深めて口を開いた。



「提案があります」



 握手を求めるかのように手を差し出した彼女が続ける。


「同盟を築きましょう。西部の街それぞれを国とし、ここキーバルを盟主とした同盟を。あなたが盟主となり西の国々を束ねるんです、グレイさん」


 どこまでも真っ直ぐな瞳を見て、思わず言葉を詰まらせた彼はその手を見ないように目を伏せた。


「……ルベーニア、僕だってそういうものを夢想したのは一度や二度ではないよ。でも、それは夢物語だ。西部の歴史では今までも何度かそういった協力関係の構築が試みられてきた。けれどそれらはどれも、ほとんどまともに機能せずに瓦解していった」

「その歴史については私も知っています。ですが、西部の同盟がどれも続かなかったのは調停者がいなかったからです。たとえ同盟とはいえどの国も自国の利益を尊重する必要があり、自分たちに余裕がなければ——いいえ、あったとしても相互の信頼関係がなければ他国を気にかけることは難しい。しかし、第三者としてその利害を調整する者がいれば決して不可能なことではありません」

「その役割を君が……魔術士である君が担うつもりなのか?」


 そうすれば、あの壁を作ったのが彼女だと西部の民に示すことになる。魔術士がここに居るのだと大陸中に示すことになる。そうなればもう後戻りはできない。逃げることは許されない。


 一つの街の長として、魔術士である彼女が協力的であるこの状況を喜ぶべきなのだろう。だが、あのこじんまりとした料理店で働いていた彼女は確かにその生活を楽しんでいた。人との交流を何よりも楽しんでいた。それを自ら捨ててまで、何が彼女を表舞台に立たせようとしているのだろう。成り行きでこの地位に立っている自分とは違う。そこまでの犠牲と責任を自ら担おうとする理由が、グレイには分からなかった。


 口を噤んだままの彼の向かいから、小さなため息が聞こえた。おもむろに立ち上がったルベーニアは背を向け、夜明け前の薄暗い空を眺めながら口を開く。


「グレイさん、私はずっとあなたに聞きたいことがあったんです。あなたのような、この西部にいる為政者の誰かに」


 金色の髪が揺れて彼女が振り返る。





「あなたたち西部の人間は——いつまでこんなことを続けるつもりなんですか?」





 まるで刃物で心臓を突き刺されたかのような、静かでありながら鋭い声。凍りついた彼を無視して、先程までの笑みを消したルベーニアは目を閉じる。


「人々は命のために生活を捨てることを躊躇わず、誰かの死を悼むことさえ、明日は己の身と思えば満足にできない。街と街は互いに牽制し合って事あるごとに諍いを起こし、その隙を大国が付け狙う」


 ため息と共に再び瞼が開かれる。椅子に腰を下ろした彼女は机へと身を乗り出し、射抜くような眼差しで彼の目を覗き込んだ。


「平穏とは何ですか? 勝ち取るもの? 奪い取るもの? 違います。それは、そこにあって然るべきものです。そこにある平穏が民にとって当然の国を作ることが、長の役目です」


 呼吸すら躊躇うほどに張り詰めた空気は、先程までよりも数段落ち着いたルベーニアの声で破られる。


「……この街は、この西部において奇跡と言えるほどに平和な街です。けれど、今の西部でこの平和をこれからも維持していくことは難しい。それは長であるあなたが一番よく分かっているはずです」



 三日、待ちましょう。

 そう言い残し、彼女は部屋から出ていった。



***



「ルベーニア」


 そう声をかければ、振り返った女は目を丸くした。


「着いてきたんですか? 護衛は?」

「考えたいことが多いから一人にしてほしい、と」

「ああ」


 納得するように頷いた彼女は、露台の欄干に寄りかかって再び外を眺める。街では、既に屋敷から家へと戻った住民たちによって後片付けが始まっていた。とはいえ、せいぜいが避難の際に散らかったものを処分したり整えたりする程度だ。きっと昼頃には、いつも通りの生活が始まるだろう。


 ——西部の民は、ありふれた日常が極めて簡単に崩れ去ることをよく知っている。そして同時に、再び日常に戻ることができるかは自分次第であることもよく知っているのだ。


 湿気を孕んだ少し冷たい風が、露台へと出たシードの頬を撫でる。隣にやってきた彼は、女の横顔を眺めてしばらく躊躇ったのちに口を開いた。


「……本当に、お前は魔術士なのか」

「おかしなことを言いますね。私が魔術を使うところ、あなたは直接見たでしょうに」

「そうだが……」


 確かにその容貌は、数刻前に涼しい顔をしてあんなことをやってのけた女と同一だ。しかし今こうして過ごしている姿を見ると、自分の記憶の方を疑いたくなってくる。それほどに、この女には荒事の気配がない——この西部において、少々異質なほどに。


「……何だ?」


 思考を巡らせていた彼は、空の薄い青を映した若葉色の瞳がこちらをじっと見つめていることに気づく。興味深げにシードを観察していた女は、こくりと首を傾げた。


「気になっていたんですが、シードさんは私が怖くないんですか?」

「何故だ」

「だって私は魔術士ですし、あれだけ分かりやすく魔術も使いました。いくらあなたが強くても、脅威として警戒されて遠巻きにされる程度のことは予想していたんですけど」


 その言葉には安堵も不安もない。あるのはただ予想が外れたことに対する困惑と戸惑いだけだ。ただ不思議そうにこちらを見つめる女を見て、何故か無性に苛立ちを覚えた彼はその手を伸ばす。


「んわ、」


 頬をつねられたルベーニアが妙な声を洩らす。間抜けな顔を見て溜飲が下がったシードは、僅かに口角を上げて口を開いた。


「魔術士であろうと、お前という人間が変わるわけでもないだろう。むしろ、その無鉄砲さと度胸の理由に納得できた所の方が……何だ」


 まじまじと、まるで奇妙な生き物を見るかのように見つめられて、彼は眉をひそめる。問いかけても何も答えない彼女に、これのせいだろうかと頬から手を離すが、それでも女は無言でこちらを見つめ続けるだけだ。

 微妙に居心地の悪い沈黙が流れる。ずっと続くかと思われたそれは、不意に欄干に突っ伏したルベーニアが大きく息を吐いたことで破られた。


「……先程から何をしている」

「なんでもありません。ただ、グレイさんがすごく羨ましく思えてきてしまって」

「何故だ」

「シードさん、転職とか興味ありませんか? 今の雇用関係に不満とかありませんか?」

「何の話だ」


 どこかゆったりとした空気の中、二人は言葉を交わす。

 地平線の向こう、海を縁取るように現れた黄金色の光が夜明けを告げていた。

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