落語声劇「金明竹」
落語声劇「金明竹」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約30分
必要演者数:最低3名
(0:0:3)
(3:0:0)
(2:1:0)
(1:2:0)
(0:3:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
叔父:道具の鑑定の仕事で生計を立てている。
何らかの事情で甥っ子である松公を預かっているが、
松公があまりにも仕事ができない為、日々苦労しているが憎んで
いるわけではない。
松公:この噺における与太郎役。与太郎とは落語の世界で愚か者の役回り
を持つ。各師匠の口演を聞いた限り、自閉症のように見受けられる
。与太郎枠ではあるが、傘の話を猫の話と入れ替える事ができると
こから見ても、頭そのものが悪いわけではない。
女房:叔父の女房。叔父と同じく、松公に手を焼いている。
しかし、憎んでいるわけではない。
男:通りすがりの人。
雨に降られて叔父の店先で雨宿りしていたら、松公が傘を貸してくれ
たおかげで、あとは濡れずに出先へ出かけれた。
雨すぐやんだけど。
大宮:お向かいの家の人。
ネズミを退治したくて猫を借りに松公の所へ来るが、松公が傘の
断り文句を猫の断り文句とすり替えて話した為、猫を焚き付けに
使っているもんだと勘違いして帰ってしまう。
相模屋:隣町から来た人。演者によっては番頭さんになる事も。
叔父の店に仕事の話を持って来るが、松公があべこべな断り文句
を言って返してしまう。
使い:中橋の加賀屋佐吉からの使いらしいが、上方の訛りがきついせいで
松公や女房に全く理解を得られず、4回も話す羽目になる、ある意
味かわいそうな役どころ。
というか加賀屋さんよ、人は選んだ方がいい。
…まあそれをやるとこの噺は壊れてしまうわけですが。
●配役例
松公:
叔父:
男・大宮・相模屋・使い:
※枕は誰かが適宜兼ねてください。
枕:落語の世界には与太郎てのがよく登場します。
この噺にも与太郎枠が存在してますが、ちょっと頭の回転が遅かった
り、愚かしかったりする言動でお聞きになられている皆様を笑わせよ
うていう役どころなわけです。
笑わせ方の一つに言葉の聞き方を曲解するてのがありますが、
落語だのお笑いだのに関係なくとも、昔は今ほど交通の便が発達して
おりませんでしたから、ご当地の方言の訛りがきつくて、ちょっと何
を言ってるか分からない現象がよく発生していたものです。
これにかかると、与太郎枠の役柄でない者であっても理解が追い付か
ず疑問符の山に埋もれてしまうことにもなりかねないわけでございま
して。
叔父:松公、松公松公、おい松公!
何してんだお前。
そんなとこで猫のヒゲを抜くんじゃないよ。
ネズミを捕らなくなっちゃうだろ。
松公:おじさんがいつも言ってるじゃないか。
綺麗事にしろって。
叔父:綺麗事にしろって、お前な…。
お前はヒゲ伸ばそうが爪伸ばそうが構わないけどもな、
猫のヒゲを抜いちゃダメだってんだよ。
猫はそれでネズミを捕るんだからな。
松公:え、猫ってヒゲでネズミを捕ってんの?
叔父:そうだよお前。ヒゲ抜いちまう奴があるか。
それと、猫の爪も切っちゃダメだぞ。
このごろ見ろ、その猫が屋根の上を滑って歩いてるんだぞ。
松公:だってさ、おじさんが爪を伸ばしちゃいけねえって言ってたじゃな
いか。
叔父:お前の爪を伸ばしちゃいけないってんだよ。
まぁ、お前の事なんかホントはどうでもいいんだけどな。
けれど甥っ子だと思うから、口酸っぱく言うんだ。
ほら、ぼーっとしてねえで表の掃除をしろってんだよ。
松公:へぇい。
叔父:おいおい、いきなり箒を持ってきてパッパパッパ掃きだすんじゃな
い!
土埃が立つじゃないか。
先に水を撒くんだよ。
そうすりゃご近所に迷惑が掛からないんだ。
そのぐらいの事は分からなくちゃいけないよ。
松公:へぇい。
叔父:そうそう、桶に水を汲んで、ひしゃくでもって水を撒いてーー
っておいおい!それじゃただ水をこぼしてるだけじゃないか。
目の前でじゃーってやって…ちゃんと首を振るんだよ。
松公:え、首?
……おじさんやりにくいよ、これ。
叔父:あのな、お前の首を振るんじゃないんだ。
ひしゃくの首を振るんだよ、勢いよく!
松公:へえ、こうかいおじさん?
叔父:あ、ちょっおまっ、そんなに勢いよくやったらああっ、すみません!
お召し物は大丈夫ですか!?
濡れてない?良かった…。
相すいませんでございます。よく気を付けさせますから。
……お前は表の空気に当たるような人じゃないよ。
もういいから、中へ入れ。
松公:え、もういいんですか?
へぇい。
叔父:…本当に困った奴だな。
表にいるってえと人様に迷惑がかかる。
それじゃマズいんだよ…。
あ、そうだ、二階だ。二階の掃除でもしてなさい!
おおい、あいつに少し小言を言ってくれなきゃ困るよ!
どうしてあたしにばっかり押しつけるんだ。
女房:【遠くから】
しょうがないじゃないか、あたしだって家の事色々やってるんだか
らさ。
叔父:あいつが家に来てからこっち、朝から晩まで仕事が手に付きゃしな
いよ!
なんだってあたしがあいつの目付ーーあれ?
なんだこれ?天井から水が垂れてきたぞ。
おおい、二階で花瓶でもひっくり返したんじゃないのか!?
松公:いま掃除する前だから、水撒いてーー
叔父:【↑の語尾に喰い気味に】
ッバカ野郎!降りてこいッ!
何してんだ、座敷に水を撒く奴があるか!
おおいおっかあ!二階が水浸しになったぞ!
女房:え、水浸しって、一体何があったんだい?
叔父:松公だよ!
掃除するってんで水撒きやがった!
すまないけど、あと拭いといてくれ!
女房:はいはい、ほんとにしょうがないね、仕事増やして…。
叔父:こっち来い松公!
もういいやお前、もう何もしないでいい。
だからここ、表の空気と家の中の空気がぶつかって澱んだとこ、
ここでボーっと座ってろ。
松公:え、ここ、番台だよ。
…店番かな?
叔父:店番?お前に店番なんか務まるわけないだろ。
ここ座ってて、誰か来たらすぐあたしに知らせるんだ。
わかったな?
松公:うんうん、わかったよ。
…うるさいねぇあの叔父さん。
朝から晩まで小言ばっかりだよ。
小言なんてのはさ、時々なんか言われるからそうかなと思うんだよ
ね…。
いま言われた小言なんだっけなと思って考えて、思い出さないうち
にまた次の小言が飛んでくるから、それまたなんだっけなと思って
るうちに、ごちゃごちゃになってわかんなくなっちゃうんだよ。
ぅ~~~…。
あ。
雨降って来たよ。
だからわざわざ水なんか撒くことないんだよ。
待ってりゃ自然に空が撒いてくれるんだからさ。
あ~、急な雨だからみんな駆け出してくよ。
はは、困ってやがら。おもしれえなこれ。
駆け出したってずっと向こうまで降ってんだからさ。
そういうことがわからないんだなあ。
このへん歩いてる人もあんまり利口じゃないな…。
うわあ、ずいぶん振って来ちゃったな…あれ?
誰かそんなとこにいらあ。
誰だい?何してんの?
男:あ、すいません。
急に雨が降って来たもんですから、ちょっと軒先をお借りしたいと
思いまして。
松公:軒先をお借りする?
ダメだよ。そんなとこ外して持ってっちゃ。
男:いやいや、外して持って行ったりはしませんよ。
ちょっと雨宿りをさせていただきたいと思いまして。
松公:ああ、雨宿りかあ。
傘ァ貸してやろうか?
男:あ、お貸しいただけるんですか?ありがとうございます。
実はちょいと急ぐ用がありますんで。
お借りできたらありがたいです。
松公:んじゃこっちおいでよ。
そこにあんだろ。そこにあるの持ってっていいよ。
男:えっ、こんなよろしい傘、いいんでございますか?
ありがとうございます。
明日の朝早く、お返しにあがりますから。
松公:あ、ダメ、それダメ。
ダメだよそんなの。
明日の朝早くになんて返しに来られたら、早く起きて待ってなくち
ゃいけないじゃないか。そういうの嫌いなんだ。
いいよ、それ貸しっぱなしにする。
もう借りっぱなしでいいから。
男:ぁ、そうですか…じゃあ、まあ、どうもありがとうございます。
松公:どういたしましてー。
【二拍】
叔父:おい松公、いま誰か来たか?
松公:ああ叔父さん。
いやね、表を通りがかった人がいてね、軒先を貸してくれって言う
んだ。
そんなもん外されて持ってかれちゃ困ると思ってさ。
叔父:軒先を外して持ってけるわけないじゃないか。
ただの雨宿りだろ。
松公:でね、傘貸してくれって言ったんだ。
叔父:傘?店に貸し傘出してたっけか?
松公:ううん、出してないよ。
叔父:じゃあどの傘を貸したんだ?
松公:あすこに立てかけてあった蛇の目の傘。
叔父:ハァ!?おいおいおい、ありゃあたしの差料だぞ!?
こないだやっとのことで思い切って買ったんだぞ!
安くなかったんだぞ!
気に入ってたんだぞ!
しかもまだ一度も差してないんだぞ!
それで、どちらの方に貸したんだい?
松公:うん、あちらの方。
叔父:いやそうじゃないよ。どんな方だって聞いてるんだ。
松公:どんな方だって、あれだよ。
着物を着てね、帯を締めてねーー
叔父:当たり前だよ。
着物を着てりゃ、誰だって帯を締めるんだ。
知ってる人か?
松公:ううん、知らない人。
叔父:知らなきゃダメだろ。
知らない人にうっかり貸しちまったら、返しに来やしないだろ。
松公:ううん、明日の朝早く返しに来るって言ってた。
けどそんなことされると早く起きなくちゃいけなくなって面倒だか
ら、貸しっぱなしにする、借りっぱなしになっちゃってもいいよ、
って爽やかに言ったんだ。
そしたら礼儀正しい人だね。一言ありがとうなんて言い残して、
さらっと行っちゃったよ。
叔父:バカ、お前そりゃ絶対返しに来ないだろ!
なんでわざわざくれてやるようなこと言うんだ。
しかもお前のいち了見であたしの物を勝手に取り扱って
るんじゃないよ。
いいか、傘はちゃんと傘の断りようがあるんだよ。
松公:ふ~ん…、かーさなーいよっ、て?
叔父:【ぐっとこらえて】
…うちにも貸し傘が何本かございましたが、この間からの長雨で
骨は骨、紙は紙でバラバラになりまして使い物になりません。
焚き付けにでもしようと思って、束ねて物置へ放り込んであります
。
て、これが傘の断りようだよ。
松公:じゃあ今度来たらちゃんと言うから。
叔父:ちゃんと言うじゃないよ。何でもいいからすぐあたしに言うんだ。
お前は何の役にも立たないんだから。
松公:わかったよ…。
うるさいねえ、どうしてああいう風にガミガミーって何か言うのか
ね…?
大宮:こんちわー松っちゃん。はは、驚いたねぇさっきの雨。
けどあがったねえ。
あのさ、ちょいと頼み事があって来たんだけどね。
松公:なんだい?
大宮:あのさ、うちの押し入れでもってネズミをゴトゴトゴトゴト追い込
んでね、逃げ出さないようにしてんだ。
だけどさ、だれも怖がって手を突っ込んだりなんかできねえんだ。
それでほら、松っちゃんのとこに猫いただろ。
あれちょっと貸してくんねえか?
松公:あ、猫か…。
うちにも貸し猫が何匹かいました。
大宮:え?貸し猫ぉ??
松公:この間からの長雨でね、骨は骨……、
骨は骨、皮は皮、バラバラになっちゃったんだ。
焚き付けにしようと思って物置にほうり込んである。
大宮:え…松っちゃんとこは何かい?猫を焚き付けに使うのかい?
ずいぶんおっかないな…。
ま、まあいいや、他へ行って聞いてみるよ。
松公:あそう、それじゃ~。
叔父:おい、誰か来たらすぐあたしに言えって、そう言っただろ!
誰が来たんだ?
松公:あ、ああ今のあれね。
お向かいの大宮。
叔父:呼び捨てにする奴があるか。
大宮さんだろ。
松公:あ、あぁうん。大宮さん。
押し入れの奥にネズミを追い込んだから、猫貸してって。
叔父:ああ、お前がさっき虐めてた猫いただろ。
松公:そんなことしないもの。
うん、それでだからね、ちゃんと断ったから。
叔父:なんて言って断ったんだ?
松公:うちにも貸し猫が何匹かおりました。
叔父:貸し猫ォ!?
なんだその貸し猫ってのは?
松公:こないだっからの長雨で、骨は骨、紙は紙って言おうかなと思っ
たんだ。
だけどさ、そこはほら、猫だからって頭をくるくるって働かして、
皮は皮、バラバラになっちゃった。
焚き付けにしようと思って物置にほうり込んである、って。
叔父:それは傘の断りようだよ!
猫なら猫で、ちゃんと他に断り方ってのがあるんだよ!
「うちにも猫が一匹おりましたが、こないだからすっかり盛りが
付きまして、とんと家へ寄り付きません。
先日久しぶりに家に帰ってきたと思ったら、どっかで海老の尻尾で
も食べたんでしょう。すっかりお腹をくだしておりまして、
座敷へ粗相をするといけませんから、納屋でまたたびを舐めさして
寝かしてあります。」
これが猫の断りようじゃないか。
そのぐらいの事、頭を働かせるんだよ!
松公:ぅわかったよ…今度ちゃんと言うから。
叔父:ちゃんと言うからじゃないんだよ!
誰でもいいからすぐあたしに言えって、そう言ってるじゃないか!
松公:っわかったよぅ…。
猫の断りからなんてのは初めて聞いたよ…。
【二拍】
相模屋:ごめんくださいましー。
あたくし、隣町の相模町から参った者でございますが…。
松公:はぁん?なにぃ?
相模屋:実は、手前どもの主人にはちょっと目の届きかねる所がございま
して、こちらの旦那様の顔をちょっとお借りしたいとうかがった
んでございます。
松公:うちの叔父さんの?顔を?
…アレ取り外し利くのかな…?
まぁいいや、断っちゃえ。
あ~、うちにも旦那さんが一匹おりました。
相模屋:…はい?
松公:こないだからすっかり盛りが付きまして、とんと家へ寄り付かない
。
久し振りで帰って来たと思ったら、どっかでえびの尻尾でも食べた
んですかね、すっかりお腹くだしちゃってね。
座敷へ粗相するといけませんから、またたび舐めさして、
納屋に寝かしてあります。
相模屋:【だいぶ驚いている】
ェェェええ……!?
それはちっとも存じませんで…。
帰りまして、主人ともども改めてお見舞いにうかがいますので、
よろしくお伝えをお願い致します。
では…。
松公:ぁいよ~~。
叔父:おいッ!
誰か来たらすぐあたし言えって、そういってるじゃないか!!
で、今度は誰が来たんだ?
松公:え?ぁ、ぁ~と、あのね、その、隣町だからね、
相模屋………さん。
叔父:…変なとこへ「さん」付けたな。
それで、どうしたんだ?
松公:あのね、なんかね、目が届かねえていう事があるんだってさ。
目が届かねえって言うくらいだからさ、よっぽど遠い所なのかな?
それで、叔父さんの顔貸してくれって言うんだ。
叔父さんの顔を外されて持ってかれちゃいけないと思ったからさ、
ちゃんと断っといたよ。
叔父:っバカ野郎、そりゃ道具の目利きかなんかであたしの目を貸してくれっ
てことだろ!
そんな商売向きの話を勝手に断る奴があるか!
…ちなみになんて断った?
松公:ぇ~、家にも………、旦那が一匹おります。
叔父:…なんだとこの野郎。
まさか…非常に嫌~な予感がするんだが…。
松公:近ごろ盛りが付きましてーー
叔父:【↑の語尾に喰い気味に】
よせよおい、言うにこと欠いて何てこと言うんだ!
松公:【気にせずに】
どっかで海老の尻尾でも食べてきたみたいで、すっかりお腹を下し
ちゃって座敷へ粗相すると困るから、またたび舐めさして
奥に寝かしてあります。
叔父:おまっ、それ、みんなやっちゃったのか!?
冗談じゃないよおい…!
おぉい、ちょっと!羽織出してくれ!
女房:え、お前さん、一体どうしたんだい?そんなに慌てて。
叔父:ちょいと相模屋さんに行ってくるから。
女房:あらそう、わかった。
気をつけてね。
叔父:あぁそれから!こいつ一人に店番させといちゃダメだからな!
何の役にも立たないんだから。
おい松公、誰か来たらすぐに叔母さんを呼ぶんだ。
いいな、お前のいち了見で断ったり何かしたりしちゃいけない。
分かったか?
松公:わかったよ、うるさいなぁ…。
…行っちゃったよ。
あ~よかった。帰ってこなくていいよ。
朝から晩まで小言ばっかりだよ。
爪切れ爪切れって言うから猫の爪切って、やすりまでかけといた。
何でも掃除しろよって言うから、お庭の石灯籠磨いて綺麗にしとい
たら、せっかく苔がついたのにとか言うんだ。
…苔だかゴミだか知らねえよこっちは…。
…。
……あ。
【半笑いで】
誰か来ちゃった…。
……なんだい?
使い:ごめんやす。
【ごめんください】
松公:…え?
使い:ごめんやす。
【ごめんください】
松公:ぅん…?
なんか悪いことでもしたんかな?
ごめんごめんって謝ってら。
…なんだい?
使い:旦はん、いだりまっか?
【旦那さんはいますか?】
松公:……え?
使い:旦はん、おられまっか?
【旦那さんはおられますか?】
松公:【奥へ向かって】
……炭団屋さんだよー。
使い:わて炭団屋さんおまへん。
【わたしは炭団屋さんじゃありません】
松公:あそう…じゃ、なんだい?
使い:わては中橋の加賀屋佐吉方から使いに参じまして、
先度、仲買の弥市が取り次ぎました道具七品でございますが、
佑乗・光乗・宗乗、三作の三所物、備前長船の住則光、
横谷宗珉四分一拵え小柄付きの脇差、脇差の柄前が鉄刀木
言うとりましたが、埋もれ木やそうで木ィが違ておりましたさかい、
ちゃんとお断り申し上げま。
次材は「黄檗山金明竹寸胴切の花活け」には遠州宗甫の銘がござい
ます。「織部の香合」「のんこの茶碗」、「古池や蛙飛び込む水の
音」言います風羅坊芭蕉正筆の掛物。沢庵、木庵、隠元禅師
張り混ぜの小屏風、この屏風が、わての旦那の檀那寺が兵庫に
おましてなぁ、兵庫の坊さんえろう好みます屏風によって兵庫へや
って、兵庫の坊主の屏風にいたしますると、
こないお言付け願いとうおます。
松公:……うふっ。こっちが何にも言わねえのに一人でべらべらべらべら
喋ってて面白えや。
よう、三銭やるからもういっぺん喋れ。
使い:わて物乞いとちゃいまっせ。
よう聞いとくんなはれや。よろしいでっか?
わては中橋の加賀屋佐吉方から使いに参じまして、
先度、仲買の弥市が取り次ぎました道具七品でございますが、
佑乗・光乗・宗乗、三作の三所物、備前長船の住則光、
横谷宗珉四分一拵え小柄付きの脇差、脇差の柄前が鉄刀木
言うとりましたが、埋もれ木やそうで木ィが違ておりましたさかい、
ちゃんとお断り申し上げま。
次材は「黄檗山金明竹寸胴切の花活け」には遠州宗甫の銘がござい
ます。「織部の香合」「のんこの茶碗」、「古池や蛙飛び込む水の
音」言います風羅坊芭蕉正筆の掛物。沢庵、木庵、隠元禅師
張り混ぜの小屏風、この屏風が、わての旦那の檀那寺が兵庫に
おましてなぁ、兵庫の坊さんえろう好みます屏風によって兵庫へや
って、兵庫の坊主の屏風にいたしますると、
こないお言付けをなぁ。
松公:おかみさぁーーーん!
おかみさぁーーーーーーん!!
表に兵庫の標語の…変な人が来たぁ!
女房:お前の方が変じゃないか!
あ、いらっしゃいませ!
どちら様でしょう?
使い:あ、あの、お家はんでっか?
女房:……はい?
使い:お家はんでっしゃろ?
女房:………お湯屋さんですか?
お湯屋さんはもう二丁ばかり手前でございますよ。
使い:いやあの、おかみはんでんな?
女房:ぁ、ああはい、家内でございます。
使い:あ~さよかぁ。さっきまでえろう難儀しとりました。
わてなぁ中橋の加賀屋佐吉方から使いに参じまして、
先度、仲買の弥市が取り次ぎました道具七品でございますが、
佑乗・光乗・宗乗、三作の三所物、備前長船の住則光、
横谷宗珉四分一拵え小柄付きの脇差、脇差の柄前が鉄刀木
言うとりましたが、埋もれ木やそうで木ィが違ておりましたさかい、
ちゃんとお断り申し上げま。
次材は「黄檗山金明竹寸胴切の花活け」には遠州宗甫の銘がござい
ます。「織部の香合」「のんこの茶碗」、「古池や蛙飛び込む水の
音」言います風羅坊芭蕉正筆の掛物。沢庵、木庵、隠元禅師
張り混ぜの小屏風、この屏風が、わての旦那の檀那寺が兵庫に
おましてなぁ、兵庫の坊さんえろう好みます屏風によって兵庫へや
って、兵庫の坊主の屏風にいたしますると、
こないにお言付けを願いたいんでんねん。
女房:【まくしたてられてポカーン】
…。
……ちょっと。
………ちょっと、松公。
お茶持ってらっしゃい。
松公:うひひひ、ははははっ……!
女房:お茶を、持ってらっしゃいっての!
お客様の顔を指さしてゲラゲラ笑うんじゃないの。
松公:うふふへへへ、へぇい。
女房:早く持ってらっしゃいーーってどうして猫を蹴飛ばすの!
…相すみません…今ちょっとこれに小言を言っていて、聞きそこ
なったところがございまして。
恐れ入ります、もう一度お願いいたします。
使い:またでっか…!?無茶言いなはんなぁ。
今な、この丁稚はんに二度やってまんねんでわて。
なんやもう顎がガクガクしてな。
松公:へへ、俺なんか耳がガンガンしてる。
女房:【声を落として】
バカッ、余計なこと言うんじゃないよ…!
あの、お願いしますから。
使い:もうこれっきりだっせ?よう聞いとくなはれや!
よろしか!?
わてなぁ、中橋の加賀屋佐吉、ご存知でっしゃろ?
加賀屋佐吉方から、使いに参じまして、
先度、仲買の弥市が取り次ぎました道具七品でございますが、
佑乗・光乗・宗乗、三作の三所物、備前長船の住則光、
横谷宗珉四分一拵え小柄付きの脇差、脇差の柄前が鉄刀木
言うとりましたが、埋もれ木やそうで木ィが違ておりましたさかい、
ちゃんとお断り申し上げま。
次材は「黄檗山金明竹寸胴切の花活け」には遠州宗甫の銘がござい
ます。「織部の香合」「のんこの茶碗」、「古池や蛙飛び込む水の
音」言います風羅坊正筆の掛物。沢庵、木庵、隠元禅師張り混ぜの
小屏風、この屏風が、わての旦那の檀那寺が兵庫に
おましてなぁ、兵庫の坊さんえろう好みます屏風によって兵庫へや
って、兵庫の坊主の屏風にいたしますると、
こないにお言付けを願います!
ほな急きますさかい、ごめんやす!!
女房:あ!ちょっともしあなた!お待ちになって!
あらぁ~~~……!
お茶持ってらっしゃいって言ってるじゃないか!
お茶持ってくれば、あといっぺんぐらいやってもらえたかもしれな
いんだよ?
あんまり上方の訛りが強く、なに言ってたかさっぱり分からなかっ
たよ。
お前はもう何度も聞いてんだから、ちゃんと覚えてるだろ?
初めのほうとか覚えてるかい?初めのほうは。
松公:ぇ~、初めのほうなんかねぇ、なんかもやもやっとしちゃってる。
女房:じゃ真ん中は!
松公:ぼーーーっとしてる。
女房:お終いは!?
松公:…正午の省吾のーー
女房:【↑の語尾に喰い気味に】
まるっきり分かってないんじゃないか!
どうすんの、あの人が帰ってきたらなんて言うつもりだい!
松公:【反省してない】
知らないよォ。
おばさん言ってたんだからね、あたいなんか知らないよぅ。
【ふざけて】
しょうごのォ、しょうごのォ。
女房:っな、なに言ってんだい!ったく…あ。
お帰んなさい。
叔父:お帰んなさいじゃないよ。大きな声で女が店先で小言を言ってたん
じゃお前、その横町曲がったとたんに丸聞こえだよ?
どうしたんだ?
女房:あ、あの、今ね、ちょっとアレなのよ。
あの、お客さんがお見えになったもんだからさ。
叔父:ああ、お客さんか。
で、どちらからお見えになったんだい?
女房:どちら……あちらからいらっしゃいました。
叔父:そうじゃない、どんな方なんだい?
女房:どんな方…って…、あの、着物を着てまして…、
帯を締めて…。
叔父:…お前、バカがうつったんじゃないか…?
どちらから?あちらから。
どんな方?こんな方。
ってそんな話があるかよ!
どっからどういう御用の方が見えたんだ?
女房:どういう御用…ってアレなんですえぇっと…。
…。
【ぶつぶつ言うように】
……なか…なかばしの、かがやさきちさんの…
叔父:え?中橋の加賀谷佐吉っつぁんがわざわざ見えたのかい?
女房:ぁ、いえ…そこのお使いの方がね…。
お使いの方が……
風車の、弥七さん…。
叔父:えええ!?
会いたかったなァ!それは会いたかったよ!?
って、いったい何しに来たんだ?
女房:いや違う、違うの。
……仲買の弥市さんっていうーー
叔父:ぁあなんだ、弥市か。
「や」しか合ってないじゃないか。
なァんだ、弥市か。
弥市ならしょっちゅう家に来てんだ。
お前だって知ってるだろ?
女房:っそ、そうですね…。
ですから、あの方はね、弥市さんじゃない方なんです。
なんですか、この、弥市さんて方がですね……
気が違っちゃったんですって。
叔父:おいおいおい、とんでもない事を平気で言うもんじゃないよ。
五、六日前に会った時は元気だったよ?
気が違ったって、それは穏やかじゃないよ。
詳しく聞かせておくれ。
女房:その、弥市さん?…遊女を買ったんですって。
叔父:…いきなりの話だねそれは。
遊女を買ったと。
で、どうしたんだ?
女房:~…そしたら…これが、孝女だったんだって。
で、掃除が好きなんだって。
叔父:ふぅ~~んん……まあ、女だから掃除が好きな遊女もあっても
いいかもしれないな。
それがどうしたんだ?
女房:それで、一緒に先祖やまんぞって遊んでたらしいんだけど、
何かにカチンと来たのか、その遊女をね、
寸胴斬りにしちゃったんですって。
叔父:真っ二つかい!?
ずいぶん乱暴な事をしたもんだね…!
それで?
女房:~……お腹が空いたんでしょうね…たくあんと、いんげん豆で、
お茶漬けが食べたいって。
叔父:??妙なもんでお茶漬けが食べたいんだな…。
女房:食べ合わせ悪かったのかしら。
いくら食べても、のんこのしゃ~なのね。
叔父:汚いなおい!
しかしだらしないな。
女房:えらい事をしたと思ったんでしょうね。
自分なりに高跳びしようと思ったのか、御座船に乗って、備前行こ
うと思ったんですって。
そしたらお前さん、兵庫に行っちゃったんですって。
兵庫にお寺がありましてね、お坊さんがいるんですって。
叔父:寺に坊さんがいたってちっとも不思議じゃないだろ。
それで、どうしたんだ?
女房:そのお坊さんと…なんですか、屏風立て回して、その陰で一緒に
寝てみたいと。
叔父:色気違いじゃないか…!それは大変な事だよ…!
女房:そしたらそのむこうにまたお坊さんがいるんですよ。
向こうにまた屏風がありましてね、その向こうにまた坊さんがいて
屏風があって坊さんがいて、屏風があって坊さんがいて、
屏風があって坊さんがいて、屛風があって坊さんがいて、
屏風があって………なんでしょう?
叔父:お前は何を言ってるんだよ…!
あのね、話てものはたいがい五つ聞くてえと、後の五つは察すると
いうことがあるよ?
お前の話は察しようがないじゃないか。そうだろ?
弥市が遊女買ったら孝女で掃除が好きで、たくあんといんげん豆
でお茶漬けが食べたい、いくら食べてものんこのしゃ~、
御座船に乗って備前に行こうと思ったら兵庫行って、
坊さんと屏風の陰で寝てみたい、
坊さんがいて屏風があって、坊さんがいて屏風があって、
坊さんがいて屏風があって、坊さんがいて屏風があって、
これなあに?ーーってなんなんだい!?
ちっとも話が分からないじゃないか。
少しははっきりしてる所は無いのかい!
女房:はっきりしてるとこ……あっ…!
思い出しました。
古池へ飛び込んだんです。
叔父:何ィ!?
弥市が古池へ飛び込んだ!?
そうか、あいつには道具七品を買うように手金が打ってあったん
だがそれを買ってかい?
女房:いいえぇ、買わず(蛙)。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
柳家小三治(十代目)
三遊亭圓生(六代目)
三遊亭小遊三
柳家喬太郎
※用語解説
・差料
本来は武士が自分の腰に差す為の刀、特に打刀や脇差を指す言葉なの
だが、なぜか小三治師匠は傘に使った。
小生が勉強不足なのか、それとも小三治師匠がうっかり間違ったのか
、はたまたこの蛇の目傘は柄に刃が仕込んである仕込み杖だったのか
は不明。
・焚き付け
① 主となる燃料に火をつけるために燃えやすい物(落ち葉、小枝、新聞
紙、着火剤など)
② 人の感情を刺激して特定の行動を促すこと
という2つの意味があるが、今回は①で正解。
・相模町
埼玉県越谷市にある町名。
江戸の町の中にあったという記録はないそうである。
・炭団屋
炭団は、木炭の粉末に布海苔などの結着剤を混ぜて球状に固めて乾燥させ
た伝統的な燃料で、火鉢や囲炉裏で使われていた。
・中橋
日本橋と京橋との中間にあった堀割に架かっていた橋。
・先度
さきごろ。せんだって。先日。
・仲買
問屋と小売商との、または生産者・荷主と問屋との間に立って、売買の
仲立ちをして営利をはかること。それを業とする人。ブローカー。
・佑乗
後藤祐乗のこと。
装剣金工の後藤四郎兵衛家の祖。
美濃国の生まれ。
金や赤銅の地金に龍・獅子などの文様を絵師狩野元信の下絵により
高肉彫で表したものが多い。
・光乗
後藤光乗のこと。
後藤四郎兵衛家の四代目。
・宗乗
後藤宗乗のこと。
後藤四郎兵衛家の二代目。
・三作
上の三人の事を指している。
・三所物
刀剣の付属品である目貫・笄・小柄の総称。
江戸時代においては同じ意匠の揃いが尊重され、後藤家彫は有名。
・備前長船
岡山県南東部にあった町。中世は名刀の産地で知られ、備前の政治・経済
の中心地であった。
・住則光
おそらく上の備前長船と合わせて、
「備前長船に住んでいた則光」という表現でいいのではと。
鎌倉後期に初代刀匠が登場。以降則光は、天正「則光」まで9代を数える
。室町末期の大洪水の為、後継が絶たれている。
・横谷宗珉
江戸中期の装剣金工家。晩年に遯庵と号し、後藤家の下職から転じて
町彫りを創始する。
片切り彫りの彫法を大成し、絵画風の自由な意匠を表現した人物。
・四分一拵え
銅3、銀1の割合で作った日本固有の合金。
装飾用で、朧銀とも呼ぶ。
・小柄付き
小柄とは日本刀の鞘に付属する細工用の小刀のこと。
本来は木を削ったり紙を切ったりする実用品だったが、江戸時代には
装飾性が重視され、芸術性の高い美術工芸品となる。
・脇差
刃渡り1尺(30センチ)以上2尺(60センチ)未満の日本刀で、
江戸時代には武士が打刀と合わせて「大小二本差し」として腰に差すのが
一般的だった。
脇差は打刀の故障時などの予備武器としての役割も持ち、武士階級以外の
帯刀も認められたことから、町民、特に侠客が鍔なし白木の柄と鞘でもっ
て携帯した。
その際は「ドス」と呼ばれている。
・柄前
日本刀の「柄」の装飾や、柄を巻く「柄巻」の、その装飾の技法を指す
言葉。
・鉄刀木
マメ科の高木。高さ約15メートル。葉は羽状複葉。
花は黄色で材は黒色で堅く、板目の模様が美しい。
インド・東南アジアに分布しており、細工用材として用いられる。
・埋もれ木
地層中に埋まった樹木が年月をかけて炭化し、化石のようになったもの。
亜炭の一種で木目が残っており、質は緻密。
仙台地方に多く産出し、細工物の材料として用いられる。
・次材
次にくる素材、または主な素材(主材)の次の素材を指す言葉で、
特定の分野で使われる用語ではないが、材料が主、副と序列を持つ場合に
副材や補助材とほぼ同義で使われることがある。
・黄檗山
中国、万福寺の山号。
また、その住持の隠元が来日の際、宇治市に建立した万福寺の山号でもあ
る。
・金明竹
マダケの栽培品種。
全体に黄金色で、葉は初め黄色だが後に白く変わる縦線がある。
主に観賞用として用いられる。
・寸胴切
寸切り、髄切り、または直切りの音変化とも言われる。
茶入れ・花器で頭部を真横に切った形のものを指す。
・遠州宗甫
江戸時代初期の大名で茶人、作事奉行であった小堀遠州の別号。
遠州流茶道の祖として知られ、茶の湯に「綺麗さび」の美意識を取り入れ
たことや、桂離宮、二条城などの建築・造園にも携わったことで有名。
・織部
この言葉に来るまでに著名人の名が出まくっているので、
恐らく戦国時代から江戸初期にかけての茶人・芸術家・武将であった
古田織部(重然)の事だと思われる。
・香合
香を収納する蓋付きの小さな容器。
茶道具の一種であり、また仏具の一種でもある。
香蓋とも書かれるが当て字。また合子ともいう。
・のんこの茶碗
のんこうの茶碗。
京都の楽焼本家三代目道入が焼いた楽焼。
また、道入の俗称ともされた。
・風羅坊芭蕉
風羅坊芭蕉は松尾芭蕉の雅号のひとつである。
・正筆
その人が本当に書いた筆跡。
・掛物
掛け軸のこと。
・沢庵
沢庵宗彭。
江戸初期の臨済宗の僧で但馬出身。
一凍紹滴の法を継ぎ、大徳寺の住持となる。
後に紫衣事件で出羽に流罪となるものちに赦免され、徳川家光建立の
東海寺の開山となる。
・木庵
木庵性トウ(トウの字は変換できませんでした)
中国、明の黄檗宗の僧で泉州出身。
師の隠元に続いて来日し、宇治の黄檗山万福寺の二世を継いだ。
多くの寺を創建し、勅号は慧明国師。
黄檗三筆の一人に数えられる。
・隠元禅師
隠元隆琦。
江戸前期に明から渡来した僧。福建省出身。
日本の黄檗宗の開祖で宇治に黄檗山万福寺を開創。
書もよくし、黄檗三筆の一人に数えられる。
・張り混ぜ
いろいろな書画などを取り交ぜて貼ること。
・小屏風
小型の屏風。
・檀那寺
その寺院の檀家となり、日頃から御布施などにより経済的に支えている
寺院を指す。
・孝女
孝行な娘。
・のんこのしゃ~
呑気でしゃあしゃあしていること。
平気で図々しいことや人。
・御座船
天皇・公家・将軍・大名などの貴人が乗るための豪華な船のこと。
・備前
現在の岡山県東南部、香川県小豆郡・直島諸島、兵庫県赤穂市の一部
を指す。
・手金を打つ
報酬を支払う事。




